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微笑みの向こう側

過去のweb拍手お礼小説サルベージです。
センセイが都会に帰ってから数ヶ月。思わぬ所で陽介の姿を見かけたセンセイは…な話。陽介もでるでびゅー


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稲羽から離れて早数ヶ月。風は徐々に熱気を孕むようになり、制服も冬服から夏服になった。指すような日差しに眉を潜めつつ、学校へ向かうためいつものように駅のホームで電車を待っていた孝介は、滑り込んできた環状線のペイントが昨日までと異なることに気付く。
(ああ、イベントカーか)
大した灌漑もなく人波に流されながら満員電車に乗り込むと、社内も統一感のある広告で埋め尽くされていた。アパレルの宣伝なのだろう、色鮮やかな服を纏ったモデル達が真っ白な背景の中で思い思いのポーズを取っている。広告は数パターンあり、小学生から成人までの男女が数名写っている。幼い少女の着たワンピースは淡いブルーを基調としたとても可愛らしいもので、菜々子に着せたら似合うだろうな、と孝介は思った。
なんともなしにどこの会社のものかを見れば、端の絶妙な位置に大きくもなく小さくもないロゴで「JUNES」と書いてあった。自分の知っているジュネスと、広告のジュネスがすぐには結び付かず、孝介は首を傾げる。しかしカーブで車体が揺れ、吊革三つ分ほどずれた場所に流された場所に吊るされていた広告を見た瞬間、そんな疑問は吹き飛んだ。
「…………陽、介……?」
そこにはなんと、モデル顔負けの立ち姿で孝介に向って微笑みかける陽介の姿があった。




**********




「――花村!!」
クラスに入るなり数名の女子に囲まれ、陽介は思わず数歩たじろぐ。彼女達はやおら雑誌の一ページを開くと、陽介に向って押し付けた。
「これ、アンタだよね?!」
「へ?…って、うお!何コレ、俺聞いてないし!!」
雑誌を握りしめて叫ぶ陽介の姿は肯定以外の何物でもない。テンションの上がった女生徒達は畳みかけるように話し出した。
「アンタ、いつの間にモデルになったの?!」
「つーか花村のくせに格好いいじゃん!服も本当にジュネスのかってくらいいい感じだし!」
勢いに押され、どう答えていいか考えあぐねていた陽介は、クラスの外からかかった呼び声が蜘蛛の糸に思えた。
「花村くん。ごめんね、ちょっといい?」
クラスの外では雪子と直斗、完二、そしてまだ鞄を背負ったままの千枝が顔を覗かせている。ここにはいない孝介と、仕事でしばらく学校を休んでいるりせを除く特別捜査隊の面々である。陽介は「悪ィ!」と女子の手を掻い潜り、逃げるように廊下へ出た。
「はー、サンキュ天城。助かった」
「ううん。でも、助かったって訳でも、ないかもしれないよ?」
意味深な雪子の言葉に首を傾げていると、直斗が自分の携帯電話を差し出してきた。訳の分からないまま促され耳に当てると、受話器の向こうから甲高い声が響いてくる。
『――花村センパイ!!!いつの間にモデルになったの?!ずるい、教えてくれたっていいじゃない!私の方が芸能界ではセンパイなんだからねッ!』
りせは相当興奮しているようで、その声は回りにも十分聞こえたのだろう、皆はくすくすと笑っている。ばつの悪い思いをしながら陽介はなんとか後輩を落ち着かせようと言葉を選んだ。
「あー、りせ、落ち付けって。別にモデルになった訳じゃなくて、親父から頼まれて断れなかったんだよ。多分もうやることないと思うし。まあ記念に?」
『えー!?何ソレ、勿体ない!センパイ、今からでも遅くないからうちの事務所入りませんか?』
「いやいや、だから…」
宥める陽介の頭上で予鈴が鳴り出す。その音がりせにも聞こえたのだろう、切り替えの早い彼女は「帰ったらちゃんと説明してくださいね!」と言い残して電話を切った。畳んだ携帯を直斗に返すと、笑みを浮かべた彼女と目が合う。最近、ようやく年相応の表情がでてきた後輩の瞳に浮かぶのは好奇の色だ。
「昼休み、屋上で事情聴取させていただきます。逃げないで、くださいね?」
「だいじょーぶ!連行してくから」
千枝が胸を張って言う。そろそろ本鈴が鳴りそうなので慌てて教室に戻りながら、陽介はポケットに入れた鳴らない電話にそっと指を這わせた。



