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愚者は吊り橋の上に立つ・2

久々の更新です。そして短いです。陽介がひたすらぐるぐるしてます。
この次はようやくキレたセンセイとおいかけっこですよ…!

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 ホームルームが終わり、柏木が出てゆくと同時に教室内は一気に騒がしくなる。陽介が凝り固まった体を解すために伸びをしていると、振り返った孝介が話し掛けてきた。
「陽介。今日暇か?買い物付き合って欲しいんだけど」
陽介は逡巡の後に、心底申し訳ないと思いながら首を横に振る。
「悪ぃ、今日はちょっと用事あるんだ」
「そうか。明日は?」
「大丈夫」
自分の返事に、孝介は安堵と嬉しさに満ちた甘い笑顔を浮かべた。その綺麗さに彼の顔が直視できず、陽介は頬が赤いのを自覚しながら視線を逸らす。孝介は益々笑みを深くして囁いた。
「じゃあ明日、楽しみにしてるから。急にバイト入ったとか言うなよ」
「当たり前だろ。お前との約束、よっぽどのことがなきゃ破ったりしねーよ。んじゃな!」
 名残惜しさを振り切りように席を立ち、陽介は相棒に手を振って歩き出す。そのまま昇降口に向かうかと想われた彼は、しかし階段を下ではなく上へと昇った。屋上への扉を開けると、まだ放課後になってから少ししか経っていないため、人影はひとつもない。陽介は階段の後ろ、傍目には気付かれにくい場所に腰を下ろし、大きく息を吐いた。

 吊り橋理論に基づく勘違いの恋であるかを見極めるため、孝介の観察を始めて今日で一週間になる。距離を置こうと決めたものの、彼とは席が前後なこともあるが学校にいる間は殆ど一緒に行動しているし、放課後も部活がない日は当たり前のようにつるんでいた。急に避けたら不審に思われるし、何より陽介自身が寂しかったので、誘いを断るのは二回に一回と決めている。用事があると告げた時の彼の表情を思い出すと罪悪感に駆られるが、陽介は戸惑いを掃うように頭を振った。
 (お、始まった)
風に乗って楽器の音が響いてくる。今日は吹奏楽部の日だ。最近は事件も落ち着いているので、何もなければ彼は部活へ顔を出すはずである。教室練の屋上からは実習練がよく見える。音楽室の窓の向こうには、トランペットを抱えている孝介と、彼と楽しそうに談笑している少女の姿があった。ちくり、と陽介の胸は痛んだ。
 入れ替わり立ち替わり、何人もの部員が孝介に話しかける。その一人一人に孝介は笑顔を返し、時に身振り手振りを交えて相槌を打っていた。あそこにいるのは特別捜査隊の、自分の相棒である月森孝介ではない。あれも彼の顔のひとつ、いわばペルソナなのだろう。自分の知らない孝介が、自分の知らない顔が彼にあるがことがむしょうに腹立たしくなり、陽介は苛立ち紛れに頭をがしがしと掻いた。
(ああもう、訳分かんねぇよ!)
 距離を置いて分かったことなど何一つなかった。命の危険に晒されることのないテレビの外だというのに、冷静になろうと思えば思うほど、彼の格好良さだとかやさしさだとかそういったプラス要素しか目に付かず、却って惚れ直してしまう始末である。自分はどうやら思っていた以上に孝介のことが好きらしい。それは認めざるを得ない。
 孝介の自分に対する態度も揺るぎ無い。以前のように思い詰めたような表情を浮かべることはなくなり、代わりに熱を帯びた視線を向けてくるようになった。彼から向けられる想いは、数日距離を置いたところで冷めるようなものではない。疑うべくもなく、孝介は自分を好いてくれている。だからこそ陽介は悩む。
(なぁ。どうして俺なんだ?)
彼の周りには、愛すべき女性が沢山いる。千枝、雪子、りせ、直斗――特別捜査隊の女子は漏れなくリーダーに想いを寄せていた。彼女達だけではなく、校内一の美女の座を雪子と争っている海老原あいや、吹奏楽部の努力家な後輩である松永彩音もそうに違いない。果てには人妻やナースとまで親交を深めているという。彼女達のようにやわらかくも可愛くもない自分を、どうして孝介は選んだのだろうか。綺麗だ、と、いとおしい、と彼は言ってくれたが、陽介は自分がその言葉に釣り合う程の人間とはとても思えなかった。
 応えはどこからも返ってこず、野球部のノックの音と、調子の外れた金管楽器の音色だけが、秋から冬に変わり始めた空に吸い込まれていった。


