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男の子とか、女の子とか・6月17日

※陽介女体化(先天)注意
過去のweb拍手サルベージです。林間学校です。

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「――なぁ、起きてる?」
すぐ隣から聞こえた吐息に近い囁きに、漣は内心で盛大に溜息を吐きながらも答えた。
「…あぁ、起きてるよ」
薄暗いテントの中、息が触れるほどの至近距離に気になる女の子がいる。ジャージ越しに感じるやわらかで瑞々しい肉の感触。ふんわりと香る女子特有のいい匂い。
(この状況で寝られる方が、健全な男子高校生としてどうかしてるだろうが!!)




八十神高校の林間学校は、ありとあらゆる意味で衝撃的だった。
林間学校とは名ばかりの奉仕活動であることにも驚いたが、一番の衝撃は特別捜査隊女子による物体Xだ。まさかカレーを作っていてあんな劇物ができあがるとは思ってもみなかった。千枝と雪子はある意味天才だ。アルバイトが忙しくて買い出しに加われなかった陽介は初めこそ手も口も出さなかったが、千枝によって無理矢理カレー(だったもの)を口に含まされた瞬間、常に空気を読む彼女にしては珍しく本気でキレた。それほどの不味さだった。
そして、夜。完二の乱入、突進、代わりに女子の緊急避難。狭く暗いテントの中に女三人男一人というこの状況は、傍から見ればかなりオイシイだろう。実際、数十分前までは漣自身もそう思っていた。しかし今は数十分前の自分を殴り倒してやりたい。
(持たない、オレの理性!試されてる、オレの男としての何か!!)
意味もなく倒置法を使ってみても、現状は何も変わらない。常よりあまり感情が表に出る方ではないが、押し黙った様が不機嫌に見えたのだろう、陽は上目使いに漣を伺う。その無防備さに理性の箍が飛びかけたが、漣は大きく息を吐くことで何とか己を律すことに成功した。だが今の態度はまずかった。漣が怒っていると取ったのか、陽は泣きそうに顔を歪める。
「ご、ごめんな。こんなことになっちまって」
そのまま起き上がって自分のテント――今は大鼾を掻いて爆睡中の大谷と、沈没した完治しかいない――に戻りそうな勢いの陽の手を、漣は反射的に掴んだ。ジャージ越しに触れた手首は、漣の指が一周しても余ってしまうほどだ。テレビの中では先陣を切り、危なげなく短刀を操って敵を屠る様を見ているというのに、その細さに心配になる。
「怒ってないから。っていうか、今外に出る方が多分やばいよ。モロキン、さっきから徘徊してるっぽいし。いいから寝よう」
「うん…」
安心させるように微笑むと、陽はちいさく頷いて、元のように漣の隣に横になった。寝やすい位置を探してもそもそと動き、やがて漣の胸に頭を擦り寄せるような場所に落ち付く。その警戒心の無さに頭痛を覚えた。

完二の急襲により居場所を失った特別捜査隊の女子達は、リーダーを頼って漣のテントに来た。信頼なのか、はたまた男として見られていないのかは微妙なところだが、状況が状況だけに追い出す訳にもいかず漣は彼女達を迎え入れたものの、いかんせん場所が悪かった。さして広くないテントの隅には大きな岩。反対側の端は坂になっており実質使えない。加えて中央部には木の根が盛り上がっており、座る程度ならば問題がないが、上に寝るのはかなり厳しい。思考錯誤の末、根っこの上に線上に荷物を置き何とか四人が寝る場所を確保したものの、丁度テントを二分する形になってしまった。片側に三人は寝られない。
「どうしよっか…」
女の子としての自覚のある雪子と千枝は、いくら信頼していると言えども流石に男の漣とくっついて寝ることに抵抗があるのだろう。ちらちらと伺うように目線を彷徨わせている。無駄に優秀な漣の頭脳をもってしても、この問題を解決する術は見つからなかった。
テントに満ち始めた妙な沈黙を破るように、陽が欠伸をしながら言った。
「私がコイツと一緒に寝ればいいだろ。いいよな、相棒。天城と里中はそっちな」
言うが早いか、彼女は坂がある方の側にこてり、と横になり、上掛けを被る。彼女の気質を理解している千枝達は、漣に念押しをすると大人しくもう一方の側に横になった。
「リーダー。信じてるけど、くれぐれも花村にヘンなことしないようにね」
「御堂くんに限ってそんなことはないと思うけど…念のため、ね?」
漣は両手をホールドアップして「菜々子に誓って絶対に何もしません」と誓った。

