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「あいしてる、でも言えない」サンプル① ※R18

※R18、未来パラレル注意
サイトに1話だけあげてあった話をきちんと書き直して本にした形になります。多少年齢とかが変わっていますがご容赦ください。
主人公名は「月森孝介」ですが、いつもの彼と同じかどうかはご想像にお任せいたします。私の考える主と花の未来が必ずこうなるって訳ではなくて、可能性のひとつとして楽しんでいただけたら幸甚です^^(なので、今後未来ものを書く時は設定が違うかもしれません)
サンプル1は1章目まるごとです。

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 暑い。
 太陽は容赦なく頭上から熱と紫外線を撒き散らし、コンクリートが半ば溶けながら膨張して、景色が歪むほどの熱を放射していた。せめてからりとしていればいいのに、この国特有のじっとりとした湿気が、ただでさえ汗で張り付く服の上からコーティングするかのように纏わり付いてくる。あまりの不快さに陽介はアルバイト先の制服であるポロシャツのボタンを一つだけ外し、流れ出る汗を嵌めた軍手で拭った。とにかく暑かった。
「っ、重!」
マンションの前に停めたトラックからこの日最後の荷物を持ち出そうとした陽介は、あまりの重さに思わず叫ぶ。慌てて辺りを見回すが、幸いにして人通りはなかった。溶けそうな真夏の昼下がり、大人は会社、子供は学校にいる時間だ。閑静な住宅地の真ん中に聳え立つ高層マンションも、今はひっそりと静まり返っている。きっと今家にいるのは主婦が殆どで、日焼けと熱中症を恐れてクーラーの効いた部屋で涼んでいるに違いない。優雅な暮らしを送る者がいる一方、汗水垂らして働いている自分が空しくなる。
 (どうして俺、こんなについてないんだろ)
はぁ、と陽介は大きな溜息を吐いた。吐き出した息すらも熱くて目眩がした。
 どうにかしてストレートで合格した大学を卒業して早五年。社会人として脂が載ってきたという春先、陽介の勤め先だった広告代理店が倒産した。突然のことだった。
 業界でも中堅だったはずの自社は呆気なく崩壊し、会社は銀行負債の返済に追われて雇用者への支払いまで手が回らず、社員の大半が退職金すらろくに貰えず放り出されたのが春のこと。必死に二度目の就職活動をして翌月には社会人に戻ったものの、トラブルに巻き込まれてすぐに自己都合で退職する羽目になり、今は失業保険も切れてしまったため、アルバイトで食い繋ぎつつ再就職先を探す毎日である。このまま付き合いが続けば結婚するかもしれないと考えていた彼女とも別れてしまった。金の切れ目が縁の切れ目とは、昔の人はよく言ったものだ。
 あまり長時間の仕事を入れてしまうと面接や試験に行けなくなってしまい、かといって仕事が少なければすぐに食うに困ることになる。高校生の時分の事件のせいで宅配便にはあまりいい印象がなかったのだが、拘束時間に割と融通が効くのと、何より時給が高いことに惹かれて、ドライバー兼配送員を始めたのはつい最近のことだ。
 会社に入ってからはデスクワークが殆どだったので、正直なところ、肉体労働はかなり堪える。暑さも相俟って食欲と共に体重は減る一方だが、しかし休んでいる暇はない。生きるためには働かなくてはいけない。貯えが全くない訳ではないし、最終手段で実家に帰るという手もあるが、陽介はできる限り自立して、自らの働きで金を稼ぎたかった。
(言えるワケ、ねーよな)
実は、親には現在フリーターをしていることを話していない。彼らは陽介がすぐに辞めた会社でまだ働いているものだと思っている。
 陽介が大学二年生の時、花村家は正式にクマを養子に迎えた。戸籍もなく、そもそも人間ではないクマがどうやって養子縁組できたのかは未だに分からないが、直斗の調べによるといつの間にかあの人外の生き物は日本国民になっていたらしい。
 両親はクマを実の子供のように可愛がっているが、そもそも彼を外の世界に連れ出したのは陽介を始めとする元・特別捜査隊だ。最後まで責任を取るべきという思いから、陽介はクマの生活費と称して職を失う前も、失ってからも、実家にそれなりの額を送金していた。夢物語かもしれないが、できることならクマを学校に行かせてやりたい。実際、彼は今、通信制の高校に通い、大検取得を目指している。受かれば大学進学も夢ではないだろう。そのためには金があった方がいい。
 陽介の父親はジュネス本部に栄転し、世間では高給取りに分類される。母親は家計のため、というよりも、交流のためにパートを続けており、一人息子が手を離れた今、花村家にとってクマ一人を養うことは苦ではないはずだ。実際、懐の広すぎる両親は金などいらないと毎回言ってくるが、陽介にも矜持とけじめがある。だからぎりぎりまで家には頼りたくなかった。
(弱音吐いてる場合じゃねーだろ、俺! 仕事中!)
