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スカラーDの形而上演繹・1

※陽介女体化(後天)注意
12月のマガツ攻略中、ついに恐れていた事態が起きます。

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 可愛がってくれていた上司を、その愛娘を、そして自分達を騙してたあの男がテレビの中に逃げ込んだ夜。世界が塗り変えられたような違和感を、陽介は感じた。




 霧に包まれた町、おかしくなってゆく人々、刻一刻と迫ってくる見えないタイムリミット――いくつもの不安要素に晒されながら、特別捜査隊は禍津稲羽市を攻略していた。
 稲羽の社会インフラは、今のところまだ正常に機能している。電気も、ガスも、水道も問題なく使えるし、警察や消防、病院も、稼働率は高いがその働きを失ってはいなかった。学校も閉鎖されてはいない。薄皮一枚隔てたところに在る狂気を誰もが感じながらも、辛うじて人としての営みを保っている。
(いっそのこと、休校とかになってくれりゃいいのに)
そうすれば、まる一日テレビの中に潜っていても咎められはしない。だがリーダーはできる限りぎりぎりまで、学校を休んでテレビに行くことはしたくないのだと言った。
 まだ実感は沸かないが、足立を倒さなければ世界は終わる。だが、彼を倒して平穏な日々を取り戻した後、学校を休んでジュネスに入り浸っていた自分達の言動を怪しむものが出てくるに違いない。上手く言い逃れができればいいが、叩けば埃の出る身である。世界も、自分達の暮らしも守りたいのだと彼は語った。願った、と言ってもいい。
 時間が惜しいという声も確かにあった。陽介自身がその筆頭だ。だが、テレビの中に入ってすぐに、孝介の意見に同意せざるを得なくなった。あちら側の稲羽は瘴気が強く、心を歪ませる。籠り切りになったらすぐに心と体を病んでしまうほどに。一日数時間の滞在が限界だ。
 それに、学校という日常の象徴である場は、特捜隊の心の均衡を保つのに一役買っていた。少なくとも校舎の中まで霧は入ってこない。相変わらず個性的な教師陣による授業、級友達との他愛もないおしゃべりに、逸っている心が落ち着きを取り戻してゆく。ここにある「いつも」を守るために戦っているのだと実感できるから、陽介達は足を止めずにいられた。
 「――にしても、遅いな」
ジュネス屋内のカフェで後輩達を待っていた陽介は、カップに入ったカフェラテを飲み干して呟いた。円形のテーブルを囲んでいるのは二年二組の三人だけで、一年生はまだ来ない。今日は六限が臨時集会だと言っていたので、長引いているのだろう。
 現状、町は決して安全とは言えない。できれば全員揃ってからジュネスに移動したかったのだが、最近では教師が巡回していて、ホームルームが終わるとすぐに学校を追い出されてしまう。部活や委員会など放課後の活動は全て中止されてしまった。仕方なしに二年生だけで先にジュネスに来たのだ。
(やっぱ、人、少ねーな…)
陽介は眉を潜める。専門店街にあるカフェは、人通りの多い通路に面して客席を設けている。去年の冬はジュネス八十稲羽店ができて間もなかったこともあり、平日の夕方であってもどの飲食店も空席がないくらい繁盛していたが、今は閑散としていた。霧の影響で外出する者が減ったせいだ。客の減少はそのまま売上の低下という形で顕著に表れている。
 従業員でも体調不良や精神状態の悪化により休む者が続出してる。例え来客が少なくとも、スタッフの数は一定ラインよりは下げられない。店を回すのにはどうしてもある程度の人出がいる。毎日朝早くから夜遅くまで働いている両親の姿を見ると、手伝えない自分が申し訳なくなる。男の時はテレビから出た後、ヘルプに入るくらいの余力はあったのに、女になって基礎体力が下がってしまい、疲労困憊で動くのも億劫になってしまうのだ。
(早く、終わらせないと)
今の安定は、コップいっぱいに注がれた水の表面張力のような危うさで保たれている。ふとした刺激で零れ、溢れてしまうかもしれない。それはひと呼吸後かもしれないし、明日かも、明後日かも分からない。確証など誰にもないのだ。陽介達にできるのは、全力でダンジョンの攻略に挑み、一刻も早く霧を晴らすことだけだった。それで全てが解決する。
 だからすぐにでもテレビの中に入りたいのに、後輩達はまだ来そうにない。焦りと苛立ちから、陽介は無意識のうちに足を組んでいた。スカートの中身が見えてしまうため、女性陣には口を酸っぱくしてやめるよう注意を受けているが、十七年間で染み付いた男としての所作はそう簡単に変えられない。案の定、目敏く見た雪子が眉根を寄せて注意をしてきた。
「…花村くん。それはちょっと、はしたないと思う」
「へ? あ、うん。ごめん」
 慌てて陽介は足を戻した。雪子はそれきり何も言わなかったが、彼女の口調に陽介は違和感を覚える。こういったことがあった時、普段は諭すようなのに、今日は少しだけ攻める響きを感じたのだ。
(機嫌、よくねーのか? それとも具合?)
