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ディラックの海に沈む光輝・1

連載ものの続きです。2011年12月10日には、ホントに皆既月食があるようで。メガテンだと月の満ち欠けに悪魔交渉が影響されてたので、月食になったらいろいろあるんだろうな、いっそテレビの中に閉じ込められてもらっちゃおうかな!というような話です。
今回は興奮して手の付けられない影主×陽介、主人公×ビッチ影村が入ります。が、最後は主花でらぶらぶですよーそこは譲れない!しかもアダッチーまで絡む予定。全部で5話か6話になりそうです。
連載はびみょうに時系列的に無理があったりするのですが、私の中では「どうしよう~」→「愚者~」→「カミサマ~※オフ(1月に出す予定)」→「ディラック~」→「最後~※オフ」とつながってます。なのでオフ発行物もいちおう小説一覧の方にタイトルを載せています。

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 2011年12月10日、土曜日。学校を終え、ジュネスで昼食を取ってそのままテレビの中に赴いていた特別捜査隊は、禍津稲羽市を突き進んでいた。
 足立の定めたリミットが明確に分からない以上、どうしても気は急くが、今までで一番強いシャドウ達がそう簡単に先へ進ませてはくれない。狂気に満ちたもうひとつの稲羽はどこまで続いているのかも分からない。そもそも、辿り着いた先に本当に足立はいるのだろうか。彼を倒せば霧は晴れるのだろうか。今までとは違う、「人間」と戦うことができるのか。怖れが足を重くし、不安が剣先を鈍らせる。それでも、足を止める訳にはいかない。
 霧は日に日に濃くなり、人々は正気を失ってゆく。警察も大人も頼りにできない、自分達が倒れたら文字通り明日はない――そのプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、孝介達は励まし合い、支え合うことで先に進む力を得ていた。陽介が先手を取って敵の体勢を崩し、孝介が追い打ちを掛ける。雪子が業火を、クマが凍てつく吹雪を容赦なく浴びせれば、千枝は致死の蹴りを、完二は神の裁きを振らせ、直斗は万物に勝る力で異形を押し潰した。最も忙しいのは全てを見通す目を持ったりせだ。戦闘中は敵のアナライズと味方の状況把握、移動中はナビゲーションをしながら敵や宝箱の位置をサーチする。孝介達は交代で休むこともできるが、りせの代わりは誰にも務めることができない。ここの所毎日のようにテレビの中に入っているため疲労が溜まっているのだろう、今日の彼女の声からはいつもの精彩が感じられなかった。
 「――今日はこの辺りにしておこう」
 不滅のギガスだった塵の山から剣を抜いた孝介が、こきこきと首を回して言う。テレビの中では時計も止まってしまうため正しい時間は把握できないが、体感的にはいつもの探索よりも短く感じられた。少し不満そうな仲間から反論が出る前に、双剣を遊ばせながら陽介は同意する。
「だな。俺らはともかく、りせをそろそろ休ませてやんねーと」
「ううん、私、まだまだ平気だよ!」
りせは気丈に頭を振るが、その顔色は白かった。千枝が申し訳なさそうに言う。
「そっか…ごめんね、りせちゃん。うちらは交代で休めるけど、ナビはりせちゃんしかできないから」
「つか、りせもですけど、月森センパイと花村センパイも出ずっぱりじゃないっスか」
 入れ替えをしているのは孝介と陽介以外のメンバーだけだ。どれだけ怪我を負おうとも、疲れていようとも、二人は決して第一線から引くことはしなかった。揺るがない二つの背中が特別捜査隊を引っ張っている。しかし彼らの負担も相当なものだろう。気遣うような目線を向けてくる完二に、陽介は胸を張ってみせる。
「いいんだよ、俺らは。リーダーと参謀だし」
「いえ、それは理由になっていないと思うのですが…」
 直斗が冷静に突っ込みを入れる。雪子はりせに近寄ると、少し下にある頬にやさしく手を当てて癒しの力を放った。淡い光に包まれ、りせは心地よさそうに目を細める。少しだけ顔色が良くなったことに安堵し、雪子は手を離した。
「りせちゃん、ありがとうね。でも今日はこれくらいにしておいて、ゆっくり休もう?」
「…うん」
気が抜けたのか、ふらついたりせを近くに立っていた完二が慌てて支えた。いつもならば簡単に体を触らせたりしないりせだが、今日は肩に回された腕を叩く余力もないのか、ぐったりと体を預けている。完二は軽く息を吐くと、りせを一度立たせ、彼女に背中を向けてしゃがみ込んだ。
「ほら、乗れ。おぶってってやる」
「ん…ごめんね」
