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起点Aから空への距離・7

※陽介女体化(後天)注意
お久しぶりの更新です~
今回はようやくセンセイを活躍させることができました(笑 だってこのサイトのセンセイは全然活躍してないので、なんで陽介が惚れたか全然分からないんですもん!
あと3話くらいで終わる予定です。こんなに長くなるなんて思いもしなかった。でもまだ続きもあるんです…。
ちょろりと構想を書くと、次は7話構成くらいでにょた村さんが女の子の自覚を持ち始める話、その次は5話構成くらいでにょた村さんが男だったことを皆が忘れかける話です。いつもながら大風呂敷を広げ過ぎて収集のつかなくなる自分があわれすぎる。

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朝の清廉な光の中、真っ白なシーツに埋もれるようにして陽介は眠っている。その周りを守るように特別捜査隊の面々が固めていた。
「ホントだ、起きない…」
陽介の頬を抓ったり、脇腹をくすぐったりしていた千枝が泣きそうな顔で手を放す。脈や呼吸を見ていた直斗が眉間に皺を寄せて呟いた。
「これだけ刺激を与えても目を覚まさないのは確かにおかしいですね。ただの眠りとは思えません」
「ヨースケ…」
クマは今にも泣き出しそうに顔を歪め、陽介の枕元に縋りついた。守れなかったことに責任を感じているのだろう。孝介はそっとクマの頭を撫でてやる。
「ごめんなさい、センセイ。クマ、ヨースケを守れなかったクマ」
「いや、お前のせいじゃない。誰のせいでもないだろう。今はとにかく、陽介を起こさないと」
寝息すら立てず、陽介は昏々と眠り続けている。よくよく注意して見なければ胸が上下しているのも分からない。そっと触れた手は驚くほど冷たい。自らの熱を分け与えるかのように孝介は陽介の細い指を包んだ。叩いても揺すっても、陽介は全く目覚める気配はない。呼吸も脈もあるが、静謐すぎる眠りは死を連想させ、不安を煽った。今日は土曜で、陽介の両親は早朝から仕事に出ていたため娘の異常に気付かなかったが、このまま目が覚めなければ遅かれ早かれ騒ぎになるだろう。世間一般の家庭に比べ格段に懐の広い花村家だが、マヨナカテレビのことまで許容してくれる保証はないし、大事な子供を危険に晒していると陽介の両親に告げる勇気が孝介には持てなかった。
(誰かのせいだというなら、オレのせいだ)
孝介はぎり、と奥歯を噛み締める。クマの話を聞いた時点で嫌な予感はしていたのだ、世間体も何も気にせず陽介の傍にいるべきだった。重い沈黙が部屋を支配する中、動いたのはりせだった。彼女はテレビに近付くと、恐る恐るといった体で画面に指先を潜らせる。
「!おい、りせ――」
陽介の部屋のテレビは、今までの現象から考えると間違えなくどこかに繋がっている。今は姿を見せないが、陽介を攫おうとしたものが画面の向こうで待ち構えている可能性もあるのだ。慌てて引き剥がそうと肩を掴んだ完二に、りせは鋭い声で「黙ってて」と言った。祈るように目を閉じたのを見て、皆は彼女が集中し始めたことを知り、息を潜めて見守る。体はテレビの外にあるためペルソナの加護はないが、感覚の鋭い彼女は何かを掴んだのだろう、やがてゆっくりと画面から手を引き抜いた。
「…うん、間違えない。この間の死神みたいなシャドウと同じ感じが残ってる。あと、本当に僅かだけど、花村センパイの気配も向こうにするよ。テレビの中に入れば、追えると思う」
「流石、りせちゃんだね」
雪子に褒められりせははにかむように笑った。孝介は皆を見回し口を開く。
「陽介がこうなったのは、シャドウのせいだと思って間違えはないだろう。クマと直斗はここで陽介の体を見ててくれ。それ以外のメンバはオレと一緒にジュネスのテレビから中に入って、シャドウと陽介を探す」
力強く頷いた仲間達を、孝介は心底頼もしいと思った。慌ただしく準備を整えていると、直斗が彼女にしては珍しく歯切れの悪い口調で話しかけてきた。
「あの、先輩。シャドウを見つけたら、どうするんですか」
「…状況にもよるけど、恐らく倒すことになると思う」
口を開きかけて閉じた直斗の思量を孝介は瞬時に察した。通常の状態異常ならば戦闘終了と同時に回復するはずだが、敵が逃走し、テレビの外へ出た今でも、陽介の体は女のままだ。男に戻れる可能性があるのは、シャドウからもう一度同じ技を食らうか、シャドウを倒すことだが、後者はあまりにもリスクが高い。シャドウを滅しても元に戻らなかったら、本当に打つ手が無くなってしまう。直斗はその危険性を示唆しているのだろう。聡い彼女の頭にぽん、と手を置き、孝介は微笑んだ。
「分かってる。でも、陽介をこのままにはしておけないから」
(咎は全部、オレが負うから)
どんな結果になろうとも陽介は決して自分達を責めたりはしないだろうが、仲間には誰かの人生を決めたという重荷を背負わせたくはなかった。自惚れだと自覚はあるし、たかだか高校二年生の自分が負いきれるものではないが、他ならぬ陽介の未来を決定付けるかもしれない決断を他の誰にも譲りたくなかったというのもある。銀灰の瞳に宿る決意の色に直斗は言葉を失った。
「月森くん!行こう」
一足先に廊下に出た千枝が顔を覗かせる。孝介は頷くと、最後に眠る陽介の頬をひと撫でしてから部屋を出た。触れた頬は氷のように冷たかった。




**********




霧の立ち込める荒野に、陽介は一人立っていた。
(俺、なんでここにいるんだ?)
