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愚者は吊り橋の上に立つ・1

「どうしよう、しあわせの先が見えない」の続編です。
センセイが好きでいることを許した陽介。でもどうしたって、孝介が数多の女子より自分を選んだのかが分からない。悩みと自覚からスタートです。

 

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天気は晴れ。授業は退屈。要救助者もいない。加えて、つい先日までこれ以上ないほど自分を苛んでいた問題がひとまず解決した後とあっては、自然と心も緩んでしまう。相変わらず教卓の上に座って授業を展開する柏木――内容は意外とまともだ――の声が若干耳障りだが、陽介の眠りを妨げる要因にはなり得なかった。心地よくうとうととしていると、前からプリントが回ってきて孝介に頭を叩かれる。
「起きろ。柏木、さっきからお前のこと見てるぞ」
「ん…悪ィ」
だって眠いのだ。心の荷は下りたが、今度は新しい課題が次々と浮上して、陽介は毎晩ベッドの上をのたうち回っている。彼に言われた数々の赤面ものの言葉だとか、城の中でしてしまった行為だとか、熱い唇や手の感触だとか、そういったものを思い出すだけで叫びたくなる。おかげでまた眠れない日々が続いていた。
悶々とする陽介とは対照的に、原因となった彼はいつも通りの涼しい顔をしている。不公平さをを感じて上目使いに睨んでやれば、孝介は口の端を吊り上げてシニカルに笑った。あまりに似合っていて、格好良くて、陽介の鼓動は勝手に早くなる。
「何、拗ねてんの。ほら、早く回せよ」
からかうように言われ、陽介は慌ててプリントを一枚取り、後ろの席へ回した。
おかげですっかり目が覚めてしまった。かといって真面目に授業を聞く気にもなれず、陽介は目の前に座る男の背中をぼんやりと眺める。自分より少しだけ高い背、まだ少年の名残を残しつつも大人の男へと変わりつつある体。気痩せするが、服の下には細身ながらもしっかりとした筋肉がついているのを知っている。いつもはぴんと伸びた背筋を少し丸めて板書を写している姿は文武両道な優等生そのもので、重い両手剣を危なげなく操り、鬼神の如き強さで異形を屠っているなど、自分達以外の誰も信じないだろう。ましてや、ペルソナなどという人知を超えた存在をその身の内から呼び出し、自由自在に使役しているなど。
(ちくしょう、格好いいんだよなー…)
男としてありとあらゆるものが自分より勝っている孝介にプライドが刺激されるが、素直に別格だと認められる。憧れる。だからこそ、陽介には分からないことがある。何故孝介は、彼に好意を寄せる数多の女子ではなく、わざわざ自分を選んだのか、ということだ。
どれだけ自分を想っているかということを切々と語られ、挙句の果てに泣き落しのような形で受け入れさせられた告白は、まだ記憶に新しい。彼は嘘は付かないし、手加減しないとの宣言通り、皆の前ではいつも通りでも、二人きりになると即座に行動に出てくる。甘い言葉を囁き、肌に触れ、唇を奪おうとする。彼は本気だ。恥ずかしいが、相手が孝介ならば男同士であっても嫌悪感はない。寧ろ嬉しいとさえ感じている自分がいる。何度完二に心の中で頭を下げたことだろう。
(なぁ、何でなんだよ、相棒)
心の中で語りかけると、熱視線に気付いたのか孝介は一瞬だけ視線を陽介に向け、気配だけで微笑んだ。そんなさり気ない仕草にまた顔が熱くなる。赤くなった頬を誤魔化すように、陽介は軽く頭を振って黒板を見た。
「――っていう感じに、この二つのタンパク質は切っても切れない関係なのよ。まるで恋人みたいね。そうそう、恋人って言えば、吊り橋理論って知ってる?」
この学校の教師は総じて脱線と雑談が好きだ。授業とは関係のない内容を平気でテストに出したりする。期末考査に出ることを警戒して、陽介は先程までとは打って変わって真面目に柏木の言葉に耳を傾けた。
「吊り橋理論っていうのは、人間は生理的な興奮によって自分が恋愛をしてると認識するという学説ね。吊り橋の上で実験を行ったからこういう名前が付いてるの。揺れる吊り橋の上で出会った男女と、揺れない吊り橋の上で出会った男女では、揺れる吊り橋、つまり、危険があって興奮している方が相手のことを恋愛対象として認識しやすいって内容ね。よくドラマで雪山や孤島に閉じ込められた男女がくっつくシーンがあるけど、あれはお約束的な展開ってだけじゃなくて、心理学的にも実証されていることなのよぉ。尤も、一時的な興奮による錯覚のようなものだから、恋人になっても長続きしないケースが多いらしいけど」
真摯に聞き入る生徒達に満足したのか、柏木は話を教科書に戻して板書を始める。陽介はページを繰りながら、なんともなしに先程の話を反芻していた。
(吊り橋理論、ねぇ)
隔絶された環境。追い詰められた状況。極限状態においてそこに居合わせた男女が、唯一縋れるものとして惹かれ合うのは無理もないと思う。現代に生きる日本人は、余程のことがなければ生命の危機を感じるようなことはないだろうが、生憎と自分は高校二年生になってから何度も死線を掻い潜ってきた。皮肉なことだが、仲間との間に生まれた特別な絆は、信頼は、戦いがなければ築きえなかったものだろう。
(…ん?)
陽介はふと思い当たって手を止めた。
自分達しか入ることのできないテレビの中の世界。初めて入った時は自分と孝介の二人きりだった。明確な殺意を向けてくるシャドウに、互いに背中と命を預けて戦ってきた。幾度も助け、助けられた。私生活でも彼には大変お世話になっているが、事件がなければここまで深い付き合いにはなっていなかっただろう。そう、テレビの中ペルソナ、シャドウというまさに断崖絶壁を繋ぐ吊り橋の上を渡らせられるような非現実的で命がけの出来事がなければ。
(これって、もしかして…?!)


