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どうしよう、しあわせの先が見えない・5

そろそろ我慢できない主人公と、まだまだ自覚していない陽介。対等な人付き合いってムズカシイ。

当初は5話くらいで終わる予定だったのですが、きちんとプロット立ててみたら全然終わりませんでした!
むにゃむにゃなシーンをどれくらい長く書くかにもよるのですが、全部で10話弱くらいになるかと(長!)



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覚醒する感覚を表現するのは難しい。深淵に沈み、眠っていたことすら認識していない意識が、まるで錨を外されたかのようにふわりと浮きあがる。目覚めた陽介の視界に映ったのは、自分の部屋ではない天井だった。
(ここ…?)
しかし全く見覚えがないという訳ではない。視野の隅に入る調度や家具に、そして、家の匂いに覚えがある。見知った月森孝介の部屋だ。部屋自体は大変馴染み深い場所だが、天井を見た記憶はあまりない。
目に映る景色は全てがやさしい茜色に染まっている。もう夕方なのだろう。ふ、と視線を視線を巡らせると、すぐ横にアッシュグレイの髪があった。一組しかない布団を陽介に譲り、孝介はその横で畳に突っ伏すように眠っている。腕を枕にうつ伏せているため表情は見えないが、その体からは色濃い疲労を感じた。
(コイツが、助けてくれたのか)
テレビの中で、強大なシャドウの触手に捕えられたところまでしか陽介の記憶にはない。だが自分がここにいることから、孝介が助け出してくれたのだと判断できる。絶望的なまでに独りだったあの場所まで探しに来てくれた、その事実に胸が熱くなる。けれども同時に、迷惑を掛けてしまったことに酷く心が痛んだ。
(とりあえず、起きよう。先ずはコイツに礼言って、家に連絡して、あとあと…ああ、何かスゲーめんどくさいことになってる予感がするなぁ)
ひとまず起きようと腹に力を込めたが、何故か酷く重い体は全く言うことを聞かず、床の上で僅かに身じろいだだけで終わった。腕にも力が入らず、体を支えることもできない。揺れを感じて孝介の瞼が震える。
「……陽介?起きたのか?」
がばり、と起き上った孝介は、珍しく慌てた様子で陽介の顔を覗き込む。いつもクールなリーダーがうろたえる様は珍しい。陽介は目線だけで頷くと、起して欲しいと頼んだ――はずだったが、すっかり乾いて貼りついた喉からは僅かに空気が漏れただけだった。孝介は陽介の背中に腕を差し込み軽々と上半身を起こすと、作業台の上に置いてあったペットボトルの口を開け、口に当てがう。だが今の陽介には腕を上げることすらできない。孝介が傾けたペットボトルから、上手く飲めなかった水が顎を、喉を伝ってシャツを濡らした。
「…口、開けて」
孝介はペットボトルの水を己の口に含むと、陽介の顎を軽く持ち上げて、口付けた。予想だにしない行動に目を見開いた陽介の咥内に、温まった水が流れ込んでくる。しかし驚きよりも体は乾きを潤すことを優先したらしく、陽介は何の嫌悪もなく与えられたものを嚥下した。
足りない。視線だけで訴えれば、孝介はまた同じように口移しで水を与えてくれる。夕陽の差し込む部屋の中、二つの影が混じり合うその姿はやけに倒錯的だった。
何回繰り返しただろう、ペットボトルの中身が半分ほどに減ったあたりで、孝介が「もういいか」と言った。その声はどこか焦燥を孕んだものだった。
(あ、まただ)
ここの所、自分が相棒に感じていた違和感の正体。それを今になって唐突に陽介は理解した。焦りだ。
彼は何かに悩み、そして、焦っている。苦しんでいる。彼の助けになりたい、心底そう思うのに、結局いつも自分が助けられてばかりだ。
「孝…」
「――無事で、良かった」
その長い腕が伸ばされたかと思うと、次の瞬間、陽介は抱き締められていた。鮫川の河原で胸を借りた時とは違い、背中と後頭部に回された腕にはきつく力が籠っている。離さないとばかりに。布一枚隔てたところにある鍛えられた体躯が微かに震えているのを陽介は感じた。吐き出された吐息が熱い。熱すぎてつきり、と胸が痛む。肌が触れ合った場所から孝介の想いが流れ込んでくるようだ。
「心配したんだぞ、バカ…」
「っ、ごめ、ん」
応えの代わりに腕の力が強くなる。抱き締め返したいけれどもまだ思うように動かない己の体に、陽介は歯がゆさを噛みしめた。顔を埋めた首筋から孝介の匂いがして、それに安堵すると同時に何故か妙に落ち着かない気分になる。だが、与えられる熱があまりにも心地よかったので、陽介は思考を放棄して瞳を閉じ、孝介の体温に身を委ねた。
