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起点Aから空への距離・9

とうとう最終決戦。あと1話で終わる予定です。
本当は陽介には羽のように軽やかに落ちてきてもらう予定だったのですが(笑)、「かみさまの名前」で同じようなことをしてしまったので今回は控えめに…。

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りせのナビゲーションで辿り着いたのは、商店街のやや外れにある空家だった。現実でも人が住まなくなって久しい廃屋は、テレビの中だとよりいっそう不気味に見える。
「――うん、中にいる。こっちにはまだ気付いてないみたい」
死神の住処からやや離れた所で足を止め、カンゼオンの力で中の様子を探っていたりせが告げる。ウォーミングアップのため軽く体を動かしていた千枝は、不思議そうに首を傾げた。
「ここ、アイツの隠れ家なのかな。昨日戦った所からは随分離れてるけど」
「…あいつは、なんていうか、人が捨てたよくない気持ちが集まって形になったシャドウなんだと思う。多分もともと、決まったカタチなんてないんだ。だからどこにでも現れるし、どこにでも溶けられる」
陽介はいつになく大人びた表情で呟いた。静かに一点を見据え、ぴんと背筋を伸ばした彼女は、元々の造作が整っていることもあり明朗さよりも美しさを感じさせる。少し驚いたような顔を浮かべる仲間に、しかし彼女はすぐにいつものように笑みを浮かべてみせた。
「さぁ、ぶっ飛ばしてやろうぜ!俺をこんな体にしてくれたオトシマエ、きっちりつけさせてやる!」
孝介は勇気付けるように陽介の細い肩に手を置く。制服越しに彼女の体が少し震えていたのを感じたが、孝介はあえて何も言わなかった。代わりに置いた手に力を込める。
「屋内では戦いたくないな。国道へ誘き出して、一気にカタをつけよう」
「そうですね。狭い場所であの技を使われたら回避のしようがありませんし。どうしますか?」
小首を傾げた直斗に、孝介はしたたかな笑みを浮かべて見せた。
「炙り出す。天城、加勢よろしく」
言うが早いか、孝介の眼前に青いカードが現れる。陽介から体を放し、ぐしゃり、とそれを握りつぶて、彼は炎を操る魔術師を呼び出した。
「スルト――マハラギダイン!」
放たれた火炎はまるで生き物のように廃屋を飲み込み、爆風と炎の舌でもって蹂躙してゆく。呆気に取られていた雪子は慌てて意識を集中すると、己の中に潜むもう一人の自分の名を呼んだ。
「来て、アマテラス!!」
女神が優美に腕を振い、炎が一層勢いを増す。今や空家は火の海だ。しかし孝介と雪子の意に沿ってか、炎が周りのものを焼くことはなかった。熱気が顔を火照らせ、赤い光がサイケデリックな商店街を更に毒々しく照らす。陽介は額にじわりと滲んだ汗を手の甲で乱暴に拭った。これだけの高温で焼かれれば、普通のシャドウならひとたまりもないだろう。
「!来るよ!」
りせの警告に皆が武器を構える。次の瞬間、耳を塞ぎたくなるような甲高く耳障りな奇声と共に、崩れ落ちようとしている家屋の二階の窓から死神が飛び出してきた。漆黒のローブは煤け、所々焦げて破れている。その動きは昨日よりは多少鈍く感じた。まだダメージが残っているのだろうか。しわがれた手に持った鎌が、炎の照り返しで妖しく光る。死神はまっすぐに陽介に向っていた。
「渡さないって、言ってるだろうが!!」
シャドウと陽介の対角線上に割り込んだ孝介は、振り下ろされた刃を己の剣で受け止めた。角度を変えて力を流し、僅かに姿勢を崩したシャドウの上半身に渾身の力で蹴りを入れる。やはり上半身は実体があるらしく、肉を打つ不快な感触を靴底に感じた。シャドウが後退した隙に、孝介は前を見据えたまま叫ぶ。
「走れ!」
やはり死神は陽介を狙っている。彼女は頷くと、くるりと踵を返して国道側へと走り出した。スカートの裾が場違いなほど軽やかに揺れる。その背を守るように完二とクマが続いた。
シャドウは苛立たしげな金切り声と共に、自身を中心として衝撃波を放つ。突如として戦闘になったため退避の間に合わなかったりせを庇い、孝介はその身をあえて晒した。
「っ…!」
「センパイッ!!」
飛び散る朱にりせが悲鳴をあげる。致命傷ではないが楽観視はできない深さの傷だ。皆も傷を負ったようで、ペルソナを呼び出すために精神を集中している雪子と、無防備になる彼女を守るため前に立つ千枝の姿が目に映った。ちらり、と陽介が走り去った方を見やれば、悲鳴に足を止めてしまったのだろう、彼女は振り返って動きを止めている。
(何やってるんだ!)