りせは素直に完二の首に腕を回した。相当疲れていたようだ。気を利かせた千枝が完二の武器を持ち、クマが皆を集めてトラエストを唱える。一瞬の後に薄気味悪いポスターの貼られた部屋に帰還した彼らは、重い足を動かして入り口広場へと向かった。ここから広場は目と鼻の先だ。
 「――そういえば、今日は皆既月食ですね」
直斗が思い出したように呟く。聞き慣れない言葉にクマが可愛らしく小首を傾げた。
「カイキゲッショク?なになに、それ」
「地球が太陽と月の間に入り、地球の影が月にかかって月が欠けて見える現象のことです。皆既月食は月の全ての部分は本影に入ることを言います」
辞典そのものの直斗の説明に、クマは唸り声を上げた。クマは目に見えるものとして太陽や月を認識していても、地球や宇宙のつくりは理解していない。夜空に瞬く星の光が幾千年前のものであることも、きんいろの月が太陽の光を反射しているのだということも知らない。彼にもっともっと色々なことを教えてやりたくて孝介は付け加える。
「月が端から少しずつ暗くなって見えなくなっていって、最後は全部消えてしまうんだ。でも暫くすると、今度は少しずつ見えてきて、また元に戻る。今度図書館で天体の本でも借りてきて説明するよ」
「さっすがセンセイ!センセイはやさしさでできてるクマね!」
 クマが嬉しそうに孝介にじゃれつく。ふさふさの毛を撫でてやりながら孝介は微笑んだ。
「今は夕方くらいかな。運がよければ実物が見られるかもしれない」
「そうだな。稲羽は無駄に空キレーだし、テレビん中入る前はちょっと雲が切れてるところもあったし」
「おおお!コーフンしてきたクマ!早く、早く帰るクマよー!」
 ピコピコと独特の足音を響かせるクマを先頭に、一同は入り口広場に到着する。あちらとこちらを繋ぐテレビに先ずクマが頭を突っ込んで誰もいないのを確認し、自らの身を通した。次いで直斗が、完二の背中から降りたりせの手を引いて出る。完二、千枝、雪子と続き、最後に残ったのは陽介と孝介だった。進撃の時は先頭を、撤退の時はしんがりを務めることを二人は己に科している。
「んじゃ、俺らも行きますか」
「ああ」
陽介は大きく伸びをしてから、細長い手足を縮めてゲートを潜ろうとした。その時だった。
 ――ぱちん!
 ブレーカーが落ちたような音と共に、突如として視界が真っ暗になる。常に入り口広場を照らしていた、どこから電力を供給していたのかも分からないスポットライトが一斉に消えたのだ。
「?!何が…」
「分からない!けど、離れるな!」
孝介は陽介の腕を掴み、叫ぶ。地に着いた足元からは、先程から不吉な地鳴りが伝わってきていた。今まで殆ど感じなかったシャドウの声と気配が急に大きくなり、あちこちから咆哮や耳障りな笑い声が聞こえ出す。ひどく興奮しているようだ。隣に立つ相棒の姿さえ見えないような暗闇の中、響き渡る奇声はあまりにも異様だ。陽介の背中を戦慄が駆け抜けた。
 恐怖に比例するかのように、テレビの中に満ちる狂気が膨張してゆく。息苦しさに陽介は孝介と繋いでいない手で胸を押さえた。体中の毛穴が開き、冷や汗が噴き出す。
「やべーよ、これ」
 陽介は震える声で呟いた。何が起きているのかは全くもって分からない、けれども、ここが危険なことだけは本能で分かった。生身の人間がいていい場所ではない。未だ視界は回復しないが、陽介は手探りでテレビを探す。一刻も早くこの場から去らなければならない。かつり、と手が硬質なものに触れ、画面と思われる場所に我武者羅に手を伸ばしたが、伝わってくるのは冷たい感触だけで体は一向に沈み込みはしなかった。陽介は茫然と呟く。
「マジかよ?!出られねぇ!!」
慌てて孝介も試すが、結果は同じだった。閉じ込められてしまったのだ。
 二人が愕然としている間にも、狂気はどんどん膨れ上がってゆく。瘴気が嵐となって吹き荒れ、影達の狂ったような歓喜の声が響き、地響きは大きくなる一方だ。孝介はかたかたと震える陽介の手をきつく握り締めることしかできなかった。
「うわッ?!」
一際強い風が二人に向かって吹き付け、陽介が体勢を崩す。つられて倒れそうになった孝介は、頬を掠った生ぬるい風がただの風ではないことを本能的に悟った。これはエーテル、エネルギーの固まりだ。磁場が崩れ、場の力がおかしくなっている。ますますもってここに留まるのは危ない。
「陽介!とにかくここから…」
 孝介が言葉を言い終える前に、土石流のような凄まじいエーテルの波が二人に襲いかかる。衝撃に息が詰まり、繋いだ手は呆気なく解けてしまった。流れは二人を更に引き離し、別々の方向へと押し流してゆく。ハニーブラウンの頭はもう見えない。強すぎるエネルギーに体中を浸すことになり、意識をもっていかれそうになりながら、孝介はただひたすらに愛しい人の無事を祈った。
(陽介…!)




