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ディラックの海に沈む光輝・4

お久しぶりの更新です。今回はちょっとご注意です。
・足立は当サイトではわりとひどい扱いになっておりますので、彼が善人だと思う方は読まれないほうがいいです
・若干暴力的なシーンがあります
・寸止めであっても陽介がセンセイ以外と絡むのが嫌な方も読まれない方がいいです

OKな方はどうぞ!あと一話で終わりです~

----------------------------

 そこにいたのは、間違えなく自分達が追い掛けている事件の真犯人だった。
 陽介は目を見開き、固まる。距離にして数歩の場所にあるベッドの上で、壁を背にして怠惰に寛いでいるのは、憎むべき殺人犯だ。早紀の敵、菜々子を恐ろしい目に遭わせ、堂島の好意を裏切った、どうしようもなく狡猾で、利己的な、現実を受け入れられなかった弱い男。その手で人々を守るべき公僕でありながら、道を踏み外した犯罪者。ずっとずっと、まるで恋をしているかのように捜し求めた相手がすぐそこにいる。
 ――どくり。
「っ…!」
一瞬、目の前が赤くなり視界がぶれた。眩暈と耳鳴りもする。顔を殴られ、目の毛細血管が切れたらこんな感じだろうか。陽介は短刀を逆手に持ちかえた手で、急に苦しくなった胸を押さえた。呼吸が上手くできない。先程まで、疲労はあっても怪我も状態以上も負っていなかったはずなのに、自分はどうしてしまったのだろう。
(なんで)
 ――どくり、どくん。
体の奥で抑え込んでいた昏く凶暴な感情が脈動を始める。生田目を落とそうと考介に詰め寄った時と同じ、重くてどろどろとした、自らを内から焼き尽くすような劫火。それが怒りだと陽介は思い出した。こんなにも激しい憤怒を感じたのは、自分にとっても妹のような少女の命の鼓動が一度止まった夜、ただ一度である。そして今もあの時と同じ、否、それ以上の激昂を覚えている。
 床を蹴り、手にした刃で目の前の男の喉を引き裂けば、全てが終る。陽介は早紀の敵を討つことができ、霧は晴れ、事件は終るだろう。見えないリミットに怯え、狂気に苛まれながらもう一つの稲羽を進む必要もなくなる。ここは現実ではなく、目撃者はいない。罪に問われることはない。ただ次の霧が晴れる日に、またテレビに関連のある場所で、奇怪な死体が一つ見つかるだけだ。
(なんで、こいつが)
 自分の大切な人々を害した者が、のうのうと生き続けているのが陽介には我慢ならなかった。早紀は死んだ。けれども、足立は生きている。彼がやったのはただ人を突き落としたこと、唆したことだけだが、結果を分かった上でやっていたのだから罪以外の何物でもない。菜々子はその小さな体では受け止められないほどの恐怖と痛みを与えられ、今もまだ死の淵から離れられない。堂島は唯一残された娘を失いかけただけでなく、信頼していた部下の裏切りという幾重もの絶望を味わった。そして大切な家族を巻き込んだことに、考介は激しく己を責め、苦悩している。
 テレビの世界を凶器にしたなど科学で証明できるはずもなく、足立を捕まえても立件は難しいと直斗が悔しそうにそう言っていた。法が裁かないのならば、自分がこの手で罰を与えればいい。殺してしまえ、と、陽介は今はいないはずのもう一人の自分が頭の中で囁きかけるのを確かに聞いた。けれどもそれは、それだけはしてはいけないことだというのも彼は十分に分かっていた。だから今にも叫び、目の前の男に襲い掛りそうな衝動を堪えるため、指が白くなるほど剣の柄を握り締めて堪える。

 『――落ち着け!!』

 陽介の脳裏に、あの日の考介の声が蘇る。
(…そうだ。冷静に、なれ)
自分がするべきなのは、しなければならないのは、足立を日の当たる場所に引きずり出し、己の罪過を認めさることである。ここで激情のままに刃を振り下ろすことではない。息をひとつ吸って、吐く。淀んだ、狂気の味がする空気だったが、ほんの少しだけ冷静さが取り戻せた気がした。