懸命に思いだそうとするが、記憶は辺りに満ちた霧のように霞がかっていて、肝心な部分は思い出せない。四肢の感覚は曖昧で、目に映る景色は現実味が薄く、世界はまるで限りなく薄く透明な膜を隔てているかのように近くて遠かった。これは夢だ、と陽介は諒解する。
『――…して…』
どこかから悲壮な嘆きが聞こえ、陽介は思わず体を震わせた。慌てて首を廻らせるが、ミルク色の霧は濃くなるばかりで、眼前に翳した自分の手すらよく見えない状況である。
『…どうして…』
今度は先程よりも明瞭に聞こえた。啜り泣きが混じっている。その声を聞いた途端、まるで映画のようにいくつもの記憶が陽介の脳裏を過ぎ去った。
想いが通じた男女、けれども男はこの地を去り、女は一人残される。待てど暮らせど来ない手紙、鳴らない電話――やがて男は女を忘れ、遠い地で違う女と幸せな糧を築くのだ。捨てた女のことなど忘れて。
同じようなストーリーが、時代を、役者を、時には男女の位置を変えて何回も何回も繰り返される。情報の奔流に陽介の頭は割れそうに傷んだ。けれども抗う術はなく、陽介は頭を抱えながらひたすら波が過ぎ去るのを待った。
『どうして、置いていくの
『私はここにいるのに』
『もう、いらないの?』
輪唱のように木霊する悲壮な声に胸が詰まる。泣き崩れ、背中を丸めて蹲る女達の姿に数ヶ月後の自分が重なり、陽介はどうしようもなく息苦しさを覚えた。
三月には去る孝介。まだ親の庇護の下でしか生きられない自分達にとって、覆せない別れがあと数ヶ月でやってくる。会えない訳ではない、電話だってメールだってある。けれども、今までのようにずっと一緒にいることはできない。キスも、抱き締めることも、抱きあうこともできない。自分はずっとずっと孝介のことを好きでいる自信があるが、離れている間に彼の心が変わらないとも言い切れない。できるだけ表に出さないように、考えないようにしているが、別離の日が近付くにつれて陽介の不安は増してゆく。
(俺も…置いて行かれちゃうんだ)
共感した途端、辺りに満ちていた霧は悲しさが解けたものだと分かった。同時に怒りが、憎しみが、執着が偏在しているのも感じられるようになる。ここは危うい、そう思うのに、足は縫いつけられたかのように動かない。彼女一人を観客に映画は続く。いつのまにかフィルムは一本になっていた。
別れを予感した女はのろのろと立ち上がる。その瞳に宿るのは濁った光だ。
『置いていかれるくらいなら、離れるくらいなら』
きらきらしく輝いていたはずの思慕は黒く醜く凝り、狂気へと変わってゆく。人が狂う瞬間を陽介は初めて見た。
『縛りつけて、しまえばいい』
いっそ無邪気なほどの声で、顔で、女は囁いた。禍々しさを秘めた声にぞくり、と肌が泡立つ。陽介の目の前で霧は収束を始め、徐々に人の形を取り始めた。やがて姿を現したのは、黒衣を纏い、大きな鎌を持った死神だった。陽介を女に変えたあのシャドウだ。皮と骨だけの腕、醜い顔、落ち窪んだ眼窩からは嫌悪感と恐怖しか感じない。人が厭い、目を背けてきたものの象徴だ。虚無の瞳が陽介を捉える。
(やばい――!)