**********




 息ができない。
(んだよ、これ、どうして…!?)
水ではないが水よりも密度の高いエネルギーに押し流され、息苦しさに陽介はもがいた。けれども自分は濁流に落ちたひとひらの葉のようなもので、いくら懸命に手足を動かしても大きな流れの中から抜け出ることができない。テレビの中の出来事は予測のできないことばかりだが、今回はあまりにもイレギュラーすぎた。
 エーテルの勢いは止まらない。このまま自分はどこに運ばれるのだろう。それ以前に自分の体がもつだろうか。一方的に襲ってきた死の恐怖に陽介は震える。せめてもと酸素を求めて油膜のように厚い水面を目指せば、ふいに水を掻く手が何かに掴まれた。そのままぐい、と強い力で引っ張られ、陽介は釣りあげられた魚のように奔流から飛び出す。
「ぶはっ…!」
一瞬の後、足元に固い感触を感じた。どこかに下ろされたらしい。腕を離され、体を支えることができずに陽介はその場に蹲る。ようやく呼吸ができるようになり、激しく咳き込みながら必死に酸素を貪った。あまりの息苦しさに涙が滲み、彼は細い背中を引き攣らせながら懸命に息を整える。
「大丈夫か」
 すぐ横から涼しげな声が聞こえ、陽介は生理的な涙の滲んだ顔をのろのろと上げた。そこにはつい先程別れたはずの孝介がいた。自分が助かったこと、彼が無事だったことに安堵し、陽介は安堵の息を吐く。
「良かった…お前も無事」
しかし彼は口を止めた。自分の横に膝を突いて覗き込んでいるのは、間違えなく月森孝介だ。銀糸の髪、整った顔、八十神高校の制服に包まれた細身だがしっかりと筋肉の付いた肢体。けれども、ある一ヶ所が決定的に違っていた。
「…お前、アイツの…!」
孝介の眼は金色の輝いていた。心なしか以前よりも輝きが強いように思える。彼は事も無げに肯定してみせた。
「そう。月森孝介の、影だよ。久しぶりだな、陽介」
 陽介は言葉を失った。今日は僅かな時間の間に、あまりにも色々なことがありすぎる。体へのダメージと混乱で遠退きそうになる意識を必死に繋ぎとめ、陽介は思考を巡らせた。
(落ち着け、俺!孝介のシャドウが出てきちまった…ってことは、あいつまた色々と何か溜め込んでんのか?!)
