忍者ブログ

whole issue

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ディラックの海に沈む光輝・3

すごい間が開いてしまいましたが続きです。センセイ陽介イザナギスサノオの四つ巴?が書けたので大変満足しました。そして最後にようやくアダッチーが。

-----------------------

 思いがけない再会に硬直してしまった陽介に、スサノオは揶揄の笑みを浮かべながらゆっくりと近付く。
「こっちが一生懸命探してやってたっていうのに、お前、ナニやってんの?こんな道のド真ん中でケツ差し出して、そいつのぶち込まれてアンアン言っちゃうんだ。こんなにシャドウがいんのにさ!ホント、淫乱で、変態だよなぁ、俺。見られんのが、恥ずかしいコトされんのが気持ちいーんだろ」
「っ、ちが…!」
陽介はゆるくなっていたイザナギの拘束から抜け出すと、慌てて着衣を整える。スサノオはふわふわと、孝介はつかつかと近寄って来るのをなるべく視界に入れないようにしながら、彼は震える手でベルトを留めた。
(やばいやばいやばいやばい!)
彼らまではまだ数歩の距離があるが、孝介からは今まで感じたことがないほどの怒気が漂ってきている。沸点を超えてしまったのか、彼の表情は能面のように静かで、陽介の恐怖をより一層増長させた。足が震える。格好悪いがこの場から逃げ出してしまいたい。けれども、背後から名残惜しげに腰に回されたイザナギの腕がそれを許してはくれなかった。ぴくり、と孝介の眉が揺れる。
「陽介から、離れろ」
「嫌だ」
絶対零度の孝介の声に臆することなく、イザナギは答える。メガネの下の銀と金の瞳がぶつかり合って火花を散らした。うろたえる陽介とは対照的に、彼の影は心底面白そうに笑っている。スサノオはスニーカーの爪先で、溶けたアスファルトの上に撒き散らされた白濁をつついていた。
「あーあ。キモチよく、されちまったんだ。なぁ、どうだった?いつもの孝介と一緒だった?それよりもっと気持ちよかったか?手コキ?フェラ?それとももしかして、自分でして見せたとか」
 孝介が視線を地面に向ける。彼は黒い焦土にどろりと広がる白を、次いで陽介を見て、凄惨なほど綺麗な笑みを浮かべた。陽介は戦慄した。
「ひっ!」
「ハハハっ、どうするよ孝介。これって浮気?ま、アイツもお前自身だけど」
「ああもう、お前、ちょっと黙れ!!」
陽介は涙の滲んだ目で己の影を睨みつけるが、金色の瞳を爛々と輝かせたスサノオは意地の悪い笑みを返すだけだった。彼は動けない陽介に見せつけるかのように、孝介にしな垂れかかる。
「なぁ孝介。アイツもあんなんだし、俺達ももいっかいえっちしようぜ。お前、あんだけ俺のこと滅茶苦茶にしたのに挿入れてくんねーんだもん。全然足りないんだけど」
「!」
 見えない鈍器で頭を殴られたような衝撃に、陽介は目を見開いた。呆然とする陽介の前で、スサノオは孝介の首にしなやかな腕を絡める。自分と同じ造作のはずなのに、口元に刷かれた笑みは嫣然としていて、艶っぽさが滲み出ていた。彼は己の影だ。理性も体面も矜持も取り払った欲ならば、孝介を求めるのは分かりきったことだが、孝介もそれに応えたというのか。
(嫌、だ)
陽介は酷い嫌悪感を覚えた。例えもう一人の自分であっても、孝介に触れられたくない、触れて欲しくはない。彼の腕が自分以外を抱くなど我慢できない。感情のままに糾弾しそうになったが、イザナギに体を許そうとしていた自分のことを棚に上げて彼だけを責めることはできず、陽介はきつく唇を噛み締めた。じわり、と眦が濡れるのが分かった。目敏く見咎めたスサノオが、鋭い言葉で追い打ちを掛ける。