「陽介、大丈夫だから行け!!」
叫ぶが、しかし彼女は動かない。否、動けない、と言った方が正しいようだった。クマと完二が焦りながら体を揺らすが、陽介は手に持った双剣をぽとりと地面に落とし、表情の抜け落ちた瞳でこちらを見ている。目線は孝介を通り越し、衣の裾から暗黒を揺らめかせているシャドウへと注がれていた。フードの下に隠された落ち窪んだ眼窩とヘーゼルの双眸は、まるで見えない糸で結ばれたかのように交わっている。シャドウが骨と皮だけの指を何かを手繰り寄せるかのように動かすと、まるで糸の切れた操り人形のように陽介の体がかくりと崩れ落ちた。
「ヨ、ヨースケ?!」
「くそっ、どうしたんだよ!?」
次の瞬間、死神は地面に溶け、更に瞬きひとつの間に倒れた陽介の背後へと姿を現した。驚愕からすぐに反応できないクマと完二を嘲笑うかのように、陽介の体を漆黒の衣で包み込み、再び闇に溶け出す。
「陽介!!!」
孝介が駆け寄るよりも早く、死神は陽介を飲み込んだまま虚空に姿を消した。




『――…しい』
女のか細い声がする。すぐ耳元で囁かれているのか、頭の中で声がしているのか判断が付かないが、すぐ傍らにいくつもの気配があった。真夏の湿気のようにねっとりと、声が、念が、自分に絡み付いているのを感じる。
『寂しい、悔しい、苦しい、苛立たしい』
息苦しさを覚えるほど密度の高い負の感情が辺りに満ちている。視界は黒く塗り潰され、目を開けているのか、閉じているのかさえも分からない。
(ああ、俺、また掴まったんだ)
この声は怖い。孕む狂気も怨嗟も、何より、そう遠くない未来の自分の姿を見せつけられるようで恐ろしい。聞きたくなくて陽介は耳を塞ごうとしたが、闇に感覚さえ溶けてしまったのか叶わなかった。陽介の内心など露知らず、誰かの嘆きは高まってゆく。
『愛しているのに。誰よりも想っているのに。なのに、どうして』
置いてゆくの、と見知らぬ女の絶望が響いた。つきり、と胸が痛みがはしり、皮肉にもその痛みで陽介は覚醒する。次の瞬間、視界に飛び込んできた光景に陽介は思わず息を呑んだ。
「うわっ…!?」
見晴らしがよかった。否、よすぎた。マーブル模様にのイケデリックな空、随分と離れた場所に城が僅かに見えるが、至近距離に同じ高さのものは何もない。眼下に広がるのはどこまでも続く霧の世界だけだ。だが霧の切れ間から僅かに覗く地形には見覚えがあった。
(ここ、入口広場、か?)
