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「The Penultimate Truth」サンプル②

いろいろ抜粋です。

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 ステージ上に渦巻いていた狂気が霧散する。つい先程まで異形がいたはずの場所には早紀が佇んでおり、彼女の目は人の持ち得ない黄金だった。陽介は険しい顔をしているもの、特に動揺は見られない。
 孝介は壇上から飛び下り、まだ気を失っている早紀の元へと歩み寄る。軽く頬を叩き、覚醒を促せば、彼女の瞼がうっすらと開いた。
「……私…?」
「小西先輩!」
ナイトの役は陽介に譲ってやり、二人を影の前まで連れてゆく。クマも後ろから着いてきた。おずおずともう一人の自分に向き合った早紀は、何か言おうとしては口を開き、噤むのを繰り返しす。そんな彼女の様子に、影の方が焦れたように問い掛けた。
『また、否定するの?』
「………だって、そう簡単に、認められるわけないじゃない…! あれが私だなんて、あんな醜い、酷いこと考えてるなんて!!」
いやいやと頭を振る早紀のスカートの裾をクマが引っ張る。彼はその大きな瞳で早紀を見上げ、言った。
「クマ達、途中から来たから、影が何を言ったのか知らないけど。あれは元々、おねーさんの中にいたものクマ。認めてあげなかったら、帰る場所がなくなって、さっきみたいに暴走するしかないクマよ」
「……」
 涙を滲ませた早紀は黙り込んでしまう。孝介はひとつ息を吐き、意を決して語った。
「小西先輩。オレが偉そうなこと言える立場じゃないですけど、言わせてください。誰にだって醜い部分はあります。できるなら楽に生きたいし、いい奴だと思われたいし、傷付きたくない。他者より優位に立ちたい、自分の思う通りに事を運びたい。でも、それだけじゃないはずです。誰かのために何かをしようとしてあげる、綺麗な気持ちだって確かにある。心の奥に打算があったとしても、あなたの言動で助けられた人がいるはずだ。悪いところが全てじゃない、良いところもひっくるめて、先輩なんです。少なくとも」
孝介は黙って成り行きを見守っている陽介にちらりと視線をやり、微笑んだ。
「花村は、そんな先輩に救われてるみたいですし。…ここに来るまでに、町の人達が二人に言った言葉が聞こえました。あれだけのことを言われて、それでも花村が懐くくらいやさしくできるのなら、先輩は大したものですよ」
「懐くって…月森、お前ね」
不本意そうな陽介を笑顔で黙らせ、孝介は告げる。
「勇気を出して、認めてください」
 我ながら陳腐な台詞だと孝介は自嘲する。それでも、口を挟まずにはいられなかった。早紀の顔に狼狽、羞恥、憤慨が去就し、最後にふっと穏やかな表情になる。彼女は長い髪を邪魔そうに掻き上げ、苦笑いを浮かべた。
「年下の男の子に諭されるなんてね。参っちゃう」




