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「最後から二番目の真実」サンプル①

サンプルその1です。冒頭部です。陽介受難のはじまり(このサイトではいつものことですが!)。

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 神と対峙したことのある人間はどれだけいるだろう。
 そもそもカミサマなんてものの定義は曖昧で――当たり前だ、誰も見たことがないのだから――ひどく抽象的な、形而上の存在である。特に信じるべき神を持たない現代の日本人は、信仰という対価を払わず困った時だけ縋りがちで、神もさぞかし迷惑しているいことだろう。
 けれども、縋らずにはいられない時がある。絶望に打ちひしがれた時、人は藁にも縋る思いで神の名を呼ぶのだ。陽介とて幾度も思ったことがある。カミサマ、助けて、と。
(今祈っても、絶対に聞き届けてもらえないだろうけど、な!)
2012年3月20日、月曜日。自称特別捜査隊のリーダーであり、陽介の相棒であり、一番大切な人である月森孝介が八十稲羽を離れる前日である。晦を前に晴れたはずの霧が突如として町に溢れ出し、自分達は本当の敵が別にいることを知った。そしてその敵は神だった。
「ちくしょう、やっぱ強えーな、カミサマは!」
陽介は疾風を放ち、その手応えのなさに叫ぶ。戦端が開かれてから随分と時間が経ち、それなりのダメージを与えているはずなのに、国産みの女神は一向に倒れる気配がなかった。イザナミはそのおぞましい巨体を悠然と中空に揺蕩わせ、地に這うちっぽけな自分達を見下ろしている。蓄積されてゆく疲労、擦り減ってゆく体力気力。今までの敵とは違う圧倒的な威圧感に、気を抜くと心が折れそうになる。けれども孝介が立っている限り、自分も戦える気がした。彼の右隣、いつもの位置で陽介は不敵に笑ってみせる。
「どうする、相棒」
「――正直、底が見えない。我慢比べになるかもしれないけど、できるだけ攻撃を食らわないよう、敵の体力を削ってくれ」
孝介は目の前の神を明確に「敵」と表現した。その神をも畏れぬ大胆さに陽介は口の端を吊り上げて頷く。
「りょーかい!」
『雪子先輩とクマにも伝えるね!がんばって!!』
りせの声が頭に響き渡る。陽介は双剣を構え直し、自らの内に在るもう一人の自分を呼ぶために精神を集中した。その時だった。
「っ!?」
ぞわり、と空気が震えた。イザナミから昏い霧が、死の臭いが溢れ出す。陽介は本能的に悟った。あれは呪いだ。触れた者を黄泉の国へと引きずり込むものだ。呪言は指向性を持ち、真っ直ぐに孝介めがけて降りかかる。
「!危ね――」
「…させない!」
スサノオを呼ぶことを止め、庇おうとした陽介よりも先に動いた者がいた。雪子だ。陽介より素早さも体力も劣るはずの彼女は、しかし陽介よりも早く孝介の元へ辿り着く。絹のような黒髪が場違いに美しく揺れた。雪子はその細い腕を精一杯広げ、イザナミの放った呪を受ける。足元から現れた闇の触手に絡め取られ、か細い悲鳴を残して彼女は黄泉路へ落とされた。
『雪子先輩?!いやぁああ!!』
りせの悲鳴が響く中、イザナミは更なる呪を放った。駆け出した陽介だったが、誰かに突き飛ばされ尻もちを着く。顔を上げた彼が見たものは、漆黒の沼に引きずり込まれてゆくクマの姿だった。クマは顔の半分まで黄泉の国に飲み込まれながら叫ぶ。
「ヨースケ!センセイを…」
最後まで言い終えることなく、青く丸いフォルムは消えた。地面はまるで何もなかったかのように平坦で硬質なものに戻っている。陽介は滲む涙を、叫び出しそうなほど荒ぶる感情を堪えるために歯を食いしばり、目の前の神と、そしてその神の視線の先にある孝介を見た。彼は剣を握りしめたまま呆然としていた。隙だらけだ。陽介は慌てて彼に駆け寄り、強張った肩を強く揺さぶる。
「しっかりしろ、孝介!」
「……何で、庇うんだよ…!!」
彼の口から漏れたのは、血を吐くような凄惨な響きを持った嘆きだった。仲間をとても大切にしている彼が、庇われることを好しとしないのは知っている。けれども自分達も彼が大事なのだ。だから雪子も、クマも、身を呈して孝介を守った。陽介もそうするつもりだった。今は後衛に控えている千枝も、完二も、直斗も、りせでさえもそうだろう。
 かたかたと小さな金属の悲鳴が聞こえる。それは孝介が手にした刀の鐔が立てる音だった。彼の手は震えていた。涼しげな顔は苦渋に歪み、誰もを惹きつけて止まない深い色を湛える双眸は涙に濡れていた。それでもその眼は目の前の敵から逸らされない。自らの足で立つことを止めない。
(ああ、だから俺はこいつが、好きなんだ)
強さも弱さも優しさも、その全てをひっくるめて月森孝介という人間を愛した。奇跡のような確率で同じ想いを返してもらった。自分にとっては己よりも彼のことが大切で、彼のためなら何だってできる。
 陽介は孝介の斜め前に位置を決め、武器を構える。横では間に合わないからだ。孝介が口を開く前に陽介は言う。
「人間の可能性を見せてやるんだろ。さっさとアイツを倒して、天城とクマを助けてやろうぜ」
 イザナミの体が震える――来る。
「陽介。絶対に、庇うな」
孝介の言葉に陽介は笑って頷き、そして、彼の代わりに幾千の呪言をその身に受けた。