ぱしん! と両手で頬を軽く叩き、気合を入れ直した陽介は、しゃがんで書籍を主に扱っている某大手通販サイトのダンボールに手を掛ける。大きなそれには本がみっちりと入っているのか、とにかく重い。女性では持ち上げることすらひと苦労だろう。一度車外へ運び、施錠してから伝票を確認する。番地、マンション名に間違えはない。フロアは八階、受取人の名前は――月森孝介。
「…………まさか、な」
 馴染みのありすぎる字面に、陽介は硬直した。そこに書いてあるのは、陽介にとって一番輝いていた時期を共に過ごした相棒、そして、かつての恋人の名前だった。
 時間の流れと共に、鮮明だった記憶は少しずつ色褪せ、苦しみも痛みも角が取れて穏やかなものへと変わってゆく。覚えているのは高校二年生の一年間が、人生の中で最も忙しなく、充実していたことだけだ。大人や警察に頼ることのできない不可解な事件に、自分達だけに与えられた特別な力で挑み、後味は決してよいものではなかったが世界を救った。あんな経験をすることは二度とないに違いない。
 事件を通して築いた仲間達との絆は強く、それぞれ住む所が離れても、今もそれなりに交流がある。ただ一人、孝介を除いて。
 孝介との関係は、熱病のようなものだった。高校生特有の行き過ぎた友情というやつで、互いが特別すぎて、本来は越えてはいけない一線を一時的に越えてしまったに過ぎない。衝動的に肌を重ねたのは、丁度今日のようなひどく暑い日だったと思う。それから皆の目を盗み、忙しい時間の合間を縫って、二人は何度も何度も、数え切れないほどキスをしてセックスをした。幸せだった。
 けれども、彼は陽介を置いて都会へ帰ってしまった。毎日だったメールは次第に間隔が空き、電話をしても繋がらないことが多くなる。陽介も孝介も受験の準備が忙しく、次の一年は会うことはなかった。距離は人を冷静にさせる。彼のことを変わらず愛していたが、孝介が冷めてきていることを感じ、陽介自身も落ち着いてしまった。遠距離恋愛による自然消滅というやつだ。
 大学進学のために上京した後、一年ぶりに孝介に会ったが、そこにあるのは友愛だけで、もう燃え滾るような熱はなくなっていた。寂しさ、やるせなさ、空しさ――ありとあらゆる負の感情を一言に纏めると、ショックだった。だが、彼の心が離れてしまったのを薄々感付いていたため、悲しいことに心の準備はできていた。最後通牒を突き付けられたようなものだ。
 その後の自分は酷く荒み、数日間家に引き籠って泣いていた記憶がある。鬱々とした気分のまま入学式を迎え、新しい生活が始まり、陽介は孝介のことを努めて考えないよう、学業やアルバイト、サークル活動に没頭した。とにかくよく学び、よく働き、よく遊んだ。新しい友人達と時間に癒され、孝介との関係を冷静に考えられるようになったのは、別れから随分と経ってからだ。
 仕方がない。それが陽介の導き出した結論だった。
 元々、陽介も孝介もノーマルだ。同性愛という道を外れた関係を続けるよりも、普通の恋愛をして、可愛い奥さんを貰って、幸せな家庭を築いた方が幸せになれる。既に彼に対する感情が愛なのか情なのか分からなくなっていた陽介は、そう思い込まなければ己を保てなかったのかもしれない。
 その後、孝介を含め特別捜査隊のメンバー全員で何回か集まったりしたが、同じ都内に住んでいたにも関わらず、彼と二人きりで会ったことは一度もない。結局、きちんと区切りを付けないまま疎遠になり、現在に至る。共通の知人伝てで無事に大学を卒業したことは知っているが、今どこに住んでいるのか、何をしているのかすら知らない。彼のことはもう、陽介の中で思い出になっていた。そうせざるを得なかった。
(ま、アイツなら、どこでもうまくやってけるだろ)
