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ベクトルBの加速度指向性・3

※陽介女体化(後天)注意
康さまがだいすきなので活躍させてみました(笑 
センセイは「拗ねていた」くらいしか出番がありません。ずっと女子のターン。 

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放課後、天城屋旅館の雪子の部屋には、特別捜査隊の女子が一同に会していた。
「花村くん、相談って?」
改まって雪子に聞かれ、陽介は手を付け掛けた湯呑を盆の上に戻して答える。
「あの、さ。…俺、そろそろ腹、括らなきゃいけないと思うんだ。この体で生きる覚悟っていうか、つまりその、女として生きる覚悟」
睫毛の長い大きな瞳、華奢な体、はっきりとしたソプラノは、どこをどう取っても女性のものだ。だが心はまだ男のままで、孝介に愛された今でも女になりきれないでいる。真摯に紡がれる陽介の言葉を、誰もが真剣に耳を傾ける。馬鹿にされることも、無視されることもないのに安堵し、陽介は続けた。
「正直、別に無理して女らしくならなくてもいいって思ってたんだ。俺は俺だし、皆は分かってくれてるし、第一、17年間男として生きてきたのに、急に女らしくなんてなれねーよ。つか無理して女のフリする自分がキモい。…でも、それじゃダメなんだ。あいつの隣に立つには中途半端なんだ。だから」
陽介はあー、とか、うー、とか呟くと、耳まで真っ赤にして呟いた。
「ど、どうやったら、女らしくなれるでしょうか…?」
沈黙が部屋に満ちる。居た堪れなくなって再び陽介が口を開こうとした瞬間、りせが突如として飛びかかってきた。
「――センパイ!何ソレもう健気すぎるんだけど!!」
「うおっ!」
可愛らしい声で可愛らしくない悲鳴を上げ、陽介はなんとか後輩を抱き止める。見れば残りの三人もやけにやさしい瞳でこちらを見ていた。
「花村…立派な女の子になったね…」
「ちょ、里中!やめてそんな目で見ないだげて!」
「すごいですね。人間が環境に順応する様を、今まざまざと見せつけられました」
「直斗…お前ね」
りせを引き剥がした陽介に、雪子が微笑みながら言う。
「それだけ月森くんのこと、大切なんだよね。いいなぁ、妬けちゃう」
「!ごめ…」
反射的に謝りかけた陽介に、慌てて雪子は手を振る。
「あ、ごめんね。責めてるとか、恨んでるとか、そういうんじゃなくて。それだけ一生懸命誰かを想って、想われるのが羨ましいなって。素敵だなって思ったの」
「そうですよーセンパイ。そこは謝っちゃダメな所だよ?」
陽介は申し訳なさそうな顔で頷く。孝介はそれぞれに大層魅力的な女性である彼女達ではなく、男だった自分を選んだ。その自分から謝られては、彼女達のプライドを傷付けることになるだろう。この話は終わりとばかりに千枝が言う。
「とにかく!協力したげるからアンタもがんばりなさいよ!」
「…おう!よろしくな!」
陽介はその名のように明るい笑顔を見せた。彼女のきらきらしく愛らしい表情に、同性であっても思わず目が惹きつけられてしまう。千枝はごく小声で呟いた。
「花村さ、元々生まれてくる性別間違えたんじゃないかな」
「僕も今ちょっとそう思いました」
千枝と直斗のやりとりに苦笑しつつ、雪子はその形のよい顎に指を当てた。
「じゃあ、具体的にどうするか考えよっか。女らしく、って一言で言っても難しいけど、先ずは体さばきっていうのかな。歩き方とか、座り方とか、その辺りから始めてみるのがいいんじゃないかって私は思うんだけど」
「いいと思いまーす!あとはお化粧とかかな?花村センパイ、素材がいいからノーメイクでもいけるけど、嗜みとして必要だもんね。ケアとかも分かんないだろうし」
「あ、じゃあさ!日曜日、沖奈に女子だけで買い物に行こうよ」
あれよあれよと決まってゆく内容に、陽介は流されるまま頷くしかない。ふと居心地が悪そうに黙っている直斗が視界に入り、彼女はそっと声を掛けた。
「直斗。お前も来てくれよな。俺だけじゃアイツらに何されるか分かんないし」
直斗は軽く眼を見開くと、ふわりと笑って頷く。気遣いを気遣いと勘付かれたようだが、彼女は素直にそれを受け入れてくれた。
「そうですね。ご一緒させてもらいます」
「直斗くんも服、見ようね!とびっきりカワイイの選んであげるから!」
既にやる気になっているりせに、陽介は直斗と顔を見合せて笑った。