**********




 「夢の中まで、助けに行けたらいいのに」
本心を呟けば、陽介が呆れたように息を吐く。
「お前、ほんっと、俺に甘いよな」
「言っただろ、特別だって。花村が強いっていうのは知ってるけど、大切だから、守りたいんだ」
「…嬉しいんだけどさ、何か口説かれてる気分。これも月森マジックか」
照れているらしく、髪の隙間からから覗く彼の項はうっすらと朱に染まっている。孝介は覚悟を決め、己の想いを吐露した。
「そう取ってもらっても、構わない」
 ひゅ、と陽介が息を呑んだ。空気が凍り、エアコンの駆動音が五月蝿く感じられるほどに部屋は静まり返った。
「………………えっと、お前、ホモだったの?」
沈黙を破ったのは陽介だった。孝介は拘束を解き、彼から離れて諸手を挙げる。
「違う。オレは普通に女子が好きだ。お前意外の男に、生まれてこの方懸想したことなんてない」
懸想、の語義が分からなかったらしく首を傾げている親友に、孝介は意味を教えてやった。途端、彼は持ち前の素早さを生かして瞬時に後ずさる。露骨な拒絶に孝介は眉を潜めた。
「え、えええ、ちょ、待」
「安心しろ、嫌がってるうちは何もしない。前に話した好きな人はお前だよ、花村。守りたい人は沢山いるけど、一番はお前なんだ」
 陽介は口を金魚のようにぱくぱくさせている。孝介は早くも想いを告げたのを後悔した。スマートさも策略もない、ただ自分の抑えきれない感情をぶつけただけだ。早紀を亡くした心の隙間に付け入り、泣き落としのような形で交際を承諾させた一度目の方がまだましだった気がする。
 孝介は悔恨を抱え、寝返りを打って陽介に背中を向けた。
「迷惑だったら忘れてくれ。お前が普通に接してくれるなら、オレも今まで通りにするから。いきなり変なこと言ってごめん、おやすみ」
「っ、おい! 待てよ!!」
肩を掴まれ揺さぶられたが、孝介は意地でも振り向かなかった。
「傷心中です。今夜はもうハート的に無理。放っておいてください」
「お前なぁ」
 それから暫く無言の攻防が続く。やがて痺れを切らした陽介が、孝介の包まっていたタオルケットを剥ぎ、上に馬乗りになってきた。強制的に面を暴かれ孝介は眉根を寄せる。
「どいてくれ。犯すぞ」
「できないくせに。お前、嘘吐かないもん」




**********




「そういえば、月森くんはもう、私のこと苦手じゃないの?」
「っ!」
思わず叫びそうになった。様々な事情があったとはいえ、子供じみた当て付けをして彼女を避けていた事実を思い出すと、羞恥で消えてしまいたくなる。もう彼女にイザナミが化けているなどという馬鹿げた考えも持っていない。夏のせいでも、夕焼けのせいでもなく顔が真っ赤になった。
口元を抑えて狼狽する孝介とは対照的に、早紀は余裕の表情だ。何を言っても彼女には勝てない。孝介は大人しく頭を下げた。
「その節は、お詫びのしようもありません。申し訳ありませんでした。あと、ありがとうございました」
「もういいよ。キミって、意外とカワイイとこあるよね。その後、花ちゃんとはどう?」
「…ノーコメントです」
早紀は人の悪い笑みを浮かべている。いくら頼りになる先輩でも、道理を外れた恋路ばかりは明かす気にはなれない。引き際を心得ている彼女はそれ以上は言及しなかった。また甘やかしてもらったのが分かった。
(敵わないな)
 ひとつ大きく伸びをした早紀は、凪いだ声で紡ぐ。
「私、時々、自分がこうしてみんなと笑っていられるのが、すごく不思議になるの。幸せで、ホントにここにいていいのかなって思っちゃう」
さわり、と前方から吹いてきた風が彼女の髪を揺らした。銅色の光の中で佇む早紀は大人びていて、綺麗だった。
 彼女を取り巻く環境は、陽介と同じか、もしかしたらそれ以上に過酷だ。商店街をバッシングする者は殆どいないが、ジュネスでのアルバイトを続けているコニシ酒店の長女は快く思われていないようで、親切を装った度のすぎるお節介で、彼女が度々傷付いているというのを尚紀からそれとなく聞いていた。加えて、元々ジュネスを快く思っていなかった早紀の父親は、今では彼女を完璧に無視しているという。気の弱い母親は養育放棄こそしないものの夫に追従する形を取っており、早紀は一番安心できるはずの家の中ですら安らげない。
 それでも、彼女は今を幸せだと言う。強い女性だ。陽介が惚れたのも頷ける。孝介は敬意を込めて返した。
「先輩が勝ち取った居場所です。でも、あまり無理はしないでください」
同情は彼女を傷付ける。それでも、仲間として案じているのだと伝えたかった。早紀はいたずらっぽく微笑んだ。
「不思議だね。キミは、色々なことを、ぜーんぶ知ってるみたい」
 彼女の言葉には、四月からの出来事全てが包括されているのに孝介は気付いていた。彼女から見れば、孝介の言動は全て、事件を先回りしているように映るのだろう。だが、既にストーリーは孝介の知る一度目とは大きく変わってきている。自分の知る通りの展開になるとは限らない。
「知ってはいません。分からないことだらけです」
「そう」
それきり彼女は何も言わない。また甘やかされている。心の箍が緩み、孝介は罪滅ぼしのつもりで少しだけ真実の欠片を明かした。
 「独り言だと思って聞いてください。オレ、夢を見てたんです。長い長い夢」
色素の薄い瞳が向けられる。あえて見詰め返さず、前を歩く仲間達の背中を眺めながら孝介は続けた。