「何泣いてんの、俺。女々しいにも程があんだろ。お前はいつだってそうだ。誰にでもいい顔して言いたいこと飲み込んで、腹ん中ではすっげぇ身勝手なことばっか考えてる。それじゃ分かってもらえる訳なんてないだろ、世の中そんなに甘くねーんだよ」
「っ…!」
代弁された本心は尤もすぎて、陽介の心を深く抉った。せめて無様に泣くことだけはしたくなくて、陽介は俯き、きつく目を瞑る。感情の波は時間が経てばやがては収まる。黙ってしまった陽介をスサノオはつまらなさそうに見降ろした。
「だんまりかよ。つまんねぇ」
 「――スサノオ、その辺でやめてくれないか」
それまで黙っていたイザナギが口を開いたかと思うと、彼は陽介を背中からやさしく抱き締めた。
「大丈夫だよ、陽介。孝介は怒ってるけど、お前に対してっていうよりは、オレに対してだから。自分にすら嫉妬してる。独占欲の固まりだな。それに」
つう、と彼の指が脇腹を撫でた。一度高められた肌は敏感で、陽介の体は意志に反してふるりと震える。イザナギの唇がゆるやかな弧を描いた。
「陽介の性癖なんて、今はまだ変態のうちにも入らないと思う。かわいいよ。孝介なんて、お前がオレに犯されてるのを想像して、腹を立てるのと同時に興奮してた。本当は、もっとお前に酷いこといっぱいしたいんだ。やさしくしたいのも嘘じゃないけど」
「…お前」
制止したいのに呼び名が分からず、孝介は口籠る。彼の影は「イザナギでいい」と名乗ると、宝物のように陽介の頬に口付けた。
「!」
「かわいい。陽介、かわいい。滅茶苦茶にしてやりたい」
 彼と同じ涼やかな声音で耳に吹き込まれ、陽介の背筋を悪寒ではないものがぞくりと這い上がった。追い打ちを掛けるように、彼の大きな手がゆっくりとシャツの隙間から侵入し、平らな腹に触れる。人ではないはずなのに、恋人と同じ体温に陽介は思わず声を漏らしてしまった。
「んっ…」
「っ、いい加減に、しろ!」
焦れたように叫んだ孝介がイザナギの手を撥ね退け、陽介の体を引き寄せる。ふわり、と彼のにおいと力強い腕が陽介を包んだ。イザナギは諦めたように、スサノオは呆れたように息を吐き、それ以上は手も口も出してはこなかった。陽介は恐る恐る顔を上げて孝介を見る。
 「こ、孝介。怒って、ねーの?」
孝介は珍しくあからさまな渋面で答える。
「…怒ってる。ものすごく。でも事故のようなものだから、後でイザナギがしたのと同じことさせてくれたら、許す」
「おおおおお同じことって!」
陽介はぶんぶんと首を横に振った。オーディエンスの前で公開セックスなど冗談ではない。しかし変な所で頑固な恋人は拒否権を与えてはくれなかった。
「じゃあ許さない。お仕置きのリクエストくらいは聞いてあげるけど、オレの気が済むまで付き合ってもらうからな。数日は学校に行けないと思えよ」
「やめて!目がちょう怖いんですけど!!つか、お前だって俺の影とナニしてたんだよ?!」
「…それは」
珍しく言葉に詰まった孝介に代わり、スサノオが意気揚々と口を開く。
「聞きてぇの?ショックで倒れちゃうかもよ?俺、お前の大切な大切な小西先輩の思い出の残るあの場所で、孝介とヤってたんだよ。いつも入れてもらえないくらい深い所まで掻き回されて、あいつの熱いのぶっかけられて」
「…!」
スサノオはキスしそうなほど陽介に顔を近付けて囁く。
「俺は、お前の、抑圧されてる心。孝介に犯されたいって欲望に、素直になっただけ。今夜は狂乱の夜、俺達は体が熱くって仕方ねーの。ま、こいつは俺がお前そのものじゃないからって頑なに挿入れてくんなかったけど。それに比べてお前はどうだ?孝介だったらなんでも受け入れちゃうワケ?」
