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彼のいない7日間

例えば自分がいなくなったとしても、世界は関係なく回ってゆくことを知っている。
そう思っている陽介と、そう思っていない仲間達。
だって気が付けば誰かのトクベツだもんねヨースケ!

 

-----------------------------------------------------------

昼休み。雨のため教室で昼食を採っていた陽介の携帯に電話がかかってきた。彼は「悪ィ」と断ると、席を立って廊下へと出ていく。
暫くして戻ってきた彼は、まるで外の天気のように沈んだ顔をしていた。
「どうした?」
がたり、と椅子を引いて座った彼は、大きく息を吐き出した後に言った。
「俺、明日から一週間学校休むわ」



**********



「かくして花村氏は機上の人となり、月森は独り残されたのであった…と」
相変わらず雨は降り続いている。部活が潰れ、廊下で他愛ないお喋りに興じていた一条と長瀬に「相棒」の不在を指摘された孝介は、つい先日自分が聞いたことをそのまま伝えた。
曰く、父方の祖母が他界したこと。実家が遠いこと。本来は父親が行くべきなのだが、どうしても抜けられない会議があるため遅れて行くことになり、その間は陽介と母親で代理を務めなくてはいけないこと。
「大変だな、花村も」
長瀬が実直な感想を述べる。裏表のない彼の性格が孝介は好きだった。一条もうんうんと頷き同意する。
「多分、相当面倒くさい親戚なんだろうなー。なんとなく分かる。アイツ、なんていうか…運の良さ低いよな」
一条の指摘が言いえて妙で、孝介は思わず苦笑する。ここにはいない人物を魚にしばらく談笑した後、一条達は帰ると言って手を振った。
「あ、月森」
「ん?」
一条はその丹精な顔にあまり性質のよくない笑みを浮かべる。
「寂しいならいつでも来ていーぞ?置いてかれたカワイソウな月森君を、精一杯甘やかして慰めてやるから」
じゃあな、と今度こそ彼らは去っていった。



**********



「――今よ!」
雪子の攻撃で敵がダウンし、総攻撃のチャンスが訪れる。頷き、鬨の声と共に一斉にシャドウに跳びかかる。孝介の右隣にいつも見えるはずのハニーブラウンはなく、代わりに絹のような美しい黒髪がたなびいた。
(あ)
踏み出しが一歩遅れた。けれども他の皆は気付かなかったようで、転倒した異形を容赦なくタコ殴りにしていた。剣を振りかざし、それに加わる。
『シャドウ、全撃破!センパイ達、おつかれさまっ』
りせのナビゲーションに皆は詰めていた息を吐き出した。
制服の袖で滲み始めた汗を拭っていた孝介に、近付く者がひとり。完二だ。彼は言いにくそうに後ろ頭をかきながら、それでも口を開く。
「あのー、センパイ。…今日、調子悪いんスか?。さっきからあんまりノれてねえっつーか、タイミング外してるような気がするんですけど」
孝介は軽く眼を見開いた。自覚はあるが、指摘されるほどとは思っていなかったのだ。完二の声を聞きつけた千枝が小走りに近寄ってくる。
「月森くん、大丈夫?具合悪いなら無理しない方がいいよ?」
「いや、平気だ。もう少し鍛えておきたいし、武器を揃えるのに資金が欲しい。皆が大丈夫なら進もう」
頭を振ると、皆はまだ心配そうな顔をしていたが頷いてくれた。先陣を切り歩み始めた孝介に、後から静かな直斗の声がかかる。
「やはり、気になりますか?」
孝介は少しだけ首を巡らせると、返事の代わりに微笑んだ。
(ああ、あの背中が見たい)
自分の横を、時には前を、軽やかに駆けてゆく風の申し子。あのハニーブラウンが見えないだけで、こんなのにも落ち着かないだなんて。

「…花村センパイが、いればいいのにね」
りせがぽつと、と呟く。声に出して同意する者はいなかったが、それは無言の肯定だった。
孝介のリーダーとしての資質は疑うまでもない。異形を容赦なく薙ぎながら、適格に、冷静に指示を飛ばし、皆をリードする。パーティーを気遣い、他者の意見を蔑ろにすることはなく、けれども自分の意思をはっきりと見せる。皆が愛している、いつも通りの月森孝介だ。
けれども、今日の彼は少し近寄り難い。横にやわらかな雰囲気を持つ相棒がいないせいだ。
自分が苦しい時でも、リーダーが進むと決めれば先陣を切って進む。その姿にどれだけ励まされただろう。己が怪我を負っていても、調子が優れない者がいればさりげなく庇い、その細い腕で守ろうとする。士気が下がっている時こそ明るく振る舞い、空気が張り詰めた時は冗談や他愛ないお喋りで場を和ませる。いつも当たり前のように孝介の横にいたので気付かなかったが、いなくなって初めて、花村陽介というピースが特別捜査隊の中でいかに大きく、重要なピースであったかを知った。
自分達を連れどこまでも飛んで行ってくれそうな、比翼の鳥のような二人の背中。しかし今は片翼しかいない。一人で戦う孝介の背中はどこか寂しげに映った。



