忍者ブログ

whole issue

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「未だ明けぬ暁のそら」サンプル ※R-18

※R-18、陽介女体化(先天)注意
サイトのにょたとは設定が違います。センセイの名前は「高月嘉一」(たかつきかいち)、陽介の名前は「花村陽」(はなむらひなた)であだ名が「陽介」です。あと、小西先輩は男ですすみません。
センセイが下半身ひとりあるきの浮名流しまくりなろくでなしで、最後はゲロ吐くくらいのげきあまですが、無理矢理なシーンが含まれますので、十分にご注意の上お読みください。引き返す勇気も必要ですよ…?
一話目をまるっとあげておきます。こちらを読んでご判断いただければ幸いです。

------------------------

 じぃわ、じぃわ、と蝉が鳴く。今日から九月になったというのに夏はまだまだ去る素振りを見せず、刺すような日差しと熱風は合いも変わらず地に這う人間達をうんざりさせていた。朝晩は涼やかな風が吹くこともあるが、日中はうだるほどの暑さで人々を苛む。
 開け放した窓から入ってくるのは絡みつくような湿気と、五月蝿いほどの蝉の声だけで、火照った肌を冷やしてくれるような風は吹いてくれない。カーテンはそよりともそよがず、誰もが皆、教師の目を盗んでは、下敷きやノートで自家発電の涼を得ていた。忙しなく腕を動かして体細胞がエネルギーを燃やすことにより生まれる熱と、ほんの僅かな風ではプラスマイナスゼロだとは思うが、それでもやらずにはいられないのが人間というものだ。陽はじわりと滲んだ額の汗を手の甲で拭い、祖父江が板書をしている隙に資料集でぱたぱたと風を起こした。
 暑い。しかし、我慢できないほどではない。去年の今頃通っていた東京の高校は私立で、教室どころか廊下までクーラー完備、逆に効きすぎて女子はジャージを着込んで授業を受けていたものだ。そう広くない敷地にぎゅうぎゅうに詰めて建てられた校舎は冷たいコンクリートで、人口の寒風に冷やされた壁がひどく冷たかったことを陽は思い出す。けれども一歩外に出れば、アスファルトから立ち上る熱気で蜃気楼が見えるほど暑く、その気温差に体調を崩す者も多かった。
 対照的に八十神高校は今時珍しい木造で、風通しがよく、クーラーがなくとも日陰にいれば驚くほど涼しい。けれども、勿論、都会に比べれば、の話で、暑いものは暑い。今は六限で、鐘が鳴るまであと十分。つい昨日まで夏休みだったため、体のリズムはまだ休日仕様で、こんな硬くて窮屈な木の椅子に座っているのが限界だと訴えている。その上、腹が満たされ、ただでさえ気の散りやすい午後の授業だ。ふと周りを見回せば、大半のクラスメイトはぐったりと机に沈み込み、しゃんと背を伸ばしてノートを取っている者の方が稀である。つられたように陽の気もそぞろになってゆく。
(ああもう、なんで休み明けからみっちり授業あんのかな!早く帰ってシャワー浴びて、ガンガンにクーラーが効いた部屋でアイス食べたい)
冷凍庫の中にホームランバーはあと何本残っていただろうか。数日前に大箱を買った気がするが、クマが一日に何本も食べたがるのでもう空になっているかもしれない。思考が授業外へ飛びかけた時、生徒の集中が切れるタイミングを見計らったかのように前からプリントが回ってきた。はっと意識を戻した陽の視界に、前の席の男子生徒――我らが特別捜査隊リーダーの、小馬鹿にしたような笑みが飛び込んで来る。彼は口だけで「寝るなよ」と注意をすると、プリントを押し付けて前に向き直った。ぴっちりとアイロンのかかった白いシャツがやけに眩しかった。呆けている顔を見られたことに羞恥を覚え、俯きながら後ろへとプリントを回す。一番後まで行き渡ったのを確認してから再び教科書を読み出した祖父江の声は、耳を右から左へと取り抜けていった。
 高月嘉一。それが彼の名前だ。今年の四月に、一年間だけの期間限定でやってきた転校生。珍しい銀糸の髪を持ち、背は高く、手足はすらりとしていて、細いながらもしなやかな筋肉が付いている。雑誌の中にでもいそうな整った顔立ちは、長い睫毛に縁取られた吸い込まれそうな銀灰色の瞳が特に印象的だ。格好良い、綺麗、など、彼の外見を褒め称える言葉はいくらでもある。声は涼やかで、加えて頭もよく、転入してから最初のテストでいきなり学年一位を取ったほどである。更に面倒見のよい彼は、老若男女問わず多くの人に好かれていた。
 そんな彼は、異性でありながら陽の親友であり、相棒だった。最初は数少ない都会からの転入生同士、席が前後だったこともあってなんとなく喋っていたが、妙に馬が合い、気が付けば事件のことを抜きにしても共に過ごす時間が多くなっていた。性別は違うが、陽にとっては最も気易く、頼りにできる存在だ。千枝と雪子も親友だと思っているが、歩んできた時間の分だけ彼女達の結び付きは強く、たまに壁を感じることがある。彼女達に他意などないのは分かっているので、陽が勝手に気を回し、遠慮しているだけなのだが、ふとした瞬間に疎外感を覚えることがあった。嘉一にはそれがない。お互い余所者だというのもあるが、彼の陽に対する態度があけっぴろげすぎて、遠慮する暇すら与えてくれないからだ。
 まるで男友達のように、嘉一は陽に接する。女扱いされていないだけかもしれないが、彼がそんな態度を取る女子は陽だけだ。自分だけが彼の「特別」のようで、陽はこっそりと優越感を噛み締めていた。決して蔑ろにされているとか、ぞんざいに扱われている訳ではなく、彼はよき友として傍にいてくれている。辛い時には支えてくれた。困ったことがあれば手を差し伸べてくれた。彼がいなければ、陽は片思いのままこの世を去ってしまった先輩への想いをふっ切れなかったかもしれない。多少乱暴ながらも自分の世界にかかる霧を晴らしてくれたのは、嘉一だ。いい奴なのだ。
