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distortion of memory

※陽介女体化(後天)注意
過去のWeb拍手お礼小説サルベージです。年が明け、平和になって気が抜けたのか、風邪をひいたセンセイのお見舞いに来た陽介。甲斐甲斐しいその姿を見るうちに、何故か彼女によく似た少年の姿を思い出す堂島。
堂島さんが陽介が男だったことを思い出す話です。もう捏造どころの話じゃないのでにょたシリーズがお好きな方だけ…ドゾ…

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 窓ガラスにはびっしりと結露が張り付いている。凍えそうなほどの寒風がかたかたと窓を揺らすが、部屋の中は暖かい。寧ろ暑いほどだ。
「ようすけ…」
堂島家の孝介の部屋、主は分厚い掛布にくるまれ、熱に潤んだ頼りなげな瞳を向けてくる。端正な顔は気だるげに弛み、陽介の大好きな透き通った声は無惨に掠れていた。風邪だ。庇護欲というべきか、ついには自分にも母性本能というものが目覚めたのか、とにかく孝介がいとおしくて陽介はやさしく彼の髪を撫でた。孝介は気持ち良さそうに目を細める。
「ポカリ飲むか?」
「ん…」
ちいさく頷いた彼が上半身を起こすのを手伝ってやり、スポーツ飲料の入ったペットボトルの蓋を空けて渡してやる。孝介は常の機敏な動作からは考えられないほど緩慢な動きで中身を煽り、三分の一ほどを飲み干してから一息吐いた。
「ほら。貸せ」
ボトルを受け取りサイドテーブルに置いて、陽介は再び彼に向き直る。用意しておいたタオルで顔や項に滲んだ汗を脱ぐってやれば、孝介はとても嬉しそうに、蕩けそうな笑顔を見せた。
「んだよ」
「甲斐甲斐しいなって。新妻」
陽介はぺしり、と汗ばんだ額を叩いて言葉を封じる。拗ねた顔を無視して寝間着代わりのシャツに手を掛ければ、汗でじっとりと湿っていた。
「アホなこと言ってないで、上着替えるぞ」
「うん…」
 動くのもだるそうな彼の上着に手を掛け、陽介は一息に脱がせる。今まで数え切れないほど服を脱がせあったことがあるため手慣れたものだ。露になった孝介の上半身は、細身ながらもしっかりと筋肉が付いており、数日前にその胸にすがって散々鳴かされた記憶が蘇って陽介は顔を赤くする。動きを止めた陽介に孝介が不思議そうな視線を向けているのに気付き、彼女は慌ててタオルを手に取った。
「体拭くぞー」
準備しておいた濡れタオルで体を拭う。孝介は体を起こしているだけで辛いのか、向かい合った陽介の肩に顔を埋めて力を抜いた。男女の体格差に加えて、孝介は筋肉があるため重い。華奢な陽介では彼の体を支え切れず、押し倒される形で布団の上に倒れ込む。
「ちょ、孝介っ!」
「ご、め…」
孝介は弱々しく謝罪をするが、その声に力はなく、漏れる息遣いは荒かった。何とかして彼の体の下から這い出ようとするが、力の抜けた男の体はびくともしない。制服のスカートが捲れて太股が露出しただけだ。ようやく女の体に慣れてきたとはいえ、以前の自分ができたことができない時、どうしようもなくやるせなくなる。陽介は精一杯その細腕に力を込め、恋人を退かそうとした。
「孝介、どけって。重い」
「…う…ん……」
少し前に飲んだ薬が効いてきたのか、彼は明らかに眠りにつく直前の息遣いで頷く。このままでは風邪を引いてしまう。陽介は慌てて孝介の背中を叩いた。
「おい孝介!だめだってば!」
「んー…」
 孝介は無意識のうちに体を擦り寄せてくる。乱れた息が耳にかかり、背中をはしったぞくりとした感覚に陽介は体を跳ねさせた。
