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きらきらと・4(完結)

※加筆修正版
ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございましたー!

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 星が降る夢を見た。
 孝介と、その横には当たり前のように陽介が立っている。陽介の反対側の隣には雪子と千枝もいた。そして自分の傍らにはりせと直斗。いつか、どこかも分からない不思議な空間だが、彼らが共にいるだけで不思議と不安は感じない。完二は呆けたように口を開け、きらきらしい夜空を、雨のように振る星々を眺めていた。
 綺麗だとはしゃぐりせと、彼女に手を引かれる直斗を、二年生は微笑みながら見守っている。掴めそうなほど近くにある星に完二は思わず腕を伸ばしかけたが、同じものにりせが懸命に手を伸ばしているのに気付き、場を譲った。
「やるよ。オメェちっせーからよ。オレは別の所のにするから」
しかしりせはその小さな体を怒らせて反論する。
「違うの! 私はあれがいいの! 他のじゃダメなんだからっ」
 りせは幾度もジャンプを繰り返し、やっとのことで目的の星を掴み取る。掌に納まった輝きを見つめ、彼女は本当に嬉しそうに、誇らしげに笑った。直斗が感嘆の息を吐く。
 「素敵ですね」
「お前はいいのか?」
尋ねると、彼女は懐から小さな、しかし、強い光を宿した星を取り出す。そして彼女もりせと同じように微笑んだ。
「僕はもう、持ってますから。巽くんは?」
 問われて完二は自分が、自分だけがどの星も得ていないことに気が付いた。孝介達もそれぞれ、輝く星を持っている。空には沢山の恒星が、まるで果実のように摘み取られるのを待っているのに、完二はそのどれにも手を伸ばすことができない。決めることができない。
 「――大丈夫だよ」
透き通る声がそっと背中を押した。孝介はやさしく繰り返す。
「大丈夫。迷ったっていいんだ。自分に嘘は吐けないから、なりたい自分になれる道を、選べばいい」
 (オレは…オレのやりたいことは…)
完二は惑いながら、ひとつの輝きに目を据える。どうしてだかあの星が自分を呼んでいる気がした。
 誘われるように手を伸ばす。掴んだ手応えを感じた瞬間、眩い輝きが弾け――目が覚めた。




 「――お、覚きたか」
眼前に広がる陽介の顔に、完二は数度目を瞬かせた後、あからさまに不機嫌な顔を作った。可愛い女子ならばともかく、起き抜けに男子の顔はあまり見たくない。
 陽介は拗ねたように唇を尖らせると、「かわいくねーの」とぼやいて体を離す。いつもはしっかりとセットされている髪の毛が湿り気を残したまま自然に流されているのを見ると、自分が寝ている間に風呂を借りたのだろう。
「おはよう、完二。丁度いいタイミングだな。夕飯、できたぞ」
「あー…あざっす」
 エプロン姿の孝介を見るのも久しぶりだ。リビングとL字型に繋がっているダイニングキッチンのテーブルには、彼の手料理が並んでいた。食欲をそそる匂いに、昨晩から食べ物を摂取していなかった胃が猛烈に空腹を訴え始める。完二の腹から鳴った猛獣の唸り声のような音に、一拍置いてから孝介と陽介は盛大に笑った。
 「なっ、しゃーねーだろ! 昨日から何も食ってねーんだし!」
「分かってるって。おつかれさん」
「大したものはできなかったけど沢山作ったから、遠慮しないで食べてくれ。ほら、二人とも席に着いて」
 テーブルの上には山盛りのコロッケとメンチが、キャベツの千切りと共に鎮座していた。炊きたての白米に味噌汁と小鉢もある。挨拶もそこそこに完二は箸を伸ばし、さっくりと揚がったメンチを掴んで歯を立てる。美味しい。
 「おお、月森マジック健在だな! うめー!」
コロッケを口に含んだ陽介の賛辞に、孝介は嬉しそうに笑った。
「そうかな。でもこっち戻ってから作る機会が減ったから、腕は落ちたかも」
「そっスか? マジ美味いっすよ!」
 男三人での食事は進行が早い。山ほどあった揚げ物はあっという間になくなり、炊飯器の中身も粗方無くなった。
 食器を片し、孝介が入れたお茶で食後の一服をしていると、陽介が慌てて席を立つ。
「そろそろじゃね?」
 時計を見れば間もなく八時になろうとしているところだった。りせの出演する生放送の音楽番組の始まる時間である。一同はリビングに場所を移し、固唾を呑んで大きなテレビを見守った。
トップバッターはりせではなく、最近売れ始めたアイドルユニットだった。二番目も違う。CMを挟んで三番目に、ついにりせが映し出された。
 自分達に見せるのとは違う、アイドルの顔をした彼女は、カメラに向って愛らしく手を振っている。手を伸ばせば触れられるほど近くにいたのに、幾度も言葉を交わしたのに、画面の中の彼女はとても遠いものに感じた。
 朱の羅綺を纏った彼女がすぅ、と目を細めると、カメラが引き、前奏が流れ始める。りせは歌う。高く低く、時に強く、時に弱く。彼女の動きに合わせて短くなったスカートの裾が、艶やかな花弁が、まるで蝶のように艶やかに舞った。彼女自身が戻ることを決めた、光輝く世界の中で、りせは負けることなく立っている。
 (がんばれよ)
思わず拳を握り、完二は固唾を呑んで友を見守った。横では陽介も孝介も同じように、ただただ真摯に仲間の晴れ舞台を見つめている。きっと画面の向こう、どこか見えない場所で直斗も同じように彼女を案じているのだろう。八十稲羽では千枝と雪子とクマも、りせの雄姿を一瞬たりとも逃さないようテレビに齧り付いているに違いない。
 やがて声の響きが消え、余韻が空気に溶けると、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
「やったな! りせちー最高!!」
我が事のように喜び、興奮する陽介に抱き付かれ、さり気無く腰に腕を回しながら孝介も頷く。
「ああ。今日のライブよりも断然よかった」
 例え観客の拍手すら番組側にコントロールされているとしても、溢れる歓声の何割かは本物に違いない。りせは頬を上気させたまま待機席へと移動する。司会と挨拶を交わした後、予め決まっていたのだろう、今日の事件のことに言及が入った。
 『久慈川さんは、今日ミニライブ中に暴漢に襲われかけたとのことですが…大丈夫ですか?』
りせはにっこりと微笑んで答えた。
『はい、大丈夫です! 心配かけてごめんなさい』
『いやー、怖いですね。ご無事で何よりです。…さて、今日歌っていただいた曲は、今までとはちょっとイメージが違う、大人びた感じですね。お召しのドレスも曲のイメージに合わせて作られたとか。ご自分でデザインされたんですか?』
 りせは待っていたとばかりに喋り出す。
『いえ、これは友人が作ってくれたものなんです。私、休業中は田舎の祖母の所で療養していたんですけど、そっちで通っていた高校の同級生がものすごく器用で。あ、染物屋さんの子なんです。これ、着物の生地なんですけど、私が一目惚れしたのを覚えててくれ、こっちに戻ってくる時にプレゼントしてくれました』
心底嬉しそうに言うりせにつられ、司会も微笑んだ。
『素敵なご友人ですね。じゃあ折角ですから、そのご友人に一言』
 マイクを向けられ、りせはとびりきの笑顔で言う。