「あ、ところで月森センパイは、花村センパイが女子力アップ修行してること、知ってるの?」
「…言ってない。つーか、恥ずかしくて言えない…」
だから黙ってて、と真っ赤な顔で懇願されれば、頷かない訳にもいかず。事件を追う時とはまた違う連帯感に、誰もが陽介の可愛らしいお願いを快諾した。
「じゃあ、リーダーには秘密だね。花村をびっくりするくらいキレイにして、月森くんの度肝を抜いちゃおう!」
「ふふ。なんだか楽しくなってきたね」
「ええ。月森先輩がどんな顔をするか、今から楽しみです」
皆で眼を見合せていたずらっぽく笑う。こんな風に楽しみを共有できるのなら、女子も案外悪くないと陽介は思った。


結局その日は雪子指導の下、歩き方や座り方を簡単に練習してお開きとなった。
天城屋旅館は町から少し離れている。あまり遅くならないうちに皆を送り出した後、雪子は携帯電話のフリップを開けて受信トレイから一通のメールを開いた。差出人は我らがリーダーだ。内容には簡潔に、陽介が今日何をしていたのかを問う文章が記してあった。雪子は軽く溜息を吐く。
「相変わらず過保護」
陽介が何故、急に女らしくなりたいと言い出したのか、雪子は大方予想がついていた。まっすぐで、人の心の汚い部分に疎い千枝でさえ、恐らくは察しているだろう。誰かに何かを言われたのだろうと。あの様子だと直接何かをされた訳ではないようだが、今の彼女を否定する言葉を向けられたのは想像に難くない。
陽介は痛みを内側に溜め込み、それを隠して笑おうとする。その様をいじらしいと思うと同時に、もどかしくもあった。男とか女とかに関係なく自分達は仲間だ。もっと頼ってくれてもいいのではないかと。だから今回、相談してくれた時は嬉しかったのだ。
彼女は悩みながらも自分で答えを出し、歩きだそうとしている。孝介が心配のあまり裏で色々と手を回していることを知っているし、甘やかされて駄目になる陽介ではないと分かっているが、雪子としては陽介の意思を尊重してあげたかった。彼女は少し意地の悪い笑みを口の端に載せる。
(ごめんね月森くん、女の子だけのヒミツだから)
はぐらかすような返事を送って雪子はフリップを閉じた。




