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起点Aから空への距離・8

※陽介女体化(後天)注意
今回はちょっと短めです。センセイと陽介、それぞれの葛藤。決戦は明日。

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花村家の居間は食欲をそそるスパイシーな匂いに満ちている。特別捜査隊の皆は思い思いの場所に腰を下ろし、孝介と完二の拵えたカレーに舌鼓を打っていた。早く煮えるようにと具材を小さめに切り、完二お勧めの和風だしを加えたカレーは概ね好評で、テレビの中でひと暴れしてきた皆はほぼ無言でスプーンを動かしている。
「やはり、あのシャドウは花村先輩という個人を認識した上で、先輩を狙っているようですね。憶測に過ぎませんが、一番最初の黒い霧…あれがマーキングのようなものなのでしょうか」
直斗の推論に、孝介は口の中のものを飲み込んでから頷く。彼女は食欲よりも状況整理を優先したのか、手に持った皿は殆ど減っていない。早くも一杯目を食べ終えた完二は「冷めるから早く食えよ」とぶっきらぼうに声を掛け、おかわりのために立ち上がる。思い出したようにカレーを口に運びだした直斗に孝介は苦笑した。彼も彼女も不器用だ。
「カンジ、クマもクマも!…ヨースケ、まだ具合悪いクマ?」
毛布で体を包みソファに座らされた陽介は先程から微動だにしない。彼女の前には弱っている陽介のために孝介が作った野菜たっぷりのうどんが置かれているが、全く手の付けられないまま冷め始めている。心配そうに顔を覗き込んできたクマに、陽介は笑おうとして失敗した。軋む音が聞こえそうなほど無理をした笑顔に、皆は掛ける言葉を失う。陽介は膝を抱えると、世界から隠れるように縮こまって呟いた。
「……俺、怖いよ。俺が俺じゃなくなっちまいそうで怖い。皆俺のこと忘れてくし、体もココロもマジで女になってきちまってる感じがするんだ。…ちくしょ、何でなんだよ…!」
皆の前では殆ど弱音を吐かず、気丈に振る舞い続けてきた陽介だったが、ここにきて限界が来たのだろう。孝介は皿を適当な場所へ置くと、震える陽介の体を毛布ごと抱き上げる。気付いた完二が居間のドアを開けてくれた。
「陽介を休ませてくる。皆はご飯食べてて」
六対の視線に見守られながら、孝介はゆっくりと階段を上る。行儀が悪いとは思いつつも陽介の自室のドアを足で開け、まだ温もりの残っているベッドに細い体をそっと下ろした。陽介は顔を手で覆って見せようとはしない。華奢な肩が震えている。泣いているのだろう。歯を食いしばり、声を必死に殺して泣く彼女があまりにも切なくて、いとおしくて、孝介は覆い被さるように体を包んだ。やさしく髪を梳いてやると、ようやく嗚咽が漏れ始める。
「陽介、我慢しなくていい」
「…っ、俺、なんで俺、だけ、訳、分かんねぇよ…!もう、やだ…ッ」
堰を切ったように泣き出した陽介は、それしか縋るものがないとばかりに孝介のシャツを必死に掴んでいた。指が白くなるほど力を込められても、男の時に比べて遙かに弱い力。孝介ですら差異に戸惑うのに、本人はどれほど我慢をしてきたのだろう。本当に辛い時は決して辛いと言わない性格を、いじらしいと思うと同時に苛立ちもする。
「陽介。オレはちゃんとお前のこと覚えてる。千枝も雪子も完二もりせも直斗もクマも。お前をシャドウに渡したりなんかしない。お前だけで背負い込むな、辛いのも苦しいのも、皆で一緒に抱えて、解決していこう」
「でも、だって…!俺、俺が、あんなこと思ったから…!」
切れ切れの言葉にひっかかるものを感じたが、孝介はそれでも陽介が落ち着くのを待った。やがて泣き疲れたのか、陽介は穏やかとは言えない寝息を立て始める。顔を濡らす涙を拭い、寒くないよう布団をかけ、額にひとつキスを落としてから孝介は部屋を後にした。

