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どうしよう、しあわせの先が見えない・3

続きです。
センセイはオトコマエだクマー


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夜。自室の作業台でひたすら封筒張りに励んでいた孝介は、携帯電話の無機質な着信音に作業の手を止めた。
(陽介か?)
明日提出の課題の範囲でも忘れたのだろうが。やれやれ、とディスプレイを見れば、着信元は予想とは異なりクマだった。珍しい。
「もしもし」
『――センセイ!ヨースケそっちに行ってないクマ!!?』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、切羽詰まったクマの声だった。嫌な予感が込み上げてくるが、孝介は努めて冷静に答える。
「いや、うちには来てない。どうしたんだ」
『ヨースケが帰ってこないんだクマ!今日はお仕事ないから早く帰ってくるって言ってたんだクマよ?電話しても出ないし、メールも返ってこないし…ママさんもすごく心配してるクマ…』
最後の方は泣きそうになりながらクマは言う。瞬間、孝介の頭の中に、今日の放課後の光景が蘇った。
(あれか…!?)
隣のクラスの男子に、陽介は何か受け取っていなかったか。自慢ではないが、陽介の一挙一動を見ている自信がある孝介だ。放課後まではいつも通りだった陽介が、いつもと違う行動を取る要因は、彼が受け取った「何か」しか考えられない。しかし問題の男子の連絡先どころか、名前も孝介は知らなかった。思わず舌打ちをしてしまう。
『センセイ、どうしよう!?クマ、どうしたらいい!!?』
「…落ち着け、クマ。先ずは完二と直斗とりせに連絡を取って、動けるようなら陽介を探すのを手伝ってもらえ。俺は里中と天城に連絡して、一緒に陽介を探しに行く」
『クマは?クマはどうしたらいいの?』
電話を片手に部屋着から私服に着替えながら、孝介は幼子に言い聞かせるようにゆっくりと言う。
「もしかしたら陽介が帰ってくるかもしれないから、お前は家で待機。何かあったらすぐ連絡すること。…おばさん、心配してるんだろ?元気付けてやってくれ。ああ、あんまり騒ぎ立てて大事にするなよ?陽介が帰ってきにくくなるから」
『わ、わかったクマ!センセイも何か分かったらすぐ連絡お願いクマ!!』
ピッ。終話ボタンを押してから、すぐにアドレス帳を呼び出し千枝の番号をコールする。手短に事情を説明し、雪子への連絡を頼むと、孝介は足早に玄関へと向かった。
「…おにいちゃん、今からお出かけなの?」
靴を履いていると、不思議そうに菜々子がこちらを見ていた。トイレにでも起きたのだろう。少し寝乱れているその髪を手櫛で透いてやりながら、孝介は頷く。
「ごめん。友達を助けに行かないといけないんだ。もしかしたらそのまま泊ってくるかもしれない。鍵かけて行くから菜々子はもう寝てて。遼太郎さんには自分で連絡するから」
「お友達?ようすけおにいちゃん?」
言い当てられ孝介は軽く眼を見開く。幼い従妹は泣きそうな顔で孝介の背中を押した。
「早くたすけてあげて!ようすけおにいちゃん、きっとおにいちゃんのこと待ってるよ」
「…うん、そうだね。ありがとう菜々子、行ってくる」
おやすみ、と頭を撫でて、孝介は家から飛び出した。夏の終わりのねっとりとした空気がいやに腹立たしい夜だった。


