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月桂樹の樹の下で

高校一年の千枝と陽介の話。
変わることを恐れながらも、変遷の象徴として理不尽に扱われる陽介に何かしてあげたいと願う千枝。里中家捏造がありますので苦手な方はご注意ください。

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 夏が終る。
 カレンダーでは明日から9月になる。けれども、暑さはちっとも和らがないし、蝉は相変わらず大合唱を続けている。日が山向こうに隠れた始めた今でも空気は温く、時折風にかき混ぜられてとろりと肌を撫でてゆく。明日も暑くなるだだろう。
(夏休み、終っちゃったな)
 千枝は遠くの空に見えた一番星を眺めながらぼんやりと呟いた。彼女の声に応えるかのように、数歩先を歩く愛犬、ムクがひと鳴きする。そのふさふさの尻尾は嬉しそうに左右に揺れていた。幼い頃から兄弟のように育ってきた彼は、家族の中で一番千枝に懐いている。全身から喜びを現す様がいとおしくて、千枝はくすりと微笑んだ。
「よーし。今日はちょっと、遠くまで行ってみよっか!」
アルバイトをしている訳でも、部活に入っている訳でもないが、学校が始まればそれなりに慌しくなる。夏休み最後の日だ、うんと愛犬と遊んでやるのもいいだろう。ワン!と返事が聞こえ、一人と一匹は軽やかに駆け出した。