スサノオの指がいやらしく頬を辿る。いくらもう一人の自分でも、心の内をここまで勝手に曝されては黙っていられなかった。陽介は半ば自棄になって叫ぶ。
「っ、そうだよ!悪ィかよ!だってあいつだって孝介だろ、全部じゃなくても孝介だろ!否定なんてできないし、俺を欲しがってくれてんなら、なんだってしてやりたいんだよ!!そんくらい好きなんだよッ」
 口に出した後、陽介は自分が下手な愛の告白よりも恥ずかしいことを口走ってしまったのに気付き、顔を真っ赤にした。穴があったら入りたい。はぁ、と吐息を感じちらりと視線を上げれば、孝介が片手で額を押さえて天を仰いでいた。
「な、何だよ」
「陽介、お前、かわいすぎる…」
腰に回されたもう片方の腕に力が込められた。かと思うと背中にも温もりを感じ、陽介は振り返る。視界に入ったのは銀糸で、イザナギが首筋に顔を埋めていた。
「たまに、心配になる。陽介はオレに対して寛容すぎ。嬉しいけど」
「お前の方が寛容だろ。オカン級」
「オレは狭量だよ。自分の影でも、陽介に手を出したことが許せないくらいの、ね」
 そう言うものの、孝介の声にも顔にも先程までの怒りは感じられなかった。メガネ越しにやさしい色をした銀灰の瞳と視線が絡み、陽介は気恥しさに横を向く。丁度反らした側にはスサノオがいて、彼は倦じ顔で三つ巴になった自分達を睨んでいた。
「なんなの、この暴露大会…」
「スサノオもこっちに来い。一緒に可愛がってあげるから」
真顔で手招きをするイザナギの手をぱしりと叩き落とし、スサノオは言う。
「つか、こんな所で悠長にしてる時間、ないと思うんですけど!イチャつくのは安全な場所に行ってからにしませんか」
四人の周りにはいつの間にか無数のシャドウが集まっていた。おぞましい血の色の空の下、辺りを染め上げるほどの漆黒の中で、赤い光が恒星のようにぎらついている。今まで襲いかかってこなかったのは、神の魂を持つ二人のペルソナの力が圧倒的だからだろうが、異形達はこちらに近付いてくるタイミングを今か今かと見計らっていた。「それもそうだな」とあっさり体を放したイザナギは、未だ抱き合ったままの陽介と孝介を一瞥すると、くるりと踵を返して歩き出す。
「陽介と孝介は生身だから前線には出ないように。行くぞ、スサノオ」
「へいへい。っていうか命令すんな。堂島家でいいんだよな?」
「ああ」
 イザナギが言霊を紡ぐだけで稲妻が降り注ぎ、シャドウを黒焦げにする。スサノオの腕の一振りで生まれた疾風が、テレビの中に捨てられた誰かの心の闇を千々に切り裂く。道を塞いでいた何体かを潰してやれば、シャドウ達はその殆どが蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。ごくたまに興奮のまま襲いかかって来るものもいたが、その全ては雷と風によって陽介達に触れることなく霧散する。
「へっ。手応えねーのばっか」
「油断するなよ。というか、いつまで拗ねてるんだ?オレは、お前も、好きだよ。お前だって陽介だから」
「っ、拗ねてません!いいから手と足動かせ!!」
 シャドウを散らしながらきゃあきゃあと異様な商店街を進む二つの背中を、陽介は不思議な気分で眺めていた。背格好は自分達と全く同じで、いつも仲間達はこれを見ているのかと思うと何だかくすぐったい気分になる。孝介も同じなのだろう、横を見れば自分と彼の従妹にだけだけに見せるやわらかな笑みを浮かべていた。
「俺達、あんな感じなんだな」
「ああ。…陽介、今回の月食ってどれくらい蝕の時間があるかって知ってる?」