 (今日はテレビん中、行くのかな)
現在はボイドクエストを攻略し、マヨナカテレビには誰も映っていない。しかし久保美津雄の件で事件が解決した訳ではないとはっきり分かったので、腕を落とさぬよう特別捜査隊はそこそこの頻度でテレビの中に潜っていた。何曜日、という明確な決まりがある訳ではなく、スケジュールは基本的にリーダーに一任されている。彼は多忙だ。幅広い交友関係をキープしつつ、家事をこなし、バスケ部と吹奏楽部を掛け持ちして、聞けばアルバイトもいくつかやっているという。そんな中、彼は奇跡のように時間を捻出して探索を行い、時には特捜面子と遊びに出かけたりしていた。陽には真似のできないタフさだ。当然ながら、陽が遊んで欲しい時に彼の体が空いていることはそう多くない。それでも陽は構わなかった。人気者の彼を独り占めしようなどとは思っていない。
 「――では、ここの空欄には何が入るか…花村氏」
「へっ?」
急に名指しされ、間の抜けた声を出した陽に見えるよう、嘉一が自分のノートの隅を指差す。そこには罫線を無視した読みやすい、大きな字で、ローマの英雄の名前が書いてあった。立ち上がり、恐る恐る口に登らせれば、祖父江が感心したように頷く。正解だったらしい。ずるずると座り込みながら、陽はぴんと延びた背中に小声で話し掛けた。
「サンキュ!助かった」
「今度何かおごれよ」
嘉一は爽やかに笑った。いい奴だ。頭も顔もいいが驕ることはない。非常に頼りになる友人だ――ある一点を除いては。
 そうこうしているうちに終業のチャイムが鳴り、柏木が入ってくる。特に内容のないホームルームが終わり、教師が出てゆくと、クラスはあっという間にざわめきに包まれた。陽は帰り支度を始めた彼のシャツを引っ張って尋ねる。
「なぁ、今日、ヒマ?さっきのお礼に何かおごるけど。それともテレビの中、行くか?」
けれども、嘉一はきっぱりと首を横に振った。
「ごめん、今日はデート。探索は明日行こう」
 彼の名を呼ぶ声が、換気のために開放された後ろの扉から聞こえた。そこに立っているのは、雪子と学内一の美女の座を争う海老原あいだった。嘉一は周りの皆に軽く挨拶をして席を立ち、まっすぐに彼女の元へ向かってゆく。あいは嘉一の姿を見とめると、遅い、と拗ねたよう唇を尖らせ、けれどもすぐに嬉しそうに、ほっそりとした指を彼の腕に絡め、笑った。
 二人は暑さをものともせず体を寄せ合い、親密な様子で去ってゆく。仲睦まじい、まるでモデルのようなカップル。けれどもクラスの誰一人として、その光景を気にはしない。慣れてしまったからだ。
「今は海老原に、一年の子と、三年の先輩もだっけ。夏休みの間にりせちーとも付き合い始めたらしいし。アイツ、ほんと、すげーよな」
「なんかさ、バイト先のナースとか、人妻とも只ならぬ関係らしいぜ。いいよなー、頭も顔もいい奴は!」
男子生徒達がやっかみと羨望の混じった声でひそひそと呟く。昨日も一昨日も、今のあいの位置にそれぞれ別の女子がいた。あいは長く続いている方だが、もう少ししたら総入れ替えが起こるだろう。陽はそうやって、嘉一の一番近くで、入れ替わり立ち代わりする女達をずっと見てきた。そして、嘉一自身の口からも聞いていた。あの子は可愛い、というような外見上のことから、フェラチオのテクニックがすごい、というような、男同士ならともかく、普通の男子であれば女子である陽に話すのには躊躇するようなことも。
 今日はこれからあいとどこかへ出かけ、当たり前のように体を重ねるのだろう。家事と部活とアルバイトの隙間を縫いながら、明日も、明後日も、数多いる彼のペルソナのようにその時の気分に合わせて自由に彼女を選び、時折、中休みのように陽と遊んでくれる。要救助者がいる時は流石にそちらを優先しているが、そうでない時の彼は色男と形容するしかないほど奔放だ。それでも表立って彼を批難する者がいないのは、普段の素行の良さゆえだろう。
(ホント、よくやるよ)
 そう、彼はいい奴なのだ。女に対して節操がないこと以外は。



 高月嘉一には、現在、六人の彼女がいる。
 ただしその数は陽が把握している限りで、である。長期休みの間もアルバイトや探索でちょくちょく顔を合わせていたため恐らく正確だが、もしかしたら陽の与り知らぬ所でも女性関係を持っているのかもしれない。
 校外ではアルバイト先のナースと、どこで知り合ったのか人妻とも同じベッドに入る間柄だと言っていた。校内では海老原あい、一年と三年生の女生徒、そして仲間に入ったばかりの久慈川りせ。雪子とも以前、ほんの少しだけ付き合っていたことがあるが、すぐに別れたのを知っている。千枝も彼に好意を寄せていたのを知っているが、純粋な彼女に手を出すのは気が引けたのか、好みではなかったのか、二人が恋人になることはなかった。
 憧れだった、と想いを過去のものにして千枝が笑いながら話すのを聞いた時、陽は安堵と落胆を同時に覚えた。前者は親友が嘉一の毒牙にかからなかったこと、後者は「特別」なのが――男女の付き合いに発展しない女友達が自分だけではなかったことに。次いで、そんな自分勝手なことを考えた自分を激しく恥じた。恋愛は当事者達の自由だ。千枝が嘉一と付き合って不幸になると決めつけるのはおかしいし、陽が彼を特別に思うのと同じように、彼が自分を皆と違う位置に置いてくれている保障はない。人の気持ちは強制も矯正もできないし、不可視で、計ることも難しい。嘉一の本当の心は、陽には分からない。だから彼か向けられる言葉から、眼差しから、触れる手から演繹するしかない。
(特別、じゃ、ないかもしれないけど。嫌われては、いないよな)