調子が悪いのならば無理をさせる訳にはいかない。だが傍目には、雪子はいつも通りだった。たまたま虫の居所が悪かったのだろうと結論付けたところで、待ち人がようやく表れる。
 「すみません、集会が長引いてしまって」
「気にしなくていい。早速で悪いけど、行こうか」
代表して頭を下げた直斗の帽子を、ぽん、と孝介の大きな手が労うように叩く。手早く片付けを済ませ、陽介達は異世界へのゲートを潜った。体を迎え入れた黒く大きな画面は、いつもよりもどろりとしていた。


 気が狂いそうな色彩の空に覆われた廃墟の町をひた進む。もしかしたら、ここは霧を回避できなかった未来の稲羽の姿なのかもしれない。空気は淀み、日は差さず、命あるものは異形だけ。着実に前へ進んでいるはずなのに、焦燥ばかりが蓄積されてゆく。
 シャドウも強い。一戦交えるごとに体力気力は体力気力が大きく削られ、自然と集中力も落ちてゆく。そろそろ潮時、というところで突如として湧き出た敵に先手を取られてしまい、アドバンテージを奪われた状態で戦端が開かれてしまった。
「! 孝介!」
体勢を立て直せない孝介に、移り気のパピヨンが矢を仕掛ける。彼はまだ、先程の戦闘で負った深い傷を癒していない。一撃ではやられないだろうが、二度、三度はもたないだろう。彼が倒れてしまったら、自分達はもう戦えない。陽介は無我夢中で地面を蹴ると、孝介とシャドウの対角線上に割り込んだ。
「陽介?!」
「っ、スサノオ!!」
主の呼び声に応えて具現化した荒ぶる神は、放たれた矢の軌道を反らし、パピヨンの羽をずたずたに引き裂く。矢尻が頬を掠めたが、気にするほどの傷ではない。緑色の風が消えきらないうちに、背後で術が完成した気配を感じて、陽介は横に飛び退いた。
「ミカエル――メギドラオン!」
現出した天使が腕を振うと、空間が凝縮し、そして爆ぜた。辺りに憐れなシャドウの断末魔が響き渡る。爆煙が収まった後、立っているのは陽介達だけだった。
『敵、全滅! 危なかったね、おつかれさまっ』
 りせの声に力を抜き、武器を降ろした陽介に、孝介が近付いてくる。傷だらけの彼は物言いたげな顔をしていた。しかし言葉を待つよりも傷を癒すのが先だと判断し、陽介は手を伸ばす。
「ディアラマすんぞ。それとも天城かクマに頼むか?」
「いや、いい。自分でやる。それより」
 す、と彼の大きな手が頬に当てられた。疑問に思う間もなく、彼が呼んだイシュタルの放つ癒しの力が注がれる。メディアラハンだ。あたたかな光は陽介だけでなく皆を治してゆくが、彼以外はさしたる怪我を負ってはいなかった。だが孝介は術の発動を止めない。
(?)