**********



「…――この度は誠にご愁傷様です。心よりお悔やみ申し上げます」
「お忙しい中、ご丁寧なお悔やみをいただきまして、恐縮でございます。故人に代わりまして御礼申し上げます」
父方の実家には、朝からひっきりなしに弔問客が訪れている。田舎の葬式とはこんなものだろうか。お決まりの挨拶と共に頭を下げ、香典の受け取りと記帳を務める母の横で、陽介も同じように故人を悼む人々の対応に追われていた。
(雨、降りそうだな。稲羽はまだ霧、晴れてねぇよな)
空は今にも泣き出しそうなほど、重く低く雲が垂れ込めている。丁重に返礼をしながらも、陽介の心は上の空だった。
――ぽつり。
ジャケットの袖に、雨粒がひとつ落ちてくる。今着ているのは、八十神高校の制服では目立つからと母に着せられた、以前いた東京の高校の制服だ。何の変哲もないダークウラウンのジャケットと、黒のスラックス。白いワイシャツと、黒いネクタイ。本当はネクタイは臙脂色だが、葬式には相応しくないと黒に代えてある。制服が違うだけで、まるで違う自分になってしまったようだ。今ここに、「八十神高校」の「花村陽介」はいない。仲間達との繋がりまで切れてしまいそうで、ひどく落ち着かない気分になる。
ひとつ、ふたつ、またひとつ。瞬く間に雨は本振りになり、皆は慌てて軒下へと避難を始めた。テントの下にいた陽介は、母と共に机を内側に寄せた後、ぼんやりと空を見上げる。
(ばあちゃん、泣いてるのかな)
父の仕事が忙しくなってからなかなか帰省する機会がなく疎遠になっていた祖母だが、電話の向こうではいつも穏やかに笑っていた。決して他人を否定せず、陽介のことを案じてくれた。そんな所は「相棒」と似ているかもしれない。
ぐちゃぐちゃに悩んで、なかなか前に進めずにいる自分を見ても、彼女は微笑んでくれるだろうか。幼い頃のように、「大丈夫」と言って頭を撫でてくれるだろうか。
(やべ、泣けてきた…)
こちらに付いてすぐ別れは済ませたというのに。母に気付かれないよう滲んだ涙を拭いながら、陽介は灰色の空を睨んだ。最期の旅立ちが土砂降りの雨だなんて悲しすぎる。せめて出棺までには晴れますように、と、らしくもなく神様に祈った。



**********



4限の終了を告げる鐘が鳴る。教師が教室を出るや否や、皆は競うようにして席を立ち、ある者は購買へ、ある者は友人の席へと駆けてゆく。その人波に逆流して、月森孝介は教室へ入ってきた。
「おはよ。っていうよりもう、こんにちは、か。菜々子ちゃん、大丈夫?」
千枝の問いかけに孝介は頷く。ダークグレーの髪がさらりと揺れた。
「ああ。学校で風邪をもらってきたみたいだ。明日にはよくなるだろうって」
「月森くん。これ、午前中のノート」
「ありがとう、助かる。放課後までに返すから」
雪子からノートを受け取ると、孝介はひとまずそれを机に仕舞い、鞄から弁当箱を取り出した。具合を悪くした奈々子を病院に連れて行ったため、中身は昨日の残りの肉じゃがと、適当に焼いた卵焼き、冷凍しておいたほうれん草を詰めただけである。
「あ、肉じゃがだね。花村くんがいたら喜びそう」
陽介の肉じゃが好きは有名である。心底幸せそうな顔でじゃがいもを頬張る相棒の顔を思い出し、孝介は思わず笑みを浮かべた。けれども彼は今、ここにいない。ぽっかりと空いた後ろの席。聞こえない明るい声。クラス全体が沈んでいるようだ。
「もう4日、かぁ。アイツ騒がしいから、いないとなんか静かだね」
「寂しい?千枝と花村くん、仲いいもんね」
雪子の言葉に、千枝は大げさに驚いてみせる。
「まっさかぁ!っていうか、寂しいのは私じゃなくて…」
千枝は最後まで言うことはなく、代わりに微笑んだ。
「…花村、早く帰ってくるといいね」
「ああ」
雨はまだ降り続いている。