それでも、女として見られていないのは確かだ。別に構わないが、あからさまに男扱いされるとそれはそれで落ち込む。陽はあまり大きくない自分の胸や、どちらかと言えば貧相な体付きを見て、こっそりと溜息を吐いた。鏡に映る顔は醜女ではないが、りせのように愛らしく自信に溢れてもいなければ、雪子やあいのように誰もが目を惹かれるような美人でもない。おしとやかという言葉からは程遠く、頭が良い訳でも特技がある訳でもない。加えて、陽は自分の性格がいささか面倒であることは理解していた。
 正直なところ、嘉一の、色情魔とも呼べる部分だけは好きになれない。陽にとって愛情はひたむきに、一人の相手だけに注がれるものだ。何人もの相手と同時に付き合い、あまつさえ体を重ねるなどというのは不誠実極まりない。自分はきっと、好きになった相手に全てを捧げるくらいの恋をする。だから相手にも同じ強さで想いを返して欲しい、そう願っている。けれども今のご時世、そんな真面目な恋愛は敬遠されるだけで、結果として彼女は生まれてから十七年間、恋人らしい恋人ができたことがなかった。更に陽は、八十稲羽では「ジュネス店長の娘」という厄介な肩書きが付いてしまっている。順当にいけば父はあと一、二年で昇進して東京の本部に戻るため、無理をしてこの地で彼氏を作る必要はないのだが、出会いは望めそうになかった。
(ま、いいよな。だって当分、恋なんてしないって決めたし)
彼女は亡き片恋の相手を思い浮かべる。小西早紀。陽の先輩で、想いを告げられぬまま逝ってしまった人。今思えば恋慕ではなく憧憬だったのかもしれないが、陽にとって大切な存在だった。彼の敵を取り、二度と彼のような犠牲を出さないために命を賭けて戦っているのだから、恋なんてしている場合ではないのだ。
 それに、誰かを好きになることが陽には少し怖い。早紀の死の真相を求めてテレビの中に入ったあの日、彼の残り香から突き付けられた残酷な真実は、未だに陽の胸を痛ませる。影はあくまでも本人の一部でしかない。陽を疎む気持ちが全てではなかっただろうし、やさしくしてくれた事実は変わらないが、好いた相手を失い、最悪の形でふられた体験が、陽を恋愛に対して臆病にさせていた。
 今は仲間がいればそれで十分だ。共に事件を追うようになってから千枝と雪子とはぐっと親しくなり、彼女達との他愛もないおしゃべりが楽しくてたまらない。完二も、りせもかわいい後輩で、自分を慕ってくれている。家族も一人増えた。クマは騒がしいし耳年増だし、何より人間ではないので常識が無くフォローが大変だが、一人っ子だった陽は兄弟が増えたようで純粋に嬉しい。そして嘉一もいる。彼とは同じ時間を過ごせるだけで嬉しかった。八十神高校の一部の生徒のように彼を神格化して崇め奉る気などないが、やはり陽にとっても彼は特別だ。ヒーローと言ってもいい。
(ヒーローにしては、ちょっとお遊びがすぎるんだけどな)
 じ、とすぐ目の前にある背中を眺め、陽は一人頷く。彼女達は今、探索を終え、入り口広場へと向かっている最中だった。相変わらずマヨナカテレビに映る者はおらず、見つからない犯人への苛立ちを晴らすかの如く暴れまわった皆は、すっきりとした表情で帰路についている。先頭は千枝と雪子、その後にりせと嘉一、一番後に陽とクマ、完二が並んでいる。りせは同性から見ても可愛らしい笑顔で嘉一に話し掛け、彼もやさしく相槌を打っていた。少し距離があるため会話の内容は分からなかったが、楽しそうな様子に、つきり、と陽介の胸は痛んだ。
 ひとつの痛みが波紋を呼び、陽の中の負の感情を呼び覚ます。シャドウにぶつけて発散したはずの嫌な出来事を思い出してしまい、陽はちいさく溜息を吐いた。耳聡く聞き留めたクマに、ビー玉のような澄んだ空色の瞳を向けられ、彼女は慌てて笑みを作る。しかし心の中はどろどろしたままだった。
 今日の昼休み、陽は嘉一の彼女の一人である三年の女子に呼び出された。少しきつめだが十分に美人と評せる彼女は、自分が嘉一の彼女であることを散々自慢した上で、陽に頭ごなしに命令してきた。
『あんた、嘉一の恋人でもなんでもないじゃない。彼の時間を取らないでよ』
 刺々しい女の声色と表情を思い出し、陽はうんざりする。実のところ、呼び出しを受けたのは今回が初めてではない。嘉一の彼女になった者は、付き合い始めて暫くすると、まるで洗礼のようにその大半が陽に対して突っかかってくる。自分以外にも女がいるのは知っているはずなのに、怒りの矛先は何故か他の彼女ではなく陽へと向くから不思議だ。
(まぁ、あいつを独り占めしたいって気持ちは、分かるけどさ)
それでも、理不尽だとは思う。構ってくれないことが不満なら、嘉一本人に言うべきだろう。そもそも親友と恋人ではランクが違う。同じ土俵に上がることも許されていない者に当たるのはお門違いだ。彼女達は陽よりも、遙かに多くの時間を嘉一から貰っているはずなのに。
 はぁ、と陽は溜息を吐く。いっそ自分が男だったらよかったのに。同性であれば、つるんでいても邪推されることはない。何故、男と女というだけで、こんなにも面倒臭いことになるのだろう。自分はただ、嘉一と一緒にいたいだけで、彼女にしてもらおうなどとは思ってもいないのに。
 素直に思っていたことを述べると、三年の女子は気に食わなかったのか、激昂して徹底的に陽介を詰った。外見から成績、言葉使いまで、よくもそこまで口が回ると感心するほどに。陽介自身に対する謂れのない誹謗中傷には慣れており、流すこともできるが、流石に友人のこと、ジュネスのことまで言われたら我慢ができなかった。反論しようと口を開き掛けた瞬間、狡猾にも彼女は言いたいことだけ言って去って行った。おかげで陽介の中では未だに怒りが燻っている。
(アイツ、なんで、あんな嫌な女と付き合ってんだろ!顔はよくても中身サイアクじゃん!!)