**********




「おっと、警察批判かい? 手厳しいな。ま、その通りだから仕方ないけどね。そう、人は目を見開いていても、見たいものしか見ようとしないし、見えたものは自分の見たかったように捻じ曲げて解釈する。都合がいいよね。彼らには事実なんて関係ないんだ。ただ自分の望む答えが欲しいだけ」
 ぬるくなったコーヒーを男は不味そうに啜る。孝介はテーブルの下で拳をきつく握り、込み上げてくる怒りを抑え込むので精一杯だった。足立は孝介の手が震えているのには気付かないで続ける。
「そんな勝手な社会だとさ。本当のことに意味なんかあるのか、って思っちゃわない? どんなにがんばって事実を解明したって、誰にも求められてないんだもん。だったら最初っから――」
そこまで言った所で足立は言葉を止めた。流石に喋りすぎたと思ったらしい。彼はひとつ息を吐き、孝介の目を見る。
 「もし、だよ。世界を霧に包む力があったら、見たいものしか見えないようにすることができたら、キミはどうする?」
孝介は声が震えないよう腹に力を込め、きっぱりと言い放った。
「そんな力、要りません。霧があったら真実が見えない。オレは本当のことを自分の目と耳で知って、それから自分の頭で考えて、言動を決めます。自分を騙したって空しいだけだ」
「…つまんないの。もしもの話だって言ったじゃないか」
 興覚めしたように足立はコーヒーを呑み干し、立ち上がった。
「来て貰っておいて悪いけど、これからちょっと出かける予定なんだ。折角のオフだしね。キミも友達の所に行く途中だったんだろ? ごめんね、長話に付き合わせちゃって」
言外に出て行けと言われ、孝介は素直に立ち上がる。そして視線を合わせ、直球に尋ねた。
 「足立さん、教えてください。山野アナと小西先輩を殺したのは、あなたですか?」
足立はぱちり、と目を瞬かせた後、腹を抱えて笑いだした。
「ちょ、キミ、いきなり何言ってんの?! 頭大丈夫?」
明らかに馬鹿にした態度に腹が立ったが、煽られたら負けだ。孝介は再度問う。
「質問を変えます。山野真由美と小西早紀、花村陽介、白鐘直斗をテレビの中に突き落としたのは、あなたですか。生田目太郎を唆し、マヨナカテレビに映った者をテレビの中に入れるよう示唆したのは、あなたですか」
 ぴたり、と笑いが止んだ。のろのろと上半身を起こした足立は、先程まではなかったシニカルな笑みを刷いている。
「色々嗅ぎ回ってるみたいだね、『特別捜査隊』のリーダーさん。でも、駆け引きするにはまだ早かったんじゃないの?」
「生憎と、手持ちのカードが乏しいので、賭けに出ざるをえなかったんです。答えてください」
銀灰と黒の視線が激しくぶつかる。暫く無言の対峙が続いたが、先に逸らしたのは足立だった。彼は肩を竦めて言う。
 「キミも可哀想だね。なーんにも知らないんだ」