 魅力と能力に溢れた自慢の相棒は、きっとどこでも生きて行くことができる。今案ずるべきは自分の生活だ。陽介は重い荷物を持ち上げると、洒落た内装のエントランスに足を踏み入れた。入口のオートロックで部屋番号をプッシュし、呼び出しボタンを押す。どうしてだか帽子を目深に被り直した。
『――はい』
ややあってから聞こえて来た声は少し遠く、彼のものか判別が付かなかった。もどかしさを覚えながら、陽介は努めて明るい声で言う。
「月森さんのお宅でしょうか? クロネコ急便です。お届け物です」
『…どうぞ』
 ゴゥン、と音がして自動ドアが開く。陽介は緊張しながらマンション内部へと足を踏み入れた。エレベーターで八階へ。伝票に書かれた八○一号室の前で立ち止まり、インターフォンを押す。しかし返事がない。
「?」
再度ボタンを推すが、やはり応えはない。うだるような熱気の中、腕が震えるほどの重い荷物を持ったまま待たされ、陽介の中で怒りが込み上げてきた。
(ダメだ、冷静になれ、俺)
たまにこういうこともある。陽介はひとつ息を吸って、吐き、脳に十分な量の酸素を供給すると、一度荷物を床に置いて、ポケットから不在表とペンを取り出した。実のところ、ほっとしている気持ちもある。もし本当に、この部屋に住むのが彼だったら、今の自分を見られたくはない。
 有名大学を卒業し、都内の高級分譲マンションに住む孝介。大きさから見て家族向けだ、もしかしたら既に結婚しているのかもしれない。ということは、それなりに収入のある、立派な職業に就いているということだ。
 それに比べて自分はどうだ。大学も中堅、苦労して入った会社は潰れ、再就職にも失敗し、今はしがないフリーターでしかない。かつては相棒と呼び呼ばれ、対等だったはずなのに、こんなにも経済格差がある。惨めだ。
 さらさらと必要事項を記入し、ポストに突っ込んで、持ち帰ろうと再びダンボールに手を掛ける。その瞬間、ドアが開いた。
「すみません、ちょっとシャワー浴びてて…」
目が、合った。時間が止まったのが分かった。
「………………………陽介?」
 出て来たのは、陽介の知る月森孝介だった。そして彼は腰に白いバスタオルを一枚巻いただけの、下手をすれば通報されかねない姿だった。
「……………コンニチハ、クロネコ急便です。ハンコいただけますか」
服を着ろ! と怒鳴りつけたい衝動を堪え、陽介はあくまでもビジネスライクに、笑顔まで付けて言ってやった。たまに全裸やそれに近い形で受け取りに出てくる客がいる、と先輩から話を聞いていたし、マニュアルにも記載があったが、陽介の記念すべき第一号は元恋人だ。まさか再会がこんな形になるとは思いもしなかった。
 シャワーを浴びていたというのは嘘ではないようで、あの頃と変わらない細く引き締まった、けれども、あの頃よりも男らしくなった体を雫がいくつも伝っている。肌は白く、きめ細かく、濡れた髪が項に張り付いているのが目に毒だ。相変わらずの眼力と、ほぼ左右対称の整った顔には、驚きと困惑がありありと浮かんでいる。陽介はあえて疑問に応えず、彼の姿を直視しないよう目を反らしながら、ずい、と伝票を差し出した。
「やっぱり、陽介だ。お前、なんで宅急便のドライバーなんかやってるんだ? 広告代理店で働いてたはずだろ」
しかし孝介は質問ばかりで望むものをくれない。ほぼ全裸の姿のままでドアの外まで出てこられそうになり、陽介は慌てて彼の肩を押し返した。
「ちょ、服くらい着ろこの変態! いーからとっととハンコ!」
「別にいいだろ、男同士なんだし、初めて見るもんじゃないし。とりあえずその荷物、玄関に入れてよ」