彼の話では、きつい性格に反してセックスではものすごいご奉仕をしてくれるらしく、そこがいいのだと言っていた。親友の下半身事情など知りたくもないが、向こうから話してくるのだから仕方ない。陽はつい、と彼の横で揺れているツインテールを見た。同じ嘉一の彼女でも、りせは嫌がらせなどしてこないし、恋愛と特別捜査隊の活動とではそれなりに態度を分けている。彼女も時折、陽に対して物言いたげな視線を向けてくることがあるが、嘉一のことが絡まなければ慕ってくれるかわいい後輩だ。あいには歯牙にもかけられていない。一年の女生徒には彼女が孝介と共にいる所に出くわした時、勝ち誇ったような顔をされた。接点のない人妻とナースは分からないが、きっと陽のことなど眼中にないだろう。
 雪子と千枝は、嘉一絡みで陽が嫌がらせを受けていることを知っている。それでも何も言わないのは、陽が頼んでいるからだ。嘉一に話せば、彼はきちんと自分の囲う女達に指導をするだろう。彼女達が素直に態度を改めるかは分からないが、告げ口をしているようで、また、対等ではないようで嫌だった。頭でも力でも叶わないのだから、せめて心だけは一方的に庇護されることなく対等でいたいとう、陽のつまらない矜持だ。
 そうこうしているうちに、一同は広場へと辿り着く。一人、また一人と外の世界へ繋がるテレビを潜ってゆく中、陽は嘉一のシャツの裾を摘まんで呼び止めた。
「?どうした?」
「あのさ。今日、新しい技覚えただろ?ちょっと感触確かめておきたいから残るわ。おつかれ」
今日の探索の最後で、陽はマハガルーラを習得した。いきなり実戦で使うよりも、事前に試せるなら試しておきたいと考えたのは事実だが、渦巻く鬱憤を少しでも晴らしたいと思ったのもある。風を司る己のペルソナならば、鬱積した感情をどこかへ吹き飛ばしてくれるだろう。皆、早く帰りたがっていたので、一人になれると踏んでいたのだが、予想に反して嘉一は自分も残ると言い出した。
「や、いいって。お前、予定あるんだろ?」
「いや、もっと遅い時間だから大丈夫」
「ヨースケとセンセイが残るなら、クマも残るクマー!…あ!」
威勢よく言った後、クマは約束を思い出して言葉に詰まった。内容を知っている陽はやさしく笑う。
「お前、母さんとテレビ見る約束してただろ。先帰っていーよ。こっちもそんなに遅くならないから」
「うーん、じゃあ、そうさせてもらうクマ。センセイが一緒なら大丈夫クマね!」
 手を振って画面に飲み込まれてゆく丸いフォルムを見送っていると、嘉一はくつくつと、おかしそうに笑った。
「陽介は、すっかりクマのお姉さんだな」
「まーな。あいつはもう、うちの子ですから」
陽介、と、嘉一は陽のことを男の名前で呼ぶ。よく言えばさばさばしている、悪く言えばがさつな陽に対するこの渾名は、去年の文化祭で男装喫茶をした時に付いたものだ。彼以外にもそう呼ぶものは多いし、彼の声色からは親愛を感じるが、呼ばれる度に複雑な気持ちになる。千枝の話を聞いた時と同じように。
(今は、コイツと一緒になりたくなかったんだけど…仕方ないか)
 今、嘉一があの三年生の話でもしたら、怒鳴りつけてしまうかもしれない。二人だけになった入り口広場で、陽は不自然にならないよう彼から距離を取り、障害物の少ない端に立つ。すう、と息を吸って意識を集中すると、青い燐光を纏ってカードが眼前に現れた。引き抜いた双剣でそれを叩けば、ガラスを砕いたような澄んだ音と共にもう一人の自分が姿を現す。ジライヤはその伸びやかな腕を振るい、荒ぶる風を生み出した。今までの疾風魔法よりも範囲が広いが、その分精神力の消耗も激しい。心の力がぐんぐん減ってゆくのが分かる。それでも、陽介は風を呼び続けた。嫌なことが全て、どこかへ飛んで行ってくれるように。緑色の風が陽のスカーフやスカートをはためかせた。
「…荒れてるね。その辺にしときなよ」
 ぽん、と背後から肩を叩かれ、集中が途切れてジライヤは消える。触れた手に大袈裟なほど跳ねてしまった体に、揺れている瞳に、彼が気付かないことを祈りながら陽は答えた。
「そうか?ま、おかげで大体把握できたわ。流石に最近、敵も強くなってきて、マハガルじゃ厳しかったからな。次の探索では期待しててくれよ」
「ああ。頼りにしてる」
さらりとそう言った後、嘉一は大きな欠伸をした。見れば、男にしては長く量の多い睫毛に彩られた瞳が、眼鏡の下でとろりと眠そうな色をしている。
「寝不足?ごめんな、忙しいのに付き合ってもらって」
恐縮する陽に、嘉一はにやりと口の端を吊り上げた。
「いや。昨晩がちょっと、激しかったもので。夏休み最後の日だからってがんばっちゃった」
 途端、すぅ、と心が冷えたのが陽は分かった。しかし嘉一はお構いなしに、いつもの通りの口調で続ける。
