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どうしよう、しあわせの先が見えない・4

陽介、孤軍奮闘の巻。陽介がとにかく逃げたがるのでやたらと長くなってしまいました…。


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「………う…」
体が痛い。背中と右腕がずくずくと、鼓動と共に酷く痛む。体の下に感じるのは、冷たく硬い地面の感触だ。全身は鉛のように重く、仰向けに倒れた姿勢のまま殆ど動かすことができない。
視界は霞掛ったように不明瞭で、瞬きを繰り返してもクリアになることはない。苦労して首を巡らせて見れば、よく知った光景がそこにはあった。鮫川河川敷。ただし、空の色は現実にはありえない淀んだマーブルで、あちこちに潜む何かの息遣いを感じる。
(そうだ――俺、テレビの中に落ちたんだ)
思い出した途端、自分の腕の中にある温もりが重みを増す。陽介は気力を振り絞って己のペルソナを呼ぶと、今にも途絶えそうな小さな命に必死に癒しの力を送った。役目を果たしたスサノオが淡い光となって姿を消す。くぅん、という小さな鳴き声が聞こえたことに安堵した陽介は、再度スサノオを呼んで己の傷を回復した。燐光が降り注ぐごとに痛みがじんわりと消えてゆく。
「俺のペルソナ、回復魔法が使えてホントによかった…」
痛みがなくなり、ようやく思考が動き始めた陽介はしみじみと呟いた。手を着いて身を起こすと、薄汚れてグレーになった子犬がきらきらしい目で陽介を見つめている。無邪気なその姿に思わず笑みが漏れた。
「悪ぃな。巻き込んじまって」
人懐っこい犬なのだろう、陽介が手を伸ばしても逃げることはなく、撫でてとばかりに尻尾を振っている。ご希望通り頭を撫でてやりながら、陽介は考えた。
(これから、どうすっかな)
クマが言っていた、入るテレビによって出る場所が違うというのは本当のことだったようで、ここは入口広場ではない。よって、テレビの外に帰る手段がない。何とかして入口広場に戻れればいいのだが、鮫川河川敷は今までどのダンジョンに向かう途中でも見たことはなかった。
空が淀んでいなければ、蠢く気配がなければ、ここがテレビの中とは思わないほど現実と瓜二つな景色。自分の影と向き合い、戦う力を手に入れた商店街を思い出し、陽介は僅かに顔を顰める。あそこも現実をコピーしたかのような場所だった。
「…お?もしかして」
テレビの外と同じなら、橋を渡って反対側に行けば商店街に出るはずだ。商店街からなら入口広場への道は分かる。陽介は立ち上がると、制服の裏ポケットからメガネを取り出した。武器や防具を含めて荷物は鞄の中に置いてきたが、メガネだけはいつも持ち歩いているのだ。掛ければ、あれほど濃かった霧が殆ど気にならないレベルにまで晴れて見える。同時に、徘徊するシャドウの姿も確認できた。ここに長居する訳にはいかない。
テレビの中に入る時は、いつも仲間が、月森がいた。だが今は独りだ。冷静な声で指示を受けることも、絶妙のタイミングでフォローが入ることも、どれだけ傷付いても癒しの光が振ってくることもない。退路もなく、武器も道具もない。己の身ひとつで進まなければならない。
(俺がテレビの中にいることは、誰も知らない。待ってても助けが来ることはない。死んだって…誰にも分からない)
陽介は戦慄に身を震わせた。独りがこんなにも恐ろしく感じたのは、今が初めてだった。震える己の体を、震える自分の腕で抱き締める。閉じた瞼の裏に真っ先に浮かんだのは、両親ではなく自称特別捜査隊のリーダーの顔だった。彼は何故か苦しそうな顔をしていた。ここ最近見せるようになった憂いの表情だ。そんな顔をしている理由を、自分はまだ聞いていない。事件だって解決していない。
(かえら、ないと)
