忍者ブログ

whole issue

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

明日サヨナラを言わなきゃいけない相棒へ

数日前の妄想に書いていたものですが、少しだけ加筆修正して小説の方に載せさせていただきます。新しい話でなくて申し訳ないです(>_<)

別れの日、独りで電車に乗るセンセイ。大切なものは全部置いてきて、独りきり。
駆けてゆく背中も、助け起してくれる手も、案じてくれる声もない。賑やかなお喋りも、他愛もない喧嘩も聞こえない。それでも、別れは覆せないから。
稲羽に残った皆は「さびしいね」って言いあうことができるけど、センセイはそれもできないんですよね。せつない…


----------------------------------------------------------

無情にも発車のベルが鳴る。彼らと自分を隔てるようにドアが閉まり、やがてゆっくりと電車が走り出した。
「また、5月に会おうね!」
「連絡してくださいよ!」
口々に叫ぶ仲間達の声が、姿が、遠くなる。かけがえのない大切なものたちから、孝介を遠ざけるように電車はゆく。見送りの姿が完全に見えなくなるまで、孝介はドアの横に立ち尽くしたままでいた。
がたり、と急なカーブで車体が揺れる。別れ際に陽介から押し付けられた餞別から何かが飛び出しそうになり、孝介は慌てて袋を抱えた。
「…封筒?」
それは色とりどりの封筒だった。軽く10通以上はある。孝介は自分以外は誰もいない車内を歩きボックス席に腰を下ろすと、一番上のあった可愛らしいピンクの封筒を取り上げる。裏を返せば吹奏楽部の健気で努力家な後輩の名前が書いてあった。
封筒を傷付けないよう、そっと封を切って中身を取り出す。封筒とお揃いの便箋には、彼女らしいやわらかな字でたくさんのありがとうが書いてあった。孝介は堪らなくなって次の手紙に手を掛ける。尚紀からの手紙にも、やはり同じように感謝の言葉が綴られていた。一条、長瀬、あい――どれもが皆、言葉は違えど自分に対しての感謝が書いてあり、孝介は居たたまれない気分になった。
(なんで、どうして)
我武者羅に駆け抜けたこの一年、自分なりにがんばってきたとは思うが、これほどまでに多くの気持を貰えるほどの偉業を成し遂げた訳ではない。自分が動く動機はいつも自分勝手なもので、ただ大切な家族と、仲間と過ごす日々を守りたいだけだった。自分は勇者でも偉人でもない。ただの高校生でしかない。なのに何故。
嬉しいのに苦しくて息ができない。孝介は救いを求めるように、手紙の束をひっくり返して陽介の手紙を開けた。
彼らしいオレンジ色の封筒から出てきたのは、シンプルな白い便箋が二枚。最初の一行を読んで、ひゅ、と孝介は息を呑む。

『明日サヨナラを言わなきゃいけない相棒へ』

書き出しを見た瞬間、もう駄目だと思った。この手紙には救いなんてない。自分にとどめを刺そうとしている。けれども見慣れた陽介の、精一杯綺麗に書こうとした字から目を離すことができない。

『改めて手紙を書くのって、何か恥ずかしいな。
でもメールじゃ味気ないから、皆に声かけて手紙にしたんだ。ビックリしただろ?お前の驚いた顔が見られないのが残念だけど。』

彼がすぐそこにいるような気がして孝介は顔を上げるが、そこにあるのは少し温み始めた3月の空気と流れてゆく景色だけで。駆けてゆく背中も、助け起してくれる手も、案じてくれる声もない。賑やかなお喋りも、他愛もない喧嘩も聞こえない。独り、だ。大切なものは全て置いてきた。

『何書いていいか分かんなくて、俺が言いだしたのに、結局ギリギリまで書けなかった。
言いたいことも話したいこともいっぱいあるけど、手紙じゃ全然書き足りないからまた今度会った時まで取っとく。覚悟してろよ。』

今度、という言葉に距離の開きを改めて感じさせられる。次の約束はもう明日ではない。未だ親の庇護から抜け出せない自分達には、同じ日本の中にいても限りなく隔たった場所にいる。ずっと共に在りたいとどんなに願っても、住む所も、暮らしていく金も、高校生の自分達では都合できない。孝介はこれほど早く大人になりたいと思ったことはなかった。