 孝介は、何も変わってはいなかった。少なくとも陽介の目にはそう見えた。格好良いところも、焦がれてやまなかった涼やかな声も、少し自分勝手で尊大な言葉使いも。寧ろ、年を重ねた分だけ魅力が増したように思える。ざわめき出した心を押さえようと、陽介は腹に力を込めなければならなかった。
「…玄関まで、だかんな」
陽介はしぶしぶ、ずしりと重い箱を抱え上げ、扉の内側へ足を踏み入れた。ごぉん、と音がして背後で扉が閉まる。外界と隔絶され、えもいえぬ不安を陽介は覚えた。
 大理石調の石が敷き詰められた玄関はまだ新しく、明るくて開放感がある。狭くて薄暗い陽介の1DKの部屋とは大違いだ。流石に廊下にまで空調が入っていないようで空気は生ぬるいが、日陰である分外よりも涼しい。すらりとした彼の足元に荷物をいささか乱暴に置き、陽介は再度伝票を突き出した。
「ハンコ。もしくはサイン」
「ペン貸して」
「ドーゾ」
 胸ポケットからボールペンを掴み、渡そうとした陽介の手は、しかし手首ごと掴まれてしまった。恐る恐る顔を上げると、そこには花も恥じらうほどのうつくしい笑みを浮かべた孝介の顔がある。ぞくり、とした。彼がこの表情を浮かべている時はろくなことがない、いや、なかった。陽介の中の彼に対する情報は、数年前を最後に更新が止まっている。触れた肌は風呂上りのせいかひどく熱い。
「離せよ」
「やだ。ね、なんでこんな仕事してんの」
言葉の端に侮蔑を感じ、陽介は激昂した。思わず怒鳴り付けそうになったが、会社勤めで培った忍耐力を総動員してなんとか堪える。
「会社が倒産しちまったんだよ。今はバイトしながら職探し中」
「ふーん。お前、相変わらず、運悪いのな」
憐れみの視線が痛い。彼の目を見返すことができず、陽介はふい、と顔を背けた。
「仕方ねーだろ。っつーワケで俺は仕事中なの。無駄話してる暇ないの! 早くハンコ!」
「――判子、欲しいの?」
 孝介が顔を近付け、低い声で囁く。どうしてかこの男はやることがいちいち性的だ。一歩下がった陽介の背中が重厚なドアに当たる。ガチャリ、と音がして見れば、いつの間にか孝介が鍵を閉めていた。暑さのせいではない汗が陽介の額を流れる。目の前の男はドアと自らの体で陽介を挟み込み、退路を奪うと、耳元に唇を寄せてとんでもないことを口にした。
「ヤらせて。そしたら判子、押してあげる」
「…………はぁ?!」
あまりに突拍子もない発現に陽介が怒りを通り越して呆れていると、冗談ではないことを示すように孝介の手がベルトに伸びてきた。慌てて阻止しようとするが、元々孝介の方が力が強く、加えて陽介は夏バテで体力が落ちている。ひらり、と伝票が、ぽとり、とボールペンが床に落ちた。
 「ちょ、待て! いきなり何すんだよ?!」
懸命に孝介の裸の胸を押し返して叫ぶと、元恋人は平然と答える。
「何って、ナニ。陽介見てたらムラムラしてきた。挿れたい。挿れさせて」
彼の声は真剣で、隠すことのない情欲の気配があった。冷めてしまった自分達の間からはとうに消え去ったはずの衝動だ。勝手だ、と思うのに、煽られるように陽介の中でも何かが込み上げてくる。それでも、理性と建前を振りかざして陽介は拒む。
「馬鹿言うな! つか俺達、もう恋人でもなんでもないだろうが!! なんで数年ぶりに会っていきなりヤらせなきゃいけないんだよッ」
「え、オレ、お前と別れたつもりなんてないんだけど」
 さらりと言われた言葉は、陽介の時間を止めるのに十分な力を持っていた。沈黙が二人の間に流れる。孝介はいやにかわいらしく小首を傾げて続けた。
「だって、さよならなんて一言も言ってないだろ。オレ達、まだ恋人同士じゃないか。セックスするのに何の不都合もない。ホラ、早く下脱げ。気持ち良くしてやるから」
「――!!!!」
あまりに自分勝手な言い草に怒鳴ったが、興奮しすぎて単語にすらならなかった。真っ赤になって激怒する陽介を易々と押さえ付け、孝介はまるで魔法のようにベルトを外し、ファスナーを下げて下着ごと制服のスラックスをずり下ろす。
