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徒花のひとひら・1

★花主
別サイト作ろうかと思ってたのですが面倒なのでこっちに。
主人公の名前は「春夏冬 結人」(あきなし ゆいと)です。オフで出した「あいしてる~」の中でセンセイが使っていたペンネームと一緒ですが、特に繋がりはありません。(考え付かなかっただけ)(名前難しい)
連載で、短めなのを7話くらいの予定。のんびり書いていきたいです。いつもの主人公とは性格がちょっと違いますのでご注意ください。

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 「――俺、彼女、できるかもしんない」

 はきはきとした声で、一言一言、噛み締めるように紡がれた言葉に、結人は体を凍らせた。
 熱帯夜、という言葉が相応しい東京の夜。クーラーをギンギンに効かせた春夏冬家のリビングは、半袖ではいささか寒いほどだ。しかし新陳代謝が活発な高校生の男子二人、しかもアルコールが入っていれば暑いくらいである。時間を止めている結人に気付くことなく、ソファに隣り合って座った陽介は、女子が飲むような可愛らしいカクテルの缶を傾けながら続ける。
「告白、されたんだ。夏休みに入ってすぐ。…付き合っちゃおうかなって、思ってる」
そうか、と相槌を打ちながら、結人は酔いが一気に冷めてゆくのを感じた。
 結人にとって、八十稲羽で過ごした高校二年生の一年間は、今まで生きて来た十数年間が霞んでしまうほど素晴らしい日々だった。楽しかったばかりではない、辛いことも悲しいことも、痛みも苦しみも沢山味わったが、過ぎてしまえば大切な思い出だ。もう一人の父と呼べる叔父、可愛い妹、命を預けられるほどの信頼を築いた仲間達、気の置けない友人達――あの一年を共に過ごした彼らとの絆は、結人にとって何事にも代え難い宝物になっている。とりわけ、今横にいる自称他称「相棒」である花村陽介との結び付きは深く、彼が自分を特別だと言ってくれるように、結人にとってもまた、陽介は特別な存在だった。
(オレと、陽介の「特別」じゃ、意味が違うだろうけど)
急に乾き出した喉を潤そうと、結人は手に持っていた酎ハイを煽る。先程まではアルコールと炭酸の刺激を舌に感じたのに、今は何の味もしなかった。ただ喉を焼くだけだ。
 結人は、陽介のことが好きだった。ただし友愛ではなく恋愛の意味で。自分は決して同性愛者ではなかったし、陽介も然りだが、肩を並べて事件を追ううちに、彼の強さに、優しさに、惹かれ、気が付けば恋心を抱いていた。弱さも格好悪い部分も全てひっくるめて、花村陽介という一人の男を好いた。
 けれども、思いを告げることはできなかった。玉砕という結果が明白だったからだ。陽介は完二の一件から分かるように男同士の恋愛に極端な嫌悪を示したし、何より、彼の中には未だ亡き人が居座っている。小西早紀――事件の二番目の被害者であり、陽介が最悪の形で失恋をしたひとつ上の先輩。生者であればまだ太刀打ちできるが、死者にはどうがんばっても勝てない。同じ土俵に立つことすらできない。陽介の中で彼女の存在は美化され、聖域のようになり、心の奥のやわらかい場所を今でも占め続けている。彼女自身に恨みはないが、夢の中で、晴れない霧の中で、幾度退けと叫んだだろう。いつまで陽介を縛り続けるのかと。彼の内側に、自分が恋人として入れる余地はない。拒まれるよりも、関係を崩すよりも、今のまま親友として誰よりも近くにいることを結人は選んだ。その甲斐もあり、結人が都会に帰っても二人の仲は変わることなく続いている。オープンキャンパス参加という名目はあるが、夏期講習やアルバイトで忙しい陽介が、予定を調整して泊りに来るくらいには。
 電話やメールはかなりの頻度でしていたが、やはり毎日のように顔を突き合わせていた頃に比べれば寂しさは募る。彼に会えるのを心待ちにしていた結人は、今日の夕方、陽介を迎えた時からこれ以上ないほど上機嫌だった。あまり感情が面に出る方ではないが、ひどくだらしない笑顔を浮かべていた気がする。陽介にも指摘されたほどだ。それが彼のたった一言でどん底にまで落とされた。