階下に降りてきた孝介を迎えたのは、皆の心配そうな顔だった。
「花村、どう…?」
案じ顔の千枝に「今は寝てる」と答えると、完二が暖め直したカレーを持ってきてくれた。他の皆はとっくに食べ終えたようで、洗われた皿が食器かごに並んでいる。ありがたくカレーを頂きながら、孝介は落ち着かない様子の皆に告げる。
「明日にでもテレビの中に行って、あのシャドウとケリをつけよう。このままだと陽介がもたない」
「…そう、だね。もう元に戻る可能性は、あのシャドウにもう一度同じ技を食らうか、倒すかのどちらかしかない訳だし。今日戦った時はあの技を出さなかったから、倒すしかないのかも」
雪子が長い睫毛を伏せて言う。りせは少し考えた後口を開いた。
「あのシャドウ、今日センパイ達が大分ダメージを与えたから、明日また具現化してるかは分からないよ。とりあえずしばらくは放課後ジュネスに集まって、あいつの気配があれば突撃、なければ解散って感じ?」
「ああ。皆も忙しいのに悪いけど、引き続きよろしく頼む」
頭を下げる孝介に、皆は苦笑を浮かべた。
「リーダー、そういうのやめようよ?言ったでしょ、これは特別捜査隊みんなの問題だって。なんで花村も、月森くんも、一人で背負い込みたがるのかなぁ」
「そうっスよ、黙ってオレに着いてこい!って言ってくれりゃ、オレ達はどこまでだって着いていきますから」
「いえまあ、流石に行ける場所と行けない場所がありますが」
「そういう時は花村センパイが止めるでしょ。意外にジョーシキ人だもん、あの人」
めいめいに言う皆から深い信頼と思いやりを感じ、孝介は胸が熱くなった。
(大丈夫だよ、陽介)
こんなにも思ってくれる皆が忘れるはずなんてない。そのことを早く彼女に伝えてやりたかった。
「センセイ。今日、お泊りしてもらえないクマ?その、ナナチャンが一人になっちゃうのはホントにゴメンナサイなんだけど、もしまたアイツが出てきたら、クマ…」
不安げなクマに袖を引かれ、孝介は頷く。菜々子には悪いが、今の状態の陽介を一人にしておきたくはなかった。
「今日はこれで解散にしよう。明日10時にフードコート集合、テレビの中に入るつもりだからそのつもりで準備してきて。もし陽介の調子が悪くて行けそうなかったら朝連絡する」
一度家に戻って夜出直すことをクマに約束し、孝介は皆と一緒に家を出た。一時だけでも陽介と離れるのは後ろ髪を引かれる思いだった。


夕方、再び花村家を訪れた孝介は、陽介の母に事情――陽介がひどく不安定になっているので付き添いたいこと――を説明し、見事宿泊許可を得た。当然のように陽介のベッドの横に用意された客用布団に、孝介は安堵と共に不安を覚える。
(信頼されているのか、分かっていてやっているのか…微妙だな)
両親は陽介が男だったことを覚えているとはいえ、未成年の男女を密室に置くのはいささか問題がある気がした。自分なら構わないが、他の男にも同じことをされたら非常に困る。孝介が悶々としていると、開け放したドアからクマが顔を覗かせた。
「センセイ、テレビ隠してきたクマよー」
「ん。ありがとう」
陽介の部屋にあったテレビは念のため、普段使わない客間の押入れに隠してきた。どこまで有効かは分からないが、今は少しでも陽介をテレビから遠ざけておきたかったのだ。クマと他愛のない話をしながら寝床の準備をしていると、風呂から上がった陽介が姿を現す。男の時の寝巻をそのまま使っているため襟元が大きく開いており、ほんのりと色づいた綺麗な項に、鎖骨に、孝介の視線は思わず吸い寄せられる。当の本人は何の警戒もなくベッドに腰掛け、持ってきたペットボトルの中身を煽った。こくり、と白い喉が動く様さえ、今の孝介には目に毒だ。
キスするだけ、抱き締めるだけならほぼ毎日のようにしているが、以前は数日と開けず体を繋げていたのに陽介が女になってからは一度もしていない。連日のダンジョン探索で体は疲弊していても、疲れているからこそ性欲が湧いてくることもあり、もう幾度も陽介を思いながら自慰をしている。妄想の中で自分に犯される陽介は、男であったり女であったり、結局は自分は花村陽介なら何でもいいという結論を改めて突き付けられる結果となった。
「孝介は風呂、入ってきたんだっけ。じゃクマ、次行ってこいよ」
「了解クマ。あ、クマ、今日はキャクマでテレビを見張りながら寝るから、ヨースケはセンセイとムフフな夜を過ごすといいクマよ」
「はぁ?!ちょ、クマ吉…!」
襟首を掴もうとした陽介の手を素早く潜り抜け、クマは階段を下りて行った。口をぱくぱくさせていた陽介は、やがて諦めたように再度ベッドに腰を下ろす。湯冷めしないようにとドアを締め、エアコンを入れてから、孝介はそっと彼女の横に座った。
「髪。濡れてる」
放り投げてあったタオルで菜々子にするように髪を拭いてやると、陽介はくすぐったそうに眼を細める。長くなったハニーブラウンから丁重に水気を切りながら、陽介はできる限り火照った陽介の肌を視界に入れないよう努力した。そんな彼の努力など露知らず、陽介は無邪気に話し掛ける。
「あのさ。その、昼間はゴメンな。すげー取り乱して格好悪い所見せちまった。あと、うどん美味かった。サンキュ」
「気にするな。千枝に言われた、陽介もオレも、なんでも一人で背負い込みすぎだって。あと皆にも叱られた。…仲間って、いいな」
陽介はその長い睫毛を瞬かせ、「そーだな」と微笑んだ。やわらかな笑顔を見せてくれたことに嬉しくなり、孝介の頬も自然と緩む。
「陽介。お前はいっつも溜め込みすぎだよ。前にも言ったよね、オレ、お前のことなら何でも知りたいって。弱音でも何でもいい、今思ってること、感じてること、教えて欲しい。オレも一緒に考えるから」
湿ったタオルを放り出し、孝介は彼女の細い肩を抱き寄せて囁く。陽介は小さく頷いた後、上目使いで可愛いおねだりをしてきた。
「一緒に、寝ていいか?」
「…勿論」

