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男の子とか、女の子とか・4月15日

※陽介女体化(先天)注意
陽ちゃんが自分の影と向き合う日。短めです。

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 「ただ、先輩が何で死ななきゃなんなかったか、自分でちゃんと知っときたいんだ」

 そう言い切った彼女は少女ならではの高潔さと偽善に溢れていて、漣の目にはひどく眩しく映った。




**********




 (何で、着いてきちゃったんだろう)
サイケデリックな空の下をクマの案内で歩きながら、漣はこっそり溜息を吐いた。
 変死体。マヨナカテレビ。不可思議な声。霧に包まれた、テレビの中のもう一つの世界。知的好奇心は旺盛な方なので、これら因果の糸の紡ぐ先を知りたい、とは思う。けれども同じくらい打算的でもあるので、勝ち目のない戦いはしたくない。いつもの自分なら、命の危険すらある得体の知れない世界に再度赴こうなど考えなかったはずだ。例えどんな美人の頼みであっても。
 (でも、放っておけなかったんだもんなぁ)
横を歩く陽の表情は硬い。薄い背中をぴんとのばし、まっすぐに前を向いている。いつもの明るさと華やかさは控えめになり、代わりに凛とした強さが今の彼女にはあった。出会ってまだ数日だが、この少女の抱えるギャップにはつくづく驚かされる。
 花村陽は、見た目はモデルのような美人なのに口調や性格は男のようで、女性独自のしたたかさはあまり感じられない。よく言えばさばさばしていて、悪く言えばがさつだ。始めこそ外見と内面の差異に首を傾げたものの、慣れてしまえば気にならないし、腹の探りあいをしなくて済むのはありがたい。高校生にしてはおかしいほど気遣いができて、明るく話し上手な彼女はさぞかし人気があるだろうと思ったが、彼女自身のせいではなく「ジュネス」というファクターのせいで、八十稲羽では浮いた存在になっているのをそれとなく千枝から聞いたし、漣自身も感じている。
 けれども陽自身は決して苦労を口に出さない。言葉の端に燻った感情が見え隠れすることはあったが、彼女は必死にそれを飲み込み、笑おうとしていた。
(切り捨ててしまえばいいのに。自分には関係ないって、どうでもいいって。…まぁ、それができないってことは、優しい子なんだろうけど)
 まだ出会って数日だが、彼女は真面目で繊細で、驚くほど不器用なのが漣には分かった。好意も悪意もすべてを受け入れてしまう。流すことができない。その気になればいくらでも器用に生きられそうなのに、勿体無いと漣は思った。
 まだ友人、と呼べるほど親しくはない。けれどもこの先、陽とはもっと仲良くなれる気がする。損得勘定や見栄や体面を全て取り払い、残ったほんの一握りの心は、自分が持ち得ないまっすぐな心を持っている彼女に惹かれ、手助けをしてやりたいと願ったのだ。ということにしておく。それに、聞けば陽も都会からの転校生で、彼女自身は一人っ子だが、八十稲羽に越してくる前までは男だらけの親戚に囲まれて暮らしていたのだという。自分と同じような環境で育った彼女に、漣は親近感を覚えていた。これは戦友に対するアシストなのだ。
 (ま、なんとかなるだろ)
漣はそう高を括り、霧に包まれた世界を見やった。
 「……ごめん」
耳が小さな囁きを辛うじて拾う。自分の肩口あたりで揺れているヘーゼルの瞳は今にも泣き出しそうで、漣は今更ながらに少女が想い人を永遠に失ったのだと思い出す。蹲り、嘆くのではなく、自らの足で立ち前へ進もうとする陽はとても綺麗だった。
(八十神高校の男達は、見る目がない)
少しくらい男っぽくたって、陽はれっきとした、恋する女の子だ。例え彼女の想いが憧憬の域を出ないものだったとしても、恋をしている女性は可愛い。叔母達に叩き込まれたフェミニスト精神でつい慰めの言葉を囁きそうになったが、失恋に付け込む卑怯な男になってしまいそうな気がして、漣はあくまでも平静に応える。
「着いてくって決めたのはオレだよ。気にしないでいいから。確かめること確かめて、一緒に帰ろう」
「…うん。ありがとな」
陽はとても下手な笑顔で、少しだけ笑った。