「や…!」
文字通り急所を握られ、陽介は弱々しい悲鳴を上げる。竿を包んだ大きな手で上下に擦られて、はしる快感に腰が震えた。何年経っても体が覚えている、孝介の愛撫だ。浅ましく腰を揺らした陽介を見て、孝介が口の端を吊り上げる。
「きもちいいんだろ。っていうか陽介、相変わらず細いな。ちゃんと食べてるのか」
「っ、るせー! なんでお前に、そんな心配、されな、きゃ…ひッ!」
 口応えした途端、根元をきつく握られ、痛みに陽介は戦慄く。滲んだ涙をいとおしそうに唇で掬われ、やけにやさしいその仕草に更に涙が溢れた。
 (なんで)
彼とのことはきれいな思い出のままにしておきたかった。愛し、愛された記憶を宝物としてしまっておければ陽介には十分だった。とうに繋がりは切れ、もう人生が交わることはないと自分を納得させていたのに、偶然にも再会し、その数分後に彼に迫られるなど誰が想像できただろう。溢れる感情が整理できず、陽介はぼろぼろと涙を零す。孝介は困ったような顔になり、体を放した。
 ほっとしたのも束の間、彼の腰からはらり、とバスタオルが落ちる。陽介は見てしまった、彼の股間でその美しい顔立ちからは想像できないほど大きくグロテスクなものが起立している様を。
「…!」
あの状態の彼が止めてくれるはずがない。怯える陽介の体をひっくり返し、ドアに手を突かせて後ろから抱き締めると、孝介は尻に猛ったものを摺り付けながら陽介自身を高めてゆく。彼と触れている背中が熱い。溶けてしまいそうだ。
「ふっ、あ、あ」
「陽介、最近してないの? すごく早いね、もうイっちゃいそう」
揶揄され、恥辱に陽介は頭を振る。その間にも彼の長い指は器用に陽介を扱き、もう片方の手はシャツの中に侵入して乳首を苛んでいた。更に耳を舌で犯され、強すぎる刺激に陽介の思考は奪われてゆく。まだ少し湿っている彼の髪の毛が首筋に当たる感触すら快感に繋がり、陽介はドアに爪を立てて喘いだ。
「ア、っ、あ、放、して」
「ん、イきたい? イっていいよ」
 ぐ、と一際強く亀頭を擦られ、陽介はあられもない声を上げて達した。彼の指を添えられた先端からはびゅくびゅくと粘りのある精液が噴き出し、玄関のドアにべったりと付着する。はぁはぁと荒い息を零し、達した後の脱力感に崩れ落ちそうな陽介を支えているのは、腰に回された逞しい腕だった。
「陽介」
汗の伝う項に彼の唇が寄せられる。けれども、キスはくれない。そのことがどうしようもなく悲しかった。せめて、昔のようにキスしてくれたら。好きだから抱きたいのだと言ってくれたのなら許せたのに、彼は単純に陽介を欲望の捌け口に使おうとしている。その証拠に陽介の意思を無視し、無理矢理行為に及ぼうとしている。どんなことをしても、最後には陽介が許すのを疑っていないのだろう。本当に酷い男だ。
 陽介が吐き出した白濁を纏った指が、後ろの穴に宛がわれる。そこに彼の視線を感じ、陽介は恥ずかしさのあまり消えてしまいたくなった。
「息、吐いて」
彼の指が胎内に侵入してくる。久しぶりすぎるその感覚と異物感に、陽介は唇を噛み締めて堪えた。探るように指先を動かしながら、孝介は嬉しそうに呟いた。
「きついね。でも、ちょっと、慣れてる? もしかして、満足できなくて自分で指、挿れてたりしたの?」
「っ!」