**********




そして日曜日の朝、約束通り陽介達は沖奈へ来ていた。
天気は晴れ。そろそろ冬になろうとしているため風は冷たかったが、降り注ぐ陽光のおかげか然程の寒さは感じない。絶好の買い物日和だ。
(足、スースーする…)
陽介が持っている女物の私服は圧倒的に少ない。家では男物を着ているが、流石に沖奈にサイズの合わない服で出る訳にはいかず、以前母親とクマと出かけた時に買ってもらった白いやわらかなセーターにダークブラウンのハーフパンツ、それにヒールの低いロングブーツを合わせていた。コートは母親が若い時に来ていたというショート丈のベージュのトレンチコートで、今の格好には合っているが自分の趣味とは少し違っている。母親に雪子達と買い物に行く旨を伝えたところ、「必要なものを揃えてきなさい」とかなりのお金を渡されたので、申し訳ないとは思いつつも陽介は好意に甘えて今日は買い込むつもりでいた。
(やっぱ、早くバイト再開しないとな。そしたら返そう)
「とりあえずモール行こっか。少し服見て、お店が混む前にご飯食べちゃう?」
雪子の提案に千枝が頷く。
「賛成!あたし、肉がいいな」
「もう、里中センパイ、ホント肉好きだね。直斗くんは何か食べたいものある?」
「僕は何でも。花村先輩は?」
直斗の大きな瞳に見つめられ、陽介は慌てて笑みを浮かべる。
「何でもいーよ。今日はお任せします」
弾むような足取りで歩きだしたりせを先頭に、陽介達は連れ立って駅からすぐのショッピングモールへと向かう。しんがりを務めながら、陽介は皆の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
(こう見ると、やっぱ皆、レベル高いよな)
雪子は艶やかな黒髪にその名のように白く透き通った肌が印象的な、最近では滅多にお目にかかれなくなった和風の美女だ。千枝はその溌剌さに目が行きがちだが、大きな瞳に形の良い唇をもった愛らしい顔立ちをしている。りせは文句なしに可愛いし、何より、表情にしろファッションにしろ、自分の魅せ方を知っている。直斗は今日も中性的な格好をしているが、整った相貌とミステリアスな雰囲気に思わず目を惹かれてしまう。それぞれがそれぞれの魅力を持った、愛すべき女の子だ。外見だけではなく内面から滲み出るあばゆさは、同年代の女子とは比べ物にならないほど輝いている。すれ違う異性、時には同性の視線を集めつつも、彼女達は何の屈託もなく笑っていた。
対して、自分はどうだろう。目を反らすほどの醜女ではないが、彼女達のようにスカートの裾を蝶のように舞わせ、綺麗に歩くことなどできない。さぞかし浮いていることだろうと陽介は自嘲の笑みを浮かべた。
(へこむ…けど、俺が決めたんだ、がんばらなきゃ)
「花村ー、置いてくよー!」
いつの間にか遅れていた陽介を千枝が呼ぶ。陽介は慌てて歩みを速めた。

服を見て、靴を見て、食事をして、また服を見て。何度も試着室に押し込まれ、何回も同じ所を往復させられ、ショップの袋が増えてゆく度に疲労が蓄積されてゆく。
「女子、すげぇ…」
「……同感です…」
三時を少し回った頃、流石に体力気力の限界を迎えた直斗と陽介は、いくつものショップの袋と一緒にぐったりとベンチに身を沈ませていた。りせは勿論のこと、千枝も雪子も涼しい顔をして買い物を続けている。ガラス越しに、ベロアのワンピースを纏ったマネキンを囲んで楽しそうに談笑している彼女達の姿が見えた。
「天城もりせも、俺らの中じゃ一番体力が少ないはずなのに、こういう体力はあるのね…。何か俺、女子のテンションの高さがどこから来るかちょっと分かった気がする」
「花村先輩、まだ化粧品の買い物が残ってますよ。ここが終わったら次はドラッグストアだって久慈川さんが言ってました」
「う…マジかよ」
はぁ、と陽介は大げさに項垂れた。思わずいつものように足を組みそうになったが、皆から口を酸っぱくして座り方に気をつけるよう言われていたのを思い出し、慌てて姿勢を正す。直斗がくすりと笑った。
「修行の成果、出てますね。そういえば、今日は月森先輩に何て言ってきたんですか?」
「ん?普通に女子だけで買い物に行くって。アイツ、荷物持ちでいいから来るって言って聞かなかったんだけど、ダメって言って置いてきた」
出発直前まで電話越しにごねていた孝介の姿を思い出して陽介は苦笑した。最近、修行のために孝介の誘いをやんわりと断ったり、時間を制限することが続いていたのだが、最初のうちは少し残念そうな顔をする程度だったのに、ここ数日は明らかに拗ねるようになった。相手が雪子達であることを明かせばしぶしぶ引き下がるが、代わりに一緒に行くと言ってきかない。今日もなんとか納得させるのに骨が折れた。
(そりゃ、俺だってアイツと一緒にいたいけど。でも、アイツのためにもなることだし)
孝介にだってアルバイトや部活がある。自分が女になってしまったせいで必要以上に彼を拘束してしまった分、一人で歩けるようになった今は彼自身のために時間を使って欲しいのだ。
陽介が悶々としていると、携帯電話が震える音がした。直斗が慌てて鞄から電話を取り出す。
「すみません、ちょっと失礼します」
「おー」
通話ボタンを押して人気のない方へ歩いてゆく直斗を見送った後、陽介は流れてゆく雲をなんともなしに眺めていた。蒼穹に浮かぶ白は何のしがらみもなく自由に見えて、地表に繋がれた自分も、そんな自分の足掻く姿も、全てが空しく思えてくる。