 陽介はそのヘーゼルの瞳を凍らせ、足立を見た。男はひどく無防備だった。いつも通り少しくたびれた細身のスーツを纏って、片足を投げ出し、もう片足は膝を立てている。部屋の中は薄暗かったが、彼の瞳が金色に輝いていないことだけは確かだった。ここにいるのは影ではなく、足立透本人だ。足立の力――自分達同様にペルソナ使いなのか、だとしたらどんな能力のペルソナで、いつ、どのようにして得たのかは分からないが、少なからず狂乱の夜の影響を受けているのは間違えない。禍々しい、もう一つの稲羽の王となり、異形を統べていたはずの彼が、シャドウから隠れるようにこんな場所に身を潜めているのだから。もしかしたら自分達同様に、人ならざる力が乖離して一人歩きをしているのかもしれない。だとしたら好都合だ。相手が大人であっても、只人相手であれば遅れを取るつもりはない。殺さなくても、気絶する程度に留めて、仲間達の元へ引き摺ってゆけばいいのではないか。思考を巡らせていると、足立が溜息と共に呟く。
 「自己との対話は、終った?どうせ、どうやったら僕を殺さずに仲間の元へ連れてけるかとか考えてたんでしょ。キミ、ほんと、分かりやすいよねぇ」
揶揄するように言われ、陽介は降ろしていた剣先を思わず足立に向ける。すると全く同じタイミングで足立も懐から銃を取り出し、陽介に狙いを定めた。想像していたよりも遥かに素早く、無駄のない動きだ。間合いは数歩。けれども、引き金を引くだけで放たれる音速の凶器と、体をばねにして踏み込み切り付ける剣では、明らかに後者の方が歩が悪い。動きを止めた陽介を見て、足立は口の端を歪める。
「キミ、僕のこと馬鹿にしすぎ。警官って、結構なるの大変なんだよ?暑っ苦しいオッサン達に、馬鹿みたいに体鍛えさせられんの」
足立は見るからにインテリで、肉体労働は得意そうではない。当時のことを思い出したのか、彼は苦い顔をしながら銃を降ろした。構えを解かない陽介に、足立は気だるそうに告げる。
 「不法侵入者に対して随分と寛容だと我ながら思うけど、一時休戦といこうよ。音がしたらシャドウが来ちゃうかもしれないし、僕も死体と一緒の部屋になんかいたくないし。ああ、キミが出てってくれるのが一番いいんだけど」
「…アンタも、今は力、使えないんだな」
足立はこのマガツを支配するほどの力を持っていたはずなのに、シャドウに怯え、武器に頼るとうことはそういうことだ。状況証拠から断定した陽介に、足立は軽く目を見開き面白そうに笑う。
「ハハッ!特別捜査隊の、参謀だっけ。ただの頭の軽い最近のガキじゃあなかったんだね」
「うるせぇ。…休戦には乗ってやる。だけどな、こっちだっててめぇみたいな奴と一緒にいたくねーんだよ」
 言外に同じ部屋の空気を吸うのも嫌だと言ってやれば、足立はさも可笑しそうに笑みを深めた。
「キミさぁ、うざいとかメンドくさいってよく言われるでしょ。アツいっていうの?周りとの温度差に疲れちゃうことない?ああ、だからいっつも嫌われないようにヘラヘラしてるんだよね。しんどいでしょ、そういうのって。分かるなぁ」
例えばジュネスで、商店街で彼と会った時に交わした他愛もない会話と同じ、能天気で薄っぺらい同情が塗りたくられた声に苛立ちを煽られながらも、陽介は黙って部屋の入り口に腰を降ろした。武器はひとまず腰のホルダーに仕舞うが、いつでも抜ける状態にしておく。足立はまだ何かを言っているが、犬や猫の鳴き声だと思うことにした。強力なシャドウが徘徊している外で命をかけたかくれんぼと、毒を含んではいるが肉体的には何の害もない成人男子の声に耐えるのを天秤にかけ、精神的責め苦の方を選んだからだ。どうせ長く続くものではない、皆既月食が終わり、スサノオが戻ってくるまでの辛抱だ。
 口を噤んだ少年を足立はつまらなさそうに一瞥すると、手近に置いてあった本を手に取って目を通し始めた。沈黙が部屋に満ちる。手持無沙汰になってしまった陽介は、気付かれないよう協定を結んだばかりの敵をそっと観察した。
