忍者ブログ

whole issue

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

シュプレヒコール ※R18

※R18
スパコミで無料配布したコピ本です。なくなったのでサイトにものっけます。
ノーマルエンド前提、未来パラレルで検事主人公×弁護士花村の、短い話です。稲羽に残された人々が不幸にみまわれています。すみません。

------------------------------------

 春は嫌いだ。
 空気があったかくなって、日も長くなって、厚ぼったくて暗めの服から薄くて明るい服になってきて。新し出会いもあって――別れもある。
 どうして、好きになっちゃったんだろう。
 どうして、いなくなる奴を好きになっちゃったんだろう。
(それでも、止められなかったんだ、あいつを好きだってキモチが)
 俺らの関係は、熱病みたいなものだ。浮かされて、なまじ行きすぎた好意があったもんだから、行きつくところまでいってしまった。俺の方はあいつのことが本気で好きだったから、若さゆえのアヤマチなんて言葉じゃ誤魔化せないけどな!
 だけど、それももう終わり。あいつは「好き」って言ってくれたけど、未来の約束はしてくれなかった。ある意味正直な奴だから。だからあいつはきっと、戻って来ない。でもそれは、俺らが、俺が選んでやってきた、色んなことの結果だから、受け止めるしかない。
 それでも、考えちまう。もしかしたら、どこかで、何かを間違ってたんじゃないかって。間違えてなければ、もっと幸せな結末を迎えられたんじゃないかって。
 我ながら女々しい考えに、俺はぶるぶると頭を振って、余計な思考を追い出す。やれることは全部やった。身勝手でワケ分かんねぇ理屈ばっか押し付けてくる目玉の化け物を倒して、霧を晴らした。菜々子ちゃんは生きてる。足立も罪を認めている。万々歳だ。――だけど、どうしてもしこりが残ってるんだ。
この胸の閊えは、真実を見落としてることへの警告だったりするんだろうか。それとも、捨てられた悲しみなのかな。…分かんねぇ。でも、とにかく、苦しかった。涙が出ちまうくらい。
 俺はきつく目を閉じて、溢れそうな涙を堰き止める。男の泣き顔なんてカッコ悪くて見せられっかよ。ぴう、と吹いた風はやけに冷たくて、俺は耳あて代わりに、久々にヘッドフォンを着けた。
蓋をされた頭の中で、声が聞こえる。これ以上傷付かないように押し込めた感情達の、解放を求めるシュプレヒコールが。うるせーんだよ、やめてくれ。これ以上惨めにさせないでくれ。
 ああ、やっぱ、春なんて嫌いだ。




**********



 また、助けられなかった。
 陽介は歯を食い縛り、指を握り締め、悔し涙を堪える。戦慄く唇を噛み、漏れそうになる嗚咽を飲み込む。もう何回、こうして悔恨と自己嫌悪に泣いただろう。
 だが、涙を流してはいけない。本当に辛いのは自分ではない、依頼人だ。証言台の前で失意に項垂れている、被告人から受刑者に立場が変わった雇い主の姿に、胸が張り裂けそうになる。彼は自分を信じて全てを打ち明けてくれたのに、弁護士として無罪を勝ち取れなかった。それどころか、不当なほど重い刑罰を負わせてしまった。 
 ――あの男のせいで。
(俺の未熟さを差し引いたって、無実を証明するための材料は揃ってた。なのに)
 陽介は法廷の反対側、検察席を睨む。そこには自分とそう年の変わらない、銀糸の髪の男がいた。でっちあげとも言える証拠を次々と突き付け、有罪判決をもぎ取った張本人だ。
 均整の取れた肢体に、整いすぎているほどの目鼻立ち。黒縁の眼鏡を掛けた彼はレンズ越しに、係官に連行されてゆく敗者を底冷えがするほど冷たい瞳で見下ろしている。まるで精緻な人形のような、人間らしい感情が伺えない顔。だが、嵌めこまれたその銀灰の双眸は、愉悦と憎しみでぎらついていた。ぞくり、と背筋に戦慄がはしった。
 恐ろしくなって目を逸らした陽介に、氷の魔物はついと視線を向ける。勝者の彼は惨めな陽介を見て、それはそれは美しく、嬉しそうに笑った。