どれくらいそうしていただろう、暫くして衣ずれの音と共に孝介が身を離す。離れていく体温に名残惜しさを感じ、陽介は自分も自覚していない縋るような目で親友を見遣った。孝介はその視線に気付かなかったふりをして、努めて平静に告げる。
「お前が呼び出しを食らって、テレビの中に落とされてから一日経ってる。お前の家には、お前が喧嘩に巻き込まれて気を失ってる所を俺が見つけて、うちで休ませてるって伝えてあるから。おばさんがそろそろ迎えにくると思う」
「あ…うん。つかお前、なんで知って」
先程までの激情が嘘のように、あまりにもいつも通り淡々と喋る孝介に拍子抜けしながらも陽介は頷く。孝介は疑問を無視して続ける。
「あと、お前は騒ぎを大きくしたくないと思ってるはずだけど、遼太郎さんにはバレてるし少し力を借りたから。多分、後で色々聞かれると思うけど、動転してて何も覚えてないって言えよ」
いくら孝介が言霊使いとはいえ、テレビの中にいた時間の辻褄が合わないことを現職刑事が見逃してくれるはずはないだろう。陽介は項垂れるしかなかった。
「…ホント、ごめん。色々と迷惑かけちまった」
消沈する陽介に、孝介は珍しくあからさまに溜め息を吐く。陽介の肩が怯えるようにぴくりと跳ねた。
「……ごめん。俺――」
再度の陽介の謝罪を最後まで受け入れることなく、孝介は陽介を押し倒した。ぼすり、と布団に二人の体が沈みこむ。受け身も取れず孝介に圧し掛かれた陽介が抗議の声を上げるよりも早く、孝介は唇を重ねた。
「―――っ!!?」
ぬるり、と滑ったものが咥内に差し込まれる。それが孝介の舌だと、キスされているのだと気付くのに陽介は数秒を要した。
驚きに硬直している陽介を余所に、孝介の下は大胆に彼を犯していく。歯列をなぞり、やわらかな頬の裏の肉を舐め、奥で窄まっていた舌をつつき、絡め、吸い上げる。吐息さえも奪われてしまう。何かがおかしいと、このままではいけないと、そう思うのに、孝介の力強いは易々陽介を抑え込み、身じろぎすら許してくれなかった。
「はっ、ん…ッ、な、あ、なん、で?」
「いいよ、もう。陽介は、全然分かってくれてないから」
「んだよ、ソレっ…んっ」
息苦しさとそうでない何かで眦に涙が浮かび、一筋毀れた。弾かれたように孝介は顔を離す。その表情は、はやりあの苦しさと焦りの混じったものだった。見ていると自分まで苦しくなる。今までされていたことも忘れ、陽介はあがった呼吸を整えると、静かに尋ねた。
「…なぁ、なんでオマエ、そんな顔してんだよ。俺、お前に何かしたか?だったらこんなことするんじゃなくて、ちゃんと言えよ。俺達親友だろ」
孝介はややあってから、眉根を寄せ顕著に不機嫌な表情で言いかえす。
「ああ、お前は親友で、相棒で、俺にとって誰よりも大切で、守りたい存在だよ。そんな奴に何も相談されずに危ないことされて、知らないところで死にかけられて、俺がどんなに心配したか分かってるのか!?そうでなくてもお前は自分のことを過小評価して大事にしないから、見てて危なっかしいったらないのに。なんで一言相談しなかったんだよ!お前の手は人を殴るためにあるんじゃない。お前を傷付ける奴らなんて、俺が片っ端から潰してやるのに…!!」
孝介が口走ったのは紛れもない告白だったが、彼の言葉が琴線に触れ頭に血が上った陽介は気付かなかった。鉛のように重い腕をなんとか持ち上げ、孝介の頬を叩く。ぱしり、と乾いた音が部屋に響いた。確実に避けられるはずの攻撃を甘んじて受けた目の前の男に、更に陽介の怒りは募る。
「俺、お前に守られなきゃいけないほど弱いか?!…ああ、分かってるよ、戦闘力も何もかもお前の方が上だって。でも俺、お前にいつも助けられなきゃ立てないほど弱くねぇ!ずっとお前の特別でいたいから、お前の横に立てる強さが欲しいって、対等でいたいって、思うこともダメなのかよ…!?」
怒りと悲しみで顔をぐちゃぐちゃにし、それでも輝きを失わない瞳で睨みつけてくる陽介を、孝介は心から綺麗だと思った。
「陽――」
名前を呼び掛けたその瞬間、計ったようにドアがノックされる。「入るぞ」との声と共に姿を現したのは、ネクタイ姿の堂島だった。気が付けば日は既に落ち、部屋はすっかり暗くなっている。苦笑しながら電気を付けた堂島は、今にも殴り合いを始めそうな勢いの甥っ子の襟首を掴んで立たせ、部屋の外へ出るよう命じた。遠慮のない視線で睨みつけてくる孝介の頭をぽんと叩き、堂島は年を重ねた大人だけができる声色で言う。
「孝介。怪我をしたのも、辛い思いをしたのも、花村だ。お前がそんなにピリピリしたって仕方ないだろう」
「……下で頭冷やしてきます」
孝介はいささか乱暴にドアを開けると、そのまま階下へと降りて行った。