「やっ…」
「――入るぞ」
ノックの音とほぼ同時に扉が開く。そこに立っていた堂島とは一瞬固まった後、わなわなと拳を震わせて叫んだ。
「…っ、お前ら、何やってるんだ!!!」




 十数分後、誤解の解けた陽介は、ばつの悪そうな堂島と居間で対面に座っていた。
「あー…、悪かった」
彼はがしがしと頭を掻いた後、律儀に頭を下げてくる。相手が子供であっても道義を通す彼の在り方が陽介は好きだった。彼女は慌てて首を横に降る。
「や、気にしないでください。確かにその、疑われても仕方ない状況だったし」
 当の本人は今は薬が効いて、自室の布団の中で安らかな寝息を立てている。暖かいお茶をトレイに載せて運んできた愛娘の頭を撫でてやり、カップの中身を一口啜ってから、彼は再び頭を下げた。
「すまんな、孝介の事で色々面倒掛けて。病院に連れて行ってくれたのもお前だって菜々子から聞いた。正直助かった」
「いや、ホント気にしないでくださいよ!お…私が、あいつのために何かしたかっただけなんで」
恥ずかしそうに頭を降る陽介を、堂島は微笑ましい気持ちで見る。モデルのような美少女は、見栄えのよい甥と並ぶと雑誌から抜け出てきたかのようなカップルだ。しかし華やかな外見を持ちつつも、中身は至って真面目で繊細なことを、長くはないが短くもない付き合いの中で堂島は知っていた。
(いい彼女を、見つけたな)
 自慢の甥子は大層もてるようで、下は乳児から上は老人まで稲羽中の住人から好意を寄せられている。叔父としては鼻が高いが、同年代の女子の恋愛感情を多分に含んだ視線の多さには、いささか不安を覚えるほどだ。かといって節操なしという訳ではなく、孝介は数多の女性の中から陽介を選んだ。目の前の少女は甥の「特別」で、溺愛していると評しても過言ではない。だからと言って彼女は好意を享受しているだけではなく、自らも返そうとしている。想い合っている。平均寿命の半分ほどを生きた堂島から見れば、高校生の恋愛などままごとのようだが、しかし二人の関係は幼い分だけ純粋で、善いもののように思えた。
 未来の孝介の姿を思い描く。一年後も、二年後も、何年経っても孝介の隣に立っているのは陽介しか思い浮かばなかった。
(こりゃ、結婚でもするかな)
 菜々子が父の服の袖を引っ張って言う。
「あのね、陽介おねえちゃん、ごはん作ってくれたんだよ。おうどん。おやさいととりにくがいっぱい入ってるの。おいしかった!」
「そうか。悪いな、何から何まで」
 三度頭を下げられ、陽介は恐縮するしかない。
「材料と台所、勝手に使っちゃってスミマセン。あんまり料理慣れてなくていっぱいできちゃったんで、美味しくないかもしれないですけど、よければ堂島さんも食べてください」
「じゃあ、ありがたく頂くか。…っと、その前に、お前を送って行かなきゃならんな」
 時計を見れば既に二十時を回っていた。腰を上げようとした堂島を、陽介が慌てて制す。
「あ、あの!私ん家、仕事で誰もいないんで、よければもう少し孝介についててもいいですか?あと、うどん伸びちゃうんで…」
顔を赤らめて必死に懇願する陽介に、堂島はふ、と表情を緩ませた、
「…三十分くらいなら、構わないぞ。じゃあその間に夕メシをご馳走になるかな。菜々子、そろそろ風呂に入りなさい」
「はぁい。おねえちゃん、菜々子が出るまでいてね?やくそくだよ」
菜々子はきゅうと陽介の手を引っ張った後、風呂の準備のためぱたぱたと自室へ戻っていった。愛娘の背中を見送り、堂島は呟く。
 「菜々子は、随分とお前に懐いてるな。結構人見知りをする子なんだが」
「最初の頃はちょっと警戒されてましたけどね。でも、大好きなお兄ちゃんの友達だってことが分かってもらえたら、すぐに仲良くなってくれました」