急に真面目な顔になった相棒に、陽介は少しの不安を覚えながらも首を横に振る。
「?いんや、知らないけど。でもそんなに長くないだろ」
「ああ。オレも調べてなかったけど、普通の皆既月食なら1時間くらいで終わるはずなんだ。イザナギ達のおかげで当座の危険はないし、陽介にも会えたからこのまま元に戻るまでじっとしてればいいかと思ったんだけど、体感的にちょっと長すぎる気がする。何があるか分からないから、気を抜かないでくれ」
 テレビの中の狂宴は未だ収まる気配はない。空は滴り落ちそうなほど赤く、シャドウ達のけたたましい笑い声と興奮した息遣いに満ちている。テレビの中と現実世界の時の流れはずれているし、こちらでは時計も針を止めるため正確な時間は分からないが、言われてみれば外の世界ではとっくに月が明るさを取り戻しているような気がした。尤も、今の霧に包まれた稲羽では、月光が届くかも怪しいが。陽介は神妙に頷いた。
「ああ。気ィ引き締めるわ」
 「!やべっ…!」
警告を促しあったそばから、スサノオの焦った声が聞こえた。見ればすぐ目の前にあった家屋が崩れ、エーテルの波が四人を呑み込もうとしているところだった。突然のことに動けずにいる陽介にはスサノオが、孝介にはイザナギが飛び掛かり、それぞれ左右に割れる。間一髪で高エネルギーの奔流が今さっきまでいた地面に叩き付けられる。見る見るうちに流れは太く、激しくなり、向こう側の様子を伺い知ることもできない。
「孝介、イザナギ!」
呼びかけるが、辺りのざわめきに掻き消されて陽介の声は届かない。もう一度と大きく肺を膨らませたところで、スサノオに腕を引っ張られ、陽介は息を止めた。
「やめとけ。それよりここから離れるぞ。場がすげー不安定になってきた」
「でも」
言い募ろうとする陽介に、スサノオは冷静に言う。
「目的地は一緒だ、向こうで会えんだろ。ここらへんだと俺にもイザナギにも敵う奴なんてそうそういねーから、心配するだけ無駄だぜ」
「…お前、俺のくせに、なんだか格好いいのな…」
思ったことを素直に口にすると、スサノオは当然とばかりに勝気な笑みを見せた。
「まー俺、デキる子ですから?…っと、言ってる傍から」
 スサノオの舌打ちと同時に、二人のすぐ横の地面がなくなった。陥没でも粉砕でもなく、突如として生まれた虚無に飲み込まれたのだ。ぽっかりと空いた底無しの穴に陽介は見覚えがあった。孝介との関係を変えた事件の始め、不良達に襲われて一人でテレビの中に落ちた時、こちらの鮫川河川敷で嫌というほど見たものだ。溢れ出す負のオーラに肌が粟立つ。
「走るぞ!」
手を掴んだままスサノオが走り出し、引っ張られるようにして陽介も駆け出した。まるで二人の行く手を阻むように、ぼこぼことアスファルトが虫食いになってゆく。暗い穴の奥からはうぞうぞと無数のシャドウが這い出てきて、けたたましく産声を上げていた。つられたようにあちこちで咆哮が上がる。
「ジャマ、すんなッ!」
前方に立ちふさがる異形の群れを、スサノオが風で押し流す。けれどもシャドウは後から後から湧いてくるためきりがない。何もできない陽介は、せめて足手纏いにならないよう必死に走ったが、空気に溶けたエネルギーが重すぎて上手く呼吸ができず、足が縺れてしまった。
(やべっ…!)
 その瞬間、陽介の足元がなくなった。事実を認識するよりも先に、陽介の体は重力に従って落下を始める。
「!こんの、アホっ!!」
握り締めていたはずのスサノオの手は反射的に放してしまった。渦巻く狂気に絡め取られ、赤い空を背景に怒鳴る自分の顔を最後に、陽介の意識はぷつりと途絶えた。