『陽介が、空に飛んで行っちゃいそうで、怖い』

縋るように必死に言われた言葉を思い出す。陽介はくつり、と笑った。どこへも飛んで行けなんてしやしないのに。自分から遠ざけたくせに孝介に会いたい衝動に駆られ、陽介は携帯電話を取り出す。着信履歴の一番上にある彼の名前にカーソルを当て、通話ボタンを押そうか迷っていると、ふいに画面が陰った。
「直斗?早かっ…」
顔を上げると、そこには見知らぬ三人の男が立っていた。年齢は自分より少し上くらいだろう。顔立ちはそこそこ整っていて、いかにも都会的で小奇麗な、けれどもどこか遊び慣れた感じがする。人間違いをしたことが恥ずかしくなり慌てて携帯電話のフリップを閉じて目線を反らした陽介に、やや髪の長い一人が話しかける。
「さっきから見てたんだけど、暇してるの?さっきの子が帰ってきたら、よければ遊びに行かない?」
陽介はその大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。たっぷり数秒の間の後、彼女はようやく自分がナンパされていることに気付く。男の自分が男にナンパされている事実に可笑しくなり、思わず笑いそうになったが、今は自分の体が女になっていることを思い出し、彼女はちいさな声で拒絶の意を示した。
「…や、人待ってるんで」
「女の子?人数増えるのは大歓迎だよ。君の友達なら皆レベル高そうだし」
「そうそう。どこから来たの?高校生?」
引き下がるどころか更に距離を詰めてくる男達に、陽介は無駄とは思いつつもベンチの上で後ずさった。荷物がなければ逃げている所だが、ベンチを半ば占拠しているショップの袋は5人分で、とても自分一人で持ちきれる量ではない。助けを求めて向かいの店にいるはずの雪子達を探すが、奥に入ってしまったのか彼女達の姿は見えなかった。露骨に迷惑そうな表情を浮かべてみるが、男達はにやにやと笑うだけで全く引き下がる気配はない。
(空気読め!)
陽介は「そういう気分じゃないんで」と再度断りを入れたが、あろうことか男の一人が馴れ馴れしく肩に手を置いてきた。触れられた瞬間、ぞくり、と怖気が全身に走る。とてつもなく気持ちが悪かった。
「まぁまぁ、そう言わないで」
「……・放せ。触ん、な」
今までの困惑した空気を一変させ、低く、殺気すら含んだ声で呟く陽介に、男達は不思議そうな顔をする。ヘーゼルの瞳を怒りで光らせ顔を上げた陽介が爆発する直前、能天気な声が割り入ってきた。
「あれー、花村じゃん。どしたの?」
そこに立っていたのは一条だった。均整の取れた肢体を一目で分かる仕立てのよい服に包んだ彼の横には、相変わらずのジャージ姿な長瀬もいる。彼らはさり気なく陽介を庇うように男達との間に入り、じろり、と睨みを利かせた。男達は舌打ちをしてそそくさと去ってゆく。陽介は安堵の溜息を吐いた。
「はー…何なんだよアイツら。一条、長瀬、サンキュな。マジで助かったわ」
一条はおどけて肩を竦めてみせる。
「どういたしまして。つか一人?…じゃないか、この袋の量は」
ベンチに積まれた戦果を見て一条は苦笑した。その時、ぱたぱたという複数の足音と、威勢のいい声が飛び込んでくる。
「ちょっと、アンタ達何してんの…って、アレ、一条くん、長瀬くん?」
「さ、さささ里中さん!」
途端に固まる一条をよそに、長瀬がいつものように挨拶を交わす。
「よう、里中。相変わらず健康そうだな。天城さんも。久慈川も白鐘も一緒か」
「だから、人を体力バカみたいに言わないでよ。…あんた達が花村を助けてくれたんだ。ありがとね」
千枝に微笑まれ、一条は顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。微笑ましそうに見守っていた雪子は、疲れ切った様子の陽介に近寄って心配そうに声を掛ける。
「大丈夫?変なことされなかった?」
「ん、ヘーキ。どっちかっていうとびびった…。アレがナンパなのか」
「もう、花村センパイ、無防備すぎだよッ」
りせが可愛らしく腰に手を当てて説教をする。何故怒られなければならないのか分からなかったが、心配してくれたことは確かなので、陽介は「ゴメン」と謝っておいた。
「今日は女子だけで買い物なの?月森とか、巽とかは?」
「んー、今日は女の子だけでお買い物の日なんですよぉ」
りせが外行きの笑顔で答える。一条は逡巡の後、陽介に向って小さな声で尋ねた。
「これって、こないだの相談の結果?」
「あ、うん。そう。ありがとな」
笑う陽介につられて一条も表情を緩める。フェミニストな彼は「よければ」と前置きをした後、荷物持ちを申し出てくれた。
「オレらの買い物は終わったし、花村達だけじゃさっきみたいなのに絡まれるかもしれないし。そっちが迷惑じゃなければ付き合うよ?」
確かに今日の荷物は多い。女子だけで少し相談した後、素直に好意に甘えることにした。