うどん温めますね、と笑う陽介の姿が、不意に彼女によく似た少年の姿と重なった。稲羽では珍しいハニーブラウンの髪に、少女のような整った甘い顔立ち、細い体。首に掛けたオレンジ色のヘッドフォン。その少年は、孝介と同じ八十神高校の男子制服を着ていた。そして、孝介の一番近くで笑っていた。今の陽介と同じように。
「っ、あ」
 つきり、と頭の奥が痛む。耳鳴りがする。様子のおかしい堂島に気付き、陽介が慌てて駆け寄ってくるが、掛けられた声に激しい違和感を覚えた。
「堂島さん!どうしたんですか?!」
 ――違う。
 本能が否定をする。「花村陽介」の声はこんなに高くはない。名残を残してはいるが、ソプラノではなくよく通るテノールだったはずだ。スカートの裾はこんなにもひらひらと揺れていなかった、というかそもそもスカートを穿いていなかった。細身とはいえ、やわらかさのない体付きだった。皆から「陽介」と当たり前のように呼ばれ応える彼女、疑問に思って尋ねたら孝介はあだ名だと言っていたが、堂島の頭の中には突如としてもう一つの答えが浮かび上がってきた。

 「……花村。お前、本当に、女か?いや、男だったの、か?」


 「…何を、言ってるんですか」
少女の声は乾き、ひび割れていた。ヘーゼルの瞳には先程までなかった壁が一瞬にして築かれている。それでも、数々の嘘を暴いてきた堂島の視線を反らさず、受け止めたのには思わず褒めてやりたくなった。華奢な外見よりも彼女はずっと強い。堂島はできる限り感情的にならないよう、痛みの引いてきた頭を押さえながら言う。
「とぼけるな。…別に、責めてる訳じゃあない。信じられん話だが、「ペルソナ」とやらの力がなければ、菜々子は助からなかっただろう。だがな、知りたいんだ。お前達が、俺が、戦っていたのが何だったのかを」
四月から起きた連続殺人・誘拐事件。諸悪の源は、出来が悪いなりに可愛がってきた自分の部下だというのを、堂島には未だ心のどこかで受け入れられずにいた。自らの預かり知らぬところで何が起き、甥とその仲間が何をしていたのか。警察という組織に組み込まれた自分は、何と戦っていたのか。堂島には分からない、だから理解も納得もできない。
 大切な家族が、そして家族の大切なものが、不可思議な世界の干渉によって再び危険に曝される可能性があるのならば、堂島は知らなければならない。受容できるかはともかくとして、必要であれば動き、身を呈してでも守らなければならない。
(随分と、口が回るようになったな。俺も)
 堂島は反応を決めかねている陽介を見据えたまま、皮肉げに口の端を歪める。11月のあの日、署の一室で孝介は全てを話そうとしたが、当時の自分は冷静ではなかった。彼を信じ切れていなかった自分が恥ずかしい。あれから改めて話を聞く機会も作れず、消化不良になっていたところに、チャンスが向こうから転がり込んで来たのだ。逃す訳にはいかない。
 沈黙が居間を支配する。凍った空気を破ったのは、陽介だった。す、と足を踏み出した彼女はテレビを背にして立つと、後ろ手に、ゆっくりと画面に触れる。その目は堂島が知る「女」のものではない、時折甥が見せるのと同じ、高校生にしては胆の据わった「男」のものだった。
「――俺が何を話したとしても。孝介に対する態度を変えないって、約束してくれますか」
彼女はこんな時でも、自分ではなく孝介のことを想っている。真摯な瞳に誠意をもって頷けば、陽介は観念したように息を吐いた。ずぶり、と白く細い手が黒い画面に沈む。
「!」
「堂島さんの記憶は、間違ってませんよ。俺は、男です。いや、男でした、かな。少なくとも、生まれてから、去年の秋までは」