「若い子も好きなんだけど、やっぱり大人のおねーさんはテクが違うんだよな。りせとかにあんまりやりすぎると壊れちゃうんじゃないかって気がするけど、小夜子さんはもっとこう、イロイロ試したくなるっていうか。ああでも、その分、すごいオレのこと好きって一生懸命な感じはクる。今晩はりせなんだけどさ、あいつ…」
彼の呟きは陽を抉りながら、霧の世界に溶けてゆく。きっと男同士では普通の会話なのだろうが、どんなに男っぽくても陽は女だ。今日は心がささくれ立っていたこともあり、常なら流せたはずの彼の言葉に、彼女はつい口を挟んでしまった。
「…お前、なんで、そんないっぱい彼女作んの?」
 漏れた声は、自分でも驚くほど硬かった。けれども嘉一は平然と口にする。
「だって皆、カワイイし、美人だし、オレのこと好きって言ってくれてるんだから、オレもできる限り応えなきゃ。そりゃ、一人一人の時間はあんまり取れないけど、一緒にいる時は一番大事にしてるつもりだよ?」
「……」
「それに、えっち沢山できるし。陽介は分からないだろうけど、電車の振動でだってムラムラしちゃうお年頃なんです。別に無理強いしてる訳じゃないよ。オレもしたいし、あっちもしたがってる。オレも気持ちいいし、あっちも気持ち良くしてあげてる。別に悪いことじゃないじゃないか」
「……」
全く悪びれた様子のない嘉一に、陽は奥歯を食いしばることで殴り付けたい衝動を堪えた。嘉一は見目の良い女性を侍らせ、出すものを出せれば満足だろう。彼の思考はそこで完結している。だが女達は決して満たされていない。だから陽に絡むのだ。彼はそれを理解していないし、知ろうともしていない。嘉一は憎たらしいほど可愛らしく小首を傾げ、陽の顔を覗き込む。
「ていうか、何、どうしていきなり怒ってるの?今まで全然平気だったのに」
「――あんま言いたくないけど。お前が思ってるより、お前の彼女達は幸せじゃねーぞ。いつか刺されるからな」
 ドスの聞いた、としか表現できない陽の声に、嘉一は驚いたように目を瞠り、次いで、口の端を歪めた。見たことのない表情だった。ぞくり、と背筋を悪寒が駆け登ったふぁ、発言を取り消すことはできない。陽は自ら泥沼にはまってゆくのを感じながらも、激甚を抑えきれず言葉を重ねる。
「女のキモチ、考えたことあんのかよ!皆、お前のこと本気で好きで、お前のことしか見てないのに、お前は違うなんて、自分以外の奴ともそういうコトしてんだなんて、すげー辛いに決まってるだろ?!」
「ふーん」
嘉一は、鼻で笑った。フレームの奥にある瞳は氷の刃のように冷たく、鋭く研ぎ澄まされていて、形のよい唇は皮肉げに吊り上げられている。発せられる威圧感に、陽は無意識のうちに一歩下がった。怖い。けれども、自分は正しいと信じ、彼女は男を睨み据える。
「な、何だよ。別に間違ったこと言ってないからな!」
 彼女に返ってきたのは、反論ではなく衝撃だった。嘉一が陽の腕を掴み、床に引き倒したのだ。主に背中と後頭部にはしった痛みに陽は呻く。
「って…!おい、何す」

 「陽介さぁ。オレのこと好きなの?」

 「………………は?」
冷淡に笑う嘉一に、陽は思い切り不機嫌な顔を向けてやった。
「ちげーよ。世の中の女が皆お前のこと好きとか思ってるんじゃないだろうな。うぬぼれんなバカ!つか、どけ!!」
陽は殴り付ける勢いで手足をばたつかせたが、頭上で一纏めにされた腕を片手で易々と押さえ付ける嘉一の力は強く、びくともしない。圧し掛かられているため足もろくに動かせない。圧倒的すぎる力の差に、本能的に体が竦んでしまう。直に触れた彼の手は剣を握るうちにできた豆で硬く、そして熱かった。吐息がかかるほど近くに顔を近付けて、彼は囁く。
「違わないよ。じゃなきゃそんなこと言うはずない。あーあ、がっかりだな。陽介だけは違うと思ってたのに。やっぱり、男と女じゃ親友にはなれないんだよな。どうやったって恋愛の方向に行っちゃう」
落胆と侮蔑が伝わってくる。これが嘉一の本心なのか。自分勝手だ、と思うのに、彼を失望させたことが悲しくて、悔しくて、陽の眦にじわりと涙が滲んだ。嘉一は陽を見下しながら、その涼やかな声で、歌うように朗々と言う。
「オレ、さ。試してたんだよね。男と女の間に友情が成立するかどうか。オレの理論では成り立つはずだったんだけど、いっつも女の方がトモダチじゃ満足できないって関係を崩しちゃうんだ。そんな時、お前と出会ってさ。見た目可愛いのに中身は男っぽくて驚いたけど、こいつなら友達になれるんじゃないかって。上手くいってたと思ってたんだけどな」
「っ、それは、お前の、勝手な考えだろ!っていうか、好きなんかじゃないって、言ってるだろうが!!」