「…なんか、さ。面白いな、こういうのって」
既に寝ている千枝と雪子を起こさないよう、陽介が小さな声で呟く。伏せられた瞳を縁取る睫毛は長い。黙っていれば文句なしの美少女なのに外見と中身が一致していないことを、漣はここ数ヶ月の目まぐるしい日々の中で理解していた。一言で言ってしまえば、男らしい。というか、女であることの自覚があまりない。普通の女子高生ならば、いくら信頼している相棒だとはいえ、男の自分にここまで無防備な姿を晒さないだろう。先程の雪子や千枝の態度が正しい女子の姿である。だが陽は4月に出会った時からこんな調子だった。それは彼女が男ばかりに囲まれた環境で育ったことに起因しているようだ。女ばかりに囲まれて育った自分とは正反対である。
陽は一人称こそ「私」だが、言葉遣いは男のようで、態度も考え方もさばさばしている。女子のガールズトークは苦手なようだが、男子の下ネタには恥ずかしがるどころか普通に乗ってくる。そのせいか、友人は女子よりも男子の方が多い。若干調子に乗りやすいところもあるが、驚くほど空気を読んでいて、他人の感情の機微に敏い。今まで近くにいなかったタイプの女子だ。これでもう少し女性らしかったらさぞかしもてたことだろう。
最初は変わった子だな、と思っていたが、話していて楽しいし、他の女子のように気を使わなくて済む分楽だった。お互い都会育ちであるせいか話も合うし、何より波長が合ったのだろう。共に不可思議な事件を追い、背中を預けて戦っているうちに、友人から親友へ、そして相棒へと、漣の中での彼女の位置はとんとん拍子に上がっていった。男とか女とかに関係なく、陽は特別な存在だ。そして困ったことに、最近では彼女は更に漣の中の階段を上へ昇り詰めようとしている。
「まぁ、刺激的では、ある。林間学校でこんなにエキサイティングな思いをしたことはないな」
「はは。違いねーや」
彼女が屈託なく笑っていることに、漣はとても安堵した。どんなに男らしくても、彼女はちゃんとした「女の子」だ。それが例え憧れの範疇から出ないものであったとしても、恋をして、そして失恋をした。相手の死という最も悲しい形で。彼女がまだ小西沙紀の死を引きずっていることを知っている。人の死はそう簡単に割り切れるものではない。それが愛した人であるならば尚更に。傷付いていても笑うことを、歩むことを止めない陽を、漣はとても強くて綺麗だと思った。守りたいと、思った。
「せっかく、皆で来てるんだからさ。明日、ちょっと遊んで、帰ろうぜ。いい感じの沢があるって、教えてもらったんだ」
陽は眠くなってきたのか、目がとろりとしてきている。漣は一晩くらい眠れなかった所でどうということはないが、どれだけテレビの中で頼りになっても陽は女だ。明日遊ぶつもりならば早く休ませた方がいいだろう。漣はこれくらいならば許されるだろうかと、そっと手を伸ばしてやわらかなハニーブラウンを撫でる。
「うん、遊ぼう。楽しみにしてる。だからもう寝なよ」
「ん…オヤスミ」
漏れる呼吸が少しずつ長くなる。まるでバリケードのような荷物の向こうからは、千枝と雪子の安らかな寝息。よくもこの状況で寝られるものだ。彼女達は、いや、女はやはり図太い。緊張やら興奮やらで一人だけ寝付けないでいる自分が情けなく思え、漣は何度目かも分からない溜息を吐いた。寝ることは諦めた。とりあえず体を休めることに専念しようと、凶器に近い陽の寝顔を見ないように目を瞑る。
テントの外から聞こえるのは、耳障りなモロキンの声と、迷惑そうな虫の音だけ。それ以外はとても静かな夜だった。だから自分の心臓の音が五月蠅いほどよく聞こえる。ようやく寝付いた陽を起こしてしまうのではないかと思えるほど、漣の心臓はばくばくと高鳴っていた。
(静まれ、オレの心臓!死なない程度に!)
「……んぅ…」
上掛けが引っ張られたのを感じて目を開けると、陽が寝返りを打ち、坂の方へ転がって行こうとしているところだった。咄嗟に漣は腹に後ろから手を伸ばして抱き寄せる。細い体は呆気ないほど簡単に、漣の腕の中に納まった。
(うわ、やわらか…!何かいい匂い、する)
ハニーブラウンから香る花の香りと、恐らく陽自身のやわらかな香り。変態くさいとは思いつつも、漣は欲望に耐えきれず陽の髪に顔を埋めた。すう、と息を吸い込むと、甘酸っぱさが胸一杯に広がる。ついでに体の中心に熱が集まり出したのを感じ、漣は慌てて体を離した。

(ああ)

触りたい。抱き締めたい、キスしたい。あわよくばそれ以上のことも。こんな強い欲望は、今まで他の女子に抱いたことがなかった。陽だからだ、陽だけだ。

(すきだ)

これが初恋なのかもしれない。今までの恋はきっと恋ではなかったのだ。だから魔女達は自分を馬鹿にしたに違いない。悔しいが彼女達はいつだって正しい。
自覚した想いは漣をすさまじい勢いで支配してゆく。陽が欲しい。自分が彼女を想うように、彼女にも想い返されたい。だが自分を親友として見ている陽の信頼を裏切りたくないし、何より、まだ過去の恋に傷付いている彼女に思いを告げる気はなかった。だが、それは「今は」の話で、ずっと待っているつもりはない。かちり、と頭の中でスイッチが切り替わる。欲しいものは全力で手に入れる、それが魔女の教えだ。漣は親友のふりをして彼女を絡め取ってゆくことに決めた。

陽はまた寝返りを打ち、漣の方を向く。投げ出された手と手が触れた途端、彼女は嬉しそうにへらり、と笑った。理性がぐらり、と音を立てて揺らぐ。
(菜々子、ごめん…お兄ちゃん、負けちゃうかもしれない)
夜明けはまだ遠かった。



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