忍者ブログ

whole issue

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ベクトルBの加速度指向性・2

※陽介女体化(後天)注意
えちだけで置いておくのがしのびないので慌てて更新です(笑
ベクトル~は残念ながら戦闘シーンが入らないので自分的にむずむずします。書ききれてないけど戦闘が好きなんだ。えちよりはよほど書きやすいです。

--------------------------------------------------------------------

ホームルームが終わり、廊下に一斉に生徒達が溢れ出す中、陽介は職員室へと向かっていた。
世界は「花村陽介」が最初から女だったとして再構築されてしまったが、それは記録や記憶に限ってのことだったようで、事実までは覆さなかったらしい。例えば、花村家の陽介の部屋のクローゼットには男物の服しかなかったし、男女別授業で女子のみ受けている生活一般で作成しているエプロンの材料キットは陽介の分だけなかった。余談だが、男子のみ受けている技術家庭には陽介の作りかけの木工細工があり、孝介がこっそり回収しておいたのだが。
教師は紛失だと思ったらしく、ひとしきり陽介に詫びた後、家庭課室に置いてある予備のキットを取りに行くように言われる。自身の存在の違和感に気付かれなかったことに安堵しつつ、陽介は笑顔で職員室を辞して実習等へと向かった。
ひらひらとスカートの裾を舞わせ、陽介は軽やかに廊下を歩く。最近、ようやく女の体に慣れてきたため、仲間が一緒でなくとも不安を覚えなくなった。ジュネスの店長の子供という立場が変わらない以上、相変わらず根拠のないやっかみを受けることはあるが、それは今までと変わらない。孝介が、仲間がいるから耐えられる。
(そろそろバイトにも復帰できっかな)
クマや両親には大分負担をかけてしまっている。次のシフトから入れてもらえるよう、今晩あたり父親に相談してみようと思いつつ、目的のものを入手して家庭課室を出た。二階の渡り廊下を通って教室へ帰ろうとした陽介は、ふと耳に聞こえてきた会話に思わず足を止める。
「…――アイツ、最近調子乗ってるよねー!花村のクセに。何様のつもりだろ」
「ホントホント!いっつも月森君にべったりでさ。自分じゃ何にもできないのってカンジ。しかもあいつ、すっごいガサツなんだよ。同じ女には思えない」
「何であんなのと月森君、付き合ってるんだろうね。天城さんの方がよっぽど美人なのに。吊り合ってないよね」
声を押さえることもなく、彼女達は言いたいことを言いたいだけ言って笑う。本人がすぐ近くで耳にしていることにも気付かずに。やがて女生徒達は連れ立って帰宅するために去っていった。陽介はその姿が完全に見えなくなるまで、まるで彫像のようにその場から動くことができなかった。


どこをどう通ってきたのか分からないが、気がつけば陽介は屋上にいた。
もうそろそろ冬が訪れようとしている稲葉はとても寒い。もうそろそろ日が落ちようという時間に、好き好んで屋上に出るもの好きは自分以外の誰もいなかった。冬服の上にキャラメル色のカーディガンを羽織っただけの陽介は、突き刺すような冷たい風にぶるりと体を震わせる。けれども中に入る気にはなれず、せめてもと風を避けるように給水塔の影に彼女はぺたりと腰を下ろす。
(俺、そんなに、月森にべったりだったかな)
否定はできない。男の時から、親友で、相棒で、恋人の彼を他の誰にも譲りたくなくて、必要以上にくっついていた自覚はある。彼もそれを許してくれたから。女になってからはそういった打算的なことよりも、単純に孝介がいないと不安でたまらなかったのだ。彼がその絶対的な腕で支えてくれたから、陽介はようやく女として自分の足で歩めるようになった。
『あいつ、すっごいガサツなんだよ。同じ女には思えない』
揶揄するような女生徒の声が脳裏に蘇る。母親からも散々言われ、仲間達からもそれとなく注意を受けてはいるが、周りからもそう思われていると突き付けられたショックは大きかった。
(仕方ねーだろ!俺は男で、17年間男として生きてきたんだから、今更オンナみたいに振る舞えったってできっこねーじゃん!!)
ぎり、と歯を食いしばる。自分の事情を知っているのは両親と特別捜査本部の面々だけだ、彼女達に怒っても何の解決にもならない。陽介は大きく息を吸うと、同じくらい大きく吐き出した。事件と向き合うちに身に付けた、昂る感情を抑える術だ。溜息と共に自信まで抜け落ちてゆくようで、陽介は膝を抱えた。
『天城さんの方が』
ちくり、と胸に棘が刺さったように痛む。容姿端麗、頭脳明晰で、人当たりの良い、けれども自分の意思をちゃんと持っていてる彼は、八十神高校だけではなく稲羽中で人気者だ。大して自分はジュネスの店長の子供で、女としての魅力に欠け、自分に自信を持つことができないでいる。今のように、ふとしたことで揺らいでしまう。彼から貰っている想いは本物だと分かっているのに。
『吊り合ってない』
男の時と決定的に異なるのは、男子が妙に好意的に、女子の一部がやけに刺々しくなったことだ。陽介が女になって早々に孝介が交際宣言をしたおかげであからさまな誹謗中傷はなかったが、快く思われていないのを空気で感じる。彼氏がもてるのは女としては鼻が高いが、同時にひどく不安にもなる。こんな中途半端な女の自分よりも、もっとおしとやかで可愛らしくて思慮深い、本当の女の子と付き合った方が彼のためではないかと。自分といては孝介が恥ずかしい思いをするのではないかと。
陽介にとって、雪子やりせは女性の象徴だった。どちらも趣は異なるが、女としての自分をよく理解して厭味なく全面に出している。雪子は恐らく次期女将として育てられた環境のせいでごく自然に、りせはアイドルとして生きるために自分自身を磨いて。彼女達だけではない、千枝も直斗も孝介を好いていたことを知っている。陽介から見ても綺麗で可愛い彼女達に、今の自分は足元にも及ばない。
「…女らしいって、何だよ。好きってキモチだけじゃ、ダメなのかよ…?」
陽介は膝に顔を埋めてひとしきり泣いた。風の音が彼女の嗚咽をかき消してくれたことだけが救いだった。

