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境界のアリス

*加筆修正版
オトナのコドモの境目にいる雪子のお話。

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 ボイドクエスト。
 引き籠りの高校生が作り上げた、まるでゲームのようなダンジョン。男子達はどこか楽しそうだったが――人の命がかかっているため、不謹慎と理解はしているのか目立って騒いだりはしていない。そういう所をとても評価している――雪子は全く面白いとは感じなかった。
 リセットの効く世界。能力を数値化して安直に測るシステム。定められたストーリー、予定調和的な結末。ある程度の自由は認められていても、結局、予め定められた道から外れることはできない。ならば想像の余地が残されている本の方がよほど楽しい。
 かといって、ゲーム自体も、それを好きな人も否定するつもりはない。ただ雪子には興味が持てないというだけである。
 「しっかし、ここも長いよな。なんか後になればなるほどダンジョンが広くなってねーか?」
「かもな。…陽介、怪我」
「掠り傷だっつの、ヘーキヘーキ。まだ先が見えないんだから力は温存しとくべきだろ」
 孝介の隣を、当たり前のように陽介は歩く。彼らは他愛もない話をしながら、時には振り返って仲間の様子を確認し、敵あらば真っ先に切り込んでいく。気が付けば、二人の背中を見て進むのが当たり前になっていた。
 彼らと比べ戦う力が劣っているとは決して思わないが、彼らが不器用ながらも自分や千枝を、女性や後輩を守ろうとしているのは知っている。そのぎこちないフェミニストぶりがくすぐったくもあり、嬉しくもあった。だから雪子は自分の力を最大限に発揮できるよう、前衛は彼らに任せて後方支援に回ることが多かった。
 ちらり、と雪子は視線を走らせる。自分の隣には千枝がいる。彼女は後方を警戒し、呪文詠唱中は無防備になる雪子を守る役目をいつしか自然と負っていた。この唯一無二の親友がいれば、雪子はいつだって安心してペルソナを呼ぶことができる。
「? どしたの雪子」
 視線に気付いた千枝が不思議そうに尋ねた。雪子は「なんでもないよ」と頭を振る。さらり、と揺れた絹糸の髪を見て、千枝は羨ましそうに呟いた。
「雪子、相変わらず髪さらっさらでキレイだね。いいなー…」
「そうでもないよ。毛先、けっこう痛んできてるし。千枝だって髪綺麗じゃない」
そう言うと、彼女はアハハと笑ってぱたぱたと手を振った。
「ヤダ、何言って…」
 『――敵の奇襲だよ! 相手は三体、皆気を付けて!』
りせの緊迫した声と共に、巨大なシャドウが背後から襲いかかってきた。とっさに左右に跳んだ千枝と雪子の間を衝撃派が走り抜ける。地面が抉れた所を見ると、直撃していたらかなりのダメージを受けていただろう。冷汗が背中を伝った。
 「天城、下がってからマハラギオンで焼き払え! 里中は天城を守って。陽介」
「おうよ! ――マハガルーラ!!」
 名を呼ばれて現出したスサノオが疾風を起こし、敵は幾重にも切り刻まれる。致命傷にはならないが、動きを止めるには十分だ。その隙を見逃さず切り込んだ孝介は、的確に急所を突き相手をダウンさせてゆく。見事な連携プレイである。
 我らが特別捜査対隊のリーダーと相棒は、「男の友情の最高峰を極めた仲」らしい。実際、ある時を境に彼らの間に流れる空気は一層親密になり、今のように言葉すら必要としない時さえある。二人の関係が雪子には純粋に羨ましかった。
(私と千枝も、そうかな。そうだといいな。…いけない、集中しなきゃ)
 扇を構え、意識を研ぎ澄ます。斜め前には千枝の背中が見えた。身の内から湧き上がる波動に流されないよう、雪子は裂帛の気合いを込めてカードを粉砕する。
「はいっ!」
具現化したコノハナサクヤが優美に腕を振るうと、虚無から灼熱の炎が生まれた。シャドウ達は炎に巻かれ断末魔をあげながら息絶えてゆく。あまり気持ちのいい光景ではないが、雪子は目を反らさず人が捨てた醜い部分の末路を見届けた。
 全てが塵となり、皆が構えた武器を下ろしかけた直後、再度りせの声が聞こえた。
 『! 敵五体、増援! やだ、かなり強いよ!』
今度は前方からシャドウの群れが現れた。孝介が雷を、陽介が疾風を放つが、さしてダメージは与えられない。  
 戦車の異形が放った砲弾をまともに食らい、千枝がダウンした。再度彼女を狙おうとしていた敵の注意を逸らそうと陽介が殴りかかるが、ばねのような形をしたシャドウに薙ぎ払われ腕を深く割かれる。鮮血が煉瓦の床を濡らした。
「千枝! 花村くん!」
「天城、メディラマ! …ここは逃げるぞ。りせ、頼む」
『了解! タイミングを計るからそれまでがんばって!』
 雪子が癒しの力を放った直後、りせの合図が発せられ、皆が一斉に走り出した。孝介と陽介、千枝は後方へ、しかし呪文を発動したばかりの雪子は一瞬反応が遅れ、敵に逃げ道を塞がれてしまう。咄嗟に体を反転させ前方へと進路を変更したが、十字路から踏み出した途端、奇妙な光が足元から沸き起こった。
「え、何…!?」
燐光はあっという間に彼女を包む。光の瞬きと共に、雪子の姿はその場から消えた。