 鮫川を下り、橋を渡って、駅方面へ続く道を途中で左に曲がる。そもそもの人口が少ないこの町では、擦れ違う人もまばらだ。どこへ行くと決めた訳ではなく、彼女は夕焼けの中を犬と共に、足の赴くまま駆け巡る。鬱蒼と茂る木々に覆われた坂道を登り、薮蚊の多さに辟易しながら畦道を抜け、息が完璧に上がる前に大きな道路にぶつかって一呼吸。硬く平らなアスファルトはつい最近整備されたものだ。
(あ、そういえば、こっちって)
やがて彼女らの前には巨大な建物が姿を現した。真っ白な外壁。ビニールの貼られた大きなガラス。まだライトの点かない看板には、大きな文字で「JUNES」とあった。来月にオープンする予定のジュネス八十稲羽店だ。建物自体の工事はほぼ終わっており、残すは駐車場のみのようで、店舗の片面に即した土地は均され、重機があちこちに停まっている。今日の作業はもう終ったのか、僅かな明かりが灯るだけで辺りに人の気配はなく、しぃんと静まりかえっていた。
 ジュネスができる前、ここは広大な空き地と、既に住む者のいなくなった廃屋が何件かあった。空き家は子供達にとっては絶好の隠れ家で、男の子に混じってよく遊んだものだ。千枝はすっかり様変わりしてしまったかつての遊び場を見回す。秘密基地にした小屋は影も形もない。誰が一番早くてっぺんまで登れるか競い合った木も、転んでもやわらかく受け止めてくれた緑の絨毯もなく、そこにあるのは無機質なコンクリートと剥き出しの地面だけ。物悲しい気分になり、千枝は愛犬と自分を繋ぐリードを強く握りしめた。カァ、とひとつカラスが鳴いた。
「変わっちゃった、なぁ…」
八十稲羽は田舎だ。都心部に住む親戚に揶揄され、同情を寄せられることもあるが、千枝は生まれた時からこの地を離れたことがなく、他の場所など知らない。比較対照がないゆえに今の暮らしを別段不便だと思ったことはなかった。欲しいものがあれ沖奈まで勤めに出ている父親に頼んで帰りに買ってきてもらうか、週末に車を出してもらって大きめのショッピングセンターへ買い出しに行く。どうしてもすぐ必要ならば隣近所に頼んで分けてもらう。人と人が密接に繋がり、助け合って生きている。この土地ではそれが当たり前だった。例え名前を知らなくても、顔も見たことがないような疎遠な相手はいない。いるとすれば生まれたばかりの赤ん坊か、余所から引っ越してきた者くらいだ。
 そんな八十稲羽の暮らしが、ジュネスによって変わりつつある。工事とジュネスの関係者によって一時的に八十稲羽の人口は増え、見知らぬ顔が増えた。周辺の道路が整備され、景観がかなり変わった場所もある。変わらないと、変わることなどないと思っていた生活が変わろうとしているのを目の当たりにし、千枝は複雑な気分になった。便利になるのは歓迎すべきことだ。父も母も買い物が楽になると喜んでいたし、千枝自身も嬉しい。けれども胸を掠めるこの寂寥感は何なのか。
(変わって欲しくないのかな、あたし)
 自分でもよく分からない感情を確かめるかのように、千枝は後ろめたい気分になりながら、黄色と黒のロープを跨いで作りかけの駐車場に足を踏み入れた。関係者以外立ち入り禁止の文字は見えなかったことにする。ジュネスがオープンしてしまえば、ゆっくりと感傷に浸りながら歩くこともできない。見納めのつもりで彼女はぐるりと一回りしてから帰ることにした。
 先に行きたがるムクのリードを引っ張りつつ、建物に沿って歩く。よく見れば完成間際の遊歩道には微かに見覚えのある木々が残されていた。記憶を辿り、千枝は思い出を拾い集めてゆく。見つけるたびに懐かしさと寂しさが募っていった。
 一番印象に残っているのは、鬼ごっこをする時、鬼が数を数えるのにいつも使っていた木だ。ひょろ長いその木は月桂樹というのだと誰かが教えてくれた気がする。位置的には丁度店舗の裏側、立体駐車場の入口辺りにあったはずだ。
 日は完全に落ちてしまい、薄闇の中に浮かび上がる、白く冷たいコンクリートが気味悪い。千枝は暗闇が苦手だ。今日の月齢は満月に近く、月明かりがはっきりと届いたのが救いだった。足元に気を付けながら千枝は角を曲がり、視界の端に目当てのものを見つける。記憶にあるよりも少し背の高くなった月桂樹は、周りをベンチでぐるりと囲まれていた。そしてその下にはひとつの影があった。
(やばっ…!)
無人だと思っていたが、関係者が残っていたらしい。犬を連れ、興味本位で入り込んだことが明白な、言い逃れのできない状況に千枝は体を強張らせる。幸いにしてまだ相手はこちらに気付いていない。足音を忍ばせ、ゆっくりとその場を去ろうとした千枝だったが、飼い主の意図を理解していないムクが吠えた。弾かれたように人影は振り向いた。
 