 (ごめんな)

 世界が閉じてゆく。孝介の悲痛な悲鳴が聞こえた気がしたが、もう彼の手を握ってやることも、大丈夫だと言ってやることもできない。四肢が凄まじいスピードで死に侵食されてゆくのを感じつつ、陽介は今更ながら後悔した。
(そういや俺、あいつにちゃんと、言ってやれなかった)
見栄を張って、恥ずかしがって、何より自分にはまだ早い気がして「愛している」と言えなかった。せいぜいが「好き」止まりだ。その分、態度や行動で示してきたとつもりだし、彼も分かってくれていたとは思うが、今となっては悔やまれる。言葉だけでも彼の中に残したかった。
(カミサマ、頼むから…アイツを、勝たせてください)
独り戦場に残され神と対峙する孝介の勝利だけを祈り、陽介の意識は途絶えた。



**********



 ――ピピピピピピピピ
耳元でけたたましく鳴る目覚まし代わりの携帯電話のアラームに呼び起され、陽介はゆっくりと覚醒する。目を見開いた彼は、咄嗟に自分がどこにいるのか分からなかった。
(黄泉平坂…じゃねーよな、どう見たって俺の部屋じゃん)
視界に入るのは馴染んだ自分の部屋で、どう見てもテレビの中ではない。カーテンの隙間から差し込む光は明るく、シャドウの禍々しい気配はどこにも感じない。体の下に感じるさらさらとしたシーツとスプリングの効いたマットレスは、戦場の固い地面ではありえない。
(つか、イザナミは?孝介は勝ったのか?!)
あの時、孝介を庇って死んだはずの自分が無事でということは、きっと孝介が勝ったのだろう。恐らく彼が家まで運んでくれたに違いない。一刻も早く彼の声を聞きたくて、陽介はまだ懸命に鳴っているアラームを止め、発信履歴の一番上にあるはずの彼の番号を出そうとした。
「…?」
しかし履歴の一番上にあるのは千枝の名前だった。しかも日付がおかしい。自分達が黄泉平坂に突入したのは3月20日、孝介が都会に戻る前日のはずだ。けれども千枝に電話をかけたのは四月十一日になっている。
(ケータイ、壊れたんか?)
一度待ち受け画面に戻って日付を確認するが、ディスプレイには四月十二日と表示されていた。慌てて電話帳から孝介の名前を探すが、た行のどこにも彼の名前は見つからない。孝介だけではない、雪子も、完二も、千枝以外の誰も特別捜査隊のメンバの連絡先は誰も登録されていなかった。
(どういう、ことだ…?!)
ベッドの上で携帯電話を握りしめたまま呆然としていると、ノックもそこそこに母親がドアを開けて顔を出した。
「陽ちゃん、おはよう。ちゃんと起きたのね。今日から学校でしょ、初日はクラス発表とかあるんだから早めに行きなさい。あなた、ただでさえ朝時間がかかるんだから」
「――母さん!クマは?!」
陽介は思い当って居候の所在を尋ねる。共に神に挑んだ彼ならば、戦いの行方を知っているはずだ。しかし母は不思議そうな顔をする。
「クマ?」
「クマだよ!あいつ、どこにいんの?!」
必死な様子の息子に、母親は困惑したように首を傾げた。
「陽ちゃん、寝呆けてるの?クマって、あなたが小さい頃に大事にしてたあのクマさんのぬいぐるみ?あれならこっちに引っ越してくる時に、おばあちゃん家に置いてきたじゃない」
「ばっ、ちげーよ!そうじゃなくて…」
尚も言い募ろうとした陽介は、母親の瞳に嘘の色がないことに気付き、言葉に詰まった。自分の親の気質くらいは理解している、彼女はつまらないことで自分をからかったりはしない。頭の中で警鐘ががんがんと鳴っている。何かがおかしい。自分の与り知らぬところで異変が起きている。
 黙ってしまった息子に心配そうな視線を向け、母は「着替えて降りていらっしゃい」と部屋を出て行った。ぱたん、というドアが閉まる音がやけに大きく響いた。
 (どういう、ことだ…?!)