にたり、死神が笑った気がした。何かを考える前に、本能的に体が逃げに入る。しかし足はまるで水の中を歩いているかのように重く、思うように進むことができない。焦りが、恐怖が陽介を支配する。
死神がそのしわがれた手で陽介を指す。ぶわり、と古びた漆黒の衣が生き物のように広がり、うねりながら陽介を絡め取った。必死に体を捩り、振り払おうとするが、生き物のように明確な意思を持った暗黒が陽介を包み込もうとする力の方が強い。地面までもが闇になり、陽介の体は足元からずぶずぶと沈んでゆく。闇はまるで濡れた皮のようにぴたりと陽介に張り付き、呼吸すら苦しくなった。
『寂しい』
『置いてゆかないで』
幾千の嘆きが頭の中に響いてくる。この闇は人が捨てた想いだ。そして、陽介の中にも確かにあるものだ。
(だから、俺を、狙ってるのか…?)
そうよ、と見知らぬ女が答えた気がした。陽介の体はもう半分ほど地面に沈み込んでいる。これは夢だ、そう分かってはいるのに、頭の先まで飲み込まれたら助からないということを漠然と感じていた。
息苦しさに陽介は辛うじて自由になる首を動かし、空を見上げる。霧は晴れ、頭上にはサイケデリックな空が広がっていた。ここはテレビの中だったのだ。透き通った蒼天には程遠い暗色のマーブルは、今の陽介には絶望の色だった。
(いやだ)
蹲り、境遇を嘆き、地面だけを見て泣き暮らすなんて己の矜持が許さない。誰かのせいにも、何かもせいにもするのは止めると己のペルソナと向き合った時に誓ったのだ。辛くても、悲しくても、空を見上げて歩いていきたい。離れていても孝介の隣に相応しい自分でいられるように。
「こう、すけ」
乾いた唇で名前を呼ぶ。もう眼前まで闇がきているというのに、何故だか少しだけ光が見えた気がした。陽介は縋るようにもう一度、愛する者の名前を紡いだ。孝介、と。けれども何も起こりはしなかった。
翼があれば、この汚泥から抜け出して彼の元へ飛んでいけるのに――そんな詮無いことを考え陽介は苦笑した。もうすぐ全てが闇に閉ざされる。眼を開いても閉じてても暗黒しか映らない。せめて瞼の裏に彼の姿を思い浮かべようとしたが、代わりに聞こえてきたのはやけにリアルな声だった。
「――陽介…!」
瞼の裏に光が溢れ出す。闇の拘束が少し緩んだ気がした。陽介は無我夢中で足を踏み切り、光の方へと飛び出した。




**********




「――いたよッ!センパイ!!」
入口広場からほど近い荒野の真中で、ぽつんと佇んでいる影を見つけ、りせが叫ぶ。孝介は一旦足を止めると、後ろを振り向かず敵を見据えたまま彼女に尋ねた。
「陽介は」
りせは眼を伏せ意識を研ぎ澄ます。覚えのある気配をシャドウの内側に微かに感じ、彼女は顔を上げた。
「あのシャドウの中に、花村センパイの気配もあるよ。でも、すごく弱い。急いだ方がいいかも」
孝介は頷き、淡々とした声で指示を出す。
「先ずオレと天城が術で攻撃。その間に里中と完二は後ろに回り込んで、技中心で攻撃。あの技を使うかもしれないから、できるだけ接近は避けること。危なくなったらすぐ距離を取って。オレはガンガン攻撃するから、回復は天城メインで頼む」
「分かった」
「りょーかい!」
「うっす!」
孝介は剣を握りなおすと、「行くぞ」と呟き駆け出した。彼の眼前に青いカードが現出する。片手でカードを砕き、孝介はペルソナの名を呼んだ。現れた大天使が継承した万物魔法を放つ。不意打ちを食らったシャドウは怖気立つ甲高い悲鳴を上げた。
「来て、アマテラス!」
雪子が呼んだ女神が優美に腕を振るうと、劫火が生まれシャドウごと荒野を焼き払った。シャドウは叫び続けている。炎が消えるか消えないかのうちに駆け出した千枝が、ヒートウェイブで敵を転ばせた。体制を崩したシャドウに完二が黄金板を振り下ろす。枯れ木が折れるような確か過ぎる手応えに、彼は思わず顔を顰めた。
『!何か技を出そうとしているよ、気を付けて!』
「させない」
シャドウが動くよりも早く、孝介は再びペルソナを現出させ、全てを打ち消す力をお見舞いした。しかしシャドウは抗うように体を揺すり、罐を振り回して衝撃波を放つ。距離を取っていた孝介と雪子は避けることができたが、千枝と完二がほぼ直撃を食らって悲鳴を上げた。