 「あ、あッ…!!」
安物のシングルベッドの上で、熱く猛った欲に後ろを貫かれて、陽介は喉を仰け反らせた。滴るほどローションを使われ、しつこいほど解されたため、痛みは殆どない。本来は受け入れるための器官ではないはずなのに、馴らされた体は快感すら感じてしまう。だが、衝撃と異物感に、体が反射的に逃げを打った。
 そんな陽介の腰を易々と抱え込んで捕えた男は、美しい顔に捕食者の笑みを浮かべ、激しいピストンを始める。ぎしぎしとベッドが悲鳴を上げた。
「やっ、あ! はげ、し」
自分の住むこのマンションの壁は薄い。いくらここが角部屋で、ベッドを隣の部屋から一番離れた位置に置いていたとしても、自制をしなければみっともない嬌声が隣の部屋に聞こえてしまうだろう。それほど彼との行為は激しく、快楽が大きかった。
 無駄な抵抗と知りつつ、陽介は唇をきつく引き結ぶ。だが男はそれを許さない。長くて形のいい指で無理矢理に口をこじ開けられ、陽介は抗議の声を発する代わりに、覆い被さっている相手を睨み付けた。だが彼は口角を吊り上げただけだった。そして何事もなかったように律動を再開する。咥内に指を突っこんだまま。
(ちくしょう)
彼は知っているのだ、陽介が噛み付くことなどできないのを。どんなに酷く扱われたって、自分が彼を傷付けるのを躊躇うのを。
 「ほら、もっと声出してよ。つまらないだろ」
「ヤ、だって、いっつ、も、あっ」
涼やかで甘い声と、ぬめった舌が耳を犯す。陽介は耳が弱い。どうしようもなく感じてしまい、己が出したとは信じたくないような、甘ったるい声で鳴いてしまう。下肢に熱が集まって、自身が固くなったのが分かった。男を咥え込んでいる部分がもっと、と貪欲に轟き、陽介の意思とは関係なしに、突き入れられた怒張を締め付ける。浅ましい肉体の反応に羞恥を覚え、に顔を赤くしていると、頭上から笑みの気配がした。
「かわいい。法廷でも、そういう顔してればいいのに。そしたらもう少しだけ、手加減してあげるよ」
「! っ、ざけんな!」
明らかな揶揄に、一瞬で頭が沸騰する。確かに自分は弁護士としては経験が足りず、いくら裁判では彼に負けっぱなしとはいえ、こんな揶揄のされ方は我慢ならない。 
怒りのままに振り上げた腕を、孝介は難なく掴み、シーツに縫い付ける。銀糸の髪が、カーテンの隙間から差し込む月明りでひそやかに光った。呼応するかのように、ベッドの下に散乱したスーツ、その襟元に付けられたバッジが瞬いた。
 バッジは法曹の証であり、誇りだ。彼の秋霜烈日も、陽介の向日葵も、厳正な法の徒としての理想を表したものだ。だが、目指すものが同じでも、検察官と弁護士では役割が違う。ひとたび法廷に立てば、例え友人であっても、恋人であっても、敵として争わなければならない。相反する立場の証明は、まるで自分達の関係そのもののように思えた。
(俺とこいつの道は、決して、交わらない)
 「大人しくしてろよ。今日は機嫌がいいんだ。いい子にするなら、酷くしない」
裁判で勝った後の彼は機嫌がいい。まるで本当の恋人同士のように、丁寧に前戯をし、気が狂うほど丹念に愛してくれる。特に陽介を打ち負かした日は。
 逆に、負けた日は恐ろしいほど機嫌が悪い。こちらの都合などおかまいなしに部屋に押し掛け、乱暴なセックスをして去ってゆく。あまり回数はないが、陽介が弁護を引き受けた事件の担当検事が孝介で、なおかつ、陽介の依頼人が勝訴した場合が最も怖い。命の危険を覚えるほど暴力的に犯される。犯罪者に罪を与えられなかった鬱憤を、陽介で晴らそうとするように。そう、彼は、罪を、罪人を憎んでいる。
(昔は、こんなヤツじゃ、なかったのに)
 二〇一一年の年の瀬に足立を捕まえた後、平和を取り戻したあの田舎町で、陽介と孝介は束の間だが恋人同士だった。今思えば滑稽な、ままごとのようなものだった。事件は解決したはずなのに、何故か残る不安と焦燥――それらから目を逸らすかのように、自分達は互いを特別扱いして、毎日くたくたになるほど遊び、体を求め合った。
 春に稲羽を去った彼と、しばらくメールや電話はしていたが、段々と回数は減り、やがてぷつりと途絶えた。長期休みには可能な限り遊びに来ると言っていたのに、ゴールデンウィークも夏休みも、それらしい理由を付けて顔を見せなかった。こちらから連絡を入れても返事はない。関係が終わったのだと悟らざるをえなかった。
 言葉では言い表せないほどの複雑な感情が陽介の中にはあったが、なんとなく分かっていたのだ。あの日々は偽りだと、彼は恋人ごっこをしていただけだったのだと。それに、一緒にいる時は、彼は確かに自分を大切にしてくれていた。そのやさしさは嘘ではない。だから、彼のことは忘れ、綺麗な思い出だけを胸に仕舞って生きて行こうと、気持ちの整理がつけられたのだ。
 だが、運命の神とやらは残酷で、約十年後に二人は再会した。皮肉にも、ある事件の担当検事と、弁護士の助手として。
 大人になった孝介は、変貌していた。昔から綺麗な顔をしていたが、やわらかさの消えた顔は冷たいほどの美貌をたたえ、長い手足に余分な肉は殆ど無い。痩せた。陽介の好きだった涼やかな声は常に研ぎ澄まされ、鋭く尖っている。立ち振る舞いや言葉からは氷のように怜悧な印象を受けるのに、目ばかりがぎらぎらしていて、だからこそ余計に身の内にある狂気を感じた。
 何よりも驚いたのは、その残酷さだ。ありとあらゆる手段で被告人に不利な証拠を集め、時には捏造まがいのことまでし、何が何でも有罪判決をもぎ取る。情状酌量など一切ない。月森孝介は血も涙もない、冷徹な法の僕になっていた。
 (どうして、こうなったんだろう)
 耳元で聞こえる荒く湿った息遣いや、最早抑えることができずひっきりなしに漏れている己の嬌声をどこか遠くに聞きながら、陽介は自問する。本当は、もう既に答えは出ている。月森孝介は、高校三年生の冬を境に、変わってしまったのだ。彼の家族を襲った不幸な出来事と、そのきっかけとなった事件のせいで。