(どうして)
もう暫く恋はいい、と、あの河原で陽介は言っていた。忘れられないのだと、まだ引き摺っているのだと。その意思を覆すほどの魅力を持った女性が陽介の前に現れ、彼を浚って行ったというのか。だとしたら、男である結人はきっと叶わない。
(陽介は、残酷だ)
何故、今、このタイミングで言うのか。まるで結人に諦めろと言っているようではないか。陽介の思考はいささか単純で、だからこそ手に取るように分かる。誠実な彼は、一番の親友である結人に、早紀との思い出を過去として受け入れることができたのを知らせようとしたのだろう。彼が早紀から解放されたのは喜ばしいことだが、その代償はあまりにも高かった。
 ごくり、と苦さごと感情を飲み下し、結人は平静を装って尋ねる。震える声を隠すため、酒浸しの腹に力を込めなければならなかった。自分は今、どんな顔をしているだろう。ちゃんといつも通り、「春夏冬結人」の笑顔を作れているだろうか。
「どんな子なんだ」
陽介はおつまみのイカを綺麗に並んだ歯で食いちぎりながら答えた。
「んー、一個下で、ヤソコーじゃなくて中央の子。4月からジュネスでバイトするようになって、色々面倒見てたんだけど、すごいしっかりしてるのにどっか抜けてるっていうか。目が離せない?放っておけないっていうの?見た目はそう、お前にちょっと似てっかな。キレイ系なのに、中身はけっこう突拍子もなくって…って」
ごくり、と咀嚼したイカを飲み下し、陽介は結人の顔を覗き込む。
「…お前、顔真っ白だぞ。ちっと飲み過ぎたか?」
 伸ばされた、骨ばった手が頬に触れた。その熱さに目眩がした。陽介は両手で結人の顔を包み込み、整えられた眉を潜める。どちらかと言えば女性的な整った顔立ちだが、頤の輪郭や通った鼻筋が男くさくて、そのギャップが結人は好きだった。薄い唇も、少し垂れ気味の大きな瞳を彩る長い睫毛も、やわらかなハニーブラウンの髪も、陽介を構成する要素は何もかも好きだ。もっと見ていたい、触れていたいと思うのに、陽介は手を放して立ち上がる。
「すげー冷たい。エアコン消すぞ。酒はもうやめてこっち飲んでろ、ホラ」
ピッ、と電子音が鳴り、エアコンが冷風を吐き出すのをやめた。陽介はローテーブルの上で汗をかいていたペットボトルから適当なグラスにお茶を注ぎ、結人の手に握らせる。そしてリビングからいなくなったと思うと、手にタオルケットを持って戻ってきた。陽介用にと予め出して部屋に置いておいたものだ。彼はそれを広げ、結人をすっぽりと包み込む。勿論、空になったグラスを奪ってからだ。
「大丈夫か?横になる?」
「…ん、ヘーキ。ありがとな」
やはり冷えていたのか、タオルケットがひどく温かく感じる。すぐ隣り、肩が触れるほど近くにいるのに彼が自分を置いて行ってしまうような気がして、結人は膝を縮こまらせ、ぶるりと体を震わせた。寒さのせいだと勘違いした陽介が、慌てて額に手を当ててくる。
「熱…はそんなになさそうだな。つか俺も酒のせいで火照ってっからよくわかんねー」
へらり、と陽介は笑う。一見気安いのに、その実警戒心が強くなかなか心を開かない彼が自分だけに見せる無防備な笑顔。それを見た瞬間、結人の中で何かが音を立てて切れた。
 「――陽介」
ソファの上に両膝を突き、腕を伸ばして陽介の首に巻き付ける。衣擦れの音を立ててタオルケットが床に落ちた。意図が分からず小首を傾げている彼の耳元に唇を寄せ、理性の飛んだまま結人は囁く。
「したい」
「へっ?」
ころりとしたヘーゼルの瞳が目に焼き付いたが、結人は目を瞑り、陽介の形のよい唇に自らのものを重ねた。驚愕からうっすらと空いた口唇の隙間から舌を差し込み、歯列をなぞる。甘い酒と彼の唾液の味に、冷え切っていた体が熱くなってゆくのが分かった。陽介が肩を押し、引き剥がそうとしてくるが、その力は弱い。怪我をさせるのを恐れているからだろう。こんな時でも彼はやさしい。結人はくすりと笑う。
(そのやさしさを、オレの知らない女にもあげるの?)