**********



イザナギは大袈裟に溜息を吐いた後、ふわり、と微笑んだ。
「合格だ。お前が往くならば、オレ達も最後まで共に在ろう。我は汝、だからな」
 彼の体が黄金色の光に変わってゆく。薄くなった指先が優雅に空を掻くと、イザナギの足元から輝く帯が外へ向かって一直線に伸び出した。にやり、ともう一人の自分は口の端を吊り上げる。我ながら悪い顔だ。
「お帰りはあちらだ。せいぜい皆に叱ってもらえ」
「イザナギ…ありがとう」
彼は燐光となって孝介の中に戻った。心の奥に確かな力強さを感じた。
 「――さて、行くか」
イザナギの残してくれた導を踏み締め、玄関へと向かう。引き戸を開け放つと、そこは見知らぬ荒野だった。赤茶けた不毛の大地に堂島家だけがぽつりと建っている。周りには他に何もない。光の道はまっすぐ、正面へと続いている。
 孝介は確かな足取りで歩き出す。陽介とクマを軽率だと叱った自分が、彼ら以上に無茶をしようとしているのが可笑しかった。千里眼を持たない己が、たった一人で霧の海を渡るのは無謀だと理解している。それでも大人しく待っていたくない。大切な者達が今この瞬間も傷付いているのに、じっとしてなどいられない。
 蠢く異形の影をできる限り避けながら、ひたすらに荒れ野を歩き続ける。襲いかかって来たシャドウをペルソナの力で退け、時には素手で殴り付けたりもした。汗と、タールのような化け物の体液で体中がぐちゃぐちゃだ。三回目の戦闘まではエンカウントを数えていたが、最後に破裂したアブルリーの体液を頭から被った後からどうでもよくなってしまった。
 (寒いし、疲れたし、腹は減ったし、喉は乾くし。最悪だ)
いくら倒しても、シャドウは次から次へと湧いてくる。歯が立たないほどの強敵には出食わしていないが、あっさり逃がしてくれるほど弱くもない。もう何時間経っているのか分からない。
もしかしたら堂島家を出てからそれほど経過していないのかもしれないが、マーブル模様の空と滞留する狂気に感覚が狂わされている。眼鏡がなかったら発狂していたかもしれない。
 「っ、痛!」
パピヨンの放った矢が二の腕に突き刺さった。すぐにでも抜きたいのを堪え、孝介は右足を振り上げ、体重を載せて敵の脳天に落とす。踵から伝わってくる肉と骨を打つ感触が不愉快だったが、悲しいことに慣れてしまった。絶叫と共にシャドウが霧散する。仲間の断末魔を聞き付けた影達が集まってこないうちに、孝介は走ってその場を離れた。
 暫くして岩場を見つけ、周りに化け物の気配がないのを確認してから座り込む。歯を食いしばって深々と肉に食い込んだ矢を引き抜くと、勢いよく血が溢れ出した。
 回復の術を使おうにも、もう精神力が殆ど残っていない。無事な方の手でポケットをまさぐるが、出てきたのは軟膏とハンカチだけだった。
仕方なしに薬を塗り、口も使ってハンカチで傷口を縛る。術と違ってすぐには欠けた肉が戻らず、白かった布地がじわじわと赤く染まっていった。背筋がぞくぞくした。男は血に弱いと言うが、孝介もその一般論に当てはまる一人だ。気絶したりはしないが、気を失いたくはなる。
(女の人は強いっていうけど、確かに結構平気なんだよな。天城とかは、ものすごい出血してても冷静に傷口を確かめて回復してくれるし。そういや、陽介と完二もダメだったっけ)
 先日、千枝の負った派手な怪我を見た親友と後輩が貧血を起こしかけたのを思い出し、孝介はくすりと笑った。見た目ほど深い傷ではなかったらしく本人と女性陣はけろりとしていたが、孝介を始め男連中はひどく狼狽したものだ。
 なかなか収まらない息の下、孝介は少しだけ目を閉じる。射られた箇所がじくじく痛み、寒気を感じるのにそこだけが炎のように熱かった。今すぐ寝てしまいたいほど猛烈に疲れているが、おかげで眠らずに済む。
(皆、どうしてるかな。無事かな。ちゃんと菜々子を、守ってくれてるかな)
こちらは一人だが、向こうには七人いる。誰かが怪我を負えばすぐに癒しの光が注がれるし、倒れても引っ張り起こしてくれる手がある。挫けた時には励まし合い、迷った時には背中を押してくれる。だが、ここには誰もいない。孝介だけだ。
「一人、って、寂しいもんだな」

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