その日の探索は散々だった。
孝介が気になって気になって仕方がない。剣を振るう姿も、透き通った声で名を呼ばれ、指示を出されるのも、圧倒的な存在感で神々の力を行使するのも、いつもと同じなのに何故か直視できない。結果、攻撃は命中率が落ち、必要以上に敵の攻撃を食らい、挙句の果てには総攻撃に加わり損なうという不始末だ。
「ヨースケ、どうしたクマ?今日、調子悪いクマね」
あまりにミスを連発する陽介に、クマが呆れを通り越して心配そうな顔をする。テレビの中での気の緩みは命を失うことに繋がりかねない。己の不甲斐なさに慌てて陽介は謝罪した。
「悪い。気ィ引き締めるわ」
ぱしん、と気合いを入れるように己の頬を叩くと、雪子も近寄ってきて顔を覗き込む。
「顔色悪いよ。熱、あるんじゃないの?」
ごめんね、と断ってから、雪子はそのほっそりとした手で額に触れてくる。少し冷たい彼女の掌が心地よくて、陽介はうっとりと眼を閉じた。
「ちょっと熱、あるみたいだね。少し休んだ方がいいよ。――月森くん!」
少し離れた所で他のメンバと話していた孝介は、雪子に呼ばれて小走りに近寄ってきた。しかし、彼の進路を阻むように一匹のシャドウが姿を現す。孝介は顔色ひとつ変えず、剣を一振りして異形を散りに返した。返る刃の銀色の軌跡が、黒いフレームの下できらりと光る瞳が、さらりと揺れるシルバーグレイが、そのどれもがあまりにも綺麗で、格好良くて、陽介は眼を奪われてしまう。途端に胸がどきどきとおかしいくらいに高鳴り出した。
(な、なんだコレ、俺どうしちまったんだ?!)
「どうした?」
「花村くん、具合悪いみたい。誰かと交代するか、今日はこの辺にしといた方がいいかも」
孝介は事情を聞くや否や、雪子と同じように手を伸ばして額にあてた。少し汗ばんだ大きな手に触れられ、孝介の整った顔が眼前に迫る。息が掛かるほど近い。キスしたことさえもあるのに、吐息が触れるこの距離で息が詰まるほど苦しくなる。きゅうと胸が締め付けられ、頭に血が上ってゆくのが自分でも分かった。孝介が珍しくうろたえる。
「!陽介、すごい熱だぞ!」
「や、何でもないから、大丈夫だから!孝介、放せって」
これ以上孝介に近くにいられたら自分の心臓が持たない。慌てて体を離そうとする陽介がふらついたように見えたのか、体を逆に抱き寄せ、孝介はてきぱきと退却の準備を進める。皆もそろそろ潮時だと思っていたのだろう、誰からも異論は出なかった。

テレビの中から出て、送るという孝介の申し出を頑なに辞して、陽介はクマと共に帰路に着く。ふらふらと覚束ない足取りを案じられ、子供のようにクマに手を繋がれてしまった。二人が実の兄弟のように仲が良いことはジュネスでは皆の知るところなので、白眼視の代わりにくすくすという苦笑が漏れる。だが今の陽介の耳はそれを拾えるほどの余裕がなかった。
先程の孝介の姿が脳裏に焼き付いて離れない。今は動悸は落ち着いたが、思い出すだけでまたどきどきしてしまう。
「ヨースケ、本当に大丈夫クマ…?」
心配するクマに答えることができないほど、陽介は動揺していた。
(なんだよ、これじゃまるで…俺、恋してるみたいじゃん!)
陽介は必死に頭を振る。これは吊り橋理論だ。戦闘という極限状態の中で、頼れる孝介にくらっとしてしまっただけなのだ。
「ヨースケ、ヨースケってば!しっかりして!」
クマに引きずられ、陽介はなんとか花村家の敷居を跨ぐ。その日の晩から陽介はまたよく眠れなくなってしまった。