許せなかった。どうせ離れてゆくのならば、その前に全て奪ってしまおうと思った。
 細い顎に指を当てて上を向かせ、舌を絡める。くちゃり、と濡れた音がしてまた熱が上がった。怯える彼の舌を吸い上げ、快楽を引き摺りだすように舐め、丹念に愛撫する。おそらく女性経験のない陽介は、うまく息が吸えずに苦しそうな呼吸をしていた。その初心な様子がいとおしかった。
(かわいい)
結人は一歩を踏み出してしまった。もう親友には戻れない。ならばせいぜい、彼の中に自分を刻み付けてやろうと、結人は指で耳や首筋を弄りながらキスを続ける。びくびくと震える体が、次第に弱くなってゆく腕の力が、陽介も感じていることを教えてくれて安堵した。
 どれくらい彼の咥内を蹂躙しただろう、顔を放すと唾液が糸となって二人を繋ぐ。はぁはぁと荒い息を零す陽介は、飲み切れなかった唾液を手の甲で拭い、涙の潤んだ瞳で結人を睨みつけた。
「っ、お前な!いきなり何、すんだよ」
「何って、キス。したかったら、した。…陽介、気持ちよかったの?ココ」
細身のジーンズをきつそうに押し上げている股間に掌を置き、結人は嫣然と微笑んだ。陽介は途端に赤くなる。
「こんなになってる」
「!お、お前が…!」
きゅ、と布地の上から彼のものを握ると、陽介はびくん!と体を撥ねさせて黙った。結人は益々笑みを深める。
「溜まってたのか?抜いてやるよ」
ベルトの金具に手を掛けると、陽介は心底慌てたように結人を撥ね退けた。痛みはなかったが、衝撃で体制を崩し、結人はソファの上に仰向けに転がる。
「いてっ」
「わ、悪ィ。っていうか何!何なのいきなり!?」
喚きながらも案じるように覗き込んで来た彼の首に再度腕を絡め、結人は言う。
「セックスしたいって言ってんの」
「…!お前なぁ、冗談でもそういうのはやめろよ。お前こそ溜まってんのか?酔ってんだろ」
「酔ってない。冗談でもない。陽介とセックスしたいって言ってる」
ひたと彼と瞳を合わせると、陽介は固まっていた。明らかにオーバーフローしている。結人はもう一度、羞恥の麻痺した心で言い切った。
「陽介と、したいんだ」
 ひゅ、と陽介が息を呑んだ。応えはない。終わった、と結人は思った。やはり男の自分を、陽介はそう言う目では見てくれない。自分は友愛でも恋愛でも全てで陽介を最上位に置いているのに、彼はそうではないのだ。改めて突き付けられた事実に、じわり、と眦が濡れた。陽介が困ったように目尻を下げる。
「……何で、泣くんだよ」
少しかさついた指先でやさしく雫を拭われ、益々涙が溢れ出す。陽介はぎょっとしながらも、突然泣き出した結人の頭を撫でてくれた。
「結人」
「…」
「ゆーいと」
「……」
あやすように名前を呼ばれるが、返事をすることができない。口を開けばとんでもなく女々しいことを言って、彼を余計に困らせてしまう。口を引き結んでだんまりを決め込んでいると、はぁ、と呆れたように彼が息を吐いた。
 「…なぁ。お前とその、セックスすれば、お前は悲しくないのか?」
彼が口にしたのは、結人が予想もしなかった言葉だった。目を見開いた結人に、陽介は尚も続ける。
「お前が何考えてんのか、正直わかんねーよ。でも、お前が泣くのは嫌だし、お前がしたいっていうなら何でも叶えてやりたいんだよ。悲しいままにしとくの、ヤなんだよ」
今度は結人が呼吸を詰める版だった。ここで頷けば一度だけとはいえ陽介が手に入る。それでも、肌を重ねる動悸は愛情ではなく同情だ。自分が欲しい愛の形とは違う。急にどうしていいか分からなくなり、結人は途方に暮れた子供のような声で呟いた。
「…わかんない」
「分かんないって、お前なぁ」
陽介は苦笑し、そして、結人の額にキスをひとつ落とした。驚きに涙を引っ込めた結人の、今度は口に彼の唇が降りてくる。
「!」
「…やべ、意外と、っていうか全然大丈夫かもしんない。やっぱお前だから、かな?」
 そう漏らす彼からは雄の気配がして、結人は急に羞恥を思い出し、顔を背ける。陽介はやさしく笑い、大きく襟繰りの開いたシャツから除いた結人の首筋を舐めた。ざらつく舌の感触に、ぞくりと快感が腰をはしり抜ける。
「ひゃ?!」
「カワイイのな。…なぁ、しよう。お前が欲しいって言うんなら、俺なんていくらでもやるから。な?」
だから泣くな、と抱き締められ、彼の背中に腕を回して結人は小さく頷く。嬉しいのに、ひどく悲しい。間違えてしまった、と思うのに、彼が欲しくてたまらない自分の浅ましさに反吐が出そうだった。




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