ひとしきり泣いた後、陽介は乱暴に涙を拭って立ち上がった。辺りは一面、夕焼け色に染まっている。体も冷え切ってしまい、背筋を上ってくる寒気に陽介はくしゃみをした。くしゃみひとつとっても女子のように可愛らしくできない自分が可笑しくて惨めで仕方無かった。
(帰ろう。アイツ、待ってるかもしんないし)
このままここにいても仕方ない。陽介はのろのろと足を動かし教室へと向かった。皆下校してしまったのだろう、校内には人影もまばらで、泣きはらした顔を見咎められることはなかった。後ろの扉から教室に帰れば、当たり前のようにそこにはもう誰もおらず、机の上に置かれた陽介の鞄だけが寂しそうに主を迎える。孝介が待っていてくれるかもしれないという都合のいい期待をしていた自分が滑稽で、陽介はまたくつりと笑う。そういえば、今日は部活に顔を出すと言っていた気がする。彼は多忙だ。家事をこなし、幼い従妹の面倒を見て、バスケ部と吹奏楽部を掛け持ちし、アルバイトもいくつも掛け持ちし、町中の人間と顔見知りなのではないかと思うほど幅広い交際範囲を持っていて、おまけに特別捜査隊のリーダーまで勤めている。この上、自分の面倒まで見させていたとなると、かなりの負担だっただろう。
「俺、あいつの、お荷物になってる…?」
今日はとことん思考がマイナスに傾きがちだ。自分で言った言葉に自分で打ちのめされ、折角止まった涙がまた滲み出すのを陽介は堪えることができなかった。茜差す教室で、孝介の机に手を突いて、陽介は一人で泣いた。
「月森ー、いるかー…ってうおッ?!」
ガラっと引き戸を開けて入ってきた一のは、ユニフォーム姿の一条だった。彼は独り佇む陽介に大げさなほど驚いてみせ、その驚きように陽介の涙も思わず引っ込む。慌てて頬を伝う雫を拭うが、逆光の中でも光る筋は隠せなかったのだろう、一条はばつの悪そうな顔をしてゆっくりと近寄ってきた。
「あー、その、大丈夫?」
数歩離れた所で足を止めて尋ねられ、陽介はこくり、と頷く。一条は陽介が男だったことを覚えていないが、性別が変わった今でも気の置けない友人だった。少なくとも陽介はそう思っている。面倒見の良い彼は、泣いている女の子を見なかったふりをして去ることができなかったのだろう。律儀な友人に陽介は苦笑した。
「…月森の、ことか?」
陽介は困ったように首を横に振った。孝介のことと言えなくもないが、どちらかと言えば自分の内面の問題だ。だが、自分が元は男で、女になりきれず葛藤しているだなんて、いくら一条が信頼に足る人物でも信じてもらえる訳がない。どう答えていいか考えあぐねていると、彼は真摯に陽介の瞳を覗き込んで言った。
「オレ、お前のこと、友達だって思ってるよ。花村は女の子だけどさ、月森や長瀬みたいにバカ言い合って、でも、腹割って話せるいい奴だって知ってる。友達が辛そうに泣いてるの見て、知らんぷりなんてできないからさ、泣くくらいだったら出しちゃいなよ。オレでよければ聞くよ?」
一条の落ち着いた声がじわじわと染みわたってきて、そのやさしさにまた陽介は泣きそうになった。男だとか、女だとか、そういったことに拘らず自分を見てくれる人はいる。だが、その少数の好意に甘えて胡坐をかき続けることは陽介にはできない。何より、孝介の隣で自信を持って笑っていられる自分になりたかった。
「あの、さ。ヘンなこと聞くけど、笑わないでくれよ」
「おう」
しゃがみ込んだ陽介に合わせ、一条もその場にしゃがみ込む。自分達以外は誰もいないというのに声を潜め、陽介は訊いた。
「女らしくなるのって、どうしたらいいのかな。俺、さ、あんまり女らしくないじゃん。ホラ、言葉遣いもこんなだし」
一条は逡巡の後、言葉を選ぶようにして答える。
「花村は、女の子らしくて十分可愛いと思うけどなぁ。だってあの月森がメロメロなんだよ?もちょっと自信持っていいと思うけど」
「でも!俺、自信なんて、持てねーよ…」
沈み込む陽介に、一条は大体の事情を察した。大方、学内一の人気者である月森孝介と、良くも悪くも目立っている目の前の彼女が付き合っていることを快く思っていない誰かに酷いことを言われたのだろ。孝介からも何かあれば助けてくれと頼まれていたし、頼まれなくても一条は友人達のために尽力を惜しむつもりはなかった。
陽介は可愛い。確かに言葉遣いは女子のものではないが、外見はモデルにでもなれそうなほど整っているし、話してみればその華やかな外見とは裏腹に誠実で、まっとうで、気持ちの良い奴だ。何より、彼氏のために健気に努力するその姿は好感が持てる。もっとも、それは一条が男だからかもしれないが。
(オンナだと、そうはいかないかもなー。里中さんとかなら平気そうだけど)
気持ちよく笑う千枝の姿を思い浮かべ、一条は少し笑った。彼女とその親友とも、目の前でしょげている子は仲が良いはずだ。彼女達なら男の自分よりも適切な助言をくれるだろう。千枝と近付けるチャンスという打算が全くなかった訳ではないが、一条はぽん、とハニーブラウンに手を置いて言う。
「なぁ。里中さんとか、天城さんとかに相談してみなよ。一人で悩むよりもさ、一緒に悩んで、考えてくれる人がいるなら、力を借りた方がいいって。友達なのに相談もしてもらえないっていうのも、結構堪えるし」
陽介がちいさく頷いたのを見て、一条は立ち上がった。
「話にくいならさ、オレも一緒にいるから声掛けてよ。でも、最後には月森にもちゃんと話してやれよ?アイツ、本当にお前のこと、大事にしてっから」
「うん。…一条、本当にありがとな!」
陽介はふわり、と花がほころぶように笑うと、恥ずかしくなったのか鞄を抱えてぱたぱたと走り去ってしまった。一人残された一条は、すっかり暗くなった教室で凍ったように動けない。
「…………何アレ、可愛いすぎるんだけど……」
あんな笑顔を向けられたことは今までなかった。まるで太陽のような、明るくて愛らしい陽介の顔を思い出し、一条は顔を真っ赤にして口元を押さえた。