 怒りを抑え込んだ後、次に湧いたのは疑問だった。陽介は足立という人間について、堂島の部下であること、よく仕事をさぼっていたこと、エリートだったが何かミスをして稲羽に左遷されてきたことくらいしか知らない。顔を合わせれば挨拶くらいはしたが、彼がその気弱そうな仮面の下で世界の破滅を願っていたなど見抜くこともできなかった。堂島に叱られ苦笑し、菜々子の無邪気な笑顔に微笑みを返しながら、彼は何を思っていたのだろう。今も、伏し目がちな目線で文字を追いながら、どんな思考を巡らせているのか想像が付かない。
(分からない。理解なんて、できない…したくもない)
 ここにいるのは人殺しだ。犯罪者の心理など分かりたくもないと己の中の潔癖な部分が拒絶を現すが、実のところ、陽介には足立の心境が少しだけ理解できる気がしていた。例えば月森孝介のように、強い自我を持っていれば、集団の中に埋没することも、異質として弾き出されることも、恐れはしても回避のために己を変えたり足を止めたりはしないだろう。けれども陽介は違う。一人になるのも、痛みも怖い。それでも自分は正しいはずだと認めて欲しくて、報われない時は非が世界の方にあるのではないかと恨みたくなる。皮肉にも足立によって引き起こされた事件がなければ、孝介や仲間達を得られなければ、陽介はそう遠くない将来、足立のようになっていたかもしれない。根っこの弱い部分が、きっと自分と足立は似ているのだ。
(この人は、本当に、世界なんてどうでもよかったのかな。堂島さんも、菜々子ちゃんも)
 似ているから、知りたい。差異を見つけて安心したい。陽介は思考を続ける。足立は、堂島に対して文句を零しつつも、なんだかんだ世話を焼かれて嬉しそうにしていた。寂しかったのだろう。陽介の知る限りでは菜々子に対して敵意を向けたこともなく、子供の接し方が分からないようではあったが、やわらかい笑顔を向けていたはずだった。孝介には苦手意識があったようだが、少なくとも、足立は上司とその娘には気を許しているように見えた。彼らを傷付け、生きる場所を奪うことになっても、足立は世界の破滅を願うのか。やはり彼らに対する感情も上辺だけのもので、本当はどうでもよかったのか。考えれば考えるほど分からなくなる。結局、陽介の持っているどの情報も、明確な答えを導き出す材料にはならなかった。
「……何か、聞きたそうだね」
足立がぺらり、とページを繰りながら呟いた。ばれていた。答えない陽介に彼は本から視線を外さないまま続ける。
「暇つぶしに一個だけ、質問に答えてあげるよ。ああ、でも、分かったような口でお説教とかしたら打つからね」
陽介は逡巡の後、引っかかっていたことを口にした。
「…堂島さんと菜々子ちゃんも、アンタにとっては、どうでもよかったのか」
 ページを繰る音が止まった。足立は固い息を吐いた後、ぽつり、と覇気のない口調で言う。
「……あの人、馬鹿なんだもん。僕なんかに真剣に向き合っちゃってさ。ウザイのなんのって。小さな子も面倒だから好きじゃないし。まぁ菜々子ちゃんは物分かりのいい子だったからよかったけど」
答えにはなっていなかった。けれども、揺れる心を押し殺そうとして失敗した彼の声は震えていた。上司を、その娘を、傷付けるのは本意ではなかったと言わんばかりに。陽介は唐突に、伝えなくては、と思い、気が付けば口を開いていた。
「堂島さんは回復してるぜ。菜々子ちゃんはまだ不安定だけど、絶対に助かる」
その言葉に足立が安堵したのが陽介には分かった。そして、おせっかいな自分に対して腹を立てたのも。
 足立はゆらり、と立ち上がり、陽介に近付く。その瞳は暗く、苛立ちに満ちていた。身の危険を感じて陽介は慌てて立ち上がったが、今までの逃避行で疲れがピークに達していたのか、意志とは関係なく目眩が起こり、視界がぶれた。
(やべぇ…!)