「じゃあなんで、嫉妬したの?同情したの?陽介がちょっとおかしいくらいやさしい子だっていうのは知ってるけど、オレの彼女に自分を重ねたのは、自分も同じ想いを持ってるからじゃないの?」
「っ…!」
まるで即死魔法を食らった時のような衝撃を陽は覚えた。彼の言葉が刃となって、容赦なく胸を刺し貫く。ひゅ、と喉が嫌な音を立てた。
 陽にとって、嘉一は「特別」だった。抱く感情が恋愛なのか親愛なのかは自分でもよく分からない、けれども彼に焦がれていたのは事実だ。だから彼を独り占めできない彼女達に共感し、彼に怒りを覚えた。恋人になりたかった訳ではない。だが、全ての垣根を飛び越え、彼の一番になりたいという貪欲な想いは確かにあった。まるでその気持ちを浅ましいと、身の程知らずだと切って捨てられたようで、陽は動けなくなる。
 目を見開き、呼吸すら止めた彼女を、嘉一は更に貶めてゆく。
「ほら、図星だ。陽介もやっぱり、女だったんだ」
「ちがっ」
嘉一は聞く耳を持たず、空いている方の手で陽の太股に手を這わせた。スカートの中、人に触らせたことのないような際どい場所をなぞられ、陽は顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。
「ひゃあっ?!」
「萎えるなぁ。もうちょっと色気のある声出してよ」
「ばっ…!お前、何して」
呆れたように見下ろしながら、嘉一は陽のスカートを下着が見えるほどに捲り上げた。「ふーん、白」という呟きが聞こえた気がするが、頭の中は混乱を極め、外界から与えられる情報を正常に処理できない。陽が硬直しているうちに、嘉一は動きをどんどんと大胆にし、セーラー服を胸元までたくし上げた。慌てて阻止しようとしたが、手足を抑えつけられていては何もできず、彼の指が何の躊躇いもなくブラジャーを手に掛けて上に押し上げる。顕わになった双丘を見て、にやり、と男は好色な笑みを浮かべた。
「へぇ、形いいんだ。思ったよりおっきいし」
信じられないことに、彼は上半身を屈めると、陽の胸に顔を埋め、桜色の頂をぱくりと口に含んだ。銀色の頭が自分の胸元で揺れている。まるで赤子のようにちゅくちゅくと音を立てて乳首を吸われ、ざらついた舌で舐められ、感じたことのない感覚に体が支配されてゆく。気を抜くと変な声が出てしまいそうで、陽は唇を噛み締めて必死に耐えた。
「!いッ!」
それが面白くなかったのか、嘉一が乳首に歯を立てる。痛みと、そうではない何かに、陽はついに声を漏らした。顔を放した彼は情欲の宿った瞳で彼女をねめつける。
「お望み通り、陽介を「女」にしてあげる。でも彼女にはしてあげられないんだ、ごめんね?今は枠がいっぱいだからさ。流石のオレもこれ以上増やすと、菜々子と遊ぶ時間がなくなっちゃう。それにさ、オレの彼女は、幸せじゃないんだろ?陽介の望むようなお付き合いはできないから、だったら最初から付き合わない方がいいよな」
 陽にはもう、彼が何を言っているのかもよく分からなかった。ただ、彼と相棒ではもういられないこと、ここで彼に抱かれることだけは分かった。抵抗を止めた陽にいささかつまらなさそうな顔をしながら、嘉一は愛撫を続ける。腕の戒めを解き、耳元に唇を寄せられたかと思うと、熱く滑った舌が耳に差し込まれた。びくり、と陽は体を跳ねさせる。
「ふっ、あ、やだぁ!」
「耳、弱いんだ」
彼のシャツを必死に引っ張って止めさせようとするが、自分と嘉一の力の差は歴然で、ただ白い生地に皺を増やしただけで終わった。じゅくじゅくと耳を犯される度、疼きが、震えが、体を駆け巡る。くすぐったくて、辛くて、悶えるほどなのに、何故か気持ちよさも感じてしまい、もっとされたいと思ってしまう。体の中心に熱が集まってゆく。未知の感覚に翻弄され、陽は泣きながら「やめて」と懇願したが、嘉一はやめてくれない。それどころか同時に、彼の唾液で濡れ、てらてらと光る乳首を摘まんで弄り始めた。
「!!」
「陽介、処女でしょ。にしては感覚いいよ。元から敏感なんだね」
「っ、う、んッ」
肌を暴かれ息も絶え絶えの陽とは対照的に、嘉一は服をきっちり着込んだままで、呼吸すら乱していない。その余裕が悔しくて、陽はせめてもと口元を手で押さえて声を殺そうとした。だが次の瞬間、下肢からはしった電撃のような衝撃に、彼女は呆気なく悲鳴を上げる。
「ひあっ…!」
見れば、嘉一が下着の隙間から指を滑り込ませ、秘部を玩んでいた。愛撫によって溢れた蜜でしとどに濡れたそこを、彼は知り尽くしたかのような手付きで擦り上げる。ぬめりを纏った硬い指で肉芽を擦られるごとに、下腹部に焼けた石を入れられたかのように子宮が熱くなった。
(なんだ、これ…?!)
