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きらきらと・1

※加筆修正版
完二が主役の話です。と言いつつもりせが出番多めです。

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 曇りガラスの挟まれた引き戸から差し込む光はオレンジ色で、日が暮れ始めたことを教えてくれる。用事で出ている母親の代わりに店番を務めていた――とはいっても座っているだけだ。馴染みの取引先のおかげで成り立っている商売なので、飛び込みの客など滅多にはこない――完二は、作りかけの編みぐるみを籠に戻して店仕舞いの準備を始めた。八十稲羽はまだ冬から抜け出せず、店内に置かれたストーブの上ではやかんがしゅんしゅんと音を立てている。
 コート代わりに半纏を羽織り、看板を仕舞うために外に出ると、手に小さなビニール袋をぶら下げたりせが歩いてくるのが見えた。目が合った彼女は勢いよく手を振ってくるので、柄ではないと思いつつ完二も振り返してやる。でないとすぐ拗ねるからだ。
「よぉ」
「アンタ、その格好…。ま、いっか。これ、今日は珍しく余っちゃったから、お裾分け」
 昔ながらの製法を守り続けているマル九の豆腐は人気が高く、夕方には売り切れてしまうことが多い。聞くところによると、ジュネスがオープンした当初こそ売り上げが落ちたものの、今では殆ど影響を受けていないという。
 小さい頃からマル九の豆腐しか食べたことのない完二からすれば、ジュネスで売っている充填豆腐など不味くて食べられたものではない。手渡された白くて含水量の多い食べ物が大嫌いな先輩の一人を思い出し、完二は内心で苦笑した。
 (あのヒト、絶対食わず嫌い嫌だよな。一度食ってみりゃいいのに)
「花村先輩、豆腐嫌いなのって絶対食わず嫌いだよね。今度月森先輩に頼んで無理矢理にでも食べさせてみようかな」
りせが自分と同じことを考えていたのがおかしくて、完二は今度こそ顔に出して笑った。
「全くだぜ。あ、そういやオメーがこの間欲ほしーって言ってたウサギのあみぐるみ、できたぞ。持ってけや」
「ホント?! 見せて見せて!」
 少女は遠慮なしに引き戸を開け、巽屋の中へ入ってゆく。上がりの上に置かれた籠、その中に可愛らしく鎮座している掌サイズのあみぐるみを手に降り、彼女は嬉しそうに笑った。
「カワイイ! あんた、本っ当に器用よね。…ありがと!」
完二は照れくささを隠すために視線を外し、ぶっきらぼうに言う。
「べ、別に、暇つぶしだからよ。…暇なら茶でも飲んでくか」
「うん! キャラメルラテがいい」
「へいへい」
 少しは遠慮しろよ、と思ったが、りせの我儘は今に始まったことではない。それに、彼女が甘える相手を選んでいることくらい完二にも分かる。奔放に見えても実は周りをよく見ていて、周囲に合わせて振る舞いを変える。久慈川りせはそれができる人間なのだ。
(すげーな、ゲーノージンってやつはよ)
 以前の自分ならば、虚構に塗れ、テレビや雑誌の中でしかお目に掛らない人間になど興味がなかったし、何らかの感情を抱くとしたら嫌悪感くらいだったが、りせと出会ってから見方が変わった。
 アイドルとし人気を博し、何の苦労もしていないように見えた「りせちー」は、自分と同じ高校生でしかなく、様々な葛藤を抱えていた。それでも彼女は華奢な足で地面を踏み締め、背筋を伸ばして立っている。そんな彼女を、彼女がいた世界の人間を、先入観だけで判断するのは失礼だと思うようになったのだ。
(ま、ここにいるアイツは、ただの豆腐屋の孫娘だけどな)
そして、特別捜査隊の頼れる仲間で、よき友人でもあった。二年生はやはり「先輩」で、甘やかしてくれる部分がある。彼らに比べて戦う力が劣っているとは考えないが、精神面では高校生の一歳差は大きい。同じ目線で物事を捉え、時には意見をくれるりせや直斗を、完二は対等な友達の位置に置いていた。恥ずかしいので口に出したりはしないが。
 奥に引っ込み――店と住居は繋がっている――すっかりりせ専用になってしまった暖色のマグカップにキャラメルラテを作ってやる。ついでに自分にも同じものを用意して戻ると、りせは陳列された反物を眺めていた。