 二〇一二年の秋。アメノサギリを倒して晴らしたはずの霧が突如として稲羽に溢れ出し、人々が次々に倒れた。菜々子もその一人だった。
 一年前と同じように、少女は原因不明の病に侵され、衰弱してゆく。そして、懸命の看病も空しく、今度は助からなかった。陽介や他の仲間にとっても愛すべき妹であった堂島菜々子は、僅か七歳でこの世を去った。
 稲羽に寄りつかなくなった孝介も、その時ばかりは戻ってきた。彼は幼い従妹を心から愛し、実の妹のように可愛がっていた。その悲しみはさぞ深かっただろう。孝介は自らも泣き腫らした目で、それでも両親と共に憔悴しきった叔父を支え、気丈に葬儀を取り仕切っていた。お悔みくらいしか言葉を交わせぬまま、葬式の数日後、孝介は再び都会へ去って行ってしまった。
 だが、彼の家族を襲った悲劇はそれで終わりではなかった。堂島が失踪したのだ。妻を亡くし、その僅か二年後に残された唯一の娘も失った彼の心は壊れてしまったのだろう。堂島は霧に覆われた山中で行方不明になり、未だ遺体すら見つかっていない。孝介は、僅かな期間で大切な家族を二人も喪失したのだ。
 高校二年生の時はまだよかった。足立という明確な犯人がいて、苦しみも憎しみも彼のせいにすることができたからだ。
 だが、二度目の悲劇はそうもいかない。犯人は霧だ。やるせなさをぶつけることもできない。もしかしたら以前と同じように、アメノサギリの介入や、自分達や足立のような異能者が裏で糸を引いているのではないかと、陽介は稲羽に残ったメンバーを率いて何度もテレビの中に潜ったが、何一つとして手掛かりを見つけられなかった。かの地は未だ霧に覆われている。
 自分達はどこかで間違ったのだろうか――誰もがそう考え、しかし、口の出すのを恐れた。山野真由美と小西早紀を殺し、生田目に誘拐の幇助をしたのは間違えなく足立で、本人も罪を認めている。全てを終わらせようとしていた彼が、存続させるつもりのなかった世界にわざわざ時限爆弾を仕込んでおいたとは思えない。だから、もしかしたら彼の他に、まだ黒幕がいたのかもしれない。自分達はそれを見逃していたのかもしれない。そのせいで菜々子は、堂島は、死んでしまったのかもしれない。
 悶々としていた自分達に、長引いていた足立の裁判が終わったという知らせが届いた。判決は懲役九年だった。罪状は未成年者の誘拐幇助と公務執行妨害のみ。被告が自供したにも関わらず、殺人罪も、障害致死罪も認められなかった。今の陽介ならば、凶器も、犯行を裏付ける証拠も何一つとしてなかったため、別の罪状でしか起訴できなかったのが分かる。もしかしたら警察官の犯罪を検察が隠蔽しようとしたのもあるかもしれない。
 犯した罪よりも軽いと思わざるをえない罰に、陽介達は落胆し、正義だと信じていた司法への不審を覚えた。足立の罪過を自分達は知っているのに、本人も認めているのに、こんな結果が許されるのだろうか。それでは、陽介たちが命を賭して掴んだ真実の意味がなくなってしまう。
 そこに確かな罪があるのに、償わせることができないのなら、真実を求める意義はあるのだろうか。生田目がそうされかけたように、証拠が作られてしまえば、真実すらも偽造されてしまう。偽りの前提の上で論じられ、下される法の鉄槌は、最早正義ではないのではないか。
 陽介は悩んだ。そして悩み抜いた末、真実を守れるよう、法曹界を目指そうと決めた。
足立を許せはしないが、菜々子と堂島の件について彼を恨むつもりはない。彼は上司とその愛娘を気に掛けていた。彼らの訃報を知り、自分達と同じように悲しんだはずだ。陽介が望むのは、真相を明るみに出し、事実に基づいた裁きを下すこと。弁護士や検察官になれば、ほんの僅かでもその力が手に入ると思ったのだ。
 それから一年、ひたすら勉強に打ち込んだ。予定していた合格圏内の大学の入試を受けず、一年浪人してランクの高い大学の法学部を受けるためだ。父親の本部転属に伴い、陽介の高校卒業を待って花村家はクマを連れて東京へ引っ越したため、仲間達とは離れてしまったが、薄情なリーダーとは違い、彼らはずっと応援してくれた。家族も惜しみなく支援してくれた。そのおかげで一年後、陽介は見事、第一志望の法学部に合格し、法科大学院を経て司法試験にも一度でパスした。
 自分達は、真実が見えないゆえに苦しみ、また、隠匿されたことに失望した。同じような想いをしている人を助けたい、その願いから陽介は弁護士の道を選んだ。
そして、孝介は検事になった。菜々子と堂島を失った悲歎から抜け出せず、二人の死を足立のせいにし、罰せられない罪を、ひいては罪人全てを憎んだまま。誰よりも真摯に「本当」を追い求めていたはずの少年は、省みられない真実に絶望し、消えてしまった。