 跳ねてしまった体がそのまま答えだった。高校二年の夏から彼が転校するまで、数日と開けず男のものを受け入れ続けた陽介の体はすっかり開発されてしまい、今では前だけでは物足りなさを覚えてしまう。孝介と別れてから――本人曰く、別れたつもりはないそうだが――何人かの彼女と付き合い、セックスもしたが、滑り蠢く膣に性器を挿入して揺り動かしても、孝介に突かれた時ほどの快楽は得られなかった。だからといって他の男に抱かれるなど御免被る。想像しただけで吐き気がする。自分が体を許したのは相手が孝介だからだ。仕方なしに、時折だが指やバイブを使って後ろを慰めていたが、最近では忙しくてそれすらもしていなかった。お見通しだとばかりに孝介は笑う。
「他の男とセックス、してないんだ。嬉しいな」
「っ、できるワケ、ねーだろうがっ…!」
あれから幾度か恋をしたが、孝介以上に想える相手には出会わなかった。かつては間違えなく愛だった、今では愛情か友情か線引きのできない彼への思慕を抱えたまま老いてゆくのだと思っていた。陽介の心情など露も知らないかつての情人は、毒気を抜かれてしまうほど無邪気に喜んでいる。
(コイツ、こんな奴だったっけ)
歳月は記憶を綺麗にする。陽介の中の月森孝介は、もっと思慮深くて大人びていたはずだったが、それは美化されたものであり、実物はこんなものだったのかもしれない。もしくは、当時の自分が彼の本性を見抜けなかったか、だ。どちらにしよ、きらきらしかった若かりし頃の恋の思い出は、この数分間で粉々に崩れ去った。神様はどこまでも陽介に優しくない。
 「! アっ…!」
心を飛ばすことを許さないとばかりに、孝介の指が陽介の感じる所を突いた。びりびりとした刺激が腰から脳天まで走り抜け、陽介の体は悦びに震える。自分でやるよりも遙かに気持ちがいい、彼だけが与えてくれる快感に、達したばかりだというのに陽介のものはまた形を変え始めた。孝介は舌舐めずりをしてしつこくその場所を擦り、陽介を鳴かせる。くちょくちょという耳を覆いたくなるような音が己の下半身から聞こえた。
「ひっ、あ、やだ、ぁ」
「やっぱり陽介、淫乱だね。そんなにオレに犯してほしかったの?」
「ふあっ、ち、がう! そんなん、じゃ、あッ!!」
二度目は触られてもいないのに、後ろを男の指で愛撫され、陽介の性器は今や腹に付くほど起立していた。この年になってここまで勃起することは珍しい。まるで孝介に犯されることを望んでいたようで、陽介は快楽に従順すぎる己を恥じた。
「後ろだけですっごいガチガチ。やっぱりお前、オレに犯されるのが似合ってるよ。…挿れるよ」
 ずるり、と指を引き抜かれ、代わりに熱くて硬い肉棒の先端を押し付けられる。ドアに縋り、孝介に尻を突き出す格好を取らされた陽介は、慌てて背中を捩って制止を掛けた。
「ちょ、ま、ゴム…!」
「待てない」
ず、と肉が侵入してくる。長い間性交に使っていなかった場所は孝介のモノの大きさに悲鳴を上げ、みちみちと音を立てた。裂けてしまったかもしれない。
「いいいいい痛ッ!!! むり、抜いて!! そんなデカいの入んねー!」
「っ、オレも、無理」
とにかく痛くて苦しい。陽介はなりふり構わず懇願したが、孝介は聞いてはくれなかった。抜くどころか更に奥へ奥へと分け入ってくる。逃げようとしても腰をがっちりと掴まれてしまっているため、今の陽介にできるのは少しでも負荷が減るように体の力を抜くことだけだった。永遠に続くようにも思えた責め苦だったが、やがて孝介が動きを止め、大きく息を吐く。
 「っ、は、全部、入ったよ」
「う…そぉ…」
腹の中が孝介でいっぱいだ。熱くて硬くて大きなものが、自分の中で脈打っているのが分かる。懐かしい、と表現するには間が空きすぎている圧迫感だ。息も絶え絶えに振り返った陽介は、己の行動を激しく後悔した。自分の尻に孝介の男根が突き刺さり、彼と繋がっているのをしっかりと見えてしまったからだ。
「…!」
きゅう、と反射的に中に納めた肉棒を締め付けてしまう。背後からくぐもった声が聞こえ、陽介はしまった、と思った。
 「…やってくれるね、陽介。じゃあ、お望み通り、酷くしてあげる」