**********



階下では、大人達が故人を偲ぶためと言い張って果てのない宴席を続けている。その喧しさに辟易しながら、陽介は幾度目かも分からない寝返りを打った。
先日、ようやく駆けつけた父は今は酒宴の中心にいる。穏やかな父があんなにも激しく泣く姿も、酔っ払う姿も、陽介は見たことがなかった。驚く息子に母は「ここにいる間だけは見なかったことにしてあげましょ」とやさしく言い、陽介を床に就かせたのだった。
(つか、まだ10時過ぎじゃねーか。ガキじゃねーんだからこんな時間に寝られるかっつーの!)
テレビは階下にしかなく、携帯ゲーム機は充電機を忘れてしまったためもう電池切れだ。縋るものは携帯電話しかない。友人達からのとりとめもないメールに返事を返した後は、やることがなくなってしまった。
(…まだ、起きてるかな)
陽介は携帯を開くと、のろのろとした動作で発信履歴を開く。一覧の中でかなりの数を占めている番号にカーソルを当てるが、しかし発信ボタンをなかなか押すことができない。しばらく悩んだ末、陽介はフリップを閉じた。
「………メールくらい、くれたっていーじゃん」
ぽすり、と枕に頭を埋めて呟く。孝介はもともと多弁ではなく、メールや電話も用がなければしてこない。こちらからしたものには返事をくれるが、彼から連絡事項以外のメールや電話がきたことは数えるほどしかなかった。自分がこちらに来てから一度もない。「特別」な関係であるはずなのに、いつもかけるのは陽介からで、本当に自分が彼にとって特別なのか不安を覚えてしまう。触れる手の熱さや、囁きの甘さを思い出せば、そんなことはないと分かるのに。あれで陽介のことを遊びだというのなら、月森孝介は希代のペテン師だ。
離れてみると不安はより顕著になる。あの透き通った声で彼に別れを告げられたらと思うと、陽介は怖くて自ら連絡をとれなくなってしまった。けれども恐れと比例するかのように、彼への想いは募ってゆく。
――帰りたい。祖母の死を悼むことよりも、稲羽にある自分の今の生活へと意識が向いてしまう。慈しんでくれた祖母に対する罪悪感と、置いて行かれる焦燥感に、陽介は深い溜め息を吐いた。
(皆、きっと、強くなったよな。授業もかなり進んだだろうし。着いてけっかな)
自分がいなくてもいなくても、世界がお構いなしに回ることを陽介は知っていた。どんなに仕事ができ、頼られていた人でも、いくなったらなったで残された者達がなんとかするのだ。そうして世界は淘汰されてゆく。
(俺の居場所は、まだあるんだろうか)
昼休みの屋上。放課後、ジュネスのフードコート。テレビの中での右隣――孝介の横。そこに自分ではない誰かがいることに、果たして自分は耐えられるのか。
自問自答に答えは出ない。悶々としているうちに、陽介は結局、携帯を握りしめたまま眠ってしまった。