 「…何、考えてるの? 陽介は今、オレに抱かれてるんだから、オレのことだけ見て、考えるべきだろ」
肉を打つ音が早くなる。意識を飛ばしていても、与えられる刺激に体は正直で、陽介の前はぱんぱんに張り詰めていた。先端からは止め処なく蜜が溢れ、竿を伝って袋を、その奥にある窄んだ場所までも濡らしている。後穴から垂れたローションと、陽介の体液、二人の汗で、シーツはびしょびしょのぐしょぐしょだ。
 性器を触られていないのに、彼の凶悪な楔で貫かれるだけで、脳髄が痺れるほどの悦楽がはしる。少しだけ痛くて、でも気持ちいい。気持ちが良すぎて泣きたくなる。衝動的に彼に抱き着き、足を絡めて結合を深くすると、男は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔だけは高校生の時と変わっていない、唯一のものだった。
「ようすけ」
汗ばんだ額にキスが落とされる。胸に広がるのは幸福と、それ以上の悲しさだ。富と権力を手に入れても、彼は孤独で、何も持っていない。だからこうして陽介を縫い付ける。体を使って繋ぎ止めようとする。そんなことをしなくても、ただ一言、あいしていると言ってくれたら、自分はずっと側にいるのに。
 憐れなかつての恋人の背中に、陽介は爪を立てる。可哀想で、可哀想だから、尚更いとおしい。
「孝、介」
彼がまた昔のようにやわらかく笑えるようになるのなら、自分なんていくらでもあげるのに。命だって捧げてもいいのに。陽介は、どうしようもなくあいしているのだ。愛しい人の死に耐えられず、心を壊してしまったこのやさしい男が。
 だが、どんなに愛を囁いても、陽介の言葉は響かない。凍り付いた孝介の心に届くのは、有罪の判決だけなのだから。
(それでも、いつか)
無駄とは知りつつも、自分の唱える異義がいつか彼の氷った心を溶かすのを祈りながら、陽介はかわいそうな男の首に回した腕に力を込める。ひそやかな狂気を身の内に飼う男は、子を成すことのない種を胎内に放った後、うっそりと呟いた。
「聞こえるんだ。有罪を求める群衆の声が――」