「やれやれ。アイツも変な所で頑固だからな。…もう体は大丈夫か?」
「あ、はい。すみません、色々とご迷惑をお掛けしました」
未だろくに力の入らない体を叱咤し、なんとか上半身だけでも起こすと、陽介は深々と頭を下げた。いくら孝介にカリスマがあっても、高校生ではどうにもならないことがある。堂島に頼らざるを得ないことが多々あったのだろう。堂島は布団の横に胡坐をかいて座ると、すっかり萎れてしまった陽介の頭を軽く小突いた。
「お前はどう見ても被害者だ。あんまり気に病むな。…病み上がりに悪いんだが、職業柄、いくつか質問させてもらうぞ。お前、昨日の放課後はどこで何してた?」
顔を上げると、そこには鋭い刑事の顔があった。孝介の予想通りだ。陽介はテレビに落ちたことを抜かして、覚えている限りのことを正直に話す。
「…俺、ジュネスのことをあんまりよく思ってない奴らに絡まれることがよくあるんです。最近はあんまりなかったんですけど、昨日も呼び出しを食らって、17時過ぎくらいに鮫川河川敷の上手の、ゴミが大量に投棄されてる所に行きました」
「ああ、あのゴミ山か。それで?」
「行ったら10人くらい、いかにも不良って感じの奴らがいて。…俺、最初、話し合いでなんとかできるかなって思ってたんです。バカですよね、思いあがりもいいところっスよ。でもやっぱり全然だめで、乱闘になって、木の棒とか鉄パイプとかで殴られて。…そっから先は、覚えてないです。気が付いたらここに寝てました」
堂島は頷いた後、低い声でゆっくりと言う。
「お前の行動は確かに軽率だな。孝介が心配しておかしくなるのも頷ける。行ったらどうなるか分かってたんだろう?集団で群れる奴らは、自分達の振るった暴力の結果なんて考えてやしない。下手したら命に関わってたんだ、警察に届けるなり、教師に相談するなりするべきだ」
尤もな意見に、しかし陽介は頭を振る。
「できれば、大事にはしたくないんです。俺はここではジュネスの息子としか見られてない。俺には悪い噂が立ちやすいし、ジュネスを受け入れてもらおうと親も社員もがんばってるのに、水を差したくないっつーか…あと、俺とダチになってくれた孝介や皆に迷惑かけたくないって…そんな感じです」
そう言って儚げに微笑む陽介の姿は、堂島の目にはとても危うく映った。
(ガキが、一丁前に無理しやがって)
華やかな外見とは違い、花村陽介という男は真面目で、芯が強く、そして優しいということを堂島は知った。甥っ子がいささか心配になるほど入れ込むの友人というのも頷ける。
更に二つ三つ質問を終えると、堂島は立ち上がった。事情徴収は終わったらしい。
「さっき連絡を入れておいたから、そろそろ母親が迎えに来るはずだ。怪我は打ち身と打撲だけだが、頭を打っているかもしれんから念のため病院には行った方がいいぞ。お前を襲った奴らはこっちで調べてしょっ引くから、何かあったらすぐに連絡しなさい。それと」
堂島はそこで言葉を切り、陽介の頭をぽん、と叩く。
「金輪際一人で無茶はするなよ。仲間がいるなら頼れ。頼ってもらえないことの方が堪えることもある。助けを求めることは、甘えることにはならんさ」
渡された名刺を受け取り、陽介はしっかりと頷いた。ふ、と表情を和らげると、堂島は刑事ではなく、叔父の顔に戻って呟く。
「お前を抱えて帰ってきた時の孝介は、見たことがないほど動揺してたぞ。…あいつ、お前のことが本当に大切なんだ。そこは分かってやってくれ」
「………はい」
ぱたり、と扉が閉まる。整理しきれない感情を持て余し、陽介は名刺を手にしたまま深く深く溜め息を吐いた。


程なくして恐縮しきった母親が堂島家を訪れ、陽介は孝介に支えられながら階段を降りる。情けないが、怪我はほとんど回復したものの、衰弱がひどく体が自由に動かないのだ。何も言わずに肩を貸す孝介に、彼の方を見ず陽介は呟いた。
「助けに来てくれたこと、スゲー感謝してる。嬉しかった。…でも、俺、謝んねぇからな」
「…俺もだよ。お前を守りたいと思う気持ちは、変わらない」
きっ、と陽介の眼尻が釣りあがる。孝介はそれ以上言葉を紡ぐことはなく、菓子折を手に大人の会話を繰り広げている保護者達の横を通って、表に留めてある車へ抱きかかえるようにして陽介を乗せた。思った以上に軽いその体に不安を覚える。陽介の母は「あら月森くんって力持ちなのねぇ」としきりに感心した後、何度もお礼を言って去っていった。
遠ざかってゆく車影は、そのまま自分と陽介の距離を表しているように孝介には感じられてならなかった。



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