 ――ダン!
 衝撃がきた。背中と後頭部に打ち付けられた痛みがはしり、陽介は自分がフローリングの床に押し倒されたことを知る。今になって回復した視界には、憤りに歪んだ足立の顔があった。手と足に重みが掛る。組み敷かれている。
「…キミ、さ。甘いんだよね」
ぎり、といつの間にか頭上に一纏めにされていた腕を握る手に力が籠められた。痛い。上に乗る男をなんとか振り落とそう身を捩るが、足立の足は絶妙に関節を捉えていて、身動ぎ程度しかできない。腐っても刑事だ。足立は陽介を見下ろして笑う。
「ペルソナのない状態なら、刑事の僕と、ただの高校生のキミ、どっちが強いかなんて明白でしょ?キミ、ほっそいし。…苛々するんだよ、キミ達を見てると。人を大事にするのも、大事にされるのも、どうせごっこでしかないのに、馬鹿みたいに真剣になっちゃって、キラキラしてて。ムカつくんだよ!」
「っ…!」
ぎち、と関節が締まり、痛みに陽介は悲鳴を上げかけたが歯を食いしばって堪えた。男としての矜持だ。足立は更にぎりぎりと力を込める。
「一番嫌いなのは堂島さんの甥っ子くんだけど、君も僅差で嫌いだよ、花村陽介くん。こんな田舎町に連れて来られて、馬鹿に囲まれてうんざりしてるくせに、いい子ぶっちゃって、何されても言われても笑って流そうとしちゃって。悲劇のヒロイン気取り?かわいそうな自分が好きなの?ミュンヒハウゼン症候群??本当は心の中でここの奴らを見下してるんだろ。キミみたいな子、甥っ子くんがいなかったら今頃どうなってたかな。間違えなくいじめられっ子だったよね。思い詰めすぎて自殺とかしちゃってたかも。アハハ。よかったねぇ、たまたま彼がいて、たまたま彼のオトモダチにさせてもらって。相棒とか呼んでいい気になってるみたいだけど、きっとそう思ってるのは君だけだから。見てて痛々しいったらないよね」
全く面白くもない、不愉快な言葉の羅列を、足立はぺらぺらとよく喋った。陽介の中で怒りが爆発的に高まってゆく。あの口を今すぐ閉じさせたい。衝動のままに陽介は唯一自由になる首を動かした。
「…る、せえ!黙れ!!」
 裂帛の気合を込めた怒声と共に、渾身の力で頭突きをかます。重量のあるもの同士がぶつかり合う音がして、脳が揺れ、額がじくじくと痛んだ。こちらが負ったダメージの分だけ相手にも効果があったようで、くぐもった悲鳴を上げた足立の拘束が緩む。イニシアチブを取り換えそうと身を起こし掛けた陽介だったが、ここでも体格と経験の差が出た。
「っ、大人を、舐めるなって、言ってんだろ!!」
「ぐ、あッ!」
再び床に引き倒され、喉仏を握り潰さんばかりの力で首を絞められる。今度こそ陽介は苦しみの声を漏らした。のたうつ陽介を冷静さを欠いた瞳で睨みながら、足立は叫んだ。
「調子に乗るなよ!何の苦労もしてないガキの分際で!!お前らはただ、与えられた小さな世界の中でオトモダチごっこしてればいいんだよ!!」
「う、っ、あ」
 息ができない。苦しい。陽介は必死に足立の手を引き剥がそうとするが、酸素が供給されないだけで体からどんどん力が抜けてゆく。せめてもと喉に絡んだ指に爪を立てるが、表皮を軽く削ることしかできなかった。何故自分にはシャドウのように鋭い爪がないのだろう。あればこの男をずたずたに切り裂いてやれるのに!
