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「あいしてる、でも言えない」サンプル②

※未来パラレル注意
えろかったりえろくなかったり、いろんなところを抜粋です。

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「――何、なんだよ!!」
陽介は銀灰の瞳をひたと見据えて激昂する。
「十年近く放置されたかと思えば、強姦まがいのことして、かと思ったらやさしくして! お前は俺を、どうしたいんだよ?! 俺の気持ち、考えたことあんのかよ!!」
 けれども、孝介は何も言ってはくれなかった。それが答えだ。陽介のことなど何とも思っていないのだ。彼が一言、ごめんと言ってくれたら、今でもまだあいしてるのだと言ってくれたら、今までのことは全部許してもいいのに。
 陽介は重い体を叱咤して起き上ると、孝介を押し除けて玄関へと歩き出す。もうここには、彼の傍には一瞬たりともいたくない。
「陽介」
「帰る。もう二度と来」
しかし別れの台詞を最後まで発することはできなかった。孝介が先程までに比ではない力で陽介の腕を掴み、引っ張ったのだ。
「痛ッ! おい、何すんだよ、離せよっ!!」
「言っただろ、別れたつもりなんてないって」
「何を勝手に…!」
 廊下を引き摺られ、玄関脇の部屋に引き摺りこまれる。陽介は必死に身を捩って抵抗したが、孝介の力は信じられないほど強く、拘束は緩みもしなかった。元々の体格の違いに加え、陽介が疲労とアルコールのせいで弱っているのもあるが、小説家というデスクワークの職業のどこにそんな筋力を使う場面があるのか真剣に考えたほどだ。
「うわっ」
突き飛ばされた陽介の体を、上質なスプリングが受け止める。ここが寝室で、自分がベッドの上にいるのだと分かったのは、男が覆い被さってきた後だった。男二人で寝転がっても軋まない、広くて立派なベッドだ。
 電気を点ける手間さえ惜しみ、孝介は陽介をシーツの上に縫い止め、体を触り始める。陽介は死に物狂いで手足をばたつかせたが、埃が立ち、体力を悪戯に消耗しただけだった。それどころかアルコールが余計に回ってしまったのか、頭痛と目眩が酷くなる。それでも、このまま流されるのでは男の沽券に関わるので、彼は精一杯の恨みと怒りを込めて孝介をねめつけた。
「どけ! 帰るって言ってんだろうが!!」
「駄目だ、帰さない」
次の瞬間、陽介は口付けられていた。九年と数ヵ月ぶりのキスに驚き動きを止めた陽介の唇を半ば強引に開かせ、孝介はぬらぬらとした舌を差し込んでくる。
「! んっ、んー!」
逃れようと必死に孝介の胸板を押すが、しっかりと筋肉の付いた体はびくともしなかった。そうこうしている間にも、孝介の巧みな舌は陽介のものに絡み、無理矢理に快楽を引き摺り出そうとしている。彼に仕込まれた体は昔取った杵柄とばかりにその癖を思い出して、いけないと思うのに無意識のうちに応えてしまっていた。孝介と離れてから幾人かの女性と付き合い、関係を持ったが、その誰とのキスよりも気持ちがいい。
(やば、い)




