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きらきらと・2

※加筆修正版

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 りせは予定の一ヶ月を過ぎても戻って来ず、直斗も事件を追うために八十稲羽から離れることが多くなった。陽介と雪子は大学へ、千枝は公務員試験を受けるためにそれぞれ受験勉強に勤しんでいる。完二も友人が増え、遊んだり、また、手芸教室を開いたりしてそれなりに忙しい日々を過ごしていた。
 仲間と共にいる時間が減っても、自分達の絆が切れることはない。もう誰の命も脅かされることも、全てを侵食する霧の恐怖に怯える必要もない平穏な毎日は、自分達が死闘の末に勝ち得たものだ。けれども平穏すぎて、不謹慎とは思うものの、ふとした瞬間に事件を追っていた日々を思い出しては物足りなさを感じてしまう。
 「なんか、さ。平和だよね」
皆の心を代弁するように、サンドイッチを頬張りながら千枝が呟いた。学年が違えば校内で顔を合わせる機会は殆どない。陽介発案のもと、特別捜査隊のメンバーは、昼休み屋上に集まって昼食を取ることにしていた。リーダーだった月森孝介が去っても彼らが異彩を放っていることには変わりなく、屋上に足を踏み入れるのは一条や長瀬など、陽介達と仲が良く、かつ、肝の据わっている者達だけである。だから今日も屋上は貸し切りだ。
 ましてや、今は実力テスト中である。のんびりと昼休みを取るよりは、皆机に齧りついてノートと教科書を見返すことに必死なのだろう。だが雪子は実力テストは実力を見るもの、というスタンスで今更慌てて詰め込むことはせず、陽介も千枝もそれに倣っていた。完二は最初から諦めている。
 「りせちゃんはまだ戻って来られなさそうで、直斗くんも今週は学校に来ないんだっけ。ちょっと寂しいね」
「正直、ヒマっすよねー。花村センパイ、何か面白い話ないんスか」
完二に話を振られ、陽介は待ってましたとばかりに鞄から平らなプラスチックのケースを取り出した。
「じゃーん! 明日発売予定のりせちーの新曲でっす! ジュネスのCD屋に早めに入荷したから、こっそり売ってもらったんだ」
 りせは送ってくれると言ったが、売上に貢献するため一人一枚買うことにしたのだ。陽介は準備よく小さなスピーカーも持ってきており、プレイヤーに繋いでから再生ボタンを押す。どきどきしながら耳を澄ましていると、程無くして聞こえてきたのはどこかエキゾッチックなアップテンポのメロディーだった。
 前奏の後に、聞き慣れたりせの声が聞こえてくる。いつも聞いていた甘やかな彼女の声とは少し違っていて、伸びやかで凛とした、けれども彼女以外の何物でもない歌声だった。本格的なボイストレーニングを受けたと本人が言っていたように、歌唱力は申し分ない。何より、曲とりせのイメージが合っている。
 愛することを、変化を恐れ戸惑う少女に、弱い自分を抱えたままでも歩いてゆけばいいと語りかける肯定の歌。弱さを知り、受け入れた彼女だからこそ、その言霊には説得力がある。少なくとも完二にはそう聞こえた。雪が降りそうな二月の日、アイドルに戻ると報告しにきた友人の笑顔を思い出し、完二は誇らしい気分になった。
 聞き終えた皆はしばらくの間、言葉もなくぼうっとしていた。
「…りせちゃん、すごいね…」
「うん、いい歌だった。明日はお休みだし、朝起きたら速攻でジュネス行って買ってくる。っていうか、皆で行こっか!」
「おお、そうしろそうしろ。どうせ完二は一人じゃ買いに行けないだろうし」
「…アンタ、ホントに一言多いっすね」
 敬愛する先輩に対して本気で暴力を振るうつもりなどないが、腹が立ったのは事実だ。額に青筋を浮かべ、音を立てて指を馴らせば、陽介は気を逸らそうと慌ててCDのジャケットを完二の眼前に翳した。
「ほら、見ろ! りせが着てるこのドレス、完二が作ったやつだろ?!」
 ケースに挟まれた写真は深い深い森の中で、鮮やかな朱を纏ったりせが佇んでいるものだった。蓋を開ければアップのショットもあり、そこにはいつもより小悪魔的な、そして大人の顔をしたりせが嫣然と微笑んでいる。身を包むのは間違えなく完二が送ったあのドレスだ。
「本当だ! あの時のドレスをりせちゃんが着て、こうして使われてるなんて…なんだかすごいね」
「うん。よく似合ってる。曲のイメージにもぴったりだね。流石、完二くん」
「べ、別にそれほどでも…」
 女性陣に口々に褒められれば悪い気はしない。赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いていると、ポケットの中で携帯電話が震えた。メールならば緊急性は低いと判断し、無視を決め込んだが、振動はいつまでも続いている。着信だ。
 完二の番号を知っている者は少ない。少しの不安を覚えながら、完二は電話を取り出してフリップを開く。そこに表示されていたのはりせの名前だった。
「りせだ」
「おっ、早く出てやれよ」