 飲み込めない唾液が口の端から漏れる。意識が遠退く寸前で気道を堰き止めていた箍が外され、どっと流れ込んできた空気を陽介は咽ながら貪った。涙さえ滲ませながら必死に呼吸を整える陽介の上に乗り上げ、無様な姿を観察していた足立は、少年の白い項にぽつりと浮かぶ赤い痕を目敏く見咎め、口の端を吊り上げる。
「ふーん、そういうコト」
その声は例えようもなく陰湿だった。ぞくり、と陽介は悪寒に体を震わせる。足立はそこ――イザナギの刻んだ所有印に指を這わせる。
「これ、甥っ子くんでしょ。キミ達、仲が良すぎるとは思ってたけど、やっぱりそうだったんだ」
「!!」
この場合、反論は肯定だ。陽介はまだ声を発することができるほど喉が回復していないこともあり、否定を口にはしなかったが、変わった顔色から足立は是と判断を下す。
「突っ込まれる甥っ子くんは想像できないから、やっぱりキミが掘られる方なのかな。うわ、気持ち悪い。ケツの穴に同じ男のもの挿入されて気持ちよくなっちゃうの?で、愛してるとか言っちゃうの?最悪だね!男は女とセックスするもんだって、最近は小学生だって知ってるのにさ!」
「っ、ち、が」
足立は水を得た魚のように、陽介を切り刻む言霊をいくつもいくつも放つ。
「親や友達が知ったらどう思うかなぁ。月森孝介くんと花村陽介くんは、親友のフリをしながらセックスする行きすぎた間柄ですって!っていうかさ、周りにもそこそこ可愛い子、いっぱいいるのに、どうして男同士なワケ?そこまでして彼を自分の手元に縛り付けておきたかったのかい?だって独りは寂しいもんねぇ。かわいそうに」
 独りは寂しい――その一言は酷く陽介の胸を抉った。足立は同情を含んだ視線で陽介の肌を辿る。既に抵抗する力を失った体の上を、男の大きな手が戯れに撫でた。制服の前がボタンを千切って乱暴に開かれ、シャツを胸元までたくし上げられて、陽介は足立が何を考えているのかを知り青くなる。
(嘘、だろ)
「…へぇ。意外と、なんというか、そそるカラダっていうの?してるんだね。甥っ子くんの教育の賜物かな。僕、そっちの趣味はなかったんだけど」
 きゅ、と無遠慮に乳首を摘ままれ、陽介は体を跳ねさせた。断じて快楽にではない、痛みにだ。だが足立は誤解したようで、新しいおもちゃを手に入れた子供のように、興味だけを前面に押し出し、無遠慮に陽介の体を弄る。片方の手で乳首を捏ね繰り回しながら、もう片方の手で感触を確かめるように、肉の薄い脇腹を、薄く筋肉の着いた腹を撫で、下肢へ辿り着く。陽介は足立の肩を必死に押し返そうとしたが、首を絞められたダメージは予想以上に大きく、腕に力が入らなかった。
 何の反応も示していない性器を制服のズボンの上から握り込まれ、陽介はびくりと震えた。男の悲しい性で、どんな状況でも、相手が誰でも、局部を刺激されればある程度は快感を拾ってしまう。足立は同じ男だからこそ分かる手付きで、陽介の勃起を促した。孝介とは違う、愛撫とは呼べない動きなのに、形を変え始めた自分の浅ましい体に陽介は泣きたくなった。
(ちく、しょう)
「ほらほら、いっつも甥っ子くんにどんな顔見せて、どんな顔でよがってるの?特別に名前呼んでもいいよ、『孝介』ってさ。ああ、それとももしかして、普通に僕に犯されたい?キミって最初っからそっち系だったとか。最近の若い子って怖いねぇ。甥っ子くんを誘惑したの?」
(やめてくれ。それ以上言うな!)