陽介は混乱する頭を落ち着かせようと、幾度も深呼吸を繰り返す。落ち着け、と諭してくれる透き通った声はここにはない。意を決して再度携帯電話のフリップを開く。待ち受け画面に表示されている日付は四月十二日――二〇一一年。一年前、孝介が八十神高校に転校してきて、山野真由美の死体が見つかった日。全ての始まりの日だ。次いで壁に掛けられたカレンダーを見る。やはり二〇一一年の四月がめくられた状態だった。デザインにも見覚えがある、ジュネスの余り物の中から比較的まともな物を自分で選んで持ってきたのだから。
 陽介はベッドから飛び降り、机の一番上の引き出しを開ける。そこには武器やテレビの中で手に入れたアイテム等、親に見つかると支障のあるものを仕舞っていた。陽介の部屋の中で唯一鍵を掛けることができる場所だからだ。普段は鍵をかけているはずの引き出しは、しかしすんなりと開き、中からはどうでもいいがらくたが出てきた。これも記憶がある。初めてだいだらで武器を買ってもらった後、隠し場所をこの引き出しに決めた時に中身を処分したはずだ。
 部屋の隅には、半年足らずしか使わなかった一年生の教科書が乱雑に積まれている。一年間使い込み、所々孝介が書き込みをしてくれた二年生のものはどこにも見つからない。その他にも、去年増えたはずのものがこの部屋には全くなかった。
「なんだよ、これ!」
口の中はからからに渇き、冷汗が止まらない。状況証拠は十分すぎるほど揃ってしまった。全てが今が二〇一一の四月十二日、一年前の、高校二年生の春であることを証明している。まるで陽介の記憶の方が偽りであるかのように。
(あの一年は、事件は、全部俺のモーソーだっていうのか?!特別になりたいってう俺の思いが見せた、都合のいい夢だったっていうのかよ!)
陽介は縋るようにテレビを見やった。震える足を叱咤して近付き、恐る恐る画面に手を伸ばす。もしペルソナ能力が残っているのならば――あの一年間が夢でないのならば、テレビの中に入れるはずだ。もし弾かれてしまったら、自分の記憶だけでは夢ではないと言い切れる自信がない。
 祈るように触れた指先から波紋が広がる。歯を食いしばって力を込めると、呆気ないほど簡単に、陽介の手は画面の中に沈んだ。
「よ、よかったぁ…!」
安堵に思わずへたり込んだ陽介だったが、益々ややこしくなった事態に頭を抱えた。
 ペルソナがいない者はテレビの中に入れない。入れるとしたらペルソナを持つ者に連れられた場合だけだ。現にジライヤを得るまでの自分は画面に触っても何も起こらなかった。自分の記憶は間違っていない。ならば何故、今は2011年なのか。
 混乱に追い打ちを掛けるかのように、階下から母親の呼ぶ声が聞こえる。時計を見れば既に7時半を過ぎていた。そろそろ支度をしないと間に合わない。陽介はふらふらと立ち上がると、着替えるためにクローゼットを開けた。姿見に映った自分は死人のような酷い顔をしていた。
 パジャマ代わりのスウェットを脱ぎ捨て、己の体をまじまじと観察する。只でさえ筋肉の付きにくい体系だが、戦闘を繰り返すことによってそれなりに鍛えられ、男の勲章とも呼べる傷もいくつか残っていたはずだ。だが日にあまり焼けてない肌には傷一つなく、貧相と言っていいほどの肉しか付いていない。どうやら陽介の意識だけが、一年前に戻ってきてしまったらしい。
 頭の中はぐちゃぐちゃで、とても学校に行く気にはなれない。一瞬、体調不良を理由に休むことを考えたが、暦が正しいのであれば、今日は全てが動き出すはずの日である。自分がどのような状況に置かれているか正しく理解するためにも、学校に行く必要があった。それに、もしかしたら孝介や、自分以外の特別捜査隊のメンバーも同じような状態かもしれない。一抹の望みに縋るように陽介は制服に手を取る。一年間の戦いの中で戦闘服となっていたそれは大分くたびれていたはずなのに、まだ新品に近い匂いがして陽介は泣きたくなった。