 辿り着いた小西酒店で、陽は故人の思いと、己の影に対峙する。
 傷付きながらも暗部を受け止めた陽に、金色の光が降り注ぐ。美しく幻想的な光景に漣は目を奪われた。
(きれいだ)
己の内に宿った力を確かめるようにきつく掌を握り締め、彼女は唇だけで何かを呟いた。聞き取ることのできなかった漣の目の前で、細い体がぐらりと傾ぐ。
「花村!」
「ヨースケ!大丈夫クマ?」
「へーき。ちょっと、疲れただけ」
床に膝を着いた陽の顔は蒼白だった。この霧の世界はいるだけで消耗する。漣とてシャドウとの戦いで体力気力をすり減らしたが、陽はその何倍も疲れているように見えた。もう一人の自分と対峙し、受け入れるというのは、相応に負担がかかることなのだろう。
 「今日はもう帰ろう。花村、立てる?」
掴んだ腕は不健康という訳ではないが心配になるほど細く、引っ張り上げた体は軽かった。手を離した途端にふらつく体を、漣は慌てて抱き締めるようにして支える。制服越しに触れた肌はやわらかく、暖かかった。陽に対して特別な感情を抱いている訳ではないが、異性との接触に年相応に浮き立つ心を漣は懸命に抑えなければならなかった。
「…ごめん…」
羞恥に顔を赤くして、心底申し訳なさそうに陽を一度座らせると、漣はしゃがみ込んで背中を向ける。
「おぶってくよ。乗って」
「や、いいって!重いし!」
頑なに拒もうとする陽を、クマが後ろから押して半ば無理矢理漣の上に乗せる。逃げられないうちに、と足を抱え、漣はすくりと立ち上がった。やはり陽は軽かった。
「うわっ?!」
落ちないよう反射的に回された手がおかしくて、漣はくすりと笑う。
「そのままつかまってて。クマ、広場まで案内頼めるか?」
「がってんショーチクマ!」
 ピコピコという足音を立てて歩くクマに先導され、漣はゆっくりと出口へと向かう。すべすべした太股や、背中に当たる胸のふくらみを意識しないよう、漣は頭の中で今日体験した非現実的な出来事の分析を始めた。
(何でか分からないけど、オレには最初からペルソナがいた。あのイゴールとかいう老人の言ってた"ワイルド"っていう能力のせいなのか?これからオレが立ち向かわないといけない困難とやらに、この力が必要ってことか。だとしたら、同じ力を手に入れた花村も)
 ちらり、と目線だけで後ろを見ると、陽がちいさな声で言う。
「ごめん、何から何まで。重くないか?」
「全然。ペルソナのおかげかな、こっちだと力がいつもより強くなる気がするんだ。っていうか、花村、軽すぎ。ちゃんと食べてるのか?」
「…御堂って、意外とオカン属性なのな」
苦笑の気配が背中から伝わってきて、漣は少しだけ安堵した。泣かれるよりはよっぽどいい。名も知らぬ女が泣いていてもなんとも思わないが、好意を抱いている相手の涙は見たくないと思うのは至極当然のことだろう。
 会話が途切れる。言葉を捜していると、陽がぽつりと呟いた。
「お前には、格好悪い所ばっか見せちゃったな」
「気にしてないよ」
「――ああもう、お前、何でそんなにやさしいの?!泣きそうなんだけど」
ぐりぐりと肩口に頭を押し付けられ、くすぐったさに漣は身を捩る。体勢が崩れて背負った体を落としそうになり、可愛らしい声で可愛らしくない悲鳴があがった。
「うわッ!」
「ははは、落とされたくなかったら大人しくしてろよ?」
「うわ、すっげーいい笑顔…何かお前という人間が分かった気がするわ」
「それはどうも」
 暫く他愛もない言葉遊びを楽しんだ後、不意に陽が黙り込む。「花村?」と声を掛けると、くぐもった声が返ってきた。
「ごめん。泣きそう」
上擦った声には既に涙が混じっている。漣はふう、と息を吐き、ゆっくりと、幼子に言い聞かせるように言った。
「ヘッドフォン、オレの耳にかけて。…オレは前しか見えないし、何も聞こえません」
「うん」
かちゃり、と音がして耳が覆われる。少しずれているため完璧に音を遮断するには至らないが、気付かないふりをして漣は続ける。
「泣いていいよ。ただし鼻水は付けないでくれよな」
「う、ん」
 きゅう、と首に回された腕に力が篭もり、押し殺した嗚咽が聞こえた。しゃくりあげる振動が触れた肌から伝わってくる、けれども約束通り漣は何も知らぬと足を進める。
「…ホントは、先輩は、私のこと好きじゃない、っ、て、分かってた。でも、やさしくして、くれたことに、変わり、は、ないから」
「…」
「女らしく、なくたって、いいって、ジュネスなんか、関係、ないって。今の私のままで、いいって、言ってくれた、からッ!だから…」

 ――すき、でした

 伝えられなかった告白は、漣の背中に吸い込まれて消えた。

 少女の声にならない慟哭が胸を突く。泣き止んだ後、彼女が笑ってくれればいいと、漣は重く垂れ込めた空を睨んで願った。




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