 日が落ちてきた所で観察を諦め、陽介は学校を出た。ぴう、と吹き付ける風は既に冬の寒さを孕んでいる。足元から這い上がってくる冷気に耐え切れず、陽介は少し寄り道をして帰ることにした。
 商店街の自動販売機で暖かい飲み物を買い、上着のポケットに入れて歩き出す。缶は火傷しそうなほど熱かった。閑散とした商店街を冷たい風が吹き抜けていくが、カイロ代わりのジュースがあるだけで幾分ましに感じる。
「――あれ、花村先輩、一人?珍しいね」
マル九の前を通った所で店仕舞いの準備をしていたりせに声を掛けられ、陽介は顔を綻ばせた。割烹着を着ていても彼女は愛らしい。自分には持ちえない輝きを持っている彼女が眩しくて陽介は目を細めた。
「よぉ。おつかれさん」
「えへへ。先輩はこれからバイト?それとも、もしかしてウチにお使い…じゃないか」
陽介が豆腐を苦手としていることを仲間達は皆知っている。陽介は苦笑して頭を振った。
「ホントにたまたま通りかかっただけ。邪魔して悪かったな。んじゃ、また明日な」
「あ、ちょっと待って!」
りせは一度店の中へ入ると、小さなビニール袋を手に戻ってくる。彼女はそれを陽介に手渡し、得意げな顔で言った。
「それ、油揚げ。今日はたまたま余ったから先輩にあげる。知ってる?油揚げって、お豆腐と同じ材料を揚げて作るんだよ。煮てもいいし、ちょっと炙って、お醤油を垂らすだけですっごい美味しいから、食べてみて!」
可愛い後輩に微笑まれ、陽介は相好を崩して頷いた。豆腐は苦手だが食べられない訳ではないし、人から貰ったものは無碍にしないよう教育されている。りせは満足したのか、「じゃあね!」と手を振り中へ戻って行った。揺れるツインテールを見て、陽介の胸はまた痛んだ。
 (苦しい)
家に帰ればクマがいる。きっと今の自分は酷い顔をしているだろう。余計な心配をかけたくなくて、陽介は寄り道を増やして辰姫神社へと向かった。
 暗くなり始めた境内には誰もいない。陽介は社の縁に腰を下ろし、少し冷めた缶のプルダブを開ける。ミルクティーの香りが辺りに広がり、甘さと温かさが緊張を解した。陽介はほぅ、と溜息を吐く。
(どうして俺、こんななんだろ)
自分の想いのベクトルは孝介へと向き始めている。本当はもっとずっと前から向いていて、男だとか親友だとか、そういう建前や自尊心がストッパーとなっていたため気付かなかったのかもしれないが。勘違いなのかどうかも最早分からない。ただ彼の特別でありたい、その気持ちだけは確かだった。
 孝介の気持ちは疑うべくもない。嘘が嫌いな彼は冗談でも人の心を弄ぶようなことは言わないし、彼のシャドウやテレビの中での告白を思い出せば、どれほど切実に彼が自分を求めているのか分かる。それでも、その気持ちを素直に受け取れないでいるのは――自分に自信がないからだ。誰からも好かれる月森孝介。頭もいい、顔も性格もいい、そんな彼と自分では吊り合いが取れない気がしてならないのだ。
 友人としては対等だと思っていた。だから傍にいられた。必要以上に自分を卑下するつもりはないが、自分は孝介に比べて勝るところは素早さくらいしかない。頭もよくないし、性格は悪くはないと思うが特筆して面白味がある訳でもない。外見はそこそこだが、それはあくまでも男としては、で、女のようなやわらかさも可愛らしさもない。そんな自分が孝介に愛されていいのだろうか。陽介は頭を抱えて唸った。膝の上でりせから貰ったビニール袋ががさり、と音を立てた。
 「コン!」
「うわっ!?」
ふいに足に何かが当たった。弾かれたように顔を上げると、いつの間にか現れたキツネが陽介の膝に前足を掛けている。相変わらず目つきが悪い。
 キツネの眼はマル九の袋に熱心に注がれている。中身を思い出し陽介は苦笑した。
「なに、お前、油揚げ欲しいのか?」
「コン!コン!」
キツネはこくこくと頷く。急かされるまま袋の口を開けると、中にはふっくらとした揚げが4枚入っていた。陽介は一枚を取り出すと、端を摘まんでキツネの前にぶら下げる。
「ホレ、一枚だけだぞ」
キツネは飛び上がってぱくり、とお揚げを咥える。美味そうに咀嚼する様を見守りながら、陽介は何ともなしに呟いた。
「なぁ。どうしたら、自分に自信が持てるようになるかな」
「…」
キツネは人語を喋れないが、明らかにこちらの言うことを解している。食べるのを止めて顔を上げたキツネに陽介は「なんでもない」と慌てて手を振った。キツネは小首を傾げ、食べかけの油揚げを一度地面に置くと、軽やかに飛び上がって姿を消す。暫くして戻ってきたキツネは、口に絵馬を咥えていた。
「?何コレ?」
キツネはぐいぐいと陽介に絵馬を押しつけてくる。受け取ったそれにはまだ何も記入されていない。地面を蹴って陽介の横に座ったキツネは、絵馬の裏面を前足で指した。どうやら願いを書け、ということらしい。
「いや、でも、書いてどうなるって問題でもないから。俺が…自分のココロに、ケリを付けなきゃいけないことだし」
「コーン!」
しかしキツネは引いてくれない。陽介は急き立てられるまま、鞄からマジックを取り出した。少し悩んだ後、陽介は薄闇の中を携帯電話のライトで照らし、精一杯綺麗な文字で願いを書く。

 『好きな人が幸せになれますように』

 自分の名前も、相手の名前もない。幸せ、なんて言葉の定義は曖昧で、こんな抽象的な願い事では神様も困ってしまうだろう。だが今の陽介にはこれ以外に祈ることが思い浮かばなかった。
 キツネは満足そうに喉を鳴らすと、書き終えた絵馬を咥えて去ってゆく。見ればお揚げは綺麗に平らげられていて、もう戻ってくることはなさそうだった。陽介はペンを鞄に仕舞い、飲みかけのミルクティーを手に歩き出す。
(そうだ、自分で、ケリを付けなきゃいけねーんだ)
 遠くの空に一番星が見える。感傷的な気分になり陽介は手を伸ばしてみたが、星が掴めることなどありはしなかった。




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