 パックのアイスティーを啜っている陽介に促され、完二は通話ボタンを押す。いつものように甲高い声が聞こえてくるものと思い耳をスピーカーから僅かに放して身構えたが、聞こえてきたのは予想とは異なる弱々しい声だった。
 『か、完二…どうしよう』
その声には明らかに涙が混じっていた。完二は思わず大声を出してしまう。
「オイ、りせ?! どうしたんだよ」
 只事ではない様子を感じ取り、二年生が緊張した面持ちで耳を寄せて来た。受話器の向こうで、りせは途方に暮れたようにぽつぽつと話し始める。
 『っ、あのね、乗ってた車が事故に遭っ、て、私は大丈夫だったんだけど、マネージャーさんと、あんたに作ってもらったあのドレス、が。でも、明日の晩収録があって、私、初めて歌わせてもらえることになってて。あのドレスで、絶対あのドレスで歌うんだって、思ってたのに…!』
「おい、落ち付け、りせ!」
 怒鳴られ、りせはひゅ、と息を呑むと、黙り込んでしまった。委縮させてしまったのだ。どうしていいのか分からず硬直していると、陽介が肩を叩いて携帯電話を指差した。代われ、ということらしい。何だかんだと言いながらも、彼の人の心の機微に敏いところを完二は尊敬している。素直に渡すと、陽介はやわらかな口調で語りかけた。
 「りせ、聞こえるか。とりあえず、お前は無事なんだな?」
『花村、せんぱい…。う、ん』
しゃくりあげながらもしっかりと返事をするりせに完二は安堵した。同時に、己の至らなさを後悔した。母親にもよく言われるが、体と声ばかり大きくて思慮が足りない。今だって、助けを求めて電話を掛けてきた友人を怯えさせてしまった。
(ちくしょう)
 自己嫌悪に歯噛む完二の横で、会話は続く。
「よかった、お前が無事で。マネージャーさん怪我したって言ったけど、病院への搬送とか、事務所への連絡とかは終わってるんだな?」
『うん。さっき代わりの人が来て、全部やってくれた。でもどうしよう、ドレスが』
 また泣き出しそうな空気を感じ、陽介は宥めにかかる。
「なぁ、ドレス、全然だめなのか? ちょっと直したら着れるようになるとか、なんとかならないか?」
『…だめ、だよぉ…! だってスカートが殆ど焦げちゃったんだもん! 衣装さんに直せないか聞いてみたけど、スカート部分全部差し替えになるし、そもそも生地が珍しいから同じものにはならないって…』
 少女の嘆きが響き渡る。完二は陽介の手から電話を奪い返すと、覚悟を決めて言った。
 「おい。アレ着んのは明日の夜なんだな?」
『う、うん』
「お前、どこにいる? あの生地、ミニスカートを作れるくらいならまだ余ってるから、今から持って行って直してやる」
『! ちょ、ちょっと完二、本気?! 私、今東京だよ!』
「うるせぇ! いいから場所教えろ!!」
 陽介は大げさに溜息を吐くと、ひょい、と完二の手から再び電話を奪った。
「完二、ストップ。りせ、こっちは実力テスト中だから、今からは無理。という訳で、俺と完二は明日の朝に東京着くから。りせが収録に移動しなきゃいけないのは何時? …四時ね、りょーかい。完二、半日くらいあれば直せるか?」
「できなきゃ行くとか言わねーよ!」
 陽介から電話を取り返そうとした完二の両腕を、雪子と千枝が抱き込むようにして掴む。
「センパイ、離してください!!」
「まぁまぁ、ここは花村に任せようよ」
「完二くん、ちょっと落ち着いた方がいいと思う。りせちゃんが心配なのは分かるけど、今のあなたは冷静じゃないよ」
「っ…!」
 見守るしかない完二の前で、陽介は苦しい戦いの中で皆を励まし続けた笑顔を見せた。
「大丈夫、なんとかなる。っていうか、完二がするから。りせはとりあえず、明日の始発で東京駅に来て、完二にドレスを渡すことだけ考えとけ。こっちが作業する場所は、直斗が東京で拠点にしてるマンションか、孝介ん家にでも邪魔させてもらえばいいだろ。そっちは俺が話しとくから。じゃあな、がんばれよ。俺らの誰でも、いつでも電話してこい」
 通話を終えた陽介は、ぱきり、と音を立ててフリップを閉じる。ようやく返されたそれをひったくるようにして受け取った完二は、鼻息も荒く食ってかかった。
 「何勝手に話進めてんだよ! 今から行きゃ…」
「ばーか。お前、ただでさえ内申やばいのに、これ以上教師の心象悪くしてどうすんだよ。、後でりせが気に病むぞ? 明日から連休だし、やることやってから行ったんなら誰にも咎めらんねーんだから、今日はちゃんと出ろ。それに、お前だけ行ったって作業する場所も、りせに会う手筈もなけりゃ無駄足だろうが」
「…っ!」
陽介の言うことはいちいち正論で、返す言葉が見当たらなかった。黙って事の成り行きを見守っていた雪子と千枝が、心配そうに問いかける。
 「明日の始発で行っても、東京駅に着くのは昼前くらいだよ。どうするの?」
「っていうか、花村も行くの?」
 陽介はにやり、と笑って頷く。
「おう、行くぜ。完二だけじゃ東京で迷子になるのがオチだろうし、ナビゲーターは俺が適任だろ。それにほら、沖奈駅から出てるじゃん。お財布にも時間にも優しい青少年の味方、夜行バスがさ」