 『――ありがとう』

 スピーカーから打ち出された音が空気を震わせ、完二の耳に、脳に到達する。どうしてか、今までされたどんな感謝よりも、りせの言葉は胸を打った。
 自分の意志とは関係なく目頭が熱くなり、完二はぽろり、と涙を零す。孝介と陽介は見えていないのか、見ないふりを決め込んでいるのか、電話で千枝達と興奮を分かち合っていた。
 (オレの作ったもんで、誰かを喜ばせることが、できるんだ。必要と、されるんだ)
完二は握った手を開いた。汗ばんだ掌以外は何も見えなかったが、輝ける星がそこにあるような気がした。




**********




 夕暮れ時の河川敷を、完二は一人歩いていた。
 日没の時間は日ごとに遅くなってきている。そろそろ梅雨に入ろうかという時期だが、りせはまだ戻ってきていない。完二の歩調に合わせてジュネスのロゴが入ったビニール袋ががさがさと音を立てた。
(アイツ、元気でやってっかな)
 あの後、結局りせには会えないまま、完二と陽介は八十稲羽へ戻ってきた。帰りもまた窮屈な深夜バスに揺られるのかと思うと気が重かったが、直斗が翌日、白鐘家の車で戻るというので同乗させてもらうことにし、その晩は孝介の家に泊めてもらった。
 彼の両親は相変わらず多忙らしく、国内だが出張に行って暫く帰って来ないという。おかげで気兼ねなく、離れていた時間を埋めるように、三人で色々なことを話した。もっとも、疲れもあって完二は早々に眠ってしまったが。寝ている間、横で不穏な音を聞いた気がするが、あえて記憶に蓋をしておくことにする。人間、知らない方が幸せなことは多い。
 直斗から聞いた話によると、りせに対する嫌がらせを行っていたのは、ライブの際に襲いかかってきた男と同一人物だったという。ただし、真下かなみとの関連については何も言わなかった。
 相変わらず芸能界への関心が薄い完二だが、今朝のニュースで真下かなみが体調不良により主演映画を降板すること、代役としてりせが抜擢されたことを報じていたのを聞いた。りせは益々多忙になり、帰ってこられなくなるのだろう。彼女のいない商店街は火が消えたように寂しい。
(まぁ、静かでいいか)
 感情とは正反対のことを考えながら、完二はぼんやりと長く延びた己の影を目で追った。りせがいてもいなくても、時間は過ぎ、世界は回ってゆく。留まっていることはできない、自らも変わっていかなくてはならない。
 あの時掴んだ星の欠片を、完二はまだゆっくりと温めている最中だ。りせが戻る頃には少しでも形になっていればいい、そんなことを考えた。
 影の頭のてっぺんまで視線を動かせば、そこには小柄な影がひとつ。ツインテールに仁王立ちをする女子は、完二は八十稲羽では一人しか知らない。
 彼女はきらきらと光る笑顔で駆け寄ってくる。
「――ただいま!」



END

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