 雨の降りしきる通学路を、傘を差しながら自転車でひた走る。
 ギコギコと不穏な音を立てる黄色い自転車は、6月半ばに大破して泣く泣く処分したはずのものである。一年前の自分も同じように自転車で登校し、そしてハンドル操作を誤ってゴミ置き場の横の電柱にぶつかって、股間を強打したのだ。しかも後から聞いた話によると、孝介はそのシーンをしっかりと目撃した上、見なかったことにした――彼曰く「そっとしておいた」――らしい。今思うと恥ずかしくて堪らない。陽介は羞恥を振り払うように頭を振り、傘に隠れたシルバーグレーを探す。今が本当にひとつ前の春ならば、きっと彼はこの中にいるはずだ。
(!いた!)
半透明のビニール傘を差した、ぴんとした背中。下げるのではなく小脇に抱えた皮の鞄。何より、この町では彼しか持ちえない銀糸の髪は、間違えなく月森孝介だ。思わず名を呼びそうになって陽介は慌てて口を紡ぐ。あそこにいる彼が、自分の知っている孝介だとは限らない。会ったこともない人間が名前を知っていたら、誰だって怪しみ、警戒するだろう。あの銀灰の瞳で不信感も露わに睨まれたら、今の陽介は耐えられる自信がなかった。
 陽介はもどかしさに歯噛みながら、さり気無さを装って孝介の横をすり抜ける。こちらに見向きもしない涼しげな顔は、最後に見た時よりも少し幼さを残していた。やはり今は一年前なのだ、と唐突に理解する。じわり、と涙が滲み、ただでさえ雨と霧で不明瞭な視界が更に悪くなる。気が付いた時にはバランスを崩し、陽介は見事に電柱に衝突した。
「いっ…・!!!!!」
歴史は繰り返す。あの日と同じように股間を強かにぶつけ、陽介は悶絶した。この痛みは夢ではありえない。女子生徒は軽蔑の目を、男子生徒は同情を向けてくるが、声を掛けてくる者は誰もいない。それは今の陽介の立場をそのまま表していた。ジュネスの息子、商店街の敵。分かってくれる友人も殆どおらず、また、陽介自身も理解される努力を諦め始めていた頃だった。痛みだけではない涙が浮かぶ。
(俺、本当に、一年前に戻っちまったんだ)
ひっくり返った自転車を起こすこともできず、陽介はその場にしゃがみ込む。好奇の視線に晒されると分かってはいるが、もう立っていることができなかった。冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、陽介を濡らす。ふ、と雨足が弱くなったのを感じて顔を上げると、そこには傘を差し伸べてくれる影があった。
「――大丈夫?」
前を開けた学ラン、ぴっちりとアイロンの掛けられた襟の高いシャツ。吸い込まれそうな深い銀灰の瞳が自分を見下ろしている。彼の声に宿るのは他人行儀な気遣いだけで、陽介は完全に打ちのめされた。溢れた涙が雨の雫に紛れて、泣いているのがばれなかったことだけが救いだった。

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