 彼女の視線の先を追い、完二はああ、と頷く。巽矢は主に藍染を扱っているため青い色が多いが、りせが立っている棚にある生地は、光沢のある赤だった。鮮やかだが決して華美ではない、朱に近いあたたかな赤は目を惹く。
 「お前、意外と目敏いな。それは結構有名な染物作家の正絹だぜ。いい色してんだろ」
 声を掛けると、りせはくるりと振り向いた。トレードマークのツインテールが揺れる。何気ない仕草ひとつでも目を引く彼女は、認めざるを得ないが可愛い。もっとも、強かな内面も熟知しているため、恋や愛に発展することはまず無いが。
 上がりに座って熱い液体を啜っていると、りせも横に腰を下ろしてカップを手に取る。ふうふうと息を吹きかけ、少しずつ中身を飲む友人を、完二は無言で見守っていた。
 「ねぇ、完二。着物の布で洋服って作れるの?」
ぽつり、と尋ねられ、完二は頷く。
「当たり前だろ、布には違いねぇ。けど、洋服の生地に比べて幅が狭いからよ、どうしても多く接がなきゃいけねーから、モノによっては合わないモンもある。何かリメイクして欲しいモンでもあるのか? オフクロに頼めばやってくれるぜ?」
 先程の彼女の眼差しはとても真摯だった。りせは年頃の女の子らしく綺麗なものや可愛いものが大好きだが、今まで巽屋に何回も足を踏み入れているにも関わらず、染物に興味を示したことは殆どない。祖母から着物でも譲り受けたのかと推察したのだが、りせはぷるぷると頭を振る。そして、またあの赤い反物に目をやった。
 「…あれ、いくら?」
完二はぱちり、と目を瞬かせた。いつもの気紛れかと思ったが、茶化してよい雰囲気ではなかったので、素直に額を口にする。芸能界での報酬を貯蓄しているなら払えなくはないだろうが、そこいらの女子高生がおいそれとは出せない値段だ。第一、反物だけを買っても仕方がない。着物でも作るつもりなのだろうか。
 疑問が顔に出ていたのだろう、りせは少し迷う素振りを見せた後、小さな声で告げた。
「完二、あのね。私、春からまた、「りせちー」に戻ることにしたの」
 完二は少し考えた後、そうか、とだけ呟いた。我ながら言葉が足りないと自覚しているが、がんばれ、というのも違うし、おめでとう、というのも適切ではないと思ったのだ。
 りせが芸能人としての自分と、一人の人間としての自分の狭間で迷っていたことを、完二は知っている。彼女の心の闇も見た。延々と愚痴を聞かされたことも、目の前でみっともなく取り乱し、泣かれたこともある。仲間として心配し、諫めもした。だからこそ、適当な相槌で彼女の決断に水を差したりはしたくなかったのだ。りせは分かっているとばかりに笑う。
 「でね。私、新曲引っ提げて復活するんだ! 私のために曲を書いてくれた人がいたの。すごい素敵な曲で、なんていうか…一年前の私に聞かせてやりたいような、そんな歌。レコーディングにはまだ入ってないんだけど、PV用に衣装とかのイメージを考えといてって言われて…ぱっと頭に浮かんだ色が、赤だったの。真っ赤じゃなくて、朱色がかった少しやさしい赤」
 生き生きと語るりせは、その小さく細い体から溌剌としたオーラを発している。人並み以上に整った可愛らしい顔、女の子そのものの声と仕草、だが彼女はただ可愛いだけではない。外見だけの芸能人とは違う強さがある。
 そう遠くない未来に久慈川りせはトップアイドルになるだろうと、完二は当然のように確信していた。例え今は、八十稲羽の豆腐屋を手伝う孫娘だったとしても。
 完二はラテを一口飲んでから言う。
「本気で買う気があんなら、取り置きしとくぞ。多分、アレは売れちまうだろうから」
彼女は逡巡の後、力なく首を横に振った。
「ありがと。でも、いいや。今の私じゃ手が届かないってことは、無理しちゃいけないってことなんだと思う。…いつかは、衣装だってなんだって、自分の思う通りにできるようになってみせるけどね!」
 それから他愛もない話を少しして、りせは祖母が心配するからと帰って行った。雪が降りそうな二月のある日のことだった。