「月森くん!」
鮫川河川敷で、千枝と雪子と合流する。二人とも軽く息があがっていた。どうやら家から走って来てくれたようだ。
「花村、連絡取れた?」
「いや、全然」
家を出てから何度も陽介の携帯にかけているが、聞こえてくるのは無機質な呼び出し音だけで一向に繋がらない。千枝はその可愛らしい顔を盛大に歪めて呟いた。
「ああもう、花村のヤツ、いったいどこほっつき歩いてんのよ!」
「――あ、センパイ達いたっ!!」
孝介のすぐ後ろから、りせ、完二、直斗が走ってきた。更に完二の後には、宵闇でもきらきらしく光る金色の髪が見え隠れしている。
「…クマ」
言いつけを守れなかったことへの苛立ちが僅かだが声に籠もる。クマは土下座する勢いで頭を下げた。
「ごめんなさい、ごめんなさいッ!!でも、どうしてもヨースケが心配だったクマよ…。それにクマ、センセイ達に言わなきゃいけないことがあるクマ」
真摯なクマの様子に、孝介は無言で先を促す。クマはおそるおそるといったように顔を上げると、くるりと辺りを見回し、言った。
「この辺り、ヨースケの匂いがするクマ。でも、ヨースケ、今はこっちにいないクマ。気配がないのね。クマには分かるクマ」
「?どういう…」
尋ねた直斗は、最後まで問いを口にする前にクマの言葉の意味を理解した。同時に察した孝介が皆に分かるように言う。
「陽介は、テレビの中にいるってことだな?」
「!!?」
驚愕する皆を余所に、孝介はクマの肩に手を置いて命じる。
「陽介の匂いを追ってくれ。頼む」
「がってんショウチクマ!」
クマは形の良い鼻をひくひくさせ、ゆっくりと河原を歩きだした。その足取りは軽やかで、夜の深さなど関係ないかのようにしっかりとしている。皆は童話の笛吹き男に着いてゆく子供のように、クマの後を追うしかない。
クマは河川敷を上り、雑木林に足を踏み入れた。やがてゴミの山が築かれた場所で足を止める。
「うわー…ひでぇ、こんな所あったんスね」
不法投棄された大量のゴミを前に、完二が驚きの声をあげた。地元住民としては嬉しくないだろう。クマは弾かれたように駆け出したかと思うと、捨て置かれた大型テレビの前で足を止める。
「センセイ!これ、ヨースケの!」
伸び放題の下草に隠れるように、陽介の携帯電話がひっくり返った形で落ちていた。クマの細い掌に載せられたそれは、着信とメール受信を示すライトをひっきりなしに瞬かせている。
よく見れば、地面にはいくつもの靴跡があり、テレビの前は地面がえぐれていた。素人目にもここで何かがあったことが分かる。そして、陽介が巻き込まれたであろうことも。直斗はしゃがみ込み、持っていたライトで足元を調べた。
「…大きさから見て、花村先輩の靴とほぼ同じですね。ここでテレビを背にして立っている時に、前方から強い衝撃を受けて体勢を崩したみたいです。地表が柔らかいのもありますが、踵部分が陥没している」
「……」
背面にはテレビ。後に倒れ込んだのなら、後頭部から画面に突っ込むことになる。そして陽介はそのままシャドウの徘徊するテレビの中へ――孝介の背中を戦慄がはしった。
「…行く」
助けに行かなければならない。逡巡もせずテレビの中に顔を突っ込んだ孝介の腰に、クマが慌てて抱きついて止める。
「センセイ、待つクマ!そこから入ったらどこに出るか分からないクマよ!?」
「でも、陽介はここから落ちた。だから行く」
いつもの論理的なリーダーの姿ではなく、「行く」の一点張りを繰り返す孝介に、雪子が戸惑いながら口を開いた。
「ねぇ、ジュネスのテレビから入って、クマさんとりせちゃんに花村くんを探してもらった方がよくないかな?」
「そうだよ、皆で助けに行こう!」
同意する千枝に孝介は頭を振る。
「ジュネスはもうすぐ閉店時間だ。陽介がいればうまく通れるかもしれないけど、俺達だけじゃ怪しまれるだろう。それに、今からテレビに入って、明日の朝までに帰って来られる保証はない。俺達が一斉に学校を休んだら目立つ」
「う、それはそうだけど…」
言葉に詰まる千枝に、孝介は「ありがとう」と微笑んだ。陽介のことを真剣に案じてくれる皆に感謝を伝えたかったのだ。だが何故か自称特別捜査隊の面々は、ある者は苦笑し、ある者は憮然とした表情を見せている。
「月森くん、それは違うと思う。花村くんと月森くんは、別の人。お礼は花村くんが帰ってきたらきっちりしてもらうから」
「そうですよぉセンパイ。相棒だからって、センパイが全部背負う必要ないじゃないですか。あんまり甘やかしちゃダメですよー?」
聡い彼女達の言葉に、すう、と頭が冴えていく感覚を覚えた。

心のどこかで、陽介を助けられるのは自分だけだと思いあがっていたのかもしれない。陽介は守られるだけのか弱い存在ではないし、自分のものではない。彼は彼自身のものだ。

「……そうだ、な。うん。ちょっと目が覚めた」
ありがとう、と再度言うと、今度は皆笑って謝意を受け取ってくれた。


ゴミ山の中から曲ったゴルフクラブを拝借し、準備を整える。念のために回復アイテムを持ってきた自分の判断力を孝介は褒めてやりたくなった。するべきところに連絡を取り、言霊使いの伝達力を駆使して事情を説明する。戻ったら追及と説教は必須だろうが、ひとまず陽介を助けるまでの自由が確保できればいい。
「じゃあ、俺とクマで中に入るから。もし明日の放課後になっても連絡がなかったら、皆はジュネスのテレビから入って探しに来てほしい。りせがいれば見つけられるはずだ」
「大丈夫、任せて!」
意気込む後輩の頭を軽く撫でた後、孝介は後輩のうちのもう一人、小柄な少女に向きなおった。
「直斗。悪いが頼みたいことがあるんだけど」
二言三言説明し、その場で走り書きしたメモを渡すと、直斗は心得たとばかりに頷いた。
「それじゃ。皆、気をつけて帰れよ」
先ずクマが中に入る。続いて孝介も足先をテレビに飲み込ませたが、ふと思いついたように振り返った。
「――ああ、でも、陽介が皆に愛されてると、俺も嬉しいかも。だからやっぱり、ありがとうって言いたい」
言うだけ言うと、彼はさっさとテレビの中に潜ってしまった。

「………なんてーか、今夜の月森センパイは、一味違ったっスね…」
完二の言葉は、皆の心中を代弁したものだった。



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