その晩、彼は夢を見た。泣いている自分の頭を、祖母が優しく撫でてくれる夢だった。



**********



稲羽の駅に降り立つと、懐かしい空気が陽介を迎えた。
たった6日間なのに、帰ってきたという感じがする。田舎も空気は澄んでいたが、ここよりも萌える緑の香りが強かった。雨の匂いと、土の匂い。いつの間にか馴染んでいた稲羽の匂いだ。
本当は明日の朝に両親と共に帰郷する予定だったが、勉強が心配だからと嘘を吐いて自分だけ一日だけ早く帰ってきてしまった。陽介は家には寄らず、ジュネス目指して歩き出す。父親から預かった書類を店長代理に渡さなければならない。
時計を見れば、長針も短信も3を過ぎた所を指していた。そろそろ学校の終わる頃だろう。駅からジュネスまで徒歩だとそれなりに時間がかかる。自分が着く頃には、自称特別捜査隊の皆はフードコートに集合しているか、もうテレビの中に入っているかもしれない。
(今日は、会いたくないな)
出発前まで弔問客の対応を手伝っていたのでまだ前の学校の制服のままだし、何より、皆の前で上手く笑える自信がなかった。一晩、自分の部屋でゆっくり眠って、明日八十神高校の制服を着て登校すれば、いつも通り笑える気がする。例え、自分の居場所がなくなっていたとしても。
ジュネスに着き、従業員入口からまっすぐに事務室を目指す。途中、見知った顔に出会い挨拶をしたが、皆一様に驚いた顔をしていた。
(そんなにヘンか、俺?)
服装チェック用の姿見の前で足を止め、陽介は苦笑した。ダークブラウンのジャケットの制服はこの辺りでは見かけないし、いつもはワックスでしっかりとセットしている髪の毛は分け目を変え自然に流しているため、大分印象が異なるのは認めざるを得ない。傍目には「花村陽介」だとは分からないかもしれない。制服というのは一種の符号だというのを陽介は実感した。
「おつかれさまです。あの、坂下さんは?店長から書類を預かってきたんですか」
事務室にいた社員に店長代理の場所を尋ねると、フードコートの配管設備に気になる点があるので屋上に行ったという。できれば直渡しを、と父親から頼まれていたため、陽介は渋々屋上へと向かった。
客席は見ない。配管設備の近くに絞って顔を廻らせれば、程なくして目的の人物が見つかる。近寄り声を掛けると、彼もやはり皆と同じように驚きを浮かべた。
「陽介くん!?いやー、誰かと思ったよ。…あ、この度は誠にご愁傷様です」
「ご丁寧なお悔やみ、ありがとうございます。恐縮です」
しっかりと腰を折り返礼してから、陽介は頼まれていた書類を渡した。これで用事は済んだ。代理に挨拶をし、エレベータ目指して一直線に歩いていた陽介だったが、突然背後から衝撃を感じ思わずその場に膝を膝をつく。
「ってぇ!何すんだ――」
「ヨースケ!!ヨースケだクマ!!!」
聞きなれた甲高い声に振り向けば、自分の腰にしがみ付くクマの姿があった。見つかりたくなかった陽介は必死にクマを剥がしに掛かるが、細い体のどこにそんな力があるのかというほど強く抱きしめられ、抱え上げられるようにして皆の所へ連行される。
「ちょ、このバカクマ!放しやがれ!!」
「ヨースケヨースケ!みんな、ヨースケが帰ってきたクマよー!!!」
心の準備をする暇も与えられず、陽介は文字通り皆の前に引きずりだされた。やはり皆も、孝介までも驚いた顔をしている。
「花村…!?別人かと思った」
「んだよ、そんなにヘンかよ、俺」
千枝の言葉に唇を尖らせると、りせがいささか興奮した口調で言う。
「違いますよぉ、逆!センパイ、そっちの方が格好いい!でもそれ、東京のガッコの制服ですよね?どうしたの?」
可愛い後輩に格好いいと言われ、心が少し緩んだ陽介は素直に答える。
「いや、葬式の手伝いでさ。スーツなんか持ってないし、八十神の制服は目立つからこっちの方がまだマシだろうって親に着せられた」
「あ…花村くん、この度はご愁傷様です」
わざわざ席を立って頭を下げてくれた雪子に、陽介もしっかりと例を返す。この一週間で飽きるほど繰り返されたやりとりだったが、雪子の言葉に労りが籠もっていたのが嬉しかった。
「ご丁寧なお悔やみありがとうござます。恐縮です」
「………なんか、花村センパイじゃないみたいだな」
「…ですね」
完二の言葉に珍しく直斗が同意する。それまで黙っていた孝介は立ち上がると、どこか所在なさげに立っている陽介の手を引き、やや強引に自分の隣に座らせた。

「おかえり、陽介」

たった、一言だった。
それだけ凝っていた心が氷解してゆくのを陽介は感じた。次いで皆からも「おかえり」「おかえり」と言葉が降り注ぐ。その度に不安が、焦燥が溶けてゆく。思わず涙が出そうになった。
「花村センパイ、聞いてくださいよ。アンタがいない間、月森センパイは全然調子が出なくて、結局1回しかダンジョンに入らないでずっと自主練ですよ?体が疼いて仕方ないっス」
「やだぁ完二、その言い方変態っぽい!」
「!なっ、なんだとぉ!?」
きゃあきゃあと騒ぐ一年の声をよそに、陽介は眼を丸くして孝介を見た。
「マジで?」
孝介が拗ねたように顔を背けたところを見ると本当なのだろう。千枝と雪子はくすくすと笑みを漏らした。その声すら今は優しい。
「…それより陽介、皆に言うことがあるだろ」
ぐしゃ、とセットしていない髪を撫ぜられ、陽介は眼を瞬かせた。自分が言っていない、いうべき言葉。逡巡の後、見つけたそれを彼はその名前のようにきらきらしい笑顔で唇に乗せる。
「――ただいま!」



END

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