 目が、合った。

 驚いたことに、そこにいたのは少年だった。年の頃は自分と同じくらいだろう、ハニーブラウンの髪にほぼ左右対称の整った顔は、この辺りでは見たことがない。ぱっと見ただけでは男か女か判断が付かない、甘い顔立ちだが、高い背や凹凸のない体付きから男だと分かる。華奢だが病的に映らないのは均整が取れているからなのだろう。彼の纏う服はセンスがよく、まるで雑誌の中から抜け出てきたようなお洒落な格好をしている。美醜に疎い千枝でも分かる、かなりの美少年だ。しかも八十稲羽にはいない、都会的で華やかな。
 少年はぱちり、と長い睫毛で彩られた瞳を瞬かせた後、困惑したように口を開いた。
「…えーと。何、してんの?ここ、関係者以外立ち入り禁止なんですけど」
外見よりも男らしい、よく通る声だった。千枝は顔を赤くして慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!最後に見収めしときたくて!すぐ帰りますッ」
慌ててリードを手繰り寄せ駆け去ろうとした千枝を、しかし彼は呼び止める。
「ちょっとの間だけなら、ヘーキだよ。俺、一応関係者だし。あと15分くらい大人は帰ってこないと思うからさ。見納め、してけば?」
「へ…?う、うん。あり、がと」
拍子抜けしつつもお礼を言うと、彼はにこりと笑った。太陽のように明るくて、温かみのある綺麗な笑顔だった。頬が熱くなったのを感じたが、宵闇が上手く隠してくれたことを祈るしかない。
 千枝は少し警戒しながらも、月桂樹へ、彼の方へと近付く。相手が大人で、千枝が一人だったならば流石に誘いには乗らなかったが、目の前の少年は細く、正直千枝よりも弱そうに見えたし、多少心許ないがボディーガードも一緒だ。愛犬はどうやら少年に興味津々のようで、先程からはち切れんばかりにしっぽを振って彼の方へ行きたがっている。飼い犬が面食いだったことを思い出し――ムクが一番懐いているのは千枝だが、一番好いてるのは間違えなく雪子だ――千枝は妙に恥ずかしくなる。少年は垂れ気味の瞳を細め、「触っていい?」と尋ねてから量の多い毛並みに手を埋める。わん!とムクは嬉しそうに鳴いた。
 彼がムクと遊んでくれている間に、千枝はさやさやと揺れる月桂樹に目を向ける。記憶の中ではもっと太く、もっと大きかったはずなのに、青々と葉を茂らせた木はどちらかと言えばひょろ長く、思ったよりも小さかった。木が縮んだ訳ではなく、自分が大きくなったのだろう。ざらざらとした幹にそっと触れると、幼い頃と同じ暖かさがあった。
(ああ、ここは、変わってない)
変遷と推移の中に変わらず佇むものを見つけ、千枝は安堵する。停滞は悪いことなのだろか。変わらないものを願うのは、変化を恐れるのはいけないことなのだろうか。彼女の問いに応えるものはなく、代わりに月桂樹がさやさやとやさしく枝葉を揺らした。ひとしきり撫で回し満足したのか、足元にムクを纏わり付かせながら立ちあがった彼は、月桂樹を見上げて呟いた。
「月桂樹だっけ?こんなにしっかりと、でかくなるのは珍しいんだってな。ホントは切っちゃうはずだったんだけど、こんなに立派なのを切るのは勿体ないから、残して休憩所にしたんだって、親父が言ってた」
「?お父さん?」
少年は「しまった」という顔を一瞬見せた後、首に手を当てて呟いた。
「あー…店長。俺、店長の息子なんだわ」
「ふーん。あ、だから見ない顔だったんだ」
 彼は軽く眼を見開いた後、何故だかとても嬉しそうに笑った。笑顔にときめいたのを気付かないふりをしながら、千枝は口早に尋ねる。
「じゃあもしかして、同じ学校かもね!あたし、八十神高校の一年なんだけど」
「マジで?一緒一緒!って言っても今日は下見に来ただけだから、実際に越してくるのは第三四半期の頭…10月からなんだけど。あ、俺、花村陽介。よろしくな」
微笑んだ彼の瞳が飴色なことに千枝は気付いた。髪は染めているのかもしれないが、元々色素が薄いのだろう。細い腕と大きな掌のアンバランスさに千枝はどきりとした。
「里中千枝。よろしくね。この子はムク」
「…何か、体は名を現すって感じだな。よろしく、ムク」
律儀に犬にも挨拶をする陽介に千枝は好感を覚えた。なんとなく都会の男は軽薄というイメージがあり苦手だったが、目の前の彼は初対面だというのに話しやすかった。喋り方は軽妙だが、外見よりも中身は真面目なのかもしれない。彼はポケットから携帯電話を取り出して時間を確認すると、申し訳なさそうに言った。
「悪いけど、そろそろ親父達がこっち来るから、もう行った方がいいかも。見つかると面倒そうだし」
「あ、うん。ありがとう」
 千枝はまだ陽介と遊びたがっているムクを引き剥がし、踵を返す。月明かりの下、陽介は手を振っていた。彼は一人だった。佇むその姿は儚げで、切なくて、千枝はくるりと振り返って叫ぶ。
「じゃあね!また、会おうね!」
返事を待たずに彼女は駆け出す。そよりと吹いた風からは、萌える緑と夏の終わりの匂いがした。