びゅう、と風が吹き、背にしていた柱と足場がゆらゆらと揺れる。心許なくて足元を見た陽介は、すぐに下を見たことを後悔した。高い。自分がいるのは、広場を照らすスポットライトが吊るされている足場の上だった。無骨な鉄の柱の間を繋ぐようにして渡された網目状の細い板から、ひどく小さく現実へ戻るためのテレビが見える。軽く八十神高校の屋上くらいの高さはありそうだ。高所恐怖症ではないが、不安定すぎる場所に身を置かれていることを理解して陽介はぶるりと震えた。もう少し強い風が吹いたら落ちてしまいそうだ。この高さでは運がよければ大怪我、悪ければ命を落とすだろう。
「つか、何で俺、ここ…――!」
柱に掴まりながら辺りを見回した陽介は、少し離れた所に闇を見つけて体を強張らせた。死神はこちらに背中を向け、吹き荒ぶ風にぼろぼろになった黒いローブをはためかせている。あの衣に包まれてここに連れてこられたことを陽介は思い出した。シャドウは大分ダメージを受けたのだろう、まるで疲れ切った人間のような疲労と倦怠をその背からは感じた。右手にだらりと下げられた鎌の、銀色の輝きだけがやけに精力的にぎらぎらと光っている。後退しかけた陽介は、シャドウの向こうに下への階段があることに気付き足を止めた。素早く周りを見渡すが、他に下へ降りる術は見当たらない。
(戦わなきゃ、いけないのか…?)
腰に手を伸ばした陽介は、そこに慣れた二振りの剣の感触がないことに愕然とする。この不安定な足場で独り、ペルソナだけで戦うには、いささか歩が悪い相手だ。躊躇する陽介の目の前で、シャドウがゆっくりと振り向いた。
「っ、スサノオ!!」
迷っている暇はない。陽介はスサノオを呼び、最大級の疾風を死神に向って放つ。ぐらぐらと足場が揺れるが気にしている場合ではない。荒れ狂う疾風に身を切り刻まれながらも、シャドウはその落ち窪んだ眼窩で、不気味なほど静かに陽介を見据えていた。
『…しい』
脳裏でまた女の声がする。頭の中を直接撫で回されるような、不快なその声を払うように陽介は頭を振り、再び己の仮面の名を呼んだ。緑色の風が再度人が捨てたものを襲う。しかしシャドウは後退するどころか、少しずつ陽介に近寄ってきた。
『さびしい。ひとりは、さびしい』
死神がす、と誘うように腕を伸ばしてくる。しわがれた、骨と皮だけの土気色の手は恐ろしいだけのはずなのに、何故か今の陽介にはやさしいもののように感じられた。
『こっちに、おいで。ここにいれば、ひとりじゃない』
誘う声はひどく甘い。抗わなくてはならない、そう思っているのに頭の芯がぼうっとして思考が覚束なくなる。シャドウは更に距離を詰めながら続ける。
『ずうっと同じものなんて、ない。ひとの気持ちは変わってゆく。今愛していると言ったその口で、明日別れを告げられることがないとどうして言える?』
「…違、う…、孝介は、俺達は、そんなもんじゃ…!」
いやいやをする陽介の頬に、まるで母親が幼子を宥めるように死神が触れた。冷たい。触れたその場所から闇が乗り移ってくる。死神が裂けた唇でにやりと笑った。
『お前も、同じ。一緒に、なろう』
狂気が奔流のように流れ込んでくる。意識が押し流されてゆく。体が傾ぐが、神経伝達が切断されてしまったかのように筋肉が動かず、陽介は倒れるままゆっくりと空を仰いだ。きらりと視界の端で死神の刃が光る。
(ヤだな。最期に見るのが、こんな空だなんて)
霧に霞んだマーブルの空ではなく、どうせなら青く済み渡った空がいい。届くことなどないと分かっているのに、陽介は空に向って手を伸ばしてみた。微かに動いた指先が空しく空を切る。ここから空への距離はとても遠い。無様に地面に縫い付けられた自分の足元から、遥か彼方のあの天までの、望んでも望んでも決して縮まらない間隔はまるで彼との距離のようだ。掴めそうなのに遠い。けれども焦がれてやまない。だから陽介は空を見上げ、彼に向って歩き続ける。