『遠いけど会えない訳じゃない。メールだって電話だってある。
ちゃんと返事くれよな。んで、時々でいいからお前からもかけてこいよな。GWだって戻ってくるんだろ?
あと、大学の話。俺、本気でがんばるから。お前と一緒にいるためなら、なんだってできると思うから。』

視界が陰る。トンネルに入ったらしい。薄暗い照明の中で、陽介の白い手紙はほのかに輝いていて、今の孝介には唯一の道導に見えた。

『お前と一緒に過ごせたおかげで、俺は今までの俺と向かいあうことができた。
まだ弱くて格好悪いけど、少しづつ変わっていけたらと思う。
お前の相棒にふさわしい俺でいられるように』

陽介は気付いていない。この一年で自分がどれだけ成長し、魅力的になったのかを。そして綺麗になったのかを。
もう彼のことをジュネスのガッカリ王子と呼ぶ者は殆どいない。彼の太陽のような笑顔と、その下に見え隠れする誠実さと気遣い、何より、どこか凛とした強さに皆が惹かれ、集まってくる。彼に相応しくないのは自分の方かもしれないと孝介は自嘲した。

『お前にさよならは言いたくないから、言わない。
だから、その代わりに』

さあ、と光が差し込む。トンネルを抜けるとそこは一面、満開の梅の花だった。隙間から入ってくる春の匂い。別れの匂いだ。

『ありがとうって、言わせてくれ』

やめてくれ。礼なんて言わないでくれ。感謝したいのは、詫びたいのは自分の方だ。
かけがえのない絆をもらった。弱さを知って、守るべき強さを知った。人をいとおしむ心を知った。好きで好きでどうしようもなくて、弱みに付け込んで、それでも手に入れたいほど執着したのも初めてで。想いが通じた時は幸せすぎて死んでもいいと思ったほどだ。常に傍らにあった温もりを手放すのは身を切られるようだった。もう独りにはなりたくない。
「よう、すけ…っ」
帰りたい。稲羽へ、皆の元へ帰りたい。自分の帰る場所は都会のあの家ではない、堂島家だ。菜々子がいて、遼太郎がいて、仲間が遊びに来るあの古びた家だ。
早起きして弁当と朝食を作り、八十神高校の制服に袖を通して、桜が舞う鮫川河川敷を歩いて学校へ向かう。仲間が声を掛けてきて、一緒に学校へ行って、授業を受けて他愛もない話をしながら昼食を食べて、また勉強して。放課後はアルバイトに精を出したり、部活で汗を流したり、仲間と遊んだりして過ごす。そうして皆と同じ時間を過ごし、同じ足並みで大人になってゆきたかった。
皆はあそこにいる。変わらずいる。自分だけが、いない。
「…かえり、たい…」
嗚咽が漏れる。孝介はぽたぽたと大粒の涙を零しながら、陽介の手紙を縋るように握り締めた。


電車は孝介を都会へと運んでゆく。ようやく涙が納まり始め、掌に込めた力を緩めた孝介は、二枚目の便箋をそっと捲った。

『泣いた?』

二枚目の最初にはそう書いてあった。まるで彼は自分の姿が見えているようだ。

『寂しくなったら、電話してこい。俺達、親友で、相棒で、リーダーと参謀で――恋人同士だろ!』

最後の一言に、孝介の涙は一気に引っ込んだ。恥ずかしがって恋人という表現をなかなか使わせてくれなかった陽介が、自分から言い出してくれるとは思ってもみなかったのだ。孝介は涙を拭いながら、皺になってしまった便箋を丁重に伸ばし、封筒に仕舞った。
家に着いたら読み返そう。寂しくなったら触れよう。それでも収まらなければメールでも電話でもすればいい。繋がりは切れた訳ではない。自分が糸電話の片側をしっかりと掴んでいる限り、途切れることはないはずだ。
(嘆くよりも、この先のことを考えよう)
別れが覆せないのならば、よりよい再会のためにできる限りのことをしよう。けれども今だけは思い出に浸りたい。孝介は仲間達の顔を思い浮かべながら、手紙を大事に抱き締め目を閉じた。




END

PR

comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]