***********




 春は嫌いだ。
 ぬるんだ空気も、長くなる日も、人々の浮足立った足取りも、何もかもが鬱陶しくてたまらない。特に風の運んでくる別れのにおいが、あの日の突然の別離を思い出させ、オレを苦しめる。忌々しい。仕事が忙しいのもあるけど、おかげでろくに眠れやしない。
 オレは高額納税者の証である紫煙を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。そして幾度となく繰り返した疑問を己に問うた。
 どうして、あの子が死ななければならなかったんだろう。
 どうして、彼までもが死ななければならなかったんだろう。
 愛らしい従妹と敬愛する叔父。何一つ罪など犯していない、善良な彼らが命を失ったのに、何故、原因を作ったあの男がのうのうと生きているのか。十年経った今も、オレの中の怒りは褪せることはない。寧ろ強くなってゆく。
(許さない。許せない)
 オレ達が掴んだ真実なんて、結局なんの意味もなかった。あんなに必死だったのにな。だったら、最初から真実なんていらない。都合のよい事実だけがあればいい。それを武器に、オレは罪人どもを裁いてきた。
(どんな内容であれ、罪は悪だ。罰を与えるべきなんだ。…なんで分かってくれないんだろう)
 オレはあいつのことを考え、溜息を吐く。偶然再会したかつての恋人は、相変わらず情に厚くて、お人好しで、犯罪者の弁護なんかをしている。こともあろうに無罪や減刑を主張してくる。理解できない。
 あいつは、人間の本性というものをちっとも理解していない。ヒトは綺麗な生き物じゃないんだよ。そんなんじゃ、いつか利用されて犯されて捨てられるぞ。危なっかしくてしょうがないから、オレが正しい道を示してやらないと。
(そう、オレは、間違ってなんかない)
だって聞こえるじゃないか。有罪を求める群衆の叫びが。
 睡眠不足を訴える頭の中で、声が響く。憎しみを糧に、己を走らせ続けるために押し込めた感情達の、解放を求めるシュプレヒコールが。五月蝿い、邪魔しないでくれ。オレは立ち止まってなんかいられないんだ。
 ああ、やっぱり、春なんて嫌いだ




END

PR

comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]