「ひっ! ち、違」
次の瞬間、すさまじい衝撃がきた。一度自身を引き抜いた孝介が、前立腺を抉りながら一息に奥まで突き入れたのだ。
「――!!」
孝介は容赦なく腰を使い、陽介の中を蹂躙する。いつの間にか腰を支えていた腕は一本になり、空いた方の手が萎えてしまった性器に触れた。器用な指先は強制的に快楽を引き摺りだし、陽介のものはあっという間に膨れ上がり、喜びの蜜を零し出す。前と後ろを同時に愛され、陽介は翻弄されるしかなかった。
「アッ、あ、だめ――…」
 ――ピンポーン。
いやに間の抜けた呼び鈴の音が響き、陽介はびくん!と体を跳ねさせた。しかし孝介はピストンを止めない。陽介の前を扱きながら、感じる場所をくやしいほど的確に突いてくる。
「こ、すけ! やめ」
「止めていいの?繋がってるところ、見られたいの?」
「んな、ワケ、ねーだ…あっ、あぁ!」
 ――ピンポーン。
もう一度ベルが鳴った。対抗するように孝介の動きは激しくなり、ぱんぱんと肉を打つ音が昼下がりのマンションの一室に響き渡る。陽介には今のインターフォンが、エントランスからなのか、はたまたこの扉の向こうに待ち人がいるのか判断が付かない。ドア一枚隔てた廊下を人が通る可能性があることを唐突に思い出し、彼は羞恥に肌を赤く染めた。同じ男の性器を尻穴いっぱに咥え、腰を振っている姿を他人に見られたら、冗談抜きで死ぬしかない。
「こ、すけ、頼むから、も、やめ」
「だめ」
「いっ、ああ!!」
乱暴に前を握られ、痛みと悦びに陽介は嬌声を上げた。孝介の追い上げは凄まじく、もう声を殺すことも周りを気遣うこともできない。
「ひあ、っ、だめ、出…!」
「っ…!」
 信じられないほど深くまで凶暴な楔で貫かれ、目の前が真っ白になる。陽介は二度目の射精をし、再びドアを汚した。須臾の間の後、腹の中に熱い飛沫を感じ、陽介は孝介が達したこと、中で出されたことを知った。
「あ、ああ…」
「は、ッ…」
どれだけ溜めていたのか、夥しい量の精液が陽介の中に注ぎ込まれている。そのおぞましいほどの熱さに陽介は戦慄した。女だったら確実に孕んでいるだろう。幾度か揺すり上げ、全てを陽介の中に納めたろくでもない男は、名残惜しそうに白濁塗れの自身を引き抜く。掻き出された彼の廃液が秘部から溢れ出し、股を伝う感触がひどく不快だった。
 下腹部を剥き出しにし、過ぎる快楽にまだ動けずにいる陽介をよそに、孝介は床に落ちていた伝票とペンを拾い上げて受領のサインをする。もう用は終わったとばかりに。
「ほら」
ぞんざいに渡されたそれを反射的に受け取った陽介は、血が沸騰しそうなほどの怒りを覚えながら震える手で着衣を整えた。腹の中には孝介の精子がたっぷりと入っているが、始末をしている時間はない。一刻も早くこの場から、彼の前から逃げ出したかった。
「陽介、風呂使っていいよ」
気遣うように伸ばされた手を叩き落とし、陽介は恨みを、憎しみすら込めて孝介を睨んだ。
「………お前、サイ、テー、だ」
「ようす」
 返事など待たない、必要ない。涙が零れないよう、奥歯が砕けそうなくらいに食い縛り、陽介は孝介の部屋を飛び出した。嗚咽を堪え、なんとかトラックまで辿り着く。震える手で鍵を開け、助手席に置いてあったボックスティッシュを手に荷台へと駆け込んだ。
「…っ、ちくしょ…!」
ベルトを外し、下を脱いで、まだ温かい孝介の精子を掻き出す。後から後から溢れる青臭い液に、身も心も、思い出さえも汚された気がして、陽介は今度は憚ることなく泣いた。締め切ったトラックの中はひどく蒸し暑く、生臭くて吐き気がするほどだった。

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