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「I can't live without you」サンプル

いつも通りシリアスとみせかけてセンセイが変態です。

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 景色が流れてゆく。
 ちらほらとしか人がいない電車の、一番奥にあるボックス席。進行方向を向いて座った陽介は、映っては消えてゆくまだ赤茶けた田畑や散り始めた梅の花、綻び始めた桜をぼんやりと眺めていた。
 電車は自分を都会へと運んで行く。今は長寛とした田舎の風景だが、徐々に建物が増え、緑が少なくなり、やがては犇めき合う建物で空さえ覗くことが難しくなる。そこは名前も顔も知らない人々が雑踏に溢れ、ざわめきと無関心に満ち、息を吸って吐く度にきなくさいアスファルトと排気ガスの臭いが体に沈殿してゆくのだ。一年と少し前まで自分がいた場所、間もなく孝介が帰らなければならない場所は、そんな街だった。そして二人は今、そこへ向かっている。
「陽介、疲れた?」
すぐ目の前から聞こえて来た声に、陽介は窓に向けていた顔を正面に戻す。向かいの席にはいつも通りすっきりとした男前の恋人が座っていた。陽介はゆっくりと頭を振る。
「まだ十分も経ってないだろ。つか、座ってるだけで疲れるも何もないって」
「なら、いいけど。最近忙しかったし、長旅になるから、休めるようなら休んでおいて」
心配性な彼氏に陽介は苦笑する。彼女はスカートから伸びるすらりとした足を組もうとして、やめた。足の形が悪くなるし、スカートの中が見えると仲間達に散々注意されたからだ。孝介は横に畳んで置いてあった彼のジャケットを取り、陽介の足に掛ける。まるきり女子の扱いに、性別が反転した当初こそ激しい違和感と嫌悪感を覚えたものの、今では少しずつ受け入れられるようになっていた。自分が男でも、女でも、孝介の想いは変わらないと信じられるようになったからだ。そっと布越しの膝に置かれた手に掌を重ね、陽介は呟く。
「何か、不思議な感じだよな。お前とこうして、二人だけで遠くまで出かけんのって」
「ああ。何だかんだで皆と一緒だったから」
彼の口調に含みはない。陽介も孝介も、互いを想うのと違うベクトルで、けれども同じくらいの強さで仲間達を大切に思っていることを知っている。欲張りだとは分かっていても、どちらも大事なのだ。それでも、今日だけは二人きりになることを選んだ。二人の関係を応援してくれている仲間達の助けを借りてアリバイを作り、保護者に秘密で一泊二日の小旅行である。行先は都心にある孝介の家で、旅費はホワイトデーのお返し代わりだということで孝介もちだ。
(なんにも、いらないのにな)
バレンタインも、抵抗はあったが、自分があげたいから孝介にチョコレートをあげたのだ。決して見返りを求めたりはしない。陽介の願いは孝介と共に在ることだけだ。二人分の往復の旅費はかなりの出費のはずで、自分の分は出すと申し出た陽介に、孝介は「オレが出したいから出させて」と同じ理由を付けて断った。その時の彼の笑顔が意味深であったことから、陽介はこの旅行で何かしらのサプライズが待ち受けていることを知った。どうにも不穏な気配がしたが、孝介が陽介を傷付けることは絶対にない。予測の付かない事態を案じてばかりいても時間と労力の無駄でしかないから、陽介は掴み掛けた不安の尻尾を手放し、今を楽しむことにした。
 堂島家ではない、恋人の帰るべき所に思い巡らす。引っ越してからそれほど経たないうちに叔父の所に預けられたため、町にも家にもそれほどの思い入れがないと彼は言っていたが、自分の知らない彼が暮らしていた場所に陽介は興味があった。彼の両親の帰国は数日後で、まだ家には誰もいないが、既に手続きは済ませてあるためライフラインは開通しているという。多少埃っぽいかもしれないが、中に入ってドアを閉ざしてしまえば、誰に邪魔されることもない二人だけの空間ができあがる。
 「お前、あとちょっとしたら、今度は一人でこの電車に乗るんだよなー」
「…うん」
孝介は陽介だけに見せる苦悩を滲ませた表情で頷く。陽介はそっと彼の頬に手を伸ばし、額を合わせて囁いた。
「んな顔すんなって。まだ時間あるし、終わりじゃないんだからさ」
「……うん。陽介、最近、逞しくなったよね」
「そっか?お前が弱ってる…っていうか、素直になったんじゃねーの?」
茶化すように言えば、「そうかも」と肯定の言葉が返ってくる。別れに不安を抱いているのは陽介も同じだが、八十稲羽に残る自分には仲間達がいるのに対し、孝介は独りだ。いくら心が強くても、彼は只の高校生であり、寂しさは埋めようがない。彼は平気だと笑うが、ふとした瞬間に見せる寂寥の表情に、陽介は自分が支えなければと強く思う。
(寂しくないワケ、辛くないワケ、ないだろ。俺だってそうなんだから)
 それでも、孝介は覆せない別れを受け入れ、努めて普段通りに振舞う。現実から目を反らすことも、駄々を捏ねることもせず、しっかりと前を向いて自分の足で歩いてゆく。今の陽介にできるのは、彼の傍に寄り添い、言葉で、体で、一人ではないのだと伝えることだけだった。だからこの旅行の話を持ちかけられた時、一も二もなく頷いたのだ。三月は人の入れ替わりが激しく、ジュネスの業務に精通している陽介が土日まるまる休みを取るのは苦労したが、その甲斐あって明日の夜までは孝介と二人きりになれる。体は多少疲れてはいるが、自然と陽介の心は弾んだ。
「陽介、何かご機嫌だな」
「まぁな。あ、混んで来る前に昼メシ食べちまおうぜ」
土曜日は半日授業だが、学校が終わるなり家に駆け戻り、私服に着替えて駅まで走ったため、二人はまだ昼食を取っていなかった。八十稲羽駅発着の電車はとにかく本数が少ないため、一本逃すと到着時間がかなり遅れてしまう。孝介が準備しておいてくれたおにぎりと簡単なおかずで食事を済ませ、二人はいつものように他愛もない会話をしながら、電車が自分達を都会に運んでくれるのを待った。