**********




 季節はやがて春になり、要の人との別れがあった。
 次に八十稲羽を離れることが決まったのは、りせだった。とは言っても彼女は引っ越してしまう訳ではなく、活動が軌道に乗るまで最初の一か月ほどだけ東京に詰めるのだという。その後は上手くスケジュールを調整してあちらとこちらを行き来し、できれば皆と一緒に八十神高校を卒業したいのだと笑っていた。
 束の間の別れだからと本人が見送りを辞したのに、駅には不在のリーダー以外の特別捜査隊全員が揃っていた。りせの目が潤んでいたのに気付かなかったふりをして、完二は持ってきた紙袋をりせに押し付ける。
「ほらよ、餞別だ」
「? ナニ、開けてもいい?」
 りせは止める間もなく封を開ける。中を覗き込んだ彼女は、目を見開いて硬直した。その只事ではない様子に直斗が心配そうに声を掛ける。
「久慈川さん、どうしたんですか」
「……………これ……」
 りせは丁重すぎるほどゆっくりと、慎重に中身を取り出した。現れたのはあの赤い正絹で作られた、ホルターネックのドレスだった。
 裾は膝丈でアシメトリーになっており、絶妙な位置に金糸の模様が入っている。日の光を受けてきらきらしく光る朱、それはまさにりせの理想をそのまま形にしたようなドレスだった。完二はぶっきらぼうに言い放つ。
「その反物、売れたはいいけどオーダーが洋服にして欲しいって言う変わった客でさ。余ったから貰ったんだよ」
 布が余ったのは事実だった。ただし完二は母親に相応の額を小遣いと、足りない分は出世払いで支払っている。息子のことなどお見通しの母は、何だかんだと茶化しながら制作を手伝ってくれた。痛い出費だが、離れた場所で独り奮闘しなければならない友へのエールだと思えば胸を張れる。彼女に対して恋愛感情はないが、一番近くにいた仲間としてできる限りのことをしてやりたかったのだ。
 皆は感嘆の息を吐きながら、りせを囲んで綺羅を眺める。
「へー、キレイだな。でも完二、りせのサイズとか好みのデザインとか知ってたんだ?」
 相変わらず喋らなければモデル顔負けの美男子なのに、中身が外見を裏切っている陽介がにやにやと笑う。完二は顔を真っ赤にして即座に弁明した。
「ちがっ、コイツがうちに来ちゃあ、PVの服のイメージが決まらないとかなんとか言って愚痴ってきて、考えるのに付き合わされたんだよ!!」
「まぁまぁ、照れなくていいって。…お、そろそろ時間だぞ。ほら、りせ、しまえ。電車出ちまう」
 まだ夢見心地でドレスを見つめ続けているりせの肩を叩き、陽介は出発を促した。少し前なら彼ではなく孝介が注意しただろう。しかし彼はもういない。決して出しゃばることも、気負いすぎている訳でもないが、陽介はこうして彼なりのやりかたで、孝介がしていたように皆をまとめてくれている。
 リーダーがいなくても、誰かが離れてしまっても、あの一年の記憶は消えないし、特別捜査隊はなくならない。絆は切れない。微笑む皆に背中を押され、りせはあの日の孝介と同じように特急に飛び乗った。ぷしゅう、と気の抜けた音がして扉が閉まる。
 「がんばれよー!」
「僕も向こうに行く予定があるので、もしかしたら会えるかもしれませんね。連絡します」
「テレビ、見るからね! 録画もしちゃう!」
「がんばって! りせちゃんなら大丈夫だよ!」
「クマ、ずっとリセチャンのファンクマよ! 応援してるクマっ」
 完二も何か言おうとしたが、滲んだ涙で瞳を揺らす友人に立向ける言葉が見付からない。結局、何も告げられないまま、りせを乗せた電車は走り去ってしまった。だから心の中でエールを送った。
(がんばってこいよ。オレらはこっちで、見てっからな)
 旅立つ者の背中を押すように、山間からまだ冷たさの残る風が吹く。どこからか流れてきた梅の花弁と共に、別れのにおいがふわりと香った。




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