陽介は手を引き抜くと、静かに話し始めた。常の軽妙な口調からは想像もつかないほど、深い声色だった。
 「孝介がどこまで話したか分かりませんけど、テレビの中には、霧だらけのもうひとつの稲羽があるんです。あっちはシャドウっていう化け物がうじゃうじゃしてて、生身の人間が長くいられる場所じゃない。こっちで濃い霧が出る日に、テレビの中にいた人間は、シャドウに殺される。…山野真由美や、小西先輩みたいに」
「あいつも、同じことを言っていた」
陽介は頷き、先を続ける。
「事件の被害者は皆、生田目と、足立、さんによって、テレビに落とされました。あの二人と孝介は、何でか分からないですけど、テレビの中に入れる特別な力を最初から持ってたんです。俺はたまたま孝介と一緒にテレビの中に落ちて、そこで自分の影…っていうか、隠してた後ろめたい部分と向き合って。それがペルソナっていう、シャドウと戦う力になって。ペルソナを手に入れた奴は、テレビの中に入れるようになるんです。孝介には最初からペルソナがいましたけどね」
テレビの中、シャドウ、ペルソナ――立て続けに出てくる常用ではない単語に、堂島は思わずメモを取りたくなった。陽介が嘘を言っていないのは、話し方からも、深くはないが浅くもない付き合いから分かる。だがすぐに吸収できるほど、彼の頭はもうやわらかくなかった。理解を計るかのように小首を傾げる陽介に、堂島は呻くように「続けてくれ」と呟く。
 「…俺は、もう、小西先輩みたいな目に遭う人を出したくなかった。だから孝介に頼んだんです。一緒に犯人を探してくれって。ペルソナの力があれば、テレビの中に放り込まれた人を助けられるはずだからって。こんな話、警察が信じてくれる訳ないから、俺達で真犯人を捕まえてやろうって。孝介は引き受けてくれました。決めたのはあいつですけど、持ちかけたのは俺です。俺が言わなけりゃ、あいつが事件に関わること自体なかったかもしれません。孝介は、自分のせいで菜々子ちゃんや堂島さんを巻き込んだって、今でも気に病んでます。11月のあいつは、見てるこっちが辛いくらいでした。俺が言うのも、ええと、おこがましい?と思うんですけど、あいつを責めないでやってください」
そこまで言った陽介は、話が逸れたことに気付いたのか、少し早口になって言う。
「俺達はペルソナの力で、テレビの中に放り込まれた人達を助けました。天城も、完二も、りせも直斗も、ペルソナを手に入れて、仲間になってくれました。でもシャドウはどんどん強くなるし、犯人も、犯人の目的も全然分からなくて、少しでも強くなっとかなきゃって、テレビの中を探索してたんです。あの日も」
言葉を切った彼女は、きゅ、とセーラー服の胸元を握り締める。
「適当に腕慣らしして、帰るかって時に、変なシャドウに襲われて。なんでか俺、女になっちまったんです。テレビの外に出ても治らないし、時間が経ってもそのまんまだし。しかも、いつのまにか周りの記憶まですり替わってて、俺が男だってことを覚えてたのは、孝介達と、うちの親だけでした。それ以外は皆、俺のこと、最初から女だと思ってるんです。堂島さんも、菜々子ちゃんも、学校やバイトの知り合いも、みんなみんな。記憶だけじゃなくて、色んな書類も、戸籍までも、俺は女ってことになってました」
「……」
陽介の声は語尾が震えていた。彼女は今にも泣き出しそうな笑顔で言う。
「おかしいでしょ?でも、どうやったって元に戻れなかったんです。だから俺はもう、女として生きてくしかないんですよ。…こんな訳の分からない奴が、大切な孝介や、菜々子ちゃんの傍にいるの、許せませんか」