気持ちいいのか、痛いのか、よく分からない。初めての行為に心が付いてゆかない陽に、嘉一はいやにやさしく言う。
「陽介ってさ、自分で弄ったこともなさそうだもんね。気持ちいいんだよ。感じてるの。ほら、こんなに濡れてる。もうぐちょぐちょ。やらしい」
 見せつけるように、陽の蜜で糸を引く指を見せつけられ、彼女は羞恥に頬を染める。認めてしまえば、もたらされているのは確かに快楽だった。嘉一は段々と動きを早くし、快感が爆発的に高まる。膣からはとめどなく愛液が分泌され、耳を塞ぎたくなるほど卑猥な水音が広場に響き渡った。
「あ、ああ、は、あッ」
体が意志とは関係なしにかたかたと震える。目の前がちかちかする。陽は自分の体がどこかへ飛んで行ってしまうのではないかという恐怖を覚え、縋るものを求めて嘉一のシャツを掴んだ。その瞬間、ぐり、と一際強い力でぽってりと勃ち上がった肉芽を押し潰され、陽のなかで何かが爆ぜた。
「あ――!!」
ぎゅう、と彼のシャツを握り締め、陽は達した。四肢を痙攣させる少女を見降ろし、嘉一は告げる。
「イったんだよ。おめでとう。じゃあ次は、オレが気持ちよくしてもらうから」
 小波のように悦びが体に染み渡ってゆく。体から力が抜け、陽はまるで糸の切れた人形のように入り口広場の床に手足を投げ出した。それが絶頂感というものだとまだ彼女は知らない。
 ぼんやりと虚空を見つめる陽の股の間で、彼はベルトを外し、ズボンの前を寛げる。金属の触れ合う音、ファスナーを降ろす音に、反射的にそちらを見た陽は、綺麗な彼の顔に似つかわしくないほど、赤黒くグロテスクに勃起した男性器を見てしまい絶句する。いくつも筋が浮き上がり、先端から先走りを滲ませた肉は天を向き、僅かな刺激で弾けそうなほど張りつめていた。男のものなど幼少期に父親と一緒に風呂に入った時くらいしか見たことがないが、嘉一のそれは明らかに大きかった。
 怯える陽の太股に自身を擦り付けて、嘉一はいやに爽やかに微笑んだ。
「大丈夫、ちゃんと解すし、切れちゃったら治してあげるから」
「や、やだ、むり、入んないそんなの!」
拒む陽の足を掴み、嘉一は下着を剥ぎ取った。大きく股を開かされ、恥ずかしい場所が丸見えになる。これ以上ない羞恥に陽は蚊の鳴くような声で希う。
「も、やめ、て。頼むから…」
しかし彼の返事は無慈悲だった。
「だめ。陽介は女なんだから、オレのことちゃんと、楽しませてくれないと」
 彼はポケットをまさぐって軟膏のチューブを取り出すと、中身を全て指に絞り出す。そして迷うことなく陽の秘部に指を突き入れた。
「!?っ、あ!」
「痛くないでしょ。まだ一本だし、これだけ濡れてるんだし」
中を掻き回され、くちゅくちゅと粘着質な音が股の間から聞こえてくる。彼の右手の人差し指がまるで別の生き物のように陽の中を這いずり回り、何かを探すように蠢く。先程までの悦楽は潮のように引いてゆき、異物感が陽を苛んだ。永遠に続くようにも思えた責め苦だが、彼の指がある一点を掠った瞬間、鈍いながらも疼きを感じ、陽は腰を揺らす。反応を見た嘉一はしたりと笑った。
「ここ?」
「!!や、ああ、な、にッ!」
二本になった指で容赦なくそこを突かれ、陽は鳴いた。先程の直接的な刺激とは違う、けれども、同じように熱が膨張してゆく。
「初めてだとそんなに感じないっていうけど、陽介は痩せてるし、体鍛えてるからかな」
いつの間にか三本になった指で膣を広げられながら、時折敏感になっている肉芽を捏ね繰り回され、陽はただただ喘ぐことしかできなかった。自分でも触ったことがないような体の奥深くを、親友だと思っていた男の長くて骨ばった指に暴かれ、犯されている。
(なんで…?!)
体は貪欲なほどに齎される痛みを、快楽を拾ってしまうのに、思考がついてゆかない。何故、どうして、そんな言葉ばかりが頭を閉め、段々と抵抗する力が失われてゆく。踏み躙られた心はずっと悲鳴をあげているのに、嘉一は更に陽を傷付ける。
 「ほら、分かる?もう三本入ってる。初めてなのにこんなに欲しがっちゃって、淫乱だね。ホントはずっと、オレにこうされたかったんじゃないの?犯されたかったんじゃないの?」
「…違、う…!」
「じゃあなんで、こんなに濡れてるの?オレの手、陽介のえっちな汁でもう手首までべとべとだよ。ねぇ、認めなよ陽介。お前はどうがんばったって女なんだからさ。女の子らしく可愛くできるなら、そのうち彼女にしてあげてもいいよ?」
あまりに酷い侮蔑に怒りを覚え、奪われたはずの気力がほんの少しだけ戻ってくる。潤んだ瞳では威力がないかもしれないが、陽は精一杯嘉一を睨んだ。
「誰、が!!っ、ひッ!」
口応えの仕置きのように乱暴に指を抜き差しされ、陽は嘉一が満足するまで鳴かされた。やがて喉が引き攣り声が枯れてきた頃、急に圧迫感が消え、彼女は安堵の息を吐く。しかし視界に入った彼が口に咥えているものを見て、これからされることを悟り、体を強張らせた。中身が円状に浮き上がっている、正方形のパッケージ。いくら経験がないとはいえ、その正体が分からないほど子供ではない。
「…!」
 嘉一は慣れた仕草でコンドームを破り、少し萎えてしまった自身の肉棒を扱いてから被せる。空の袋を投げ捨て、涙の膜で瞳を揺らしている陽の足を高く持ち上げると、誘うようにひくついている入り口に自身を宛がった。