**********



 「………」
一度抱き合っただけでは熱を納めることができず、陽介は孝介に抱き抱えられて彼の部屋、ベッドの上へと運ばれた。稲羽に比べれば暖かい東京でも、夜になるとまだ少し冷える。彼女をそっとシーツの上に降ろした後、エアコンを付けた孝介が手にした物を見て、陽介は反応に困った。何を言えばいいのか分からず言葉が出て来ない。けれども、彼の意図は分かるので、視線はどうしても冷めたものになる。
「陽介。これ、着て」
「……………ここにきて、新しいお前を知ることができて、すっげー嬉しいよ」
「褒めてくれてありがとう。光栄だな」
 陽介の精一杯の皮肉を綺麗な笑顔で流し、孝介は彼女にそれ――ナース服を手渡した。白いワンピースタイプの衣装は、ご丁寧にナースキャップと白いストッキングまで付属している。肩口を持ち、ぺろん、とそれを広げた陽介は、あまりにも奇抜なデザインでないことに安堵し、次いで着る前提で確認している自分に気付いて慌てて頭を振った。
(や、着ないから!まさしくコスプレとかしないから!!)
「着てくれないの?」
「…恥ずかしいからやだ。つかこんなのいつ買ったんだよ!」
「通販で。陽介が寝てる間に届いた」
 つまりは始めから今日、孝介は、陽介にコスプレをさせるつもりだったのだ。恋人は、涼しい顔をしておきながらその実、性に対する好奇心が旺盛で性欲も有り余っている。できる限り受け止めたいが、全てに付き合っていたら陽介の心と体が持たない。可愛らしく小首を傾げている孝介に断りを入れることに軽い罪悪感を覚えつつも、陽介は衣装を突き返した。
「や・だ」
「かわいいのに。ねぇ、オレ、これ着た陽介が見たいな」
きしり、とベッドが軋みを上げる。彼が膝をついて陽介を下から覗き込んだのだ。縋るような彼の表情に陽介が弱いことを分かった上で彼はやっている。流されてたまるかと陽介は目を反らした。
「俺は着たくありません。しかも絶対、着ただけじゃ済まされないだろ」
「それは勿論」
 孝介はいっそ清々しいほど堂々と言い切った。先程の情事の痕が残る、肌蹴たシャツ一枚しか纏っていない陽介の肌を、大きくて少しかさついた掌が撫でる。否応なしに反応してしまい、ぴくんと体を跳ねさせた陽介に、孝介は嫣然とした笑みを向けた。
「どうしても嫌だっていうなら、別の選択肢もあるけど」
「…ヤダ!聞きたくない!」
非常に嫌な予感がして陽介は叫ぶが、孝介は聞く耳を持ってくれない。立ち上がった彼は、落ち着いた色合いの家具で纏められた部屋の隅に置かれたダンボールから何かを取り出す。彼が翳して見せた物が視界に入った途端、陽介は眩暈を覚えた。ひとつは色こそパステルカラーで可愛らしいが、明らかに形が卑猥だ。そしてもう一つはカプセル状の小さな固まりからコードが伸び、リモコンに繋がっている。正体が分からないほど子供ではない。孝介と恋人同士になる前までは、映像の中でそれがどういう風に使われるのかを何度も見た。実際に目にするのは初めてだが、
「どっちがいい?」
「どっちも嫌です!!」
ぶんぶんと首を振るが、孝介は否定を許してはくれない。発せられる威圧感に陽介は泣きそうになった。孝介は至極残念そうに言う。
「オレとしては、いきなり全部は陽介も抵抗があるかと思って、一番ソフトなのから入ってみたんだけど。ああ、でも、陽介は激しいのといじめられるのが好きだから、やっぱり全部いってみようか。いいなぁ、ナース服着たままバイブ突っ込まれてローターで弄られてあんあん言う陽介。興奮してきた」
「おっきくすんな!変態!!」
 手にした服を投げ付けると、孝介は玩具を持った手で器用にそれを受け止めた。三つになった陽介を苛むものを掲げ、彼は再度問う。妥協してくれる気配は一切ない。
「陽介。どれがいい?」
ヘーゼルと銀灰の瞳がぶつかる。彼の瞳には燃え滾るような情欲の色があり、陽介はぞくりとした。羞恥心から抵抗を覚えるのは事実だが、実のところ、拒んでいるのは建前の部分もある。素直になれば、未知の領域に好奇心を擽られたし、彼に弄られたいという願望もあった。孝介は全てを見越した上で振舞っているのだろう。彼の掌の上で踊らされているようで面白くなかったが、陽介は押し切られたふりをして諾意を示す。
「………っ、ナース服で…お願いします…!」
「よろしい」

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