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「カミサマのいない神の庭」サンプル③

サンプルその3です。書きたかったシーン詰め合わせです。

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 「――皆、ちょっと聞いてくれ」
会話の切れ目を狙って、陽介が声を上げる。よく通る彼の声には硬質な響きがあって、場違いなほどの真摯さに皆は動きを止めて参謀を見た。集まった視線に気圧されることもなく、陽介はゆっくりと、しかし、確かな決意を秘めて言う。

 「俺、特捜、抜けるわ」

 「……せんぱい?」
りせが耳を疑うとばかりに聞き返す。完二は訝しみも露わに声を荒げた。
「はぁ?何言ってんだよアンタ」
それに答えず立ち上がった陽介は、体を庇いながら壁際に置かれた大型テレビへ向かう。彼は、す、と腕を上げ、テレビ画面に――触れた。沈み込まない包帯が巻かれた手に、事態を真っ先に理解して声を上げたのは直斗だった。
「っ、花村先輩?!」
 テレビの中に入れるのはペルソナ能力者だけだ。ペルソナを持たない者は、ペルソナを持つ者に連れられない限り、あの霧の世界には入れない。陽介はつい先日まで、当たり前のようにテレビに出入りしていた。その彼がテレビに入れなくなったということは、心の鎧の消失を意味する。陽介はテレビから手を離し、泣き笑いの表情で言う。
「そ。俺、ペルソナ、失くしちまったみたいなんだ」
直斗は無言でテレビに近付き、先程の陽介と同じように画面に触った。ずぶり、と彼女の手は黒い画面に沈み込み、石を投げ入れられた水面のように波紋が広がる。信じられないという顔で見上げてくる後輩に、陽介は静かな声で話し出した。



**********



「ようこそ、ベルベットルームへ。…待っていたわ」
マーガレットがいつもと変わらぬ口調で、いつもとは違う出迎えの言葉を紡ぐ。予感は的中したようだ。どう口火を切るか逡巡していると、部屋の主が徐に口を開いた。
「――貴方様の大事な方、因果の糸に絡め取られておりますぞ」
「!」
やはり、彼らは何かを知っている。顔色を変えた孝介に、イゴールは平静な声で続ける。
「スサノオ…素戔嗚尊。伊邪那岐と伊邪那美の間に生まれた三貴子の末子、葦原中国の英雄ですな。母を想う心、粗暴さ、弱者を労わる優しさ、自らの正義を通す強さ…様々な側面を持った、荒ぶる神。その魂を持つペルソナは、禁を破った罰として、今から二十四時間十七分三十一秒前に消失いたしました」
消失――明確すぎる答えに孝介は言葉を失う。二の句を告げられずにいる孝介に、マーガレットが淡々と告げる。
「正確に言えば、まだ消えた訳ではないわ。でも既に「スサノオ」ではない。今のスサノオは、ペルソナとして昇華できなかったただのシャドウと同じか、それ以下でしかない。自我の消失は存在の消滅よ」
「……そんな…そこまでの対価が必要なこととは、思えない」
茫然と呟く孝介に、彼女は諭すように語った。
「理由には関係なく、行為には重さが伴うわ。スサノオは禁を犯し、報いを受けた。主との繋がりが切れ、己を失くし、やがては霧となって世界を漂うだけの存在になるでしょう」
 

**********



 祈りが力になるというのなら、いくらでも祈ろう。だが神は無慈悲で、都合のよい時だけ捧げられる信仰では願いを叶えてはくれない。自分と母の元に父を返してくれなかったように。
「…神様なんて、ホントはいねーんだろうな」
完二の呟きが耳に入った直斗が、驚いたように目を見開く。
「ニーチェですか。意外と哲学的ですね、巽くん」
「あぁ?ニーチェ?」
眉根を寄せて聞き返す彼に、直斗は真面目な顔で説明をした。
「フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ、十九世紀ドイツの哲学者です。聞いたことがありませんか、『神は死んだ』って。彼は無神論者として捉えられがちですが、彼はただ神を、宗教を否定した訳ではなく、神という絶対的な存在に隷属している人間の解放を訴えていたと言われています。もっとも、無宗教の人が多い日本では、ごく当たり前の思想になっているかもしれませんが」
彼女の言葉は完二には難しすぎる。眉根を寄せると、直斗は苦笑しながら付け加えた。
「ええと、例えば勝算の低い賭けに勝った時、これは神様のおかげではないかと思うことがありますよね。しかし、勝利が本当に神の導きだとしたら、人が努力する意味などなくて、神に祈ってさえいれば全てが丸く収まるでしょう。神に限らず絶対者への依存によって、人間が本来持っている心の強さを失くしてしまう。だったら神など必要ない、そういう考え方です」
「………」
 黙り込んでしまった完二に代わって、横で二人のやりとりを聞いていたりせが口を開いた。
「難しいことは、よく分かんないけど。いいことが神様のおかげだって思うのは、別にいいと思うんだ。だって嬉しいなら誰のおかげでだって構わないじゃない。ただ、悪いことがあった時に神様に助けてって祈るだけで何もしないだなんて、私はイヤ。そんなことしない」
りせの声には凛とした強さがあった。芯の通った彼女の答えに理解を助けられ、完二も頷く。
「…ああ、そういうコトなら、オレも神様なんていらねーよ。テメェのことなのにテメェが動かないんじゃ、良くなるもんもなんねーだろうが」