(こう、すけ)
彼の笑顔を思い浮かべると、少しだけ力が戻ってくる気がした。縋って、恨んで、縛りつけたくなる気持ちは確かに自分の中にもある。この体自体が弱さの証明だ。目の前のシャドウの欠片程度は、自分が捨てたつもりでいた想いでできているのだろう。だが、嘆くよりも笑っていたい。去るのならば蹲って待つよりも追いかけたい。それが陽介が陽介であるための矜持だった。
(俺は絶対に、こいつの一部になんか、なんねーぞ)
首を跳ねようと銀色の軌跡が走る。陽介はせめてもときつく眼を閉じ、歯を食いしばった。
「――陽介!!飛べ!!!」
ぴうと吹いた風に乗って聞こえた彼の声にシャドウの目線が一瞬だけ逸れ、その僅かな間だけ体の支配権が戻る。陽介はただその声を信じ、思い切り足を踏み切って身を投げた。


「!花村ッ!!」
「花村先輩!!」
りせのサーチに頼って入口広場に駆け込んだ孝介達は、首を垂直に傾けなくては見ることができないほど高い足場から落ちた人影に悲鳴を上げた。彼は剣を放り出し、落下地点に向って全速力で走った。頭の中で己の所持するペルソナを思い浮かべ、最も力の強いものに付け替える。上の様子はよく分からなかったが、陽介が自分の言葉を信じて自ら飛び降りたのだけは確かだ。ならば例え腕がもげたとしても、彼女の信頼に応えなければならない。
(離さない。絶対に、守る――!)
いくら元が軽いとはいっても、加重をつけて落下してくる人間の体はさぞかし重いだろう。真下に構えた孝介は手を広げ、腰を落として衝撃に備える。だが彼の予測よりも陽介の降下はゆるやかだった。目を凝らせば、緑色の風が彼女を守るように包んでいる。驚きに目を見開く孝介の腕の中へ、陽介は導かれるように落ちてきた。孝介は華奢な体を難なく受け止める。とふわり、と春風のようにやさしく孝介の頬を撫で、風は消えた。
「陽介!」
「……ん…」
揺さぶりながら名前を呼べば、うっすらと開いた瞳は金色だった。一瞬だけ笑みの気配を見せた後、瞬きひとつの間にヘーゼルが理性の色を取り戻す。陽介はその大きな瞳を驚きに見開き、孝介を見た。
「孝介、だ」
「ああ。遅くなって、ごめん」
無事を確かめるように孝介はきつく陽介を抱き締めた。さらさらした白いワイシャツの感触、うっすらと香る汗の匂いと彼の匂いに、これが夢でないことを実感できる。力強い腕の中は、どこよりも陽介が安心できる場所だった。
『センパイ、気を付けて!あいつ、怒ったみたい。来るよ!!』
りせが鋭く警告を発する。獲物を逃した死神シャドウは耳を劈くような奇声を発しつつ、スポットライトの合間を縫って降下してきた。立ち上がり、陽介を背に庇う孝介の元へ仲間達が駆け寄ってくる。
「月森センパイ、武器!」
「ヨースケ、忘れものクマよ!」
孝介は完二から、陽介はクマから獲物を受け取る。だが「サンキュ」と僅かに微笑んで武器を受け取った陽介に、孝介は前線メンバから外れるよう命じた。
「陽介、下がってサポートに入ってくれ。アイツ、かなり強そうだ。さっきみたいにお前が催眠状態になったら危ない」
「…大丈夫。もう惑わされねーよ。だからお前の横で、戦わせてくれ」
何かがふっきれたかのように強い意志を瞳に湛えて言う陽介に負け、孝介は頷く。その間にシャドウは周りの弱いシャドウを取り込み、より強大な闇として成長しつつあった。死神の衣が膨れ上がり、ローブの下に隠されていた虚無からてらてらと光った赤黒い肉が生まれる。肉腫が内側から生まれては弾け、あっという間に思わず目を背けたくなるほど醜く不気味で、そして巨大なシャドウが出現した。
「相手に取って不足はないな。行くぞ!」
先陣を切った孝介に半歩遅れ、陽介は駆け出す。強く柄を握り、自分が捨てた醜い思いと決別するかのようにシャドウの肉に突き立てた。




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