「天城!」
「任せて!…メディアラハン!!」
やさしい光が慈雨のように降り注ぎ、皆の傷を癒してゆく。孝介は敵に反撃の暇を与えないよう、剣を構えて斬りかかった。鎌の軌道を掻い潜り、肩口から斜めに剣を振り下ろす。肉を割く感触はいつまで経っても慣れることができない。しかし振り下ろした切っ先は、最後になって抵抗がなくなったかのようにあっさりと抜けた。訝しみ、与えた傷を覗きこめば、漆黒の衣の中は虚無が広がっている。まるでクラインの壺のようだ。あまりの不気味さに鳥肌が立ったが、陽介の冷たい頬を思い出し、孝介は冷徹に剣を振り上げた。
(陽介を、取り戻さないと)
名前の通り、太陽のような笑顔が曇ってから久しい。男でも女でも関係ない、自分はただ花村陽介が好きで、大切で、笑っていて欲しいのだ。そのためならば何だってする。
上半身は実体があるのだろう、飛び散った体液が頬を濡らしたが、彼は攻撃の手を緩めない。漆黒の衣がずれ、皺だらけの醜い顔が、落ち窪んだ眼窩が顕になる。思わずりせが悲鳴を上げた。
「マハラギオン」
至近距離から爆炎を放ち、死神の体を吹き飛ばす。哀れに地面に平伏した体を踏みつけ、孝介は迷うことなくシャドウの骨と皮だけの手を串刺しにし、地面に縫い付けた。荒野に響くおぞましい悲鳴に顔を顰めながら、彼は冷たい声で言う。
「陽介を、元に戻せ」
言葉が通じているのかは分からないが、孝介は意志の弱い者なら射殺せそうなほど鋭い眼光で死神を睨みつけて、再度言った。
「陽介を元に戻せ!あいつはオレのものだ、どこにも連れていかせない!!」
声を荒げて叫ぶ孝介に圧倒され、仲間達は動くことができなかった。一瞬の間の後、シャドウは可笑しくてたまらないとばかりに耳障りな笑い声を上げ出す。あまりに異常なその様子に皆が警戒を強める中、シャドウの体がどろり、と解けだした。まるでコールタールのようにどろりとした闇が広がってゆく。
『っ、それに触っちゃ、ダメ!逃げて!!』
りせの声がなくとも本能で触れてはいけないものだと察した孝介は、剣を残したまま素早く後ろへ下がる。前線まで出ていた千枝と完二も、溢れ出る闇に触れない場所まで退避した。笑い声は徐々に遠くなる。やがて荒野に闇が染み込むと、地面に突き立てられた孝介の剣だけが残った。
「……何、今の……」
真っ青な顔で千枝が震えた。感受性の強い彼女はシャドウの狂気にあてられたのだろう、完二は今にも崩れ落ちそうな体をさり気無く支えてやりながら、やはり立ち尽くしている雪子の所へと連れてゆく。彼女達はお互いの手を握り、体温を確かめることでようやく落ち着きを取り戻したのか、荒野の真ん中に独り立つ孝介を心配そうに見やった。
「…りせ。シャドウと、陽介の気配は?」
呆然としていたりせは、慌ててカンゼオンを呼び出し気配を探る。ペルソナが伝えてくる情報を彼女はそのまま形のよい唇に乗せた。
「アイツはやっつけたんじゃなくて、逃げたみたい。でもなんていうか…色々なものにちょっとずつ溶けてる感じ。今すぐには襲ってこないけど、逆に形にもなっていないから、倒すことはできないと思う。花村センパイは…テレビの中から気配が消えたよ。戻ったんじゃないのかな」
「戻って確かめよう。皆、帰るぞ」
孝介は剣を引き抜くと、ダンジョンの中を進むのと同じ迷いのない足取りで入口広場へと走り出した。


テレビから出ると同時に、まるでタイミングを見計らっていたかのように孝介の電話が鳴った。もどかしい思いでフリップを開き、通話ボタンを押せば、少し興奮気味の直斗の声が聞こえてくる。
『月森先輩、ご無事ですね。花村先輩が、目を覚ましましたよ』
後ろではクマが感極まっているのだろう、賑やかな声が聞こえてきて、ようやく孝介は力を抜くことができた。
「こっちも全員無事だよ。あと一歩の所で逃げられたけど。陽介の様子は?」
『多少衰弱していますが、特に問題ないようです。…その、まだ、女性のままですが』
「そうか…」