 涙の膜で揺れるヘーゼルの瞳を向けられ、堂島は言葉に詰まった。正直なところ、陽介の話はあまりにも突拍子がなさすぎた。堂島の中に「花村陽介」の記憶がなければ、テレビに沈む手を見せつけられなかったら、彼女がどんなに真剣でも妄言だと一笑に伏していただろう。突きつけられた真実は、堂島の許容範囲を軽く凌駕していた。
 目の前で震える肩は薄い。丸みを帯びたライン、ふっくらとした唇、華奢な体、どこからどう見ても彼女は女である。それでも、堂島は覚えている。甥よりも細いもののさほど変わらない背丈の少年が、今の彼女と同じ位置、孝介の横で笑っていたのを。
(本当、なんだろうな)
 目に見えないもの、理解できないことを否定し、見えるもの、都合のよいことだけを信じて生きてゆくのは楽かもしれない。だがそれはきっと真実ではなく、堂島の知りたかった答えではない。望んで得た解なのだから、どんなに時間がかかっても、全てを許容できなくても、頭ごなしに拒絶することだけはしてはならないと己に言い聞かせる。
 息をひとつ吸って、吐く。無性に煙草が吸いたかった。衝動を抑え、堂島はゆっくりと、押し出すように言葉を紡いだ。
「――許す、許さないは、俺が決めることじゃないだろう。孝介とお前が一緒にいることを選んだのなら、公序良俗に反さない限りは、俺が口を出すことじゃあない」
ひゅ、と陽介は息を呑んだ。みるみる間にその大きな瞳に涙が溜まる。ぎょっとする堂島の前で、陽介はまるで少年のように、両腕を交差させてで顔を覆った。
「お、おい、泣くな」
「っ、だって、堂島さん、が」
 陽介は必死に嗚咽を堪えようとしているが、殺しきれない嗚咽が口から漏れている。堂島は生まれてからずっと男で、女になったことなどない。だから陽介の気持ちを完全に理解することはできない。想像の上での慰めなど、彼女にとって無意味どころか傷付けるものでしかないだろう。分からないものを分かったふりなどしたくなかった。社会に出て、大人として、父親として、己にも相手にも嘘を吐くことは多々ある。だが隠すことなく話してくれた陽介に、下手な同情を向けるのは失礼な気がしてならなかったのだ。
 悩みに悩んだ末、堂島は菜々子にしてやるのと同じように、ためらいがちにハニーブラウンを撫でた。
「あー…これからも、孝介と菜々子を、よろしくな」
陽介は泣きながらこくこくと頷く。流れる雫は一向に止まらない。どうしたものかと途方に暮れていると、不意に台所の方から声がした。
「――おとうさん?陽介おねえちゃん?」
菜々子だ。風呂から上がったばかりの少女は陽介の伝う涙の後を見咎め、その凛々しい瞳を鋭くして父を睨んだ。
「おとうさん!どうして、おねえちゃんをいじめるの?!」
小走りに駆け寄り、陽介と堂島の間に割り入った少女に、陽介は慌てて否定をする。
「な、菜々子ちゃん、違うんだ」
「でも!おねえちゃん、ないてる!」
陽介はしゃがみ込んで菜々子と視線を合わせ、涙の混じった、けれどもやさしい声で言った。
「ありがとう、菜々子ちゃん。でも本当に違うんだ。俺が泣いちゃったのは、堂島さんがすごく嬉しいことを言ってくれたから、感動しちゃったんだよ。いじめられたワケじゃないから」
ね、と同意を求められ、堂島は深く頷く。愛娘は暫く難しい顔をしていたが、陽介にもう一度諭され、ようやく誤解を解いてくれた。
 「菜々子…お父さんは、そんなに信用がないのか」
「だ、だって!おねえちゃんは、菜々子みたいになかないもん。つよいんだもん。だからおとうさんがいじめたのかなって、おもって…」
今度は菜々子に泣かれそうになり、堂島は慌てて少女を宥めた。