電気を消し、エアコンをタイマーにして、陽介のベッドに二人で入る。少し狭いが苦になる程ではない。横向きに向かい合う形になり、自然と腰に手を置いた孝介に、陽介は居心地が悪そうに身じろぎした。
「?寝にくい?」
「いや、その…今、アレのせいで腰痛ぇんだ。あと、もし血のにおいがしたら、ごめん」
言いにくそうにぼそぼそと喋る陽介の耳は、暗闇でも分かるほど赤かった。孝介は少しでも楽になるようにと腰をさすってやる。
「こうすると、楽になるって聞いたことがあるんだけど。どう?」
「ん…確かに楽になったかも。もちっとやってもらってもいい?」
「仰せのままに」
互いの呼吸と、僅かな衣ずれの音だけが部屋を支配する。すぐそこにある温もりとやわらかな肌に孝介の欲は疼きかけたが、安心しきって甘えたように身を寄せてくる陽介を見ているうちに穏やかな気分になってきた。守りたい、傍にいたい、愛おしい気持ちが溢れてくる。
(きっと、何年経っても、この気持ちが変わることなんてない)
高校生の恋愛なんて、大人から見ればままごとのようなものだろう。特に一年間しか稲羽にいない孝介が相手では、一過性の熱と思われても仕方がない。人間は期間限定に弱いのだ。だが自分が陽介を想う気持ちは本物で、陽介も同じ想いを返してくれていると信じている。今はまだ親の庇護の下でしか生きられなくても、この手を放さないまま大人になればいいのだ。そのためにも今、陽介の心を瓦解させる訳にはいかない。
「…なぁ」
宵闇の中、大きな瞳が物憂げに孝介を見詰めた。先を促すように見つめ返すと、陽介は本当に小さな声で呟く。
「俺、実はちょっと、考えた。このまま俺が女だったら、お前とずっと一緒にいられるかなって。正直、今も迷ってる。でもやっぱり元に戻りたいし、分かんなくなっちまってさ」
夢の中で見た悲しい狂気が脳裏を去就し、陽介は顔を歪ませる。孝介が3月で去ることは、自分が男でも女でも変わらない。だがその先、関係が続いていたとしても、男同士である限り別れの時が必ずやってくるだろう。好き合っていればいつまでも一緒にいられるなど、甘い夢を見続けられるほど陽介は幼くはなかった。けれど女であれば、この先の人生も何ら不都合なく彼の隣にいられる。
『縛りつけて、しまえばいい』
名も知らぬ女の声が蘇り、陽介はぶるりと体を震わせた。孝介は寒がっていると思ったのか、より体を密着させて囁く。その声は苦悩の色に満ちていた。
「…オレも考えたよ。ごめん。多分陽介が考えてるよりも、もっと酷いこと」
男同士の時から、自分か陽介かどちらが女であればいいのにと思うことが幾度かあった。そして、女になってしまった陽介を元に戻してやりたいと思うと同時に、このまま女でいてくれればいいと願ったことは否定できない。それが今まで17年間男として生きてきた「花村陽介」を否定することに他ならなくても、誰に憚ることなく愛し合えるという誘惑に魅かれたのは確かただ。いっそ孕ませてしまえば離れずにいられる、そう考えたことすらある。男女に関係なく、自分は陽介を手に入れるためなら何だってしてしまうだろう。自身でも持て余すほどの強い執着に、孝介は自嘲の笑みを浮かべた。
少しの沈黙の後、陽介は場の雰囲気を変えるように努めて明るく言い放つ。
「ま、あのシャドウを倒しても、俺が元に戻れる保証はないんだし。ここまできたら、なるようにしかならねーよな。だったら、できることをするまでだ」
抱き込んでいるためその表情は見えないが、陽介はきっと笑っているのだろう。一番苦しいのは彼女自身のはずなのに、周りを想って彼女は笑う。
「男でも、女でも、どんなお前でも愛してる。シャドウになんて絶対にやらない、どこへも行かせない」
孝介は熱い吐息と共に、陽介を強く抱き締めた。とくり、とくり、と互いの鼓動が混じり合う。高めの体温、微かに香る彼の匂いに包まれると、ひどく心地よくて安心する。うっとりと目を閉じた陽介は、彼の胸に顔を埋めて声にならない声で呟いた。
(お前は、俺を置いていなくなっちゃうクセに)




**********




翌朝、孝介と陽介がフードコートに赴くと、既に彼ら以外の特別捜査隊のメンバが集まっていた。
「センパイ、あいつ、いたよ」
一足先に様子を見てきたというりせから報告を受け、孝介は頷く。
「――行こう。ケリをつけに」
孝介は不敵に笑うと、陽介の背中を押して颯爽と歩き出した。




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