ひとまず一度花村家に戻ることになり、通話を終えた孝介は携帯電話をポケットに突っ込んで歩き出す。土曜の昼間だけあって賑わうジュネスの中をぞろぞろと歩き、一階に辿り着くと、孝介は何故か出口とは反対方向に体を反転させた。
「?センパイ、花村センパイん家、行かないんですか?」
「もうそろそろ昼時だろう。皆もお腹空いただろうし、陽介にも栄養のあるもの食べさせないと。という訳で、食べ物仕入れてくるから先に行ってて」
孝介は完二を手招きすると二言三言言葉を交わし、タイムセールで賑わう食品売り場へ颯爽と分け入ってゆく。ダークグレーが見えなくなるまで見送ってから、完二は不思議そうにしている女性陣に声を掛けて歩き出した。
「ねぇ完二くん、月森くんに何頼まれたの?」
「や、昼メシはカレーにするから米研いどけって言われただけっスよ」
千枝に尋ねられ、完二はできる限りさり気なさを装って答えた。
「お米くらいなら私、研げるからやるよ」
雪子がありがたくも申し出てくれるが、完二はぶんぶんと頭を振る。
「い、いやいや、いいっス。センパイ達はちょっと休んでてくださいよ。オレ、今日はまだまだ体力余ってるんで。それに、クマ吉がいたら花村センパイも休めないだろうから、あいつの相手してやってください」
尤もに聞こえる言い分に、雪子達は「それもそうだね」と頷き、完二は安堵に胸を撫で下ろした。孝介からはくれぐれも、完二が作業をするよう言いつけられている。たかだか米研ぎくらいでも、特別捜査隊女子の実力を甘く見てはならないということを、完二は身をもって知っていた。
女子のペースに合わせてゆっくりと歩いていた完二は、いつもは軽やかなりせの足取りが重いことに気付き、ぶっきらぼうに尋ねる。
「おい、りせ。大丈夫か?」
りせは返事の代わりに、本当に小さな声でぽつり、と呟く。
「…さっきのセンパイ…ううん、なんでもない」
りせの飲み込んだ言葉の先を完二は察することができた。彼も同じことを感じたからだ。自分達がリーダーと慕う月森孝介の、あんなに感情を剥き出しにして声を荒げたところも、残酷なまでに冷徹にシャドウを切り刻む姿も、今まで見たことがない。彼は至って正気だったが、圧倒的すぎる力を目の当たりにして畏怖を感じたのも確かだ。そして、仲間を恐れてしまったことに対しての罪悪感がりせを苛んでいた。沈んでしまったりせを励ますように、雪子と千枝は微笑む。
「月森くんは、花村くんがそれだけ大切なんだよ。彼があそこまで本気になるの、悔しいけど花村くんにだけだもん」
「花村バカだもんね、うちのリーダー」
「…センパイ達は、怖くなかったの?」
りせの問いに、雪子は静かに「怖いよ」と答えた。
「月森くんが怖いっていうよりは、彼がああなってしまう今の境遇が、かな。…大切な人達を守るためなら何だってする気持ちは、私にも分かるもの」
雪子の言葉を千枝が引き継ぐ。
「やっぱりリーダーには、いつものクールで時々お茶目な、花村バカでいて欲しいもんね。だから、リーダーが怖い顔をしなくても済むように、あたし達も力になれたらなって思う」
彼女達の思いを、りせは眼から鱗が落ちる思いで聞いていた。たった一年しか違わないはずなのに、雪子も千枝もこんなにも強く、まっすぐな心を持っている。りせは自分の矮小さが恥ずかしくなったが、不思議と爽快感も感じていた。完敗だ。
「センパイ達は、やっぱりセンパイだね」
りせが笑えば二人とも笑ってくれる。ようやく心が軽くなり、りせはしっかりとした足取りで歩き出した。安心したように雪子と千枝が続く。数歩進んだ処でくるりと振り向いたりせは、一番後ろを歩いていた完二の顔を見上げて尋ねた。
「ねぇ、完二は?」
省略された述語を汲み取り、完二はがしがしと頭を掻きながら答える。
「…オトコなら、大事なモンを守るためなら、本気にならなきゃいけねぇ時があるんだよ。センパイ、格好いいじゃん」
「ふーん」
りせは興味を失ったようで、雪子達と他愛もないお喋りに興じ出す。前に並ぶ華奢な三つの背中、足りない一つを思い浮かべ、完二は自分も孝介のように守ることができるだろうかと少しだけ考えたのだった。



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