 一ヶ月後に引っ越してきた「ジュネスの息子」は、華やかで都会的な外見、時期外れの転校生というステータスに初めこそ騒がれたものの、ジュネスというファクターのせいで程無くして周りから孤立していった。
 見ていられなくなった千枝は、時には親友の雪子を連れて、なんだかんだと彼の世話を焼いた。あの月夜の晩の儚さが嘘だったのではないかと思えるほど彼はお調子者だったが、笑顔の仮面の下では誠実さと気遣いが見え隠れしている。いい奴だ。いい奴なのに、どうして周りは彼をジュネスの息子だとしか見ないのか。花村陽介という人間として見てやらないのか。そして何故陽介も、どんなに酷いことを言われてもへらへらと笑うだけで反論しないのか。
 ある晩、耐え切れなくなった千枝は、両親にそのことを話した。里中家では夕食後に一家揃ってテレビを見ながらお茶をするのが習慣になっている。母親は頷きながら千枝の纏まりのない言葉を聞き終えた後、ゆっくりと口を開いた。
「花村くんは、大人なのね」
とんでもない、といいう顔をした千枝を見て母は笑う。
「だってそこで言い返しても、その時はすっきりするでしょうけど、言われた子達は影でもっと彼のこと、ジュネスのことを悪く言うでしょうね。お父様やお店に迷惑がかからないようにって、我慢してるのよ」
「お父さんもそう思うなぁ。高校一年の子がなかなかできることじゃないよ。大人だってそういう気遣いができない人は沢山いる。でも…可哀そうだね。余所の家の事情に口を挟むべきじゃないけど、親御さんももう少し気を使ってあげればいいのに」
両親の陽介に対する評価が高いのが気に食わず、千枝は「でも」と言葉を重ねる。
「花村は店長の息子であって、ジュネスの社員でも何でもないじゃん。皆ジュネスができて便利になったって言ってるのに、暇さえあれば遊びに行ってるくらいなのに、どうしてあんなに悪く言うの?なんでもかんでもジュネスのせいにしてるの?それを花村のせいみたいに言うの?なんかヤダ、そういうの!」
 激昂した千枝の頭に、ぽん、と父親の温かい手が載せられる。見上げればそこには困ったように笑う父の顔があった。
「稲羽はね、古い町だから。昔から住んでいる人達は、新しいものが入ってきて、変わってゆくのが怖いのかもしれないね」
どきり、とした。数ヶ月前の記憶が脳裏に蘇る。秘密基地の跡に建ったジュネス、変わらない月桂樹に安堵した自分を見透かされたようで、千枝は視線を逸らす。父はぐしゃぐしゃと愛娘の頭を撫でて手を離すと、温くなったお茶を啜った。
「だからといって、花村くんにあたっていい理由にはならないけど。…人の気持ちばっかりはどうにもならないから、難しいなぁ。歯痒いだろうけど、時間が解決してくれるのを待つしかないかもしれないね。花村くんが千枝の話すような子だったら、そのうち周りも変わってくるはずだよ」
空になった湯呑みに絶妙のタイミングでお代りを注ぎながら、母が言う。
「千枝。花村くんと仲良くしてあげなさい。あんたは下手な気遣いとかできないんだから、何も考えず、今まで通りにしてあげるのが一番よ」
「……うん…」
 陽介は、ジュネスは変遷の象徴だ。変化を恐れる気持ちは確かに自分の中にある、けれども彼のことを受け入れてやりたいと千枝は思った。
「…千枝、念のため聞くけど。お前、まさか、花村くんのことが…」
「んな訳ないでしょ!もー寝る!おやすみッ」
 背後に父親の情けない声を聞きながら、千枝は洗面所に駆け込み乱暴に歯を磨く。鏡に映る自分の姿は化粧っ毛はないし髪も短く、お世辞にも女性らしいとは言えない。だから陽介は自分には気を許し、友人として接しているのだろう。女として見られていないことに憤りを感じる反面、対等に扱われているようで嬉しくもあった。
(とりあえず、明日、DVDでも貸してやろっかな)
少しでも陽介が寂しくなくなればいい。千枝は頭の中で彼が好きそうなタイトルを思い浮かべながらうがいをした。