**********



「やめろ、陽介!!」
意図に気付いた孝介の制止の声が聞こえたが、陽介は足を止めなかった。りせを降ろし、必死に抗おうとする彼女の手を掴んで画面に触れさせると、水面のように波紋が広がった。場違いにも彼女の手の暖かさをまだ感じられることに安堵する。孝介はまだ叫んでいるが、彼はあの場所から離れることができない。敵と接触したのか剣戟が聞こえ始めた。
「やだ、何考えてるの先輩!ダメだよ、放してっ」
「ごめんな、りせ」
彼女は必死に手足をばたつかせて抗うが、いくら陽介が細くても、男と女という決定的な筋力の差には覆せない。特にりせは非戦闘員だ、陽介には身動ぎ程度にしか感じられなかった。愛らしい後輩の大きな瞳に浮かんだ涙に胸が締め付けられたが、陽介は精一杯の誠意を込めて謝ることしかできなかった。
「りせのせいじゃないから。本当に、ごめん。直斗達が苦戦してる。ここが終ったら援護に行ってやってくれ」
 彼女のポケットに預かっていた孝介の携帯電話押し込む。陽介はテレビを背後にして立ち、たん、と足を踏み切った。りせに押される形となり、彼の体は吸い込まれるように頭からテレビの中に消えてゆく。決して少女までもが落ちないよう、飲み込まれる寸前に彼女の体を押し戻して。黒い画面に飲み込まれてゆく白いスニーカーの爪先が、残像のようにりせの目に残った。
「……う、そ……せん、ぱ、い……」



**********



 「スサノオ」
呼ぶ声は空しく木霊するだけで、返ってはこない。本当にまだ自分達は繋がっているのだろうか。スサノオはもういないのではないか。陽介は涙を滲ませ、自棄になって叫ぶ。空っぽの胸にやけに風が染みた気がした。
「どこにいんだよ、このアホっ!お前、俺と同じで中途半端すぎんだよ!!やるならもっとこう、カンペキに、後々迷惑にならないようにやれよ!どうすんだよ、俺、このままじゃ…」
 死にたくなかった、それだけなのだ。こんなにも重い罰が待っているとは知りもしなかった。マーガレットに大見得を切ってきたものの、陽介にはもうスサノオを取り戻すことができない気がしていた。ぎりぎりまで足掻いて、それでも見つけることができなかったら、自分だけでなく孝介達も死んでしまう。彼らの屍を踏み越えてシャドウがテレビの外へ進出し、稲羽の町は死地と化すだろう。そうなる前にマーガレットの元へ戻り、殺してもらわなければいけない。
 スサノオが拾ってくれた命を捨てれば、仲間は助かり、歪んでしまった境界も元に戻る。そうして平和になった世界に陽介はいない。どちらを選んでも、陽介は死ぬしかないのだ。
「…カミサマって、いるのかな。だとしたら、すげー…残酷だ」
神がいないことなど、本当は陽介はとうに知っている。謂れのない中傷に曝され続けた自分を助けてはくれなかった。早紀を救ってくれなかった。それでも、心のどこかで信じているのだ。神様という万能の存在がいて、気紛れでもいい、手を差し伸べてくれうのではないかと。人々が都合のよいように求める慈悲深い絶対者が実在するのなら、陽介ばかりがこんな目に遭うはずなどないのに。



**********



「花村先輩が、危ないのに!私は見る、ことしか、できなくてッ!どうしよう先輩、どうしたら助けられるの?!」
「……」
孝介は、今にも泣きそうな彼女の頭を撫でてやろうとして止めた。手がシャドウの体液と自らの血で汚れすぎているからだ。
 本当は今すぐにでも陽介の所へ飛んでいきたい。物理的に辿り着けないと分かっていても、少しでも彼に近付きたい。しかしこの戦場を放棄することもできない。敵は後から後から湧いてきていて、孝介が抜けたら長くは持たないだろう。リーダーとして許される判断ではない。
「…陽介は、強いからきっと大丈夫だ。オレ達はここを守らないと」
「でも!先輩は、それでいいの?!花村先輩が、死んじゃうかもしれないんだよ!」
まっすぐな少女の瞳に射竦められ、孝介は動きを止めた。りせは状況を分かった上で、それでも感情を優先させている。彼女のように振る舞えたらどんなに楽だろう。叫び出したい衝動を堪え、孝介は微笑んだ。
「ああ」
「…っ!」
 だん!と彼女は拳を床に打ち付けた。皮膚が割れ、傷一つなかった掌から血が滲み出す。孝介はできる限り汚れないよう、彼女の手を包んで止めた。
「ありがとう。休憩はおしまいだ、戻ろう」
 「――本当に、それでいいの?」
背後から聞こえた声に首を巡らすと、いつの間にか雪子が立っていた。彼女は操る炎のような情を瞳の奥に閉じ込め、静かに問う。
「月森くんは、花村くんを、見捨てるの?」
雪子がわざと痛い言葉を選んで投げ付けているのが孝介には分かった。
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