**********




「花村さんと、本当に仲がいいんですね。今までお仕事部屋には誰も入れてくださらなかったのに」
 目の前の女性は孝介の頭が上がらない人間の一人だ。小説家として成功できたのは彼女の力に寄るところが大きい。デビュー以来ずっと孝介の担当で、忌憚ない意見と、惜しみないサポートにずっと助けられてきた。かなりの才女で、視野が広く、機転も聞き、尊敬に値する。
 彼女からすれば、自分は出来が良すぎて逆にからかいたくなる弟のような存在らしい。実際、不愉快にならない程度によくからかわれている。彼女は楽しいことが大好きなのだ。今も叡智を湛える瞳には、不躾ではないが好奇の色が浮かんでいて、ある程度満足する解を返さなければ言及を止めてはくれそうになかった。孝介はくしゃり、と髪を掻き混ぜる。
「あいつは、特別ですから」
「ふふっ。恋人みたい」
これ以上は答えることができず口を噤むと、年上の女は今度こそ声を上げて笑った。
「ごめんなさい、困らせるつもりじゃなかったんですよ。先生にも特別って言える人がいて、安心したんです。やさしくて、誠実そうな人ですね。おまけに美人でスタイルもいいし。先生もですけど、モデルみたい。眼福でした」
「…ありがとうございます」
とりあえず礼を述べると、間宮はすぅと真面目な顔になる。
 「春夏冬先生。そろそろ、『愛』のあるお話、書いてみませんか?」
「……」
孝介は聞こえなかったふりをして、汗を掻いたグラスを持ち、キッチンへと向かう。明らかに拒絶の意を示しているのに、間宮は全く動じずに続ける。
「先生はとても繊細に、何人もの人物を絡めて動かすのに、作中には殆どと言っていいほど愛という言葉が出てきません。まるで忌避しているように、きれいな友情止まりか、愛の入り込む余地のないお話ばかり。それも貴方の持ち味でしょう。でも私は、もっと剥き出しの、春夏冬結人の人間像を読んでみたいんですよ」
 じゃばり。殆ど手の付けられなかったガラスのコップの中身を、孝介は八つ当たり気味に流しへとぶちまける。それでも間宮は諦めない。
「私は五年、待ちました。特別と呼べる相手のいる今の先生なら、書けるのではないですか?」




**********




「…どうしても出て行くっていうなら、いっそオレを殺して行ってよ。じゃないと陽介から離れられそうにないから」
「ちょ、何言って」
聞こえてきた物騒な台詞に、陽介は全力で発言者を引き剥がしにかかる。けれども孝介は益々強くしがみ付いて離れない。
「陽介が手を汚す必要はないよ。ただテレビの中に突き落としてくれればいい。安心して、出口はないから這い上がってこられない。何日か後に変死体が発見されるだけだ」
 陽介は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。孝介は何を口走っているのだろう。聞こえてはいるが頭が理解を拒否している。唇が戦慄き、喉が一瞬にして乾いた。
「やめ、ろ」
辛うじて押し出した制止を無視し、孝介は続ける。
「ああ、この部屋も、貯金も、オレの財産は全部陽介にあげる。死人が持ってたって無駄だから、生きてる奴に使ってもらった方がいいだ」
「――やめろって、言ってんだろ!!」
 陽介は渾身の力で孝介を蹴落とした。情けなくもソファとローテーブルの間にずり落ちた男は、緩慢な動作で起き上がると、幽鬼の如き足取りで歩き出す。リビングの隅に置いてある、身を屈めれば成人男子でも余裕で体が通せるくらいの大きさがある液晶テレビに向かって。
「孝介!!」
 自分達はまだ、ペルソナを失っていない。イザナミと戦った後は一度もテレビの中に入っていないため、召喚できるかまでは分からないが、少なくとも画面は未だ水面のように陽介の手指を受け入れる。他の仲間からも喪失の知らせは受けていない。行こうと思えばあちら側へ行けるはずだ。ただし出口がないため片道切符だが。クマが入口広場に作り出したゲートは、特別捜査隊が出入りに使用していたジュネス八十稲羽店家電売り場の一番大きなテレビの撤去により、とうに使えなくなっていた。
 孝介はテレビの前でくるりと体を反転させ、あたかも戯曲の一幕のように優雅な動きで両腕を広げ、微笑んだ。
「やるなら早くしてくれ。待たされるのは好きじゃないんだ」
「っ、この…」
陽介は慌てて体を起こし、つかつかと男に歩み寄る。そして瞼を閉じて審判の時を待っている彼の襟元を乱暴に掴み、床に引き倒した。派手な音と共に長身がフローリングの上に転がる。頭を打ち付けたらしく呻いている孝介の腹に跨り、陽介は拳を振り上げた。
 「馬鹿野郎!! 殺すとか死ぬとか、軽々しく口にすんな! そういうのダメだって、お前は分かってるはずだろ!?」
握り締めた手を陽介は逞しい胸板に落とす。幾度も、幾度も、彼を縫い止めようとするかのように。昂ぶる感情を抑えきれず、ぼろぼろと涙が零れ出したが、それでも陽介は最低な男を打ち据えるのを止めなかった。
「お前、は! 俺に、二、回もっ、好きな人、の、死体、見せるつも、り、なのか、よ…!?」
「!」