**********




 バスから降りた途端に襲ってきた朝の日差しが痛くて。完二は目を細めた。続けて出てきた陽介は荷物をどさりと地面に置くと、凝り固まっていた体を解すように大きく伸びをする。
「ふぁあ、やっぱ熟睡って訳にはいかねーな。体イテェ」
「何言ってんだか。アンタぐーすか寝てたじゃないですか」
 昨晩、沖奈駅からバスに乗り、一回目の休憩で立ち寄ったサービスエリアでうどんを食べた所までは元気だったが、バスに戻った途端陽介は事切れたように眠ってしまったのだ。対して完二は夜行バスに乗るのが初めてであること、座席が思ったよりも窮屈なことからろくに眠れていない。ようやくうとうとし始めたと思ったら、運転手が最初の停留所を告げるアナウンスで起こされてしまった。
 睡眠不足による苛立ちと、あまりに能天気な陽介の態度に完二の機嫌は急速に降下してゆく。彼は肩を竦めると、完二の背中を叩いて歩き出した。
「んなに今からカリカリしてたら体がもたねぇぞ。お前にはがんばってもらわなきゃいけないんだから、体力温存しとけ。行くぞ」
 陽介は迷いのない足取りで、早朝の街を進んでゆく。街はまだどこか閑散としているが、それでも八十稲羽の朝よりは人も車も多かった。完二は今更ながら遠くに来たことを実感する。
 立ち並ぶ巨大なビルの群れと、その合間からしか見えない狭い空。吸い込んだ空気は妙に温く、苦い味さえした。
 ショーウィンドの中からは高そうな服を纏ったマネキンが道行く人々を無機質に眺めている。あちこちに設けられたディスプレイには、どれだけ人の目を集められるか争うように広告の写真が表示されていた。
 立ち上るアスファルトのきな臭い臭い。整備されてはいるが、ごちゃごちゃしていて目が回りそうになる。けれども、陽介も孝介も、りせも、直斗さえも、当たり前のようにこんな都会で生きてきたのだ。
(そりゃ、都会育ちは何か違うわな)
 陽介の姿がかなり小さくなっていることに気付き、完二は慌てて後を追う。程無くして駅舎に入り、陽介に百九十円の切符を買うよう指示された。ずらりと並ぶ券売機と、頭上にぶら下がった電光掲示板の多さに完二は圧倒される。いったいいくつの路線が乗り入れているのだろう。
「買ったか? んじゃ入るぞ」
 陽介は切符を買うことなく、ICカードを翳して入場する。改札をくぐった先に見慣れた、けれども久し振りに見る銀糸の髪を見つけ、完二は驚きに目を見開いた。
すらりとした立ち姿、整った相貌は、都会であっても人目を惹く。早朝だというのに薄手のジャケットとプレスの効いたパンツを隙なく着込んだ孝介は、二人の姿を見つけて微笑んだ。陽介は嬉しそうに足を早め、相手の顔も緩む。
「月森、センパイ」
 呆然と呟くと、孝介はまるで通学路で会った時のようにごく当たり前に応えた。
「おはよう、陽介、完二。話は電車の中で。りせと直斗が待ってる」



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