揶揄を多分に含んだ声に悔し涙が滲む。足立の言葉が、体が、全てが、きらきらしかった孝介への想いを汚し、光の差さない真っ暗な海の底へと堕としてゆく。あまり感覚のない腕に力を込め、狂ったように、けれどもどこか苦しそうに笑っている男を殴ってやろうとしたら、拳は簡単に叩き落とされてしまった。己の脆弱さを突き付けられ、絶望が陽介を支配する。
「…もう、抵抗は終わり?つまんないね」
 足立の手がベルトに伸びた。足立がどこまで本気かは分からないが、このまま進めば冗談ではなく体を暴かれてしまう。陽介は自分の腰に履いた武器の存在を思い出し、しかし躊躇した。自分に、生身の人間が切れるのか。正当防衛とはいえ、見知った相手を手に掛けられるのか。
(嫌だ、怖い)
犯されるのも、人を傷付けるのも、陽介には怖かった。どちらも選べないからどうしていいか分からない。迷っているうちにベルトのバックルが外され、ファスナーが降ろされる。きゅ、と目を瞑った陽介の頬を、馴染んだ気配の風が撫でた。
(え?)

 「――くたばれ、この変態野郎ッ!!!」

一陣の風が部屋に飛び込んできたかと思うと、陽介の上に乗っていた足立の体が吹き飛ぶ。長身は派手な音と共に壁に打ち付けられ、そのままずるずると床に崩れ落ちた。唖然としているうちに陽介は誰かの肩に担がれる。その人物は入ってきた時と同様、風のように素早く部屋から出ると、迷いのない足取りで禍津稲羽市を駆け抜けた。
「ったく、お前、何ヤられそうになってんだよ!?俺が来なかったらどうするつもりだったんだ!つか運がなさすぎなんだよ我ながら!」
 呆れと憤りと心配をまぜこぜにした声の主は、はぐれたはずの己の影だった。全く体格の変わらないはずの彼は、しかし陽介を軽々と抱え、行く手を阻むシャドウを千々に切り裂きながらひた走る。
「スサ、ノオ?」
ぱちり、と目を瞬かせる陽介に、スサノオは少しだけ声を和らげて言った。
「飛ばすからな、揺れっぞ。舌噛まねーように歯ぁ食いしばってろ」
「や、いいって、自分で歩ける」
降ろしてくれと手足を動かすと、ぴしゃりと鋭い声が返ってきた。
「歩けんのかよ。走れんのかよ。そんなに手も足も震えてんのに!」
 言われて初めて、陽介は自分の四肢が小刻みに震えているのに気が付いた。窮地を脱した途端、今までの恐怖が、痛みが、津波のように押し寄せ陽介を飲み込んだのだ。スサノオは大げさに溜息を吐いて見せると、ずり落ち掛けた主の体を抱え直して告げる。
「お前を守るために俺がいるんだ。次アイツに遭ったらぶっ殺してやっから、その情けないツラ、孝介に会う前になんとかしとけ」
「っ…」
返事の代わりに陽介はスサノオの制服を握り締め、こくこくと頷く。流れてゆく景色を視界の端に捉えながら、陽介はぼろぼろと涙を零した。




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