 「…ここは…」
輝きが消えると、雪子は一人だった。
 視界に入るのは先程までと変わらない煉瓦造りの壁、しかし違う場所に出たのは分岐点や扉の位置から見て取れる。自分の生みだした城でもあった転移トラップだ。
(どうしよう…)
 皆と合流しなければならない。なんともなしに数歩歩いた雪子だったが、背後に転移の光を感じて振り返る。仲間かという期待があったが、現れたシルエットは人間ではありえない形状だった。あろうことか、その中に先程逃げてきたばかりのシャドウの姿を見つけ、彼女は慌てて駆け出す。四人がかり苦戦した相手に、自分一人で敵うはずがない。
 一番近い十字路を左に曲り、少し進んだ所で壁に背を貼り付けて身を顰める。シャドウはあまり目が良くない。一定範囲に近寄らなければやり過ごすことが可能だ。
(お願い、気付かないで!)
 緊張と恐怖から心臓が激しく脈打つ。鼓動の音がやけに五月蠅い。発見されてしまうのではないかと不安になるほどに。
 冷汗が背中を伝う。祈る雪子の数メートル先を、シャドウは真っ直ぐに進んでいった。
 「…よかった…」
安堵も束の間、今度は向かいの通路に赤い光が見えた。強いシャドウだ。しかもゆっくりとこちらへ近付いてくる。雪子は踵を返して走り始めた。勝ち目はない。
 十字路に出て辺りを見回し、敵影のない正面を選んで足を踏み入れた途端――彼女は再度転移の光に包まれた。
 燐光が収まらないうちから目を凝らすと、タールのようなどす黒い固まりがいくつも蠢いているのが分かる。雪子は苛立ち紛れに扇を取り出し、目の前の敵を焼き払った。