**********




 「――あ」
「よぉ」
夕方、犬の散歩で鮫川河川敷まで来ていた千枝は、道の向こうから歩いてくる陽介を見つけて手を振った。片手にネギのはみ出たジュネスのビニール袋を提げた彼は、ゆったりとした足取りで近付いてくる。彼の姿を見とめたムクが嬉しそうに尻尾を振った。相変わらず面食いだ。
「おー、ムク。久し振り。相変わらず毛むくじゃらだな」
わしわしと耳の後ろを撫でてもらい、ムクは嬉しそうに鼻を鳴らす。しばらくじゃれ合っていると、陽介のポケットからバイブレーションの音が聞こえた。彼は慌ててポケットから携帯電話を取り出して耳に当てる。その表情はやさしくて、聞かずとも千枝には相手が誰だか分かってしまった。
 「もしもーし………う、悪いって、今鮫川。もうちょいで着くから。…あーもう、分かったよ!走ります!だから待っててお願い!」
ぱちん!とフリップを閉じると、陽介は拝むように手を前に出して口早に言う。
「悪ィ、行くわ!気を付けて帰れよ」
「うん。リーダーによろしくね!」
陽介はぱちり、とその大きな瞳を瞬かせると、ふわりと笑って「おう!」と返事をした。あっという間に小さくなる背中を見送りながら、千枝は思う。
 (よかったね)
あれから一年、彼を見てきた。自分にできたことは変わらず彼の友達でいることだけで、バッシングからも寂しさからも助けることはできなかった。雪子との距離感が掴めなくなり、自分のことで手一杯で、陽介がどんどん自分の殻に籠ってゆく様を見ながら何もできなかった。
 けれども、彼は変わった。それはひとえに我らがリーダー、月森孝介のおかげだ。自分にできなかったことをあっさりと彼がやってのけたのを悔しいと思う反面、彼ならば仕方がないと思える。陽介が笑っていられるのならば何だっていい。友人の幸せを願わない者はいない。
 帰ろうと歩き出した千枝を、ムクが珍しく強く引っ張る。させるままに着いてゆけば、他の木々に隠れるようにして一本だけ、見憶えのある木が植えられていた。月桂樹だ。
「へー、こんな所にもあったんだ」
ムクが得意げに一鳴きする。愛犬の頭を撫でてやりながら、千枝はあの日、月桂樹の樹の下で陽介に出会ってから、もう一年が過ぎたのに気付いた。
 一年前の彼は、理不尽にも向けられる悪意を笑顔で流すことしかできなかった。今は傷付きながらも全てを受けとめ、笑っている。彼のことを理解してくれる者も増えた。もう一年経ったら、彼の周りはどうなっているだろうか。きっと良い方向に変化しているに違いない。そしてそれを自分は今と変わらず仲間の位置から見守り、必要であれば手を貸すつもりだ。
(変わらないことは、悪いことじゃない。怖がって、否定するんじゃなくて、ちゃんと受け止めて、それでも今のままでいいと思えるなら、それでいいんだ)
きゅう、と千枝の腹の虫が鳴く。家に帰れば暖かい夕飯が待っているはずだ。彼女はリードを軽く引っ張り、愛犬に出発を促した。
「帰ろ!」
 今頃、堂島家で孝介と菜々子と一緒に食卓を囲んでいるであろう陽介の姿を想像し、千枝は少しだけ羨ましくなる。その想いは誰に、何に対して沸いたものかよく分からなかったが、彼女はもやもやした思いを振り切るかのように力いっぱい家路を駆けた。




END

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