震える腕を叱咤し、陽介は己の頬をパン!と叩いた。
「――うっし、行くか!お前も一緒だぞ。いいか、くれぐれもウンコとかしっことか漏らすなよ」
子犬を抱きあげ、襟元に犬を入れる。感じるその温もりに涙が出そうになった。
(つか、なんか前にもこんなことあったような気がすんだけどな)
記憶の糸を辿っても、該当する事例は思い出せない。気のせいと位置付けて、陽介は商店街目指して歩き始めた。



しかし、陽介の目算は見事に外れた。
「つっかれた…ちくしょ、ハラ減ってきた」
鮫川河川敷の東屋、設えられたベンチに腰掛け、陽介は盛大な溜め息を吐いた。
テレビの中に入ると時計が止まってしまうため正確な時間は分からないが、落ちてから随分と経った気がする。幸いにしてさほど強いシャドウには遭遇せず、ペルソナを使ったり逃げたりして上手く切り抜けてきたが、一向に商店街には近付けていない。地面のあちこちに大きな穴があって思うように進めないのだ。
最短ルートと考えていた橋は、中央部がぽっかりとなくなっていた。仕方なしに迂回ルートを探したが、こちらも穴だらけで道が潰れており、途中まで行っては引き返してを繰り返している。穴は暗く、深く、底では得体の知れないおぞましい何かがひしめいている。落ちたら助からないことだけは本能的に理解できた。
小さな同行者は、今は陽介の横で大人しく丸くなっている。眠ってしまったらしい。呑気なものだ、と陽介は苦笑した。案外、この子犬は大物なのかもしれない。
「今頃みんな、何してっかなー…」
仲間達はもう休んだ頃だろうか。両親は心配しているだろう。もしかしたら連絡網を使ってクラスの皆に聞きまわっているかもしれない。そうなると、無事に帰れたとしても学校に行きにくくなるし、ジュネスにも自分にも悪い噂が立つのは目に見えている。己の行動が軽率に思えて陽介は項垂れた。
(そういや、今日の夕メシは昨日の残りのカツでカツ丼って言ってたよなぁ。きっと今日もクマ吉がいて、俺の分まで食っちまってるだろうけど!帰ったらクマには一度ビシっと言ってやらねーと)
無事に帰れたら――思考は全てその前提の元に組み立てられている。帰れない場合のことは考えていない。考え始めたら心が折れて動けなくなってしまいそうだからだ。帰りたい。その想いだけが今の陽介を動かしていた。
幾度目かも覚えていない溜め息を吐き、陽介は重い腰を上げた。あまり一所に留まるとシャドウに囲まれる。
犬を起こさないよう慎重に胸元にしまっていると、背中にぞくり、と悪寒が走った。確認するよりも早く、陽介は反射的にその場から飛び退く。振り返れば、一瞬前まで自分がいた部分に穴が開いていた。穴はみるみるうちに虚構を広げ、タールのように粘着質な闇がせり上がってきている。一呼吸ごとに濃くなる瘴気に鳥肌が立ち、冷汗が止まらない。りせやクマのアナライズがなくても分かる、相当に強力なシャドウだ。陽介は震える足を叱咤し、一目散に逃げ出した。
(くそっ!橋は使えねぇ、下流方面もダメだったから、残るは上流方面…ジュネスの方だ!)
生まれ落ちたシャドウの咆哮が聞こえる。あれは産声なのだろうか。耳を塞ぎたくなるノイズのような声に、せめてもとヘッドホンを耳に当て、陽介はひた走った。しかし彼を嘲笑うかのように、河川敷から一般道に出る道はぽっかりと虚無に飲み込まれていた。
「マジかよ…!どーすりゃいいんだ!!?」
逡巡する陽介の背後で、またもや異形が吠えた。先程よりも近い。只ならぬ気配を感じ取ったのだろう、目を覚ました犬がしきりにキャンキャンと吠えた。甲高い声に獲物の存在を知った他のシャドウが、一斉にこちらへと向かってくる。
「ちょ、バカ!頼むから黙ってろ!!」