菜々子が息を吹き返し、堂島の容体も介抱へ向かっているとはいえ、11月から彼と彼の大切な家族を襲った数々の悲劇は一介の高校生には重すぎた。事件が彼の心を歪めてしまったのか。それとも、以前のように自分との関係が原因なのだろうか。顔を青くする陽介に、孝介の影は本体と同じように困った顔を浮かべる。
「違う、陽介。そうじゃない。俺はお前に関しては常に不健全だけど、それ以外には割と健全だから。今は安定してるし」
「ばっ、ばっか!何言ってんだよ!…じゃなくて、じゃあなんで」
「見て」
 す、と孝介が手を伸ばし、彼の長い指が空を指す。入り口広場から離れたせいか、闇は消え視界は回復していた。自分達が今いるのは商店街のどこかの家の屋根の上で、眼下の道路にはまだエーテルが洪水のように流れ続けている。稲羽は田舎ゆえに高い建物が殆どなく、遮蔽物は殆どなかった。
 サイケデリックなマーブル模様だったはずの空は、今は滴り落ちそうな血の色一色になっていた。そしてその中空には、おかしほど大きな満月が浮かんでいた。辺りに満ちる狂気の濃さは相変わらずだ。あまりの不気味さに陽介は吐き気を覚えた。孝介の影は静かな声で言う。
「今夜は狂乱の夜。そっちの世界で月が消える日は、影の力が一番強くなるんだ。だからシャドウ達が興奮して、こっちの世界の磁場が崩れてる。あまり意識してなかったと思うけど、月の満ち欠けはシャドウやペルソナに影響してるんだよ」
「へー。じゃあ何、今だけシャドウの力が強くなってるから、お前は孝介から離れて一人歩きしてるってことか?」
「そういうこと」
 よくできました、とばかりに髪を撫でられ、陽介は思わず緩んだ顔を慌てて引き締めた。目の前にいるのは孝介であって孝介ではない。存在を否定する訳ではないが、あくまでも自分の愛する月森孝介の一部であって、全てではないのだ。孝介の影はいとおしそうに笑う。
「大丈夫。孝介は無事だ。繋がりが切れた訳じゃないから、流石に宿主に何かあったら分かるよ」
「そっか…よかった」
立ち上がった孝介の影は、胸を撫で下ろす陽介に手を差し伸べる。
 「元々、こちらの世界は生身の人間にやさしい場所じゃないけど。今日は特に危ないから、早く帰った方がいい」
「んなこと言われても、あっちとこっちを繋ぐテレビが使えなかったんだよ。つか、これじゃ入り口広場にも戻れそうないし」
引っ張り上げてもらいながら陽介は応えた。エーテルの氾濫は当分治まりそうにない。もう一人の孝介は逡巡の後、口を開く。
「だったらせめて、もう少し安全な場所へ行こう。ここは場の乱れが酷い。少し離れた方がいい」
「っても、こっちに安全な場所とかあんのか?」
「ダンジョンの最奥なら影響は少ないだろう。ここからだと一番近いのはコニシ酒店…だけど、ちょっと無理そうだな。次に近いのは、堂島家か」
 つい一ヶ月ほど前、テレビの中の堂島家で孝介の影にされた行為はまだ記憶に新しい。思い出して顔を赤くする陽介に、孝介は含みを持たせた笑顔を向けた。
「思い出しちゃった?」
「――っ、いいから!早く行こうぜ!!」
熟れた頬を隠すように、陽介は腕を振り解き、エーテルの川になっているのとは反対側の道路へ飛び降りようとした。現実世界でならば怪我を負いかねない高さだが、テレビの中ではペルソナの加護があるため問題ない。しかし背後から伸びてきた腕がそれを許さなかった。影は陽介の肩と膝裏に腕を回すと、ひょい、と彼の体を横抱きにして屋根を蹴る。軽い足音と共に二人は地面に降り立った。
「?!離せよっ、自分で歩けるっつーの!」
 いくらばたばたと暴れても、孝介の腕は全く揺るがなかった。彼は人一人抱えているとは思えない軽快さで歩き出す。
「だめ。今の陽介じゃ怪我する」
「ヘーキだってば!俺にだってスサノオが…」
陽介ははっと息を呑んだ。今ここにいる孝介は、月の力を得て本人から剥離した影だ。彼は慌てて眼を閉じ、自分の中を探るように意識を集中する。しかし胸の奥底にいつもあったもう一人の自分の気配は、なかった。愕然とする陽介に、相棒の仮面はようやく、といった体で頷く。
「オレと同じように、スサノオも今頃どこかを一人歩きしているよ。お前達の世界で、再び月が姿を現わせば勝手に戻ってくるだろう。…という訳で、今の陽介は心の鎧がない、素っ裸のようなものだから、くれぐれもオレから離れないように」
影の声は心なしか弾んでいた。やはり彼は月森孝介の一部だ。確実のこの状況を楽しんでいる。誰にも見られていない――シャドウの視線は山ほどあるが、少なくとも人間はいない――にも関わらず、同じ男に軽々とお姫様抱っこされているこの状況が居た堪れなくなり、陽介は叫んだ。
「降ろせ!自分の足で歩きます!!」
「だーめ。陽介、お姫様みたいで可愛いよ。一回やってみたかったんだけど、いくらお前が軽くてもテレビの外じゃ無理だし。こっちじゃ他の皆がいるからやらせてくれないし」
「当たり前だろうが!!!!」
 辺りに満ちる狂気も威圧感も変わらないのに、妙な脱力感と安心感を覚えながら、陽介と孝介のシャドウという奇妙な二人旅が始まった。




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