 転移と逃走を繰り返し、気が付けば現在位置はすっかり把握できなくなってしまった。
 体力も精神力も既に底を尽きかけている。常であれば撤退をする頃合いなのに、雪子には帰路が分からない。仲間と連絡を取る術もない。一抹の祈りを込めて携帯電話を取り出すが、画面はブラックアウトしたままだった。
 泣きそうになるのを堪えて足を動かし続ける。珍しくシャドウのいない部屋を見つけ、彼女はそろりと足を踏み入れると、崩れ落ちるように腰を下ろした。 
 幾度も息を吸って、吐き、呼吸を整える。扉は開け放したままだ。敵が入ってくる可能性はあるが、密室の中でシャドウが生まれでもしたら逃げ場がないし、何より、もしかしたら通りかかるかもしれない仲間達を見逃したくはなかった。
 (私、どうして、ここにいるんだろう)
 雪子は溜息を吐き、虚空を見詰める。マーブル模様の空、晴れない霧と満ちた狂気、辺りを我が物顔で徘徊するシャドウ。どこをどう取っても、非現実的としか言えない世界だ。
 だが、雪子や仲間達は、この場所にいる。怪我を負えば痛みを感じるし、疲労もする。秘めた心を剥き出しにした影の言動に、怒りや悲しみ、羞恥を喚起させられる。それらは生の証明以外の何物でもない。途端に、非現実が現実になる。
 体は生き抜くためにすぐ順応したが、心は未だに違和感を訴える時がある。現実か、虚構か、区別が付かなくなるのを恐れている。まるでおとぎ話の中に迷い込んでしまったかのように。
 「アリスが言ってたっけ。『道に迷ったら、動かず、助けを待ちなさい』って。…ふふっ、すっごい動いちゃった」
お転婆な少女がしっかり者の姉から言い含められた言葉をなぞり、雪子は小さく笑う。
 ルイス・キャロルの描いたアリスの夢物語。訳の分からないままワンダーランドに放り込まれ、追い追われ進む彼女と、今の自分は少し似ている。もっとも、自分は少女というには年を取り過ぎたが。けれども、大人と呼ぶにはまだ早い。
 どちらにも属さないし、属せない、大人と子供の狭間の存在。夢の国だけでも、現実だけでも満足できない。境界にいる。
(ここが、ワンダーランド? …ああ、彼にとっては、そうなのかも)
 リセットの効く世界。能力を数値化して安直に測るシステム。定められたストーリー、予定調和的な結末。現実はもっともっと複雑で厳しい。けれどもやさしい時もある。そんな現実に馴染めなかった美津雄にとっての夢の国が、このボイドクエストなのだろうか。だとしたら、とても悲しい、と雪子は思った。同時に、自分を光のあたる場所に連れ戻してくれた千枝に、仲間に、心から感謝した。
 「……そろそろ、行こう」
重い腰を上げ立ち上がる。今は早く皆に会いたかった。
 歩き出しかけた彼女は、部屋の外にいくつかの気配があるのに気付いた。咄嗟に死角になる壁に背を貼り付け、武器を構えて相手の出方を窺っていると、二つの影が飛び込んで来る。反射的に扇を投げ付けたが、次の瞬間、彼女の目が認識したのは仲間の姿だった。
「!!」
 驚きに目を見開くが、既に扇は手から離れてしまっていた。雪子の得物はゆるやかな弧を描き、陽介の頭を直撃する。くぐもった悲鳴を上げて彼が倒れた。すわ敵かと振り向いた千枝の顔が、数秒のうちに警戒から驚きへ、そして喜びへと変化するのを雪子は見た。
「雪子―――!!」
 駆け寄った千枝が抱き付いてきた。支えきれず壁に背中を預け、それでも雪子はしっかりと親友の体を抱き返す。瞳を潤ませ、まるで犬のように頭を擦りつける少女の温かさが、重さが、ようやく戻れたのだと実感させてくれた。
 「いっ、てー…。つか何、天城混乱してんの?! いきなり酷くね?」
相棒に支えられようやく身を起こした陽介が、頭を擦りながら呻く。流石に悪いと思い、雪子は素直に謝った。
「ごめん、敵かと思って」
「あー、まぁ、しゃーねーか。とにかく無事で良かった」
「怪我はないか?」
 陽介の頭にディアラマをかけながら孝介が尋ねる。眼鏡の下の銀灰の瞳には気遣いの色があった。責任感の強いリーダーは、逃走の際にしんがりを務められなかったことで己を責めているのだろう。雪子は気にしないでと笑う。
「大丈夫。みんなが、来てくれたから」
 彼は言葉にしなかった想いをしっかりと汲んでくれたようで、「そうか」と呟き目を細めた。
「天城がいけるなら、今日はもう少し進んでおきたい。皆、平気か?」
リーダーの問いに陽介と千枝は威勢よく諾意を示す。先頭は孝介、その隣には陽介。一歩下がって雪子と千枝。いつもの陣形だ。
 「雪子。一人にしてごめんね。怖かったよね」
項垂れる千枝に雪子は頭を振る。その体温の高い手をそっと握り、雪子は微笑んだ。
「怖かったけど、千枝達が来てくれるって信じてたから、大丈夫。ありがとう。もし千枝と離れることがあったら、今度は私が探しに行くから」
「…うん! 約束だよっ」
その笑顔でどれほど自分が救われているのかを、彼女は知らない。

 (早く、終わらせないと)
光の差さない煉瓦造りの城、その最奥にいるであろう少年を光のあたる場所へ引きずりだしてやりたい。罪を償わせ、現実の厳しさも優しさも叩き込んでやりたい。
 大人でも子供でもない彼女達は、ひたすらに前を目指して駆け抜けた。



END

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