言葉が伝わらないと分かってはいても、言わずにはいられない。陽介は河川敷を滑り下り河原へと降りた。待ち構えていた雑魚をマハガルーラで一掃し、今度は下流方面へと走る。疲労が蓄積されてきたためか、少し走っただけで息はもう絶え絶えだ。腰の高さまで生い茂る草を掻き分け、いつも孝介が釣りをしている辺りまで戻ると、東屋付近を徘徊している巨大な影が見えた。シャドウは力の強いものほど大きい。あの大きさはダンジョンのボス並だ。
(あいつに見つかったら、ジ・エンドだ)
背後からはかなりの数のシャドウが追ってきている。陽介はできる限り足音を立てないよう、コンクリートの階段を駆け上った。しかし最後の一段で足が縺れ、転倒まではいかないが地面に手を着いてしまう。その拍子に胸元から子犬がこぼれ出た。自由を得た子犬は鳴き声を上げながら、一目散に下流へ向かって走り出す。
「!こんのアホ!待てッ」
慌てて後を追うが、子犬と言えども疲労困憊の陽介よりは足が速い。嫌な予感がして後ろをちらりと見れば、巨大なシャドウを含めた異形の大群が迫っていた。
「!!!!」
すぐそこにある生命の危機に、陽介は全力で走った。橋の手前まで来た所で、前方に広がる大きな穴を前に動けないでいる犬を見つけ、足を止める。遠慮もなしに掴んで胸元に入れようとするが、子犬は怯えからかひどく暴れ、陽介の手を噛んで逃げようとし、一向に大人しくしてくれない。
「大人しくしてろ!死んじまうぞ!!」
『――犬なんて、見捨てちまえよ』
焦る陽介の脳裏に誰かの声が響いた。否、誰か、ではない。知りすぎるほど知っている自分の声――影の自分だ。目を見開いた陽介に、声だけでも分かるほど皮肉をたっぷりと込めて、影は続ける。
『ここでタラタラしてる間にも、あいつらは近付いてるぜ。ホラ、すぐそこまで来てる。こんなちっぽけな犬だって、嗾けりゃちょっとは時間が稼げるだろ。その間におまえは上手の林にでも逃げ込めばいい』
「うるさい、黙ってろ」
『人間、自分が一番大切だもんなぁ。緊急避難だ、誰も俺を責めたりはしねーよ。…なぁ、俺。分かってんだろ?』
影の腕が頬に延ばされたのを感じる。輪郭程度しかない影の唇が、お決まりの台詞を呟いた。『我は汝』と。
「……ああ、そうだよ。お前は俺だ。自分が可愛いし、助かるなら何をしてでも助かりてーよ。でも、弱くたって小さくたって、命を奪う権利なんて誰にもねぇ。そこは絶対、間違えちまったらダメな所なんだよ!俺は帰るしコイツも帰る!だから力を貸してくれ!!」
陽介の体から淡い緑色の光が溢れだす。影は光の中でにやりと笑うと、「俺にしちゃ上出来だ」と残して陽介の中に消えた。犬を無理矢理胸に突っ込み、陽介は右腕をす、と前に延ばすと、現れたカードを砕き己の剣であり盾である仮面の名を呼ぶ。
「――来い、スサノオ!!吹っ飛ばせ!!!」
マフラーを棚引かせ現出した陽介のペルソナが、その両腕から疾風を生み出す。風が駆け抜け、前方にいた数匹のシャドウが千千に切り刻まれて消滅した。後ろにいた数匹も風に吹き飛ばされダウンする。シャドウはあまり系統だった動きができないのは確認済みだ、気絶した仲間の体が堰となり隊列が乱れた。
(チャンス!)
武器がなく多勢に無勢である以上、接近戦は避けたい。雑木林に逃げ込もうと斜面を上りかけた陽介だったが、木々の隙間からいくつもの黒い頭が覗いているのを見つけて踵を返した。かなり大きいシャドウが上にもいる。
「ちくしょう、何でこんなにシャドウが多いんだよ!!?」
前方にはボス級のシャドウに加えて多数のシャドウ。後方には大きな穴。左手には今の所襲ってくる気配はないが、やはり巨大なシャドウ。右手には渡れない橋。八方塞がりだ。
陽介はぎり、と奥歯を砕けるほど噛みしめると、覚悟を決めて右へ走り始めた。シャドウの大群もそれに続く。
橋の中央部に空いた穴まであと10メートル。穴の大きさは目視で5mほど。陽介の50m走のタイムは6秒代、あと1秒と少しで暗黒世界へ真っ逆さまだ。
(頼む、スサノオ!!!)