昼休み。噂はあっという間に校内に広まり、授業中も休み時間も全く落ち着けなかった陽介は、気心の知れた仲間に囲まれようやく息を吐き出す。日差しが強いので給水塔の影に円陣を組んで座り、弁当をつつき始めると、早速追及が始まった。
「さあ花村、ちゃっちゃと吐け!」
「里中、お前ね、刑事ドラマじゃないんだから…。さっきも言ったように、親父経由で話が来て断れなかったの!ジュネスが新しいアパレルの自社ブランドを立ち上げたんだけど、宣伝にはでモデルだけじゃなくって、実際にその服を着るような身近に感じられる人も使いたいから、従業員や家族に適当な人材はいないかって本部からお達しが来てさ。バイト代も出たし、使われるのは関東地域だけって聞いてたからOKしたんだけど、雑誌にまで載ってるなんて俺も聞いてねーよ」
親父のやつ絶対話止めてるな、とぶつぶつ呟く陽介をよそに、直斗がどこかから入手してきた数冊の雑誌を見ていた完二が頷く。
「ああ、新ブランドなんすね。今までのジュネスの服って、野暮ったいっつーかぶっちゃけイケてなかったけど、これは結構いい感じじゃないっスか」
ファッション紙の見開き一ページを使い、小学生くらいの子供から成人までの男女が写っている。皆が集合したものもあれば、雑誌の傾向によっては単身、もしくは複数人だけで写っているものもあった。そのうち陽介は主婦向け雑誌の集合写真と、男性向け雑誌に単身、女性向け雑誌に同年代の女性との2ショットが掲載されている。女性の方はモデルなのだろう、顔立ちは整っており、魅せることへの自信が溢れていた。だがその隣に立つ陽介も負けてはいない。甘さの残る繊細な顔の造作、細身だがあの一年でしっかりと筋肉の付いた肢体はモデルと並んでも遜色劣らず、何より、大きくきらきらしい瞳が見る者の目を惹く。いつもはワックスで整えられている髪はやわらかく流され、いつも以上に綺麗に整えられた眉と僅かに施された化粧が彼をより魅力的に見せていた。
「そうだね。この女の子の着てる服、菜々子ちゃんに似合いそう」
雪子が相槌を打つ。パックのジュースをストローで啜っていた陽介は、「その子もどこかの店の副店長の娘さんだってさ」と付け加える。
「それにしても、いつの間に撮影したんですか?全く気付きませんでした」
行儀よくサンドイッチを口に運んでいた直斗に問われ、陽介は思い出すように頭を掻く。
「んーと、4月の頭だったかな?土日だったから学校休まずに済んだし、結構オモシロかったぜ」
「あ、どんな感じだったの?聞きたい聞きたい!」
千枝が身を乗り出した時、陽介のポケットの中で携帯電話が震え出した。断ってフリップを開けば、そこには不在のリーダーの名前が表示されている。その場で通話ボタンを押して耳を当てると、受話器の向こうからは地を這うような低い声が聞こえてくる。
『…………陽介…山手線、お前がいっぱいいるぞ。思わず盗んでこようかと思ったくらいだ。どういうことだか説明してもらおうか』
「うっそ、マジで?!聞いてねーよ!」
『オレも聞いてない。しかもなんだ、あの微笑みは!お前が魅力的なのは分かるけど変な虫が付いたら困るだろうが!!』
写真の中の陽介の笑顔は、まるでそこに孝介がいるかのように、清涼さのなかに甘い蠱惑的な匂いを含んでいる。朝のりせのようにいつになく興奮した孝介に、陽介は他のメンバに聞かれてはたまらないと輪を抜けて仲間達から距離を取る。その間にも孝介の舌は止まらない。日陰から出た途端、初夏の日差しが陽介の白い肌を焼いた。
『陽介、モデルになりたかったのか?お前は確かに美人だし、綺麗な体だし、笑顔が似合うから向いてると思うけど、先ずは相談くらい』
「ちょ、落ち付け相棒!モデルになった訳じゃなくて、親父経由で話がきて来て断れなかっただけなんだってば!」
陽介は先程仲間達にしたのと同じ説明をもう一度孝介にした。話を聞き終えた孝介は幾分落ち着きを取り戻したのか、平素の平坦な声に戻って「そうか」と頷く。
「なぁ。びっくりした?」
孝介は大げさな溜息を吐く。
『吃驚、なんてもんじゃない。電車の中で叫びそうになったくらいだよ。…陽介、すごく綺麗だった』
「そっか。へへ。サンキュな」
陽介は照れ隠しに笑う。写真を取られる時、ファインダーの向こうに孝介がいると思ってカメラを見ていた。関東地域で使われるなら、彼が目にすることもあるだろう。ちゃんと一人で立っている、笑えている自分を見て欲しかったのだ。その願いは叶えられたようだ。
『…陽介が、本気でモデルやりたいっていうなら止めはしないけど。今後もしオファーがあったら、先ずはオレに相談すること。破ったら…おしおきな』
冗談めかして言われた言葉が本気であることは、今までの付き合いで重々承知している。月森孝介は言葉に出した以上、必ず実現する男だ。淡白に見える彼が垣間見せた独占欲に、陽介の心と体は歓喜に震える。上擦る声をなんとか抑え、陽介は答えた。
「大丈夫。もうやることなんてねーよ」
目的は果たしたのだから――心の中でそう付け加え、陽介は二言三言会話を交わして通話を終えた。
携帯電話をポケットに仕舞い、仲間達の輪へ足を向ける。彼に寄り掛からなくても、自分は地に足を付けて立っていて、仲間達はすぐ傍で支えていてくれる。孝介はいないけれど、彼がいつ帰ってきてもいいように、彼の場所を守り続けている。
(大丈夫)
言い聞かせるように口の中で呟き、陽介は初夏の空を見上げる。雲ひとつない晴天だった。




END

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