ドラッグストアに移動して下地からファンデーションまで一通りを揃え、電車までの時間つぶしにカフェでお茶をし、八十稲羽に着いた頃には既に夕食に近い時間になっていた。
一人、また一人と別れてゆく中、最後まで方向が同じだった一条と陽介はやや早足になりながら電灯の少ない田舎道を歩く。陽介の歩く速度は女子にしては早い。
「どう?女修行」
「んー、ぼちぼちってところ。お前が背中押してくれたおかげだよ。今日のこともマジで感謝してる」
陽介はとても綺麗な笑みを浮かべていた。一条はまた頬が赤くなるのを感じ、暗闇で顔が見えないことを祈りながら応える。
「や、いいって。照れちゃうだろ。でも、修行もいいけど月森もちょっとは構ってやれよ。アイツ、最近真面目に部活に顔を出すのはいいんだけど、すごい拗ねてて扱い辛いったらないんだからな」
「う、ゴメン。っていうか俺のせい?」
「間違えなく花村のせい」
即答され陽介は苦笑する。その表情はどこかあまやかで、無防備で、彼女の後輩が言っていた言葉の通りだと一条は思った。
「…花村さ、確かにちょっと無防備かも」
陽介はぱちり、と目を見開き、不思議そうに首を傾げる。
「へ?一条に警戒する必要なんで、全然ないじゃん」
大きなヘーゼルの瞳には警戒心の欠片もない。全幅の信頼を寄せられることは嬉しいが、普通の女子高生ならば異性に対してそれなりの警戒心を持っているはずだ。一条はまるで最愛の妹の将来を案じている時のように不安になった。
「まぁ、そうなんだけどさ…。あ、オレここ曲がるから」
Y字路の左を指差して一条は言う。彼の手から荷物を受け取り、陽介は右側の道へ歩き出した。
「じゃ、また明日な!変な奴には気をつけろよー。何ならダーリンに電話しながら帰りな」
「だいじょーぶ、心配しすぎだっての!じゃ、ありがとな!」
一人になった陽介は、重い荷物に何度も持ち手を握り直しながら足を進める。小さく、弱くなった自分を改めて感じさせられ、彼女は溜息を吐いた。しかしすぐにマイナス方向に傾き出した思考を掃うよう頭を振る。
(皆に協力してもらったんだ、がんばらなきゃ。んで、孝介をぎゃふんと言わせてやる…!)
いつの間にか趣旨が刷り替っていることに気付かないまま、陽介は気合いを入れて一歩を踏み出した。




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