「や、やだ!やだやだやだ!!」
「息、吐いて。力抜いてて。最初痛いかもしれないけど、うんと気持ちよくしてあげるから」
あやすような彼の声色には、明らかな肉欲の気配があった。彼のことが分からない。どうして想いを否定しておきながら、こんなにもやさしく抱くのか。どうして友情と愛情を明確に分けなければならないのか。錯綜する思考は陽の頭の許容量を超えてしまい、エラーのアウトプットとして涙がぽろぽろと零れ出す。嘉一は困ったように首を傾げた後、きつく握り締められていた彼女の手を自らの首に回した。
「掴まってていいよ」
これは強姦だ。決して合意の上の行為ではない。それでも、彼の声は無条件に自分を従わせる魔力を持っている。陽はこくこくと頷き、許された彼の体に縋り付いた。
 みちり、と肉壁を軋ませ、彼の熱いものが侵入してくる。宥めるようにあちこちを撫でられ、弱い耳を愛撫され、体の力が抜けた瞬間を見計らって、彼は一息に自身を突き入れた。
「――っ!!」
あまりの痛みと衝撃に、陽は声にならない悲鳴を上げる。熱くて硬い楔に体を内側から貫かれ、死んでしまうのではないかと思った。
「いたぁ!い!やだ、抜いて!おねがい!!」
しかし嘉一も余裕がないのか、「ごめん」と小さく謝って律動を開始する。彼は陽の腰を抱え上げ、上から押し潰すようにして肉棒を抜き差しした。一度奥まで入ってしまえばそれ以上の痛みはなかったが、激しすぎる動きに付いてゆけず、陽は嘉一の逞しい背中に齧り付く他なかった。
 「っ!あ…!」
彼の欲望が感じる所を掠め、陽の声に苦痛以外の色が混じる。それを見逃さず、嘉一は腰の動きを変えた。その場所を擦るように肉棒で責め、掻き混ぜる。痛みと快楽がはちきれんばかりに体の中で渦巻き、陽は泣いた。
「きもちいー、よ」
 掠れた、壮絶な色香を纏った吐息が嘉一から漏れる。いつでも余裕たっぷりだった彼にこんなにも必死に求められ、悲しみだけでなく悦びをも感じている自分がいることに陽は気付いた。嘉一と繋がっている。彼と一つになっている。それが単なる欲望の捌け口に使われただけだとしても、数多の恋人の身代わりだったとしても。
 彼の肌はしっとりと湿り、額から一筋の汗が伝っていた。陽は唐突に今が夏であることを思い出した。暑い。テレビの中に明確な季節はないが、それでも外界に引き摺られて気温が変動しているように思える。だから、こんなにも体が熱いのは夏だからだ。心が溶けてしまいそうなほど幸せで苦しくて辛いのも暑さのせいだ。
「っ、ん…ッ」
「ぁあっ!」
ごつり、と腹の中で音がした。彼の猛った性器が子宮口を突いたのだ。ぶるり、と嘉一の肉が胎内で震える。同時に肉芽を摘ままれ、陽は膣の中に収めた男のものをきゅうと締め付けながら二度目の絶頂を迎えた。同時に、ゴム越しに熱い迸りが注がれるのを感じた。


 広場にはむわりとした熱気と、生々しい精の臭いが漂っている。情事の痕を色濃く残した陽を床に転がしたまま、嘉一は手早く自分の身形を整えると、彼女に背を向けて歩き出した。
「陽介も、気持ちよくなったから、同罪だよ。オレ、謝らないから。だって悪いのは陽介だから。…じゃあね。また明日、学校で」
陽は掛けられた言葉を夢現に聞く。思考を放棄したがる体とは裏腹に頭は妙に冷静で、彼が今まで通り振舞えと命じているのが分かった。分かってしまった。
 やがて陽はのろのろと体を起こす。硬い床で無理矢理にセックスに持ちこまれたため、あちこちが痛かった。しかし一番痛むのは心だ。彼女は自分の身に起きたことを必死に思考から排斥しながら、のろのろと乱れた服を整える。見下ろした己の姿はかなり酷い有様で、制服はぐちゃぐちゃの埃だらけ、体は汗と体液に塗れ、靴など右足しか履いていない。左足は暴れた際に脱げたのか、かなり遠くまで飛んで行ってしまっていた。それがなんだかおかしくて、陽はくつりと笑った。
 クマが、父が、母が待っている。あまり遅くならないと伝えたのだ、きっと今頃心配している。クマなど探しに来るかもしれない。生まれたばかりの赤子のような純粋な彼に、こんな醜い自分を見せる訳にはいかない。ジライヤを呼び出し、外面の傷を癒す。体力は回復したが、抑え込まれた時にできた鬱血も、股の間を伝う朱の混じった滑りも消えはしなかった。未だ体の奥に残る男の肉の質感に、否応なしに事実を突き付けられ、散々泣いたというのにまた涙が溢れてくる。拭おうとした指が震え、フレームに当たって硬質な音を立てた。
(なんで)
どうして、こうなってしまったのか。何がいけなかったのか。分からない。もう何も分からない、考えたくない。
 今頃、彼は何事もなかったかのように家に帰り、今晩は陽を抱いたその腕でりせを抱くのだろう。明日はまた違う女と肌を重ねるのだろう。想像しただけで叫び出したくなった。頭ががんがんする。意識が遠のいてゆく。
「…帰らな、きゃ」
それでも、義務感から陽は帰路へと足を向ける。テレビの中は吐き気がするほど暑く、淀んだ空気が立ち込めていた。

PR

comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]