**********




放課後、陽介は一人で自転車置き場の隅に立っていた。きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回していた彼は、遠くにシルバーグレイを見つけてそろりと後を追い始める。
(ターゲット確認。尾行を開始するであります!なんちゃって。…空しい)
夏前に完二を尾行した懐かしい記憶が蘇る。あの時は四人しかいなかった特別捜査隊も今では倍になった。頼もしい限りだが、今回は事件とは関わり合いのない調査である。陽介はテレビの中で培った体さばきで、できる限り人目に触れないよう気配を消して孝介の後を追った。
昨晩、ベッドの中で考え抜いた結果、陽介は暫くの間、孝介を観察することにした。きっと今は、二人とも濁流流れる断崖絶壁に渡された、激しく揺れる吊り橋の上に立っているようなものなのだ。少し冷静になって日常生活を過ごせば、勘違いの恋であるならば冷めるはず。そうでないなら――先を考えようとして陽介は頭を振った。今の自分の頭の容量では、いくつものことを並列で処理できない。先ずは事実を確認するのが先決だと結論を出し、陽介は目標捕捉に全力を傾ける。部活を終えた彼は、吹奏楽部の可愛らしい後輩と一緒に仲良く河原へと歩いてゆく所だった。女性というよりもまだ少女のあどけなさを残した彼女とは、陽介も幾度か話したことがある。とてもやさしくてきれいな心を持った子で、陽介は好感を持っていた。けれども、孝介の隣で、彼と笑顔で話している彼女を見ると、胸がもやもやとするのは何故だろう。
(って、いけねぇ、見失っちまう)
橋桁の影に身を隠し、陽介はそっと二人の様子を伺う。聞こえてくる賑やかな音から、二人が楽器の練習をしているのが分かった。つっかえることも裏返ることもなく淡々と聞こえてくるのが孝介の音で、立ち止まりながらも懸命に後を追うのが彩音なのだろう。彼女の演奏は決して上手とは言えなかったが、思わず応援したくなるような気迫がある。陽介は思わず拳を作って心の中で声援を送っていた。
「――じゃあ、今日はこの辺にしとこうか。気を付けて」
「はい!センパイ、本当にありがとうございました」
日が完全に暮れる前に、二人は別れて反対方向へと歩き出す。陽介は目視できるぎりぎりの距離を保って孝介の後を追った。

河原で壮齢の男性と軽く談笑し、帰り道で出会った学童の母親達と挨拶を交わし、商店街を抜けジュネスへと向かう。夕飯の買い物があるのだろう。その間にも孝介は何人もの人に話しかけられ、また、自分からも話し掛けていた。親交の広さに陽介は舌を巻く。
(顔、広いとは知ってたけど…こんなにとは。アイツ、疲れないのか?)
孝介の表情はいつも通り涼しげで、疲労は微塵も感じられない。やがてジュネスに着いた孝介は、迷うことなく食品売り場へと足を進める。陽介は距離を詰めると、偶然を装って後ろから肩を叩いた。
「よぉ!夕飯の買い物か?」
孝介は振り向くと、ふわり、と花が綻ぶような笑みを見せる。先程まで幾人もの知人に見せていたものとは明らかに異なる、陽介だけに向けられた笑顔だった。悦びに心が跳ねる。流石に耐性のついてきた陽介は僅かに頬を染めながら笑顔を返した。
「ああ。お前、体はもう平気なのか?まだあんまり顔色良くないぞ。バイトじゃないだろうな」
心配症の母親のような案じ顔と、厳格な父親のような顰め面を足して二で割ったような表情で言われ、陽介はくすりと笑う。
「ん、もう平気。昨日は迷惑掛けてゴメンな。今日はシフトは入ってないんだけど、どうしてもヤボ用があってさ。もう終わったから付き合ってもいい?」
「勿論。…あんまり、背負い込みすぎるなよ?」
孝介は手を伸ばし、陽介の髪をくしゃりと撫でる。セットした髪を崩されるのは嫌いだが、彼の手が気持ちよくて陽介はうっとりと眼を細めた。
「サンキュ。大丈夫だよ。あ、そろそろ野菜のタイムセール始まるぜ。今日は確かナスが5本で98円、トマトが3個で100円だ」
「うーん、じゃあ今日はナスのはさみ揚げにしようかな…」
連れ立って歩くだけで、例えそこがジュネスの食品売り場であっても特別な気分になる。彼の傍はとても心地がよくて、この場所に立つ権利を失わずに済んで本当によかったと思えた。だから陽介は聞けなかった。
(なぁ、本当に俺で、いいのか?)




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