陽介は自分の習得している中で一番強い疾風呪文を叩き込んだ――シャドウではなく、己の足元へと角度を付けて。
風が湧き上がるほんの少し前に、力の限り穴の縁で利き足を踏み切る。スサノオの生んだ風は陽介を傷付けることは決してなく、鳥が風に乗って大空を舞うかのように主人の体を浮かせた。
「――もう一丁、だッ!!!!」
呪文の効果が完全に消える前に、今度は穴に向かって疾風を放つ。幾許かは虚構に吸収されてしまったようだが、陽介の体を向こう岸に届けるのには十分な強さがあった。
タン!とアスファルトをスニーカーが蹴る。勢いを殺しきれずそのまま前につんのめった陽介は、突いた膝が、掌が、確かに地面の上にあることを確かめ、雄叫びを上げた。
「ぃよっしゃぁあああ!!!」
胸元で犬が呼応するように鳴く。今更ながら足元から震えが込み上げてきて、陽介は体を反転させてるとその場に尻を着いて座りこんだ。安堵の溜め息を吐いたのは束の間、驚愕に息が詰まる。
「………うっそお…」
シャドウ達は穴を渡れないのだろう、向こう側で悔しそうに蠢いているが、あの巨大な異形だけは別だった。同胞を踏みつぶしながら、ゆっくりと穴を、橋を渡って陽介に迫ってくる。シャドウの作る影で陽介の視界が陰った。じりじりと後退り、何とか体を起した陽介が駆け出すのと、シャドウが穴を渡り切ったのはほぼ同時だった。咆哮が河川敷に響き渡る。
(もう無理ホント無理マジ勘弁!!!)
陽介はかくかく言う足を叱咤しながら商店街へ向けて走った。幸いにしてこちら側の岸は穴が少なく、程なくして見知った景色が視界に入る。安堵に気が緩んだのだろう、背後から延ばされた触手に気が付ず、右足首を捕えられた陽介は派手に転倒した。
「いっ…!」
咄嗟に右肩を下にして倒れ込み、顔と胸元の子犬を庇ったが、打ち付けた膝と腕がじんじんと痛む。陽介を捕食しようと化け物は更に多くの手を伸ばしてきた。
「っ、ペルソナ!」
スサノオの風が、足に巻き付いていたものを含めて触手を切り裂く。立ち上がった陽介は、ひとまず間合いを取ろうと巨大なシャドウと対峙したまま後ろに下がった。しかし、本人の意思とは裏腹に、足からその場に崩れ落ちる。
「へ?なん、で?」
体に力が入らない。視界が回る。先程触手が巻き付いた右足だけがやけに熱い。そこから力が抜けていくようだ。何かしらの状態異常だと理解したのは、触手が首と両手両足に巻き付き吊るし上げられた後だった。
あっという間に全身から力が搾取されてゆく。薄れゆく意識の中で、いつの間にか胸元から這い出た犬が商店街の方へ逃げてゆくのが見えた。薄情だ、と思ったが、それでいい、とも思った。運が良ければ探索に来た自称特別捜査隊のメンバーに見つけてもらえるだろう。
(も、いいか…)
最期の瞬間がすぐそこまで来ている。不思議と痛みは感じない。痛覚すら麻痺しているのだろう。痛みを感じさせず殺してくれる点についてだけ、陽介は目の前のシャドウに感謝した。
もう瞼の裏にも何も見えない。何も聞こえない。最後に会いたかったのが誰かも思い出せない。

陽介の意識が闇に落ちようとしたその瞬間、一筋の稲妻が空気を裂いて落ちた。

どぉん、と腹に響くほどの空気の震え。触手を焼いて地面に突き刺さった雷光は地面を抉るほどの強さを持っていた。まるでそれを放った者の怒りを表すかのように。
「――ヨースケ!ヨースケヨースケヨースケ!!」
「クマ、陽介を後方に下げてメディラマ。ある程度回復したら俺の援護」
「わ、分かったクマ!センセイ、アイツは雷が弱点クマよ!やっちゃってちょーだい!!」
「ああ。……叩き、潰す」
よく知った声。耳に優しい、誰よりも安心する声。けれどもあんなに怒りに満ちた低い音は聞いたことはない。不安になって伸ばした陽介の腕を、別のやわらかな手が包み込む。
「ヨースケ、もう大丈夫クマよ。アイツはセンセイがやっつけてくれるクマ!今は少し休むといいクマ」
キントキドウジから柔らかな燐光が降り注ぐ。陽介は言われるままに意識を手放した。



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