**********




 ドサッ。
 重い砂袋を地面に落とした時のような音がした。連動するように体中に衝撃がはしり、陽介は打ち据えられたのが自分であることを理解する。
「いっ…!!!」
激痛に涙を滲ませ悶えながら、陽介は痛みが引くのを待った。やがて何とか体を起こせるくらいにまで回復すると、まだじんじんと痺れる腕を苦労して動かし、体中に触れる。頭、肩、二の腕、腹、腰、足――目視でも確認をしたが、大きな怪我はなく、動かない場所もなかった。戦闘で鍛えた賜物か、無意識のうちに受け身を取ったようだった。
 幸いにして落とすことも壊れることもなかったメガネを掛け直し、陽介は立ち上がる。その場で数歩足踏みをしてみると、打撲の鈍痛があるものの歩けないことはなさそうだ。腰に手をやれば愛刀やアイテムの類もある。少しだけ体の力を抜いて、陽介はぐるりと首を巡らせた。
 視界に入る景色には見覚えがあった。空は相変わらずの血濡れた色だが、崩壊した建物に、あちこちに張り巡らされた関係者以外立ち入り禁止のテープ。靴の裏に感じるのは踏み慣れたアスファルト。つい数時間前まで探索をしていた禍津稲羽市だ。何故商店街の穴に落ちたら禍津稲羽市に辿り着くのかは分からないが、覚えのある場所だったことに陽介は安堵した。ダンジョンの入り口まで戻れれば帰り道も分かる。
「……戻れん、のか?」
探索の際は必ずりせのナビゲーションがあり、彼女の声に従って進めば一度通った道なら間違えることはなかった。だが今は陽介一人で、ペルソナもいない。現在地も分からない。いくら狂乱の夜で敵の集中力が欠けているとはいえ、四人がかりでも手こずっている禍津稲羽市のシャドウ相手に、陽介は心の鎧もなく、物理攻撃だけで挑まなければならないのだ。陽介はポケットからカエレールを取り出した。過去の反省からパーティメンバーは必ずカエレールを携帯している。しかし祈りも空しく、トラエストの力を封じた小さな玉は輝きもしなかった。
 ――ウオォオオオォ…
すぐ傍で聞こえたシャドウの雄叫びに、陽介はびくりと体を跳ねさせた。戦闘になったら勝ち目はない。敵に見つかったら終わりだ。つい先日、この場所で、足立の持ちかけて来たふざけたゲームに何度もペナルティを食らったことを思い出し、陽介はくつりと笑った。
(やるっきゃ、ねーだろ)
 意識を研ぎ澄まし、敵の気配を探る。スサノオは剥離しているが、戦いを繰り返すことによって培われた勘と経験は彼自身のものだ。陽介はできる限り足音と殺し、体を隠せる場所を確保しつつ、慎重に歩き出す。とにかく上へ進めばいい。翻弄のアブルリーの群れを瓦礫の影に身を潜めてやり過ごし、移り気のパピヨンの羽が見えた瞬間に全力で走り、不屈のギガスの笑い声がすぐ横で聞こえた時には心臓が止まる思いをした。ギガスの筋肉質な背中を見送りながら、陽介はずるずるとへたり込む。
(やべー、しんどいぞ、コレ)
 汗がぽたりと額から落ちた。メガネがあるとはいえ、ペルソナのない状態でこれほどの長時間テレビの中にいたことはない。加えて敵に見つからないよう常に緊張しながら禍津中を出口を求めて歩き回り、陽介の疲労は限界に達していた。いかにペルソナが自分を守ってくれていたかを痛感する。
 月食が始まってからかなり経った気がするのに、スサノオが戻って来る気配はない。いっそこのまま動かず、スサノオと再びひとつになるのを待った方がいいのではないかと思い始めた時、陽介の視界の端に猛禽類の羽が映った。ジュピターイーグルだ。慌てて腰を上げ逃げ場を探すが、魔の悪いことに通り過ぎたはずのギガスが折り返してこちらに戻って来るのが見えた。陽介は冷や汗を流しながら懸命に辺りを見回す。
(!あそこなら…!)
ほぼ正面、十数歩の距離に、うっすとら隙間の開いた扉があった。陽介は姿勢を低くし、全力で扉まで掛ける。ドアノブに手を掛け、体を滑り込ませるたった数秒が何十分にも感じた。可能な限り素早く、けれども音を経てないようにドアを閉め、陽介は数歩後ろへ下がる。武器を構えて警戒するが、しばらく経っても扉が破られることはなかった。やりすごせたようだった。
 その場に崩れ落ちてしまいたい衝動を何とか堪え、陽介は体を反転させて室内を見渡す。そこは思ったよりも小奇麗な部屋だった。1DKの間取り、台所には小さな冷蔵庫と電子レンジ。流しに適度に溜まった洗い物と、棚の上に適度に詰まれた食料品。形も彩りもばらばらな一人分の食器。飾り気はなく、明らかに男の一人暮らしだ。安全そうならしばらくここで休ませてもらおうと、陽介は武器を手にしたまま奥へと進む。キッチンと部屋の間に仕切りはない。急に開けた視野の中、陽介は信じられないものを見た。
 部屋の角に置かれた、そこそこ大きなテレビとパソコン。大きくない箪笥に入りきらないのか、適当に脱ぎ散らされた服。中央に鎮座するローテーブル。そして、部屋の隅に寄せられたシンプルなベッドの上には、人影があった。
 電気も点けていない、否、電気などないのに、部屋の中はうっすらと明るかった。だから陽介にはそれが誰なのかはっきりと分かった。ややくたびれた青いスーツに、反対色の赤いネクタイ、寝癖のような髪型をした大人の男を陽介は一人しか知らない。
「………足立、さん?」




NEXT

PR

comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]