いつもなら、彼はこんなことをしない。素早く自分の傷を癒し、その涼やかな声で皆を励ましながら、先へ進むなり撤退するなりの指示を出すはずだ。残り少ない精神力を消費して、わざわざ全員を回復する意図が掴めない。疑問を隠しきれず目で問うと、彼が苦しそうに呟いた。
「…陽介が、強いのは分かってるけど。あんまり無茶はしないで欲しい」
「……は? お前、何言ってんの?」
 一瞬、彼が何を言っているのか陽介には分からなかった。空気を震わせた音は確かに鼓膜を通して脳に届いたが、内容が理解できなかったのだ。
 いつだって、自分は彼の横で肩を並べて戦ってきた。男だった時も、女になっても、それは変わらない。武器を手に前線に立ち、持ち前の素早さを生かして敵の懐に飛び込んでゆく。怪我を負うのは厭わない、気にしていたら却って隙ができてしまい危険だ。先程の立ち回りなど無茶のうちにも入らない。
 孝介は陽介の力を信じ、背中を預けてくれていた。陽介もまた預けていた。それなのに今の彼は、まるで雪子や千枝など他の特捜隊の女子と同じように、陽介の体を気遣っている。
 ――女子のように。
(…?!)
思考の中に最も忌み嫌う単語が混じり、陽介は肩を跳ねさせた。そう、まるで孝介は、陽介を女扱いしているようではないか。意識した途端、じわり、と冷や汗が滲み出す。からからに乾いて張り付いてしまった喉をなんとか動かし、陽介は祈るように囁いた。
「こんなの、いつものこと、だろ。オマエ、おかしいぞ」
 そうだな、と、言ってほしかった。陽介の知る「月森孝介」ならば、声色から、表情から、陽介の感情の機微を素早く悟り、先回りして不安を取り除いてくれるはずだ。甘えているとは思うが、それにどれだけ救われてきたは分からない。
 孝介が口を開く。しかし紡がれた声は陽介を救ってはくれず、絶望へと突き入れるものだった。
「おかしくなんてない。陽介は頼りになるけど、こんな状況で甘いって言われるかもしれないけど、女の子に傷を残したりしたくないんだ」
「…!」
ひゅ、と息を呑んだ陽介をよそに、それまで黙ってやりとりを聞いていた完二が、孝介に援護射撃をした。
「そうっスよ。前から言おうと思ってたんスけど、花村センパイはちょっと、危なっかしいっス。千枝センパイとかともなんか違うんスよね。荒っぽいことはオレら男の出番なんで、あんま無理しないでくださいよ」
「……っ」
 立ち尽くすしかない陽介を、皆が不思議そうに見る。明らかに陽介を「女」だとみなしている彼らの発言に、他の仲間達は違和感を覚えていないようだった。これではまるで、自分の方がおかしいようだ。
「花村、大丈夫? 顔色、すごく悪いよ」
心をくだいてくれる千枝に悪いと思いつつもおざなりな返事を返し、陽介は孝介に向き直る。本当は怖い。ここから逃げ出してしまいたい。狂気に満ち満ちた世界から抜け出して、暖かな家の布団に包まって眠り、目が覚めたら、昨日と明日は何も変わっていないと信じたい。今この瞬間が夢なのだと願いたい。だが、確かめずにいる方がもっと恐ろしかった。陽介は震える声で尋ねる。
 「な、あ。俺が、こうなったのって、いつからだったか覚えてる、か?」
あえて曖昧な質問にした。万が一、最も最悪な事態に陥っていたとしても、逃げ道を残しておけるように。指示語の指す事象は、昨日までの彼らであれば容易に推測できたはずだ。だが仲間達は一様に首を傾げるばかりで、陽介の望む答えを返してはくれない。代表して孝介が口を開く。
「こう、っていうのが何を指すのかが、分からないけど。でも、陽介は四月に出会った時から、見た目…はそんなに変わってないと思う」
 体温が一気に下がった。自分の外見は、今年の秋に大きく変わっている。男だったのが女になったのだから。体は縮み、髪は伸び、身に纏う制服はズボンからスカートになった。死神のようなシャドウに襲われ、女に変異した時はあれほど大騒ぎになったのに、なかったことにされている。反応を見れば分かる、誰もが孝介と同じだ。
(覚えて、ない! 皆、忘れちまったんだ…!!)