「ああ、もういい。悪かった。ほら、髪をちゃんと乾かしなさい、風邪ひくぞ」
くしゃり、と湿った髪を撫でてやれば、菜々子は素直に「はぁい」と返事をして再び洗面所へ戻ってゆく。小さな背中を見送りながら、堂島は溜息を吐いた。陽介はごしごしと涙を拭って申し訳なさそうに頭を下げる。
「す、すみません。俺のせいで誤解されちゃって」
「いや、構わんさ。…ああ、もうこんな時間か」
 壁に掛った時計の針は、既に約束の時間を回っていた。堂島は棚の上に置いた車のキーを手に取り、玄関へと向かう。
「うどんは後でいただくとしよう。送って行くから、孝介に一言言ってきなさい」
「あ、はい」
 陽介はくるりと踵を返し、二階へ上がってゆく。ふわりと揺れるハニーブランが過去の少年と重なり、堂島はまた落ち着かない気分になった。




**********




 「――入るぞ」
陽介を無事に送り届けた後、堂島は甥の様子を見るために彼の部屋に足を踏み入れた。薄暗い室内で、銀糸の髪が淡く光っている。眠りが浅かったのだろう、孝介は緩慢な動作でこちらを見た。
「遼太郎、さん」
掠れた声を痛ましく思いながら、彼の横に腰を下ろす。起き上ろうとするのを手で制し、堂島はゆっくりと口を開いた。
「花村、送ってきたぞ。…孝介、お前、これから先どうするつもりだ?」
わざと省いた言葉でも、大層頭のよい少年は堂島の言いたいことを察したようだった。孝介は熱で霞んだ瞳で、それでもしっかりとした口調で答える。
「来年一年間は、離れなきゃいけないけど。陽介、東京の大学受けるって言ってるから、大学生になったら一緒に住みます。同じ大学はどうかは分からないけど、絶対、同棲する」
「…そうか」
 孝介に同情の色は一切なく、感情のベクトルはただただあの少女に向いていた。元が男だというのはあまり関係なく、彼は「花村陽介」を愛したのだろう。未だ納得し切れてはいないが、ここまで互いに想い合い、求め合っているのならば、口を挟むような野暮な真似はしたくない。沈黙をどう受け取ったのか、孝介は至極真面目に続ける。
「大学行きながらお金貯めて、就職して、ちゃんと自分の収入で二人が生活できるようになったら結婚して。陽介もやりたいことあるだろうから、子供は三十歳までにできればいいと思う。できれば二人は欲しいけど、無理しない範囲で。それで、二人でずっとずっと、一緒にいるんです」
「……そうか」
常の孝介ならば絶対に口にしないようなことまで喋っているのは、やはり熱のせいなのだろう。額に貼った冷却ジェルの上に手を置くと、かなりの熱さを感じた。孝介は子供扱いされたと感じたのか、珍しく拗ねたように唇を尖らす。
「遼太郎さん、オレ、本気ですよ。結婚式には菜々子と二人で出てくださいね」
 孝介は自分が決めたことに責任と自信を持っている。今話した内容は、彼にとっては夢物語ではなく、叶えるべき未来の指標なのだ。生きることはそう簡単ではないし、自分以外の誰かの人生を預かるというのならば責任は倍以上だ。どんなに大人びていても、孝介はまだ高校生でしかない。一生の選択をするには早すぎる。それでも、彼は願いを叶え、その隣には陽介がいるのだろう。やはり何年経っても、孝介の隣りにいるのは陽介以外に思い浮かばなかった。
「ああ。大事にしてやれ。…悪かったな、起こして。しっかり休めよ」
 身動ぎでずれた掛布を直してやり、堂島は部屋を出る。今日は久々に亡き妻と共に晩酌をしたい気分になり、彼はすっかり孝介に管理されている冷蔵庫の中身を思い浮かべたのだった。




END

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