**********




「…よう、すけ…?」
薄く目を開いた孝介が手を伸ばしてきたが、陽介は汚いものを掃うかのようにそれを叩き落とす。怪訝な顔をする彼を侮蔑を込めて見下ろし、吐き捨てた。
「お前、もう俺のことなんて、必要ないんだろ。そっちは散々俺のこと縛りつけて好き勝手したくせに、飽きたら話もしたくないってか。随分と勝手だな」
「陽介? どうしたんだ、いきなり」
のろのろと身を起こした孝介から距離を取る。陽介の口はまるで別の生き物のように、すらすらと言葉を紡いだ。
「邪魔ならさっさとそう言えよ。俺、仕事見つかったんだ。喜んで出てってやるから。今まで渡された金も全部返す。家賃と光熱費もすぐには無理だけど、日割り換算して後で振り込むから。お前に借りなんて作ったままにしたくない」
「何言ってるんだ。出て行くなんて、許さないからな。とりあえず落ち着け」
捕えようとする腕から逃れ、陽介は叫ぶ。あまりの悲痛さに自分が憐れになるほど情けない声だった。
「じゃあ教えろよ! その匂い、なんだんだよ?! 初めてじゃないだろ、気付いてないとでも思ってたのか!」
「!」
 孝介は口籠る。これが答えだ。
「ほらな。結局、お前はなんにも言っちゃくれないんだ。もういいだろ、うんざりなんだよ! お前が話してくれるのを待つのも、何考えてんのか分かんなくてビクビクしながら暮らすのも、格差見せつけられて惨めな思いすんのも!!」
「っ、陽介! それは」
 ――ぱしん。
頬を打つ音が、朝の痛いほど清浄な空気に満ちた部屋に響いた。呆然と立ち尽くすかつての恋人に背を向け、陽介は歩き出す。ドアの前で一度立ち止まり、彼は振り向かずに呟いた。
「…お前が、俺のこと、ほんとは何とも思ってなくたって。あいしてるって言ってくれたら、俺はそれだけで、よかったんだよ」




**********




 孝介は跪き、その大きな掌で陽介の手を包み込む。演技がかった仕草だが、瞳はどこまでも真摯だった。彼は一言一言に確かな力を載せて口にする。
「あいしてる。オレ達は男同士だから、ずっと一緒にはいられないかもしれない。辛い思いもするだろうし、社会にも認められないだろう。それでも、オレはお前しか欲しくないし、お前と生きていたいんだ。だから、一緒にいて、ください」
 澄んだ声音が空気を、鼓膜を介し、陽介の脳に刻まれる。彼は小説家だ。もっと飾り立てられた美辞麗句が降ってくるのかと思ったが、贈られたのはシンプルな言葉だった。だからこそ彼の感情がひしひしと伝わってくる。陽介は歓喜にふるえた。
「もしかして、お前。プロポーズするから、スーツできたの?」
 言の葉が心を揺らし、凝っていた想いが溶け出した。滲む涙を悟られぬよう呟けば、孝介は至極真面目に頷く。
「勿論。こういう時は正装だろ?」
陽介は笑った。とてもとても、幸せだった。

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