 そこまでが限界だった。
 手足が震え、膝がかたかたと笑い出す。立っているのがやっとだ。尋常でない陽介の様子に、孝介は皆に休憩を言い渡すと、抱くようにして少し離れた場所へ誘導する。腰に回された腕の力強さも、体温も、何もかもが陽介の知る恋人のものなのに、記憶が伴っていないだけで他人のように感じてしまう。
 崩れた瓦礫の上に陽介を座らせた孝介は、しゃがみ込んで目線を合わせようとした。だが今は彼を直視できなくて、陽介は繕うこともできず露骨に目を反らす。孝介は息を吐くと、幼子に言い聞かせるようにゆっくりと話し掛けた。
「陽介は何を聞きたかったんだ? ごめん、やっぱり何のことを言ってるのかが分からないんだ」
「……」
黙り込む陽介に孝介は続ける。
「お前が男っぽかったのも、無茶するのも最初からだったけど、オレからすればそれも魅力的だよ。ああ、さっきは変わらないって言ったけど、陽介はすごく、綺麗になった。秋くらい…オレと付き合い始めた頃からって自惚れてもいいのかな」
 的外れな言葉を重ねてゆく恋人に、どうしようもなく悲しさと苛立ちを覚え、陽介は頭を振る。常ならば、彼からもたらされるものは全てが喜びに繋がるのに、心がどんどん冷えてゆく。これ以上聞いていられなくて、陽介は制止をかけた。
「…なんでも、ない。放っといて、くれ」
「でも」
「――んでもないって、言ってんだろうが!!」
 怒声に孝介が目を見開き、場の空気が凍る。陽介はともすれば零れそうになる涙を堪え、歯を食いしばり、俯くことしかできなかった。
「……ごめん」
「陽介」
伸びてくる手から逃げるように立ち上がり、陽介は全ての気力を振り絞って言い切る。
「悪ィ、俺、今日はもう、戦えない。前線メンバーから、外してくれ」
 だが具合が悪いと解釈したのか、気のいい仲間達は口々に陽介を案じ、帰還を決める。「花村陽介」を形成するための重要な情報が欠如しているだけで、絆の強さも、やさしさも変わらない。
(なんで、どうして)
昨日まで、仲間達は陽介が男であったのを覚えていたはずだ。なのに何故、今日になって突然、記憶から消去されてしまったのか。ぐちゃぐちゃになった頭でいくら考えても解は導き出せず、陽介はどんどん暗く沈んでゆく。
 思えばテレビに入る前に雪子が見せた嫌悪感は、そのためだったのだ。女性として洗練された動作を身に付けている彼女からすれば、外見こそ女子高生だが、中身は男である自分の所作がさぞかし粗雑に映ったに違いない。
 今まではそれでも、見逃されてきた。心が女になりきれていないのを理解していたからだ。だが今はそうはいかない。他の、陽介が男だった時に記憶を持たない者に接する時と同じように、気を配らなければきっと嫌われてしまう。フォローもしてもらえない。大分この体馴染んだつもりでいたが、いかに自分が女になりきれていないかを陽介は痛感した。
(俺、どうなっちまうんだ。どうすりゃ、いいんだ)
孝介達が忘れてしまったのなら、恐らく、両親も自分達が産んだのが娘ではなく息子だったことを忘却している。他に縋れる者などいない陽介は、自らの内に鬱積を溜め込むしかなかった。
 手を引かれて入口広場に戻り、テレビから出たところで解散が告げられる。送ると申し出た孝介を精一杯の虚勢を張って拒み、陽介はふらふらと、覚束ない足取りで歩き出した。今はとにかく、一人になりたかった。
「待って、ヨースケぇ!」
軽やかな足音と、少し遅れて腕に重みがかかった。抱き着かれたのだ。流石に帰る家も同じ弟を無視する訳にもいかず、陽介はぎこちない笑顔を浮かべてみせる。
「帰るぞ」
「ヨースケ、今日、どうしたクマか? さっきからずっと、変クマよ。何かクマがしてあげられること、あるクマ?」
 空色の瞳には偽りのない親愛が浮かんでいる。ヒトではないクマならば、と一抹の望みを掛け、陽介は質問をした。
「…なぁ。すっげーヘンなこと訊くけどさ。俺って、女だっけ?」
クマはきょとんとした後、当たり前のように――頷いた。
「そうクマよ。そりゃ、ヨースケはユキチャンやリセチャンに比べたら色気が足りんけど、立派な女の子クマ!」
「………そっ、か」

 霧に包まれた夜の町を、重い足を引き摺って帰路に着く。明りは見えない。まるで泥の中を進んでいるようだ。
(夢なら、覚めてくれ。頼むから…!)



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