**********




翌朝、いつものように通学路の途中で合流した孝介は、陽介の顔に少しの違和感を覚えた。
やわらかなフェースライン、ほぼ完璧に左右対称の整った顔は変わらない。自分を見上げるヘーゼルの瞳は今日もきらきらしく、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる。まじまじと見つめられ居心地が悪くなったのか、「どうしたんだよ」と呟く唇を見て孝介は答えを見つけた。
「陽介、くちびる」
「ん?ああ、リップ。適当に買ったら色つきだった」
陽介は嘘がばれないように少し早口で言う。美味しそうに色付いた、ふっくらとした形のよい唇に誘われるように、孝介は少し身を屈めると、ちゅ、と音を立ててキスをした。
「!ちょ、お前…!」
「あまいにおいがする。おいしそう。…ねぇ、今日の放課後、うち来る?」
緩やかな弧を唇に乗せる孝介の目には、朝の清廉な光には相応しくない濡れた色がある。ぞくり、と体が震えたが、陽介は心を鬼にして誘いを断った。
「…や、悪いけど、今日は天城達と約束してるから」
「ふーん。オレも一緒に行っていい?」
「ダメ。絶対ダメ」
あまりにも必死に拒む陽介に、孝介は釈然としないものを感じつつもひとまず承諾する。代わりに次回の約束を取り付け、孝介はいつものように手を繋いで歩きだした。
(気になるな。後で天城に聞いてみるか)
この時の孝介は失念していた